Episode FOUR《暗殺》


  札幌駅前


『こちら通信A班、応答せよ。No,007』

「ああ」

『現在、056及び098が標的βと交戦中。このままでは近隣住民にも見つかってしまう可能性あり、007も行けるか?』

「了解」

『座標は

「分かってる」


 薄暗い声に、闇に紛れたその恰好。彼の姿は何かと問われれば、人はみなこう答えるだろう。

『漆黒』と。

 その通り。全身を黒で覆った彼が瞬く速さで走り抜ける。

 その速度。もはや人ではない。

無駄のない動きに、横を走っていたアスリートも度肝を抜かれていた。

「……っ」

 何も口にせず、ただ静かに、闇に紛れ、走り抜ける彼の表情は変化していない。

 楽しさ、爽快さ、悲しさ、辛さ、恨み、怒り、そんな感情何一つ表れていない彼の顔面。口で表せるような簡単なものではかった。なのに、不思議と見たことのあるような気がする顔を兼ねそろえていた。

そして——ただ、走り抜ける。

「…………っ」

 黒のコートに身を包み、両脚にはハンドガン、腰の後ろには小型ナイフ。

 その統一感もない武器を体に纏って、人ごみを駆けて行く。

 見た人は目を奪われるが、追えない速さで驚く間もなく去っていく。

「……………っ」

 一体、天性のなのか、それとも人造人間なのか、サイボーグなのか。

 その、黒い闇は何なのか。

 誰にも、まったく分からない。



「このままじゃ056がやられる、まああいつは別にいいけど……。でも、報酬が減るし——どうしよう。動きが速すぎてこの距離からじゃ、無理だわ」

 あまりの光景から何とか立ち直った098は考える。

 だが、そのあまりの凄さに、弱点など顕在していなかった。でもだからと言って看過してしまえば絶対に056がやられてしまう。それだけではない。この組織、暗殺などの秘密が世に出て行けばそれこそヤバい。あの男は見るからに晴れの人間ではなさそうではあっただが、ばらされる可能性だってある。確実に、ここで見過ごしてはいけない相手。

「っち、あたしも行くしかないか。近接得意じゃないんだけどな……」

 武器を片付けて、ハンドガンを取り出す。

「はあ、もうやだ!」

 彼女はそう言い残し、夜空を飛んだ。



「やばいな、お前強すぎ……」

 未だ防戦一方な056にもとうとう限界が近づいてきた。

「いや違うな、お前ら雑魚すギるだけだね?」

(うるせえ、死ね。くそっどうにか切り抜けられないのか)

 右足の蹴りも、左手の拳も、跳び蹴りからの体を捻った右の回し蹴りも、全て受け流されてしまう。しかも右手一つで。

 こんな一方的な強さは見たことがない。師匠でさえ体全部を使って防いでいたのに。

「雑魚かよ、くそォ!」

 そしてパーカーの下から30cmほどのナイフを取り出す。

 手の中で回し、さらにもう一本。

 もう一度掴み、前で構える。

「おお、それが武器か!」

「ああそうだ。ちょっと本気を出させてもらうぞっ」

「へへ、出してみろやっ」

 そして、瞬足の蹴りからの両手からの斬り裂き。

「ほほ、いいねえ」

 少し追い込んだ。っと思ったのが間違えだった。

 この男は一切追い込まれていなかった。その斬り裂きから一転、もう動きを目で追えなくなっていた。

「なんだ!? おい、はや……」

「おいおい、お前本気出すんじゃなかったのかよ? 追ってこいやぁ!」

 速すぎて目では追えない、見えるのは地面の土がが舞うのだけ、この速度ではナイフを投げても当たらない。

(いよいよ、やばいぞ。勝てねえ、弱点が全く見えねぇ)

「早く、刺して来いよぉォォ‼‼‼‼」



「やば、このままじゃあいつが……」

 助けられた身として、なんとか助け返したい098ではあるが、自分の苦手な近接戦闘では到底ついていける速さではない。まして、彼でも負えない速度に自分が手を加えられるわけもない。

「なんとか、捨て身で行くしかっ」



 決断しようとした刹那、神速の勢いが目の前を横切った。

 そこを通ったのも速すぎて分からないほどに、目で捉えられる形でもなかった。ただ黒い物体が瞬時に目の前を横切った。


 そして。

 見えない黒い物体は、その男と056の前に現れた。

「く、ああああ!」

 男の悲鳴が耳に入る。驚きもつかの間、056の目の前に黒い足が見えていた。

 黒いコート、黒色の髪、黒色の目。

「大丈夫か」

 そう、名は「No,007」一桁台の男。異名は「漆黒の死神」。

秘密保持暗殺部隊B3の現エース。

「遅いぞ! ナナ!」

「ああ」

 ヒーローは遅れてやって来るとは、このことだと言わんばかりの登場に細身の男は愉快に笑いだす。

「ケハハハ! クソッたㇾだなァ‼‼」

「……」

「っつてぇ、なんだなんだ? って、お前はァ……すげえ、おいおい本物かよ!」

「だまれ」

「冷てえなぁ、ちょっとは話させてくれよォ」

 最後の一文字を述べると同時にナナが動いた。目に見えない速さで、男の両腕をへし折り、手に持ったハンドガンを鼻の先に向ける。

「死ね」

「っえ……?」


 パンッと乾いた静かな音が真夜中に響いた。


 音とともに、頭が割れる。鼻の軟骨砕きそのまま頭蓋骨を粉砕、頭の内部を破壊し、赤黒い血があたりに飛び散った。

 ちょっと前に見た幻想は嘘のように、汚い血と生命が飛び散って終わりを告げる。

「ゴロ?」

「ああ、ありがとう……」

 ッタ、と098が飛び降りる。

「ナナ、ようやく来たのね」

「ああ、クハは?」

「ええ、ありがとう」

「そうだ、連絡」


「007だ、標的β殺害完了」

『了解、早いな君はぁ』

「いえ、ではこれで」



「まったく、死ぬところだったぞ。なんだあいつ、お前と同じくらい速かったぞ」

「あたしも、撃ったのに利かなかった」

「まあ、いいよ。反省は帰ってからできるし、まずは本部に帰ろう」


 エースの登場によって任務は一瞬で終わり、ゴロやクハの活躍はほとんどなく、今回も一息が付いた。

 異次元の存在。

 彼は一体どんな人間なのか、これから始まるのは、そんな死神を背負わされた少年の始まりの物語である。


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