第9話 私にできること
「みんな〜!もっといける!!?」
間奏のさなか、立てられたスタンドマイクを握りしめ、私は声を張り上げた。大勢の呼応する声が私にまだまだやれると背中を押す。
でも、「見えてたはずの景色」とは違う。
本当はこの前にあの子がいるはずだった。かつての仲間が。
凛、今どこにいるの。
「私も声張り上げていくから!!」
「莉愛は本番に弱いっすよね〜」
ちょっと前から、というよりずっと前から真知から言われていたことだ。
そんなわけないじゃんって思ってたけど、なんとなく今はわかるのだ。このステージの真ん中にいる私はとにかく不測の事態に弱すぎる。
突然の事故、ポジションや演技の変更に敏感に反応しすぎて、照明が見える位置や細かなことがその全てが最後のリハや脳内の自分の想定と合っていないと多少動揺する。わかってしまった恐ろしく繊細というか頑固というかそんな自分に呆れるしかなかった。
冷静な自分、衝動的な自分。その二つの自分の激しいせめぎ合いが自分の中にはある。突飛なことをしようとした自分に、変なタイミングで冷静になれと諭されてそのまま事態の収拾がつかなくなるのだ。そのギリギリでパフォーマンスをするから、結局様々な環境に敏感になる。本番で何が起こるかわかったもんじゃないのに、練習と同じ状況をいつも望んでいるのだ。
最後のポーズを決め、二曲目をやり遂げる。一際大きな拍手を浴びながら、次の言葉を投げようとする。
「次が私の最後の曲です。そしてこのライブの最後の曲です。」
ザワザワと声が一部に響く。そりゃそうだろう。流石に誰でも異変に気づくはずなのだ。一人いないとなれば確実に。
「うん。みんなわかってると思うんだけど、このライブには一つ、現在もアクシデントが起こってる。」
言わなくてよかったはずだと私が責める。無視できないのだと私が言う。
静かになりゆく、けれどもざわめきが一定のところで燻っていく。
「このステージさ、広いよね。」
マイクの声が無責任に私を響かせる。私を無視できなくさせる。
さあ、言ってしまったぞ私。
「私一人なんてほんとに小さすぎる。後ろの人までちゃんと見えてるか分かんないけど、私はここにいるって!全力で歌うから。ここにいなかった人の分まで、どこにいるかわからない君にも私の声が伝わるくらいに!」
大きく息を吸い込む、さあ、あとは勢いに任せておけ。
「だから皆さんも大きな声で!私のお手伝いと自分がここにいるって応えてください!ラストナンバー行きます!!!!」
少しの間を取り、観客席がわっと圧を返してくる。息を整え、袖をチラリと見やった。
最後のイントロが響きだす。
*
「本日のアイドルスーパーフェスタは以上をもって閉演となります。皆様気をつけてお帰りください……」
「凛はどうした〜!!!」
「凛ちゃんは〜!!!??」
莉愛のラストナンバーが終わろうとも既にファンが一部ヤジを投げつつある中、ステージから掃けた莉愛はステージ裏を歩いていく。
「こぉ〜ら。」
肩にポンと手を置かれ、びくっとなった後、彼女は安堵の表情を浮かべる。彼女のマネージャーである真知だった。
「あの、凛は?」
「まぁ〜、結局体調不良?とかなんとかで押し通すみたいっす。」
というか、と続けて
「さっきのMCのアドリブ、もうちょいどうにかならなかったんすか?」
「いや、あれよかったじゃん!」
「まーたこれで雑誌に意味深長に取られちゃうんっすからね。当たり障りない事言ってたほうがいいでしょうよ。」
廊下を通る人を避け、隣り合わせで壁に寄りかかる。さっと彼女にスポーツドリンクを手渡した。
「あれは、あの時思ったことを言いたかっただけ。ここにいるよって言いたかっただけだから……」
「はぁ…そうっすか。」
やれやれと言った様子だ。莉愛はスポーツドリンクのラベルを見つめている。
「というか、この調子だと打ち上げあるか分かんないっすね。ありそうだったら出席で、それ以外なら今日はこのまま帰って解散で良さそうっすよ。」
「そっか。」
「………何かしたいなら今っすよ。」
ジトっとした目で横の莉愛を見つめる。
「え、な、私に何ができるの?」
既にこれ以上にないくらいにはできることはやった、という気分だ。それに調査や情報収集に長けた同年代の友人、或いは先ほど仮説とかなんやらの協力を仰いだミラや那月の友人も軒並みセンター試験なのだ。
「いるじゃないっすか、相談にぴったりな人間が。今日のライブや試験に関係なくて、あなたと凛を両方よく知っている人間が一人。」
莉愛はハッと真知の顔を見る。
「打ち上げくらい、私とそれ以外の事務所の人間でなんとかなりますからね。ほらビジネス的なそれとかの方が主だし。」
それに、と付け加える。
「もうそろそろいい機会だと思いますよ、腹割って話そうと思うのなら。」
そう言い終えたすぐだった。彼女はスポーツドリンクの6分の1ほどを一気に飲み干し、キュッとキャップを閉めた。なぜか真知に手渡して、少し振り返る。
「今日の打ち上げ、もしあっても行けなくなる……かもです。」
そのまま外の方向へと飛び出していく。
「いや、そこは言い切ってもよかったのに。」
真知の独り言は誰にも聞こえることはなかった。
*
「ねぇ、私でよかったの?」
あの解散事件のあと、彼女はついてきた私にこう言った。
「今回の事件だって、半分くらいは私のわがままだったし、真知が責任負う理由ないんだよ?」
「なぁに自惚れてんすか。別に責任なんかないですよ。」
夕焼けに染まる世界の中で少し先を行く彼女を見ていた。
「まぁ、あっちには優秀な人間がいますからね、私一人いなくたって割とどうにかしますよ。」
それより、莉愛が路頭に迷う方が寝覚め悪いですからねと揶揄うように言ってみる。
「ほんと。私は2人にもう一緒にできないって言っちゃったから。」
少し先を歩く彼女の顔はどんな顔なのか窺えない。
「もしかしたら、私は取り返しのつかないことをしてるのかもしれないけれど。でも選んだからには倒れるまでやる気だから。……だから、真知にもたまには嫌なことあるかもしれない。」
ちょうど歩いていた遊歩道の右側は港のエリアになっていた。夕暮れに染まっていく港とその先の街を見る彼女の目は涙などなかった。
「まあ、最悪私は自分でどうにかしますよ。そこら辺は大人ですんで。」
「うん。……ねぇ、」
そのまま吹いてきた風に目を細める。
「もしさ、私がすっごい人になって、またわがまま言えるくらいのアイドルになれたらさ、また3人で同じステージ……その時は同じグループになれなくても同じライブに立ちたいなって。それか、また3人でファミレスのさ、1つのパフェを分け合うとか…したいな。」
彼女がわがまま言ったのは多分それっきりだ。
「莉愛…」
終了してもなお慌ただしくなる会場で一人、私は先ほどの言葉と、あの時を反芻していた。手に持ったスポーツドリンクのボトルを何気なく触ってみる。
「その日はもうそろそろ、だと思うっすよ。」
会場裏の人目につかないところで彼女は意を決して『発信する』のパネルを押した。
緊張と焦燥とちょっと先走った悔やみを胸に彼女は向こうのあの子が電話に出るのを待つ。数回のコールののち、それはあっさりと受け取られた。
「…はい。」
「久しぶり、シグナ。」
運命は再び動き出す。
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