第10話 偶然が当たる確率
「あ、み、見つけた!!」
「え、信濃さん?」
帰りの人の波に押され流されていた私はもうすでに探すことに関しては諦めの境地にいた彼女を探し出す。
試験会場から最寄りの駅までの自動コンベアのような流れからはみ出して、私と信濃さん、それに一人の男の子が集まった。
「…なんだよ、わざわざ連れてきて。言っとくけど、もう奏真絡みの件はお前も突っ込むのやめとけって。気にしてもしょうがねぇだろ。」
開口一番、彼はそう言った。どうやら信濃さんの友達らしい。
「あの、そちらは…?」
何か反論しようとしていた信濃さんに彼のことを聞く。
「えっと、入谷くん。さっき話してた友人のこと、よく知ってる子。」
「ども…。」
釈然としない感じで会釈される。日下部です。と自己紹介した後、信濃さんが先ほどの反論をした。
「あなたさ、いくら受験が個人の戦いだからって突然いなくなった友人のことくらい気にかけてもいいじゃないのよ!」
「悪りぃけど、そういうことはお前一人でやれ!好きなんだろ、あいつのこと。だったら情に棹でも差して流されてろよ。」
俺は帰るぞ、と振り払おうとした手をより強く掴まれていた。
「ば、バッカじゃないの!何を根拠にそんなこと言ってんのよ!!ていうかそのポッと出の私が心配してんのにあんたは何もしないわけ?」
「一昨日決めたんだよ。何があろうともお互いのことには干渉しないでいようって。だからこれ以上、俺はあいつには関わらないでいようと決めてる。」
今から考えればそんなことを言い出すこと自体おかしかったのかもしれないって思うけど、と彼は自嘲した。
「んじゃ、帰るぞ。何かしたいのなら勝手にしろ。別に誰の許可を取る必要もねぇだろうが。」
それ以上の議論は無駄と判断したのか掴んでいた手をそのまま、下ろした。彼が振り返っていくこともなく、背中がだんだんと小さくなる。
「そうね。私は私で勝手にやる。あなたはそう言うのであれば私がお節介にでもなっておくわ。」
そう言うと彼女は睨むこともやめた。
結局なんだったんだと思うしかなく、やはり疎外感を手に入れるほかなかった私は彼を見送った信濃さんに対して向き直った。
「ごめんなさい。勝手に進めてしまって。」
「あの、さっきのやりとりは…?」
「うん。まあ、彼が協力してくれるかどうかってのはわりとついでみたいなもの…私自身が気持ちの整理つけておきたかっただけなのかも。…ごめんね、変なことに巻き込んで。」
「い、いえ…」
仕切り直すかのように彼女は切り出した。
「あの、昼に言ったこと覚えてる?」
「これ以上に信頼できるなら追加で情報を出す、でしたっけ。」
「そんな感じの。あの、さ。これもう知ってるよね?」
SNSのニュースコーナーを見せてくる。案の定そこには今日のトレンドを席巻した「突如の飛田凛の失踪」についてが記事にされたものだ。
「もしかして、あなたの友人の言ってたことってこれに関すること?」
「はい、まあ…。なっちゃん…三崎那月っていうんですけど、アイドルなんです。調べたら彼女の所属するグループも飛田さんも同じイベントに出演するみたいだから、何かに気付いて私に連絡をくれたのかも。」
「それと彼のことが偶然じゃないって言える可能性がある…?」
「その可能性もあります。ですがそれは何もしなかったときと同等である可能性もはらんでいます。」
私はごまかしたくなかった。
勢いで全てを決められるのはいい。
でも果たしてそれで本当にいいのか?
だって、それは目の前のあなたに嘘をつくことになるかもしれないじゃないかと私の中の自分が呼ぶ限り、ごまかす気にはなれない。
「……」
彼女は押し黙った。
「私とあなたがつながることで得られるものがあるかもしれない。でもそうじゃない確率も依然として存在する。あなたがどうするかだと思います。私をあなたや友人を利用する悪人であると見る、それでも構いません。」
まだ、私は弱いままだ。どれだけ世界を見る目を変えようと、世界自体を変えようとも、自分を信じる気には到底なれない。だって正しい私は存在しないから。
眼で見れば近いようで、心で決めれば無限に遠くも感じる彼女との距離は果たして一体どこまで縮まっているだろうか。
「…信じる。」
弱い声でそう言うのが聞こえた。
「あなたは絶対そんな悪い人なんかじゃない。きっと何よりも優しいだけだから。教えるよ、彼のこと。分の悪い賭けに応じて得られるものがきっとあるはずだから。あなたと私がこの日に会えたことに賭けてみる。」
「…ありがとうございます。」
1日で人の信頼なんかきっと本当は得られるわけない。だけどこの瞬間だけは私は本気で私を信じた彼女を裏切ろうなんてきっと思えるはずもない。そんなつもりはないけど。
人の波を外れ、近くのコンビニを止まり木にした私たちは彼女に電話をかけた。
「葉月?」
「あ、なっちゃん。あのさ、昼に言ったことなんだけど。」
「あ〜、え〜っと信濃さんのことだよね?進展あったの?」
「うん。れいかさんがその友人の名前と連絡先教えるって。」
「嘘!?」
や〜っと、最後のピースがハマった。と安堵の声が漏れている。
「あ、信濃さんに代わるね。」
「ん、ほいほい。結局連絡先無駄になっちゃったね。」
そう溢したのを聞いてから、私は通話口から遠ざかった。
そのあとは信濃さんとなっちゃんが連絡先と「平木奏真」という名前を教えてもらっているついでに互いに感謝を掛け合うようなやりとりがあったようなに見えた。一通り終わったように見えて
「彼に何かあったらよろしく頼みますね。」
という最後のあいさつを済ませると私にスマホに返される。
「最後に代わってって。」
「ありがとう、葉月。」
「いいよ。お礼は信じてくれたれいかさんに言って。」
「まあ、働きかけてくれなかったらこんなふうにうまくいかなかったから。」
「そっか。」
「今ちょっといろんな人に連絡して、色々やらなきゃいけなくなってるからちょっと連絡しづらいけど、その方が集中できていいか。2日目、頑張ってね。こっちはもう何も心配しなくていいから。」
「うん。」
その言葉通り、これ以降私も信濃さんもこの事件には関わっていない。最後の結末も「アーカイブ」を見る以外にそれを知る術はなかった。
*
「……以上が私たちがどうやってこの状況までにあなた達より情報を集められるほど力があったかということの基礎です。」
少女はしっかりと前を見据えている。
「それとなんと形容するか、嬉しい誤算、可能性の果て、偶然のような必然、或いは………奇跡。」
そう告げて彼女はさらに続けた。コトンコトンと空港ロビーの床を響かせ、周囲を往復する。
「名前はまあ、どうでもいいんです。皆が呼びたいように呼びましょう。結局は共犯者であった隣の彼、平木くんの友人と私の友達の友達の友達が同じ試験会場にいて、繋がったというだけのこと。だからあなた達よりも広大なネットワークを駆使できるようになった。そうなったのが、どうやら昨日の夜。」
相対する集団、一際偉そうなスーツの男が一歩前に低い声を出して言う。
「なら、なぜそれからお前がでしゃばってきた。これは我々と彼女…飛田の問題だろう。今更嫌がらせか、シグナ。」
彼女、葵坂シグナはじっとかつての事務所の人間たちを見据えた。相対し、顔を見続けている。俺はじっと彼と彼女を交互に見やるしかなかった。
「今からお話しします。なぜここに私がいて、共犯者であった平木くんがいて、凛がいないのか。なぜ私たちは成田空港にあなた方を誘い込んだのか。あなた達が気付いていながら解けなかったネット上の不穏な動きと併せて全ての種明かしといきましょう。もちろん、カメラの前の皆さんもご一緒に。」
「は…?」
途端に男達の顔色が青白く変わっていく。
俺の改造されたコートのポケットに対して、彼女はちらりと手を振ると、そのポケットの中のスマホを手にとった。
「ずっと、見られてましたよ?」
センター試験2日目、結局俺はまともに受験などできそうにもなく、というかするつもりなど更々なかったのだ。
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