Episode FOURTY-ONE 《逃避》

 5 逃避




 クロはゆりの手を引き、女の子には夢のあるお姫様抱っこのスタイルで彼女を抱きかかえる。


「っ! くろく、ん……」


「行くよ」


「え?」


 頬を赤く染めた少女には目を向けず、彼は窓を開け、大きく飛び出した。


「ま、っちょ、ええええ⁉」


 急な動きに彼女は大きく悲鳴を上げた。部屋の扉は閉められていたため、その声が響くことはなかったが、外は例外だった。頭上の悲鳴に地を歩く者たちはふと空を見上げる。


「え、なにあれ?」


「やば」


「まって、あれはヤバいって」


「ちょっと、写真」


「動画動画!」


 地上では大騒ぎだった。反応が伝染し、遺伝子分岐のようにその情報をそこら中に広めていく。


「クロっくん、なにこれ⁉ 落ちる‼」


 その通り。飛び出した二人には重力が加わり普通に落下が始まった。


 斜方投射、綺麗とは言えない放物線が薄暗い空に描かれ、二人はどんどんと落ちていく。地面までの距離二十メートル、十五メートル、十メートル……


 ——刹那だった、彼は空気を蹴り出した。


 空気というよりは透明な板で、蹴ったというよりは踏んだと言った方が正しい。足元には空気の層のようなものができていて、圧縮による青色が目立っている。そう、薄い板が空気中に浮いているように見えてしまう。


「え?」


 驚いたのは、ゆりだけではない。


 上を見上げていた者たちは凄まじいほどに驚嘆する。驚きが言葉に出ず、皆口を開いて唖然としている。


「っ!」


 むしろクロはそれどころではない。


 自分の力はあの時聞いていたし、最初から何となくは気づいていた。自分には変な力でも宿っているのではないかと疑ってきた節はある。


 だが実際、この能力を使ったことはなかった。


 もしも常に使っていたのなら、それは無意識で、幼い頃から染みついていた能力である。いつもの動きをするのなら、この考えは不要であり、とにかく動くだけ。


でも、今回はそれとも違う。その力を応用させているのだ、未知の力に身を預け、それを行使している。


 そして、何より今は彼女ゆりがいる。


 絶対に失敗するわけにはいかない、ここで落ちてしまえば終わるかもしれない世界。さらには二人いるという矛盾が知られてしまえばとてもまずい。


 だからこそ、と。


 彼女の肩に添えた左手に力を入れて、彼は大きく羽ばたいた。


 兎に羽が生えているかのような動きだった、決してキメラではない。混ざっている俊敏さと大胆さがその二つの要素を明確に表していた。


「うそ……」


 その連呼だった。


 行き交う人は立ち止り、空を走る二人をまじまじと見つめ、とにかく呆然と立ち尽くしていた。その不思議な光景はネット上にまで広がり、ものの数十秒でトレンドにまでも入るほど。嘘だと疑う人々はいても、事実起きている。誰も事実それを否定はできなかった。


 人が空を飛べる、そんな異質なことなどすぐに拡散されるだけだった。


「クロ君! なに、これ?」


 答える余力はない、一歩一歩上がっていくのでエーテルの創造量が果て知れない。あまりの負担に彼は消耗しすぎていた。


 たったの五秒で登り、無事屋上に着地を決める。


 当然、彼は膝をついた。集中力と体力が散漫し息切れを起こし、今にも失いそうな意識を気合で保ち、どうにか立ち上がる。


「っぜぇ、っぜぇ……う」


「大丈夫っ⁉」


 ゆりの優しい擦りはとても絶妙で、気持いわけでもないのに吐き気も収まり始める。


「ああ、だいっ‼ じょうぶ、だ……」


 だが、咳が止まらない。


 あたりに散るエーテルが暴走し、気流が一気に乱れ突風が彼女を襲う。


「っは!」


 ぎりぎりで静止し、彼はもう一度立ち上がった。


「ごめん……」


「いったい何! これは」


「いまはまだ、まってくれ……後で言う」


 どうにも納得はしていない表情でゆりはコクんと頷いた。





<後書き>

 1日遅れですみませんでした!


 次回、告白と衝撃。

 クロは彼女になぜなのかを告げようとした瞬間、奴が現れた。

 早い、速い。


 何よりも過去と違う。


 そう思ったとき————彼は気づいたのだった。



 ここは「〇〇〇〇〇〇〇〇」だと……。


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