第8話 急にめんどくさいことになった

「何これ…」

「まあ確実にクロってよね、これで。」

「ミラさんお手柄って言いたいとこっすけど…厄介なことになりましたね〜。」

 幕張国際ホールの舞台裏、恙無くとは言えないまでもライブの閉鎖環境故か、この裏側では飛田凛の失踪騒ぎがネット上で大きな拡大を見せていたにもかかわらず、特に大きな混乱を招くこともなくアイドルフェスタは進行していた。多くは現在は消えてしまった彼女のアカウントの投稿のせいに他ならないのだが。

「つまり、状況を整理すると……」

 現在ステージ裏のこの場にいるのはミラと那月、そしてかつての『attempt』のマネージャーの1人であり、現在は渕野辺莉愛のマネージャーを務める新牙真知だった。勿論ミラは、先程手に入れてしまった録音音声については彼女達のプロデューサーにも報告はしたものの、現状では何もできないというのが彼の見解だった。下手にほかの事務所に口出しができないのは納得もできるが、普段の彼女らしくなく微妙にやきもきしていたミラは莉愛を通じての知り合いで比較的に年も近い真知にコンタクトを取ったのだ。

「本当にあの事務所側がやったことかはわかりませんが、少なくとも凛の…私が前にいた事務所側になんらかの怪しい動きがあったのは確かで、さらにオフィシャルアカウントによる謎の投稿とその後のアカウント削除……。凛のアカウントってのはアカウントの紹介文にもあった通り、スタッフとの共同運営だったことから凛本人の可能性と事務所側が勝手にいじったものである可能性の二つが挙げられる……んで、ミラさんはあくまで事務所側がやったことだって言いたいんすよね?」

「ええ。根拠はこの音声だけで……後はなんとなく、彼女がこんな愉快犯的な事をするようなことはないんじゃないかしらって私が何回か仕事を一緒にしてきた経験から得た人物像……?みたいなものしかないのだけれど。」

「大丈夫っすよ。少なくともその人物像は私のそれと似通っているっすからね。」

「でも、これ本当に事務所がやってたとしたらひどくない?」

 那月が語気を強めて言う。これは多分この音声を信じ、事務所がやったと考えた感じだろう。

「ただ、法学のほうには詳しくないんで権利の侵害行為として捉えることができるかは私でもいまいちわかんないっすね。」

「何にせよ、那月がさっき言った仮説、真知さんにも意見を求めるべきじゃない?」

「お、何すか?」

「私の仮説なんですけど、凛さんには共犯者がいるんじゃないかなって。」

「共犯者!?またそれは大胆な仮説っすね。」

「だって、彼女ってそれこそ事務所の柱じゃないですか、だとしたら車で送迎とか事務所の人とかと最初から接触することだってあったはずなのに、その目を掻い潜ったわけですよね?だとしたら協力者とかいた方がその可能性があるかなって。」

 事実、私を含むこのグループのメンバーは今日の会場へは事務所所有のマイクロバスでやってきた。

「なるほど、わかんなくもないっすね。」

「で、ここからはあくまで不確かな考えなんだけど…それ、彼女の彼氏じゃないかなって思ったんですけど。」

「え?」

 いきなり予想外の方向から飛んできた矢に対応し切れていない真知に那月はさらに付け加える。

「いや、協力者として事務所にも知られていない交友関係だとしたらその可能性もあるかなーってだけです。あくまで例えというか……」

「な、なるほどっすね。ちょっと焦ったっすよ。」

「なんで真知さんが?」

 訝しんだようにミラが言う。

「元といえどもマネージャーっすからね。私の知らないところでスキャンダルとかたまったもんじゃないっすよ。」

 カラカラと笑ったのを見つつ、那月はさらに続ける

「あと、今日ってほら、センター試験じゃないですか?」

「あ、そうっすね。んで、それがどうかしたんすか?」

 いまだに唸り続ける那月に真知は問う。

「いや、私の仮説…『飛田さんには協力者がいる』というのが正しいとしたら、今日いう日付を加味してさらに考えると…うーん、10秒ください。少しまとめます。」

 深く考え込む彼女にやれやれという雰囲気でミラが助け舟を出す。

「はぁ……端的に言ってしまうと『見ず知らずの受験生が彼女の協力者なんじゃないか』って那月は疑ってるんです。」

「え?ちょっと待ってください、どこからその思考に飛躍できるんすか?3段ジャンプぐらいしないと無理じゃないですか?」

 協力者がいるというのはまだわかる。だが、そこからなぜそこまで対象を絞ることができるのだろうかと彼女は考え込むしかなかった。

「だから結論から先に言うと、この反応になるに決まってるって言ったでしょミラ。」

「回りくどいのも面倒になるじゃない。現にあなたがそうなってるんだから。変なところ葉月に影響受けてるわよね、那月って。」

「あぁ…もう。とにかく理由はあるんですけど、そう考えたんです。それで適当にうちの友人であるその葉月って子に、調査も兼ねて連絡したら……ドンピシャで連絡なしにセンター試験をすっぽかしたらしい人の友人がいて…まぁ、要は友達の友達の友達が連絡なしで超重要なセンター試験をサボってるってことを偶然掴んで、この仮説を信じるだけの価値を得たと言いますか…」

「でも必ずしもその人が凛と一緒になってる可能性なんて限りなく低いっすよね?交通事故とどっこいどっこいじゃないですか?」

「それはそうなんですけど!都合よく考えすぎなのはわかってるんですよ…!!」

 ぐあああああと頭を掻き毟りそうになる手をミラに押さえ込まれ、その余波で身をよじり出す那月。

「まあ他の手もないですし、やるだけやってみたらいいんじゃないっすか?」

 多分気休め程度でしかないだろうと真知は思ってしかいなかった。

 そう、この時までは。



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