第13話 夜を跨ぐ

「シグナ…!?」

チャットは続く。自分の感じていた驚きを隠しながら。

「本物なのでしょうか?」

「それに加えて、あなたと貴方のそばにいる方の安否確認のため、電話させていただいてもよろしいでしょうか」

マジかマジか。

確かにかつての飛田凛の同僚だった葵坂シグナが出てくること、心配の声が出てくることに違和感はある程度においてはない。

だが、なんでそれによって、妹と繋がった。その他の友人だと?

「わかりました。」

それに既読の文字がついたと同時に通話画面が出てきた。意を決して押す。

「もしもし。」

「平木奏真さんで間違いございませんか?」

「ええ、間違いはございません。」

皮肉っぽく言う。

「私は世間一般の中では『葵坂シグナ』ということで名が通っている者です。アーティスト活動などをさせていただいています。」

「ええ、存じております。」

マジで本物の声だ。こんなタイミングじゃなければ興奮していたのだが。

「それでえーと、なんの御用で?」

「単刀直入にお伺いしますが、現在騒がせている飛田凛の失踪騒ぎの一件、あなたが何かの鍵を握っているのではないかと思いまして。」

いったい何がどこでそう繋がったのか。全く理解できていない。本当に衝動的犯罪の犯人の視点ってこういう感じなんだろうかとやや同情する。

「ええっと、なんのことでしょうか?」

「………ほう。」

怖いほどに、反応の声が低く冷たい。

「いえ、そういう反応をされるのであれば構いません。」

これまた怖い反応である。俺たちが何を言い、何を信じるべきか迷いに陥る中、またも彼女は続けた。

「ですが、今のような状況をいつまで続けるおつもりですか?」

「……」

だから俺も何も言わない。

「ああ、話が随分と逸れてしまいました、こうしてあなたと私がなぜ電話できているのかのことでしたね。随分と長くなりますが、お話ししましょう。」

少し間が空き、彼女は続ける。

「……その代わり、凛がそちらにいるのであれば、何があったのかそちらのことも教えてくださりませんか?」

「……わかりました。」

渋々了承した俺に、彼女が話し始めたのは到底信じきれないような話だった。

「嘘ですよね、それ。」

「残念ながら…というのも違いますね、奇跡ともいうべき事実です。皮肉にもあなたが忌避したセンター試験があなたの知り合いとこちら側の知り合いを繋ぐ結果に導いたのです。」


頭の中で、今の話と合わせて流れを追ってまとめる。

すでにライブの開始前から、会場の出演者には凛が来ていない影響自体が広がっていた。しかし、この時点では俺と凛が繋がっていること自体は誰も知らない。

が動いたのはお昼頃だったらしい。そこでここでいう「シグナさん側の人間」と「俺ら側の人間」が通じることがあった。受験会場がたまたま一緒で、何かの拍子で話したということだけで。

そして、「俺ら側の人間」で俺を気にかける人間なんてそう多くはない。

「それが、信濃さんですか。」

「ええ、確かそんな名前ですね。」

そして、それが繋がったのちに例のアカウントの投稿があった。それらの背景にはやはり事務所の独断による何かの動きがあったらしい。そして俺らの削除劇があり、混乱になりながらもフェスは終了。

その後に出演者の渕野辺莉愛に連絡をもらい、葵坂シグナがこうして動くことに至る。

だいたいこんなところだろうか。

「今、そこまで重大なことになるとはと思っているのでしたら軽率が過ぎます。」

「うっ。」

わかってはいた。いずれこういう局面になるのだろうって事は。

「リスクは考えないふりをしていたんですけどね。」

「……正直、今回の事件の中であなたが一番理解できないんですよ。」

私にとっては、と倒置法で言いつつ、彼女は続ける。

「分が悪い賭け、挑戦をしたいと言うのであれば理解はできます。私がそうでしたから。ですがこれはもはや勝負の放棄です。利益もない。」

「十分、彼氏の気分を味わえただけで利益なんですよ、こっちは。」

「は……?」

クールで冷徹な「は…?」ほど恐ろしいものはないな、とふと思う。

「俺っていう生き物がそれくらいなのかもしれませんよ、そういう一時の快楽に左右されるくらいの。」

ちなみにこれは半分真実である。

「人それぞれとは言うけれど…呆れ返りますね。」

「どうとでも言ってください。」

はぁ、とため息も聞こえるほどの呆れた声が聞こえる。

「ああそれで、凛さんは無事です。アカウントの諸々があって以降、正直、…精神面では芳しくありませんが。」

とりあえず、もうこうなっては隠し通す気などさらさらなかったから、彼女に伝えた。

「そうですか、……元々、彼女のやったこと自体もあまり褒められたものではないでしょうけれど。」

「でも、こういう状況だからこそ、彼女には味方が必要なんです。」

「それがあなただと?」

「伊達に受験勉強はしていないんですよ。似たような苦しさを理解してはいます。」

「ほんとに別のところに使って欲しいんですけどね、その変に言葉の回って理知的なところ。……まあいいです、これ以上説教など垂れてもしょうがありません。」

本題に入ると言わんばかりに彼女は続けた。

「とある作戦があります。あなたたちの状況を少なくとも釣り合いが取れるくらいにするだけですが、やりますか?」

「そんなことが?」

驚きを以って彼女に答える。

「ええ。ですが、本格的に彼女の所属事務所を相手取らなくてはなりません。少なくとも向こうには集団とお金の持つ力がありますから、無傷で終わるとは思わない方がいいです。私にはその覚悟はありますが、あなたは?」

答えは1つに決まっている。

「ありますよ。」

また1つ溜息が聞こえる。

「最後に残るは……彼女のしたいこと。」

そう、全ては飛田凛の感情に、最後のピースは委ねられた。

「ですが、それはあなたに任せます。本来は私が声を聞かなきゃいけないですけど、今の調子じゃ私が言っても多分どうしようないでしょうし。悔しいですけど、味方であるあなたが必要です。」

理性的なセリフがいつもいつも人の心に響くわけじゃない。それをなんとなくお互いが理解していた。

「すべての覚悟が決まりましたら、明日の早朝に、東京駅で会いましょう。それまでにあなたたちが来ることを見越して、私たちはすべての根回しを進めます。」

「変なプレッシャーはやめて欲しいですね……。」

その圧力で彼女が萎縮するではないか。

「フフッ、それでは、失礼。」


ぶつりとまた音が切れて、俺はそのまま部屋に戻った。

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