第伍章 3「秘密保持2」 1

 3 秘密保持2



 「PARALLEL」地下、WA研究機関。

 


「ここは?」

「えっとぉー、どこじゃな?」

「鶴見さん、います?」

「こわっい! ねえ、手握って」

「イチャイチャすんな!」

「うるせえぞ、お前ら」

 上下左右が反転し、埃のようなものが辺りに舞い立つ、何とも気持ち悪い光景。だが、なぜだが気分が悪くはならなかった。ぐちゃぐちゃに広がる地面に足を着ける13名の研究者たち。

 そう、今は。

 第一実験の最中だった。

 鶴見が設定した転移先は10年前の日本だったが、地面があちこちにあるような世界ではない。失敗かと思われたがそうではなかった。

「いや、まだタイムトラベルの最中だ。原子レベルで時空を超えるために空間のゆがみを形成している。動いたら飲み込まれるぞ」

 彼が冷静な声で伝えると、言ったそばからの悲鳴が辺りに響く。

「がああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼」

 右脚が壁にめり込んで、白い壁と同化しかけている。すると、その根元、壁と太ももの境の空間がぐねり。一周、二周しかけたところで髪が抜けるときのような異音と同時に彼の右脚が大根のように抜かれていた。あまりの衝撃と痛覚に体が飛び跳ねるとオレンジがかった鮮血が辺りに飛び散る。彼のうねりがさらに空間をゆがませ、その曲線に彼も捻じり込まれていた。

「ほら、言っただろ」

 皆唖然としている。

 天才の集まりと言われた彼の研究室メンバーも、目の前で起きた凄惨な出来事に度肝を抜かれていた。

 沈黙に恐怖が絡みつき、まるで訳の分からない、見えない敵に立ち向かっているような感覚が芽生えるほどに、一見物理法則が利かないように見える世界では当たり前に起こる残酷な摂理が働いていた。

「いや、これはさすがに……」

「わたしもこれは、超怖いんだけど」

「ああ、同意」

「仕方ない、これも計算のうちだったろ?」

 何一つ表情の変わらない鶴見の精神力は計り知れない。暗殺者でもないただの研究者風情がこの光景に引け目を見せないことがおかしいのだ。

「目の前で見せられると、ね」

「こんなグロいなんて思ってなかったし……」

「甘いなあ、お前ら」

 ここで、読んでいる君たちには気づいただろうか?

 何を⁇ って顔している君には本質が見えていないな。

 彼らは人に死を見て、何を言っていた?

 悲しい? 苦しい? それとも、辛い?

 いいや、違う。

 彼ら、死んだ一人を抜いて12名は、一人の死に様を見て「怖い」と言ったのだ。まるでお化けでも見るかのような恐怖の目で、何よりも軽蔑するような鋭い目で。これがどんなものだ、とも言い現わせることがないような景色をただ怖いと言って眺めていたのだ。

 価値観の相違か。

 あるいは、一方的なミステイクか。

 人間としては、感情のある僕たち人類としての解答は「悲しい」だろう。しかし、彼らは違う。普通、平凡、一般論。目の前の景色こそが正解の答えなのだ。世界の裏側に住んでいる悲しい人々とでも言えるのかもしれないが、昔に若しくは今も、人肉嗜食(カニバリズム)という物が浸透していたように、普段の出来事なのかもしれない。

 世界とはいつも未知なのだ。

 荒れ狂った赤みがかった壁を凝視するのは止めて、とにかく慎重に事を終わらせていく。

 まずは、この空間のゆがみを完成し、10年前の世界に自分の体を飛ばすこと。失敗すれば体が真っ二つになることもあるのだが、6号機で試作の段階のため何が起こるのかは分からない。ただ、前回までのとは異なり理論上可能となったため、第一次実験に研究者本人が行っているのだ。むしろ公言できないがためのジレンマなのか、それとも世紀の大発明の恩恵を受けたいのか。真意は分からないにせよ、この場にいるのではどんなことが起きようと逃れられないのだ。

「っち、ゆがみが激しくなった」

「うそ、まじじゃん」

「まさか、あいつの肉片が邪魔をしているのか?」

「いや、そんなはずはないはずです」

 眼鏡をかけた真面目系の男が手を挙げた。

「っ、あの、先の実験で構造上、根本的な基本形成様式に問題はありませんでした。むしろ、安定していると言った結果が出ているくらいです」

「なら、なぜだ……まさか、足りなかったのか?」

「先生! そんなわけっ」

「いや、そんなことはないはずじゃ」

「計算上、この値で足りています‼‼」

「いや、誤差だってあるだろう。もしくはこの世界のゆがみが変動ているおかげで上限量、必要な量も変動しているということもあるのではないのか、あくまで仮説として、いやでも、こんなことがあってはならないっ!」

「先生……」

「くそ、まさか……エーテルのげん、しょう、が……」

 明らかに、目に見える範囲で周りにあるすべてのものがぐにゃりと姿を変えていた。原型が分からないほどに、ミキサーで混ぜたかのような淀んだ景色に三半規管も悲鳴を上げる。もはや痛み。そのレベルでの感覚で彼らの耳を奥を刺激させる。

 徐々に、息すらもできなくなっていた。ゆがんだ世界では、空気が淀み、可視光線に変異している。気体にあるはずのない色が形成され、曲がった世界に飲み込まれる感触が伝わっていく。

 いつの間にか、その場から人は消え、あられもない赤い液体と、ぬめりのある黒々とした何かが壁と同化していく。

 静かに、悲鳴すらもなく。

 ただ静寂に、脆弱な人間の塊が吸収された。

 

 本日の第一次実験は失敗、エーテルの減少、または不足により調和がとれず瓦解しました。

 

 小さなパソコンの画面には無機質な文字の羅列が素早く映し出された。



<あとがき>

 遅れてすみません。

 タイムマシンの描写を書くのがむじい、なんかない数隙を考えながら理論を語るのはちょっとだけ罪悪感。。。。。。まあ、想像だし! 

 ましては超上位物質が絡んでいるからいいよね! 第五元素万歳!!


 では次回、最悪の告白でお会いしましょう?

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