世界最強の暗殺者に、世界は地獄を作り出す。

Episode THREE《暗殺》

　西のとあるマンション屋上。

「おい、おい、おい。まじかよ、あいつ、今何が起こったんだ？」

　その光景を０５６は見ていた。

　そのありえない状況をしっかりと、双眼鏡を通して眺めていた。

　０９８の撃った弾は一瞬にして男の頭を花火のように飛散させたのに。

それが上から塗りつぶされたような光景は、まさに幻。

そんな幻想と言わざるおえない不思議な現象。死んだと思ったら、全てが消えて、元に戻って男が立っている。凄すぎな動きに考えがついていかない。

「流石に反則だぜ、あれは」

　彼はＢ３に勤めて三年、チームの中では一番最年少。そんな彼でも土壇場的な場に立ち入ったこともある。近接が得意である故、武術の達人が標的だった時には苦労した節がある。ましては、返り討ちになったこともあった。

「まったくよー、骨が折れそ、う、だ、なァ！！」

　そう吐き捨てた瞬間。

　０５６が屋上を飛び出す。１０Ｍは軽くある高さを難なく降りて、住宅から住宅へと飛び移る。その姿はまるでラビットの如く、凄まじい速さでその河川敷へと跳んで行く。

　驚くべきは彼の身体能力。０９８は補助パーツにより、マンションを登ることが可能だが、０５６は生身である。それを可能としているのが彼の全て。一番の最年少にして、Ｂ3の裏エース。暗殺系戦闘術近接人間。いや、なんでもない。

　豊平川河川敷

「おほー、ヤッパリきやがったかよォ！　これはこれは楽しい勝負になりそうだなァ！　影の役人どもォォ！！！！」

　細身の男の張り上げた声が静寂の夜に響いていく。

「やはは、まずはこいつの発信元からかァァ！？」

　地味目なジャージを着て、ひげを伸ばし、クマのできた目、汚く伸びた無造作な髪。覇気のはの字もない男からオーラがにじみ出ていた。相手にはしてはいけないこの大きさに二人は気づいていな。当たり前に勝ちすぎてた故に得た自信がここでようやく仇（あだ）となる。

（やばい、や、ばいい！　腰が引けた、動けない！　何なのよ、あの男！！）

　あまりの恐怖に０９８は動けなくなっていた。いまだに起動したＡ９８の画面には『ＥＲＲＯＲ』の文字とともに、不敵な笑みが映っている。何か口にしてにらみつける表情に、彼女の経験豊富さなどとても及ばなかった。この五年の積み重ねがほんの数秒で崩れていく。彼女の目にはその光景が映っていく。

「や、ばい！　動け、動け！」

　両腕に力を入れて、地面を強く押す。

「ック！」

　次に右足、筋肉の組織を分子レベルから力を入れて、緊張を上書きする。

「ん、！」

　そして腰を曲げながらも、気合いで立ち上がる。非常に危険で不思議である恐怖な状況からどうにか脱しようと奮い立たせて、一歩一歩を動かしていく。

（一旦、引かないと……これは本当に、死ぬかもしれない）

「っくそ！　ッ！！」

　住宅を蹴って、空気を蹴って、自分の身を風のように動かしていく。

（あいつのあの力、どんな武器を使っているんだ。プロジェクターか？　でもそれならあんな綺麗に写すのは無理だろうし、現代技術じゃ空気になんて投影できないはずだ。ＰＡＲＡＬＬＥＬの研究機関でもそんなものはまだなかったぞ。ほんと分からんが、まあとにかく。俺にできるのは……こんなことぐらいだ。これで行くしかない！！）

　お腹に手を当て、そう呟く。

　５００Ｍはあった距離は一瞬にして縮められていく。

　懐から、ファイティングナイフを取り出し、指で回しつつ全力で跳んで行く。

　ナイフを振りながらも素早くうごめくその影がどんどんと濃い闇に変わっていく。

　そして……。一瞬。

　一瞬。

「しつ、レイ！！」

　そう、その一瞬だった。

　彼の目に映った不気味な汚い顔は、いつの間にか輝かし月に変わっていた。

「え？」

　だが、驚く間もなく、背中には鈍痛が激しく走る。

「があああああ！！！」

　久しぶりの痛みに少し体が叫ぶがそんな痛みに値を上げる暇はない。

（やばいぞ、これは、本当にやばいぞ。反則なんて話じゃない、それに何故俺が背中打って横たわってる……。体術か?　なんの武術だ？）

「おいおい、これが暗殺のエリートかァ？　テンション下がるぜ！　弱すぎねえかよ！」

　声を荒ぶる男を睨んで、体を一気に捻らせる。こうして反転した体を瞬時に構える。

「クソッタレ、お前なんなんだよ！！」

　男は笑う。

「あははは！」

　睨みつける。

「何がおかしい、それにお前のその強さ、一体何なんだ！！　なんかの武術か？？」

　もう一度笑う。

「あはっはははははは！！　お前、面白いな。遠くから撃ってきた女と違ってこう挑んでくるとは見込みがある」

「何が見込みだ……」

「あとな、これは武術でもない。達人技じゃあないんだよォ！！」

　一向に笑い続ける顔に少しづつ恐怖を感じてくるのが分かる。

「まあ、教えるわけないけどなァ！　雑魚は黙って、死んでやがれ！」

　同時に男の姿が消える。

　右からだった。錆びれた包丁が０５６目掛けて飛んでいく。

「ック！？」

　なんとか左腕を出して振り抜く。

「おお、やるなあ」

「褒められたくなんてないね！」

（このままじゃやばい、正直強すぎて防戦一方だ。ここでやられるわけにはいかない。努力が、水の泡になんか）

「さてさて一掃するぞ、Ｂ３の兄（あん）ちゃんたち！！」