第7話 粟が煮えるくらいの夢
「あはは、変な顔〜〜。」
「しょうがないだろ、絶叫苦手なんだし。」
「え〜、あれでヒィヒィ言ってたら他のどうする気よ?」
「無理だってこれ以上は…」
絶叫マシンの最中に撮られていた写真を見ながら彼女はお腹を抱えて笑っている。大方人に見せられないような、特に同級生に見られたらボロクソに言われるタイプの顔の引きつり方をしてるのが問題だろう。
それを見る彼女ももはやアイドルとは思えないほどには豪快に笑っている。クラスメイトと大差ない所作ではあるが、普通にこんな同級生がいれば自分の脳がパンクするに決まってる。てか、この状況すらよくよく考えなくとも天文学的確率を見事に成功させた結果なわけで。
「いやー、記念にこの写真買っておこうかな。いる?」
「いや、せっかくなんだけど、もっと写りのいい写真が欲しいんだが…………。」
「あ、それは遠回しに私とツーショットを撮りたいと??ソウマも隅に置けないよねえー?」
「いや、そうは言ってな…」
「いいよ、どうせなら景色いいところで撮ろうよー。」
舞浜にある夢の国「ピースワークアドベンチャー・トウキョウ」はアメリカのアニメ映画会社、「ピースワークスタジオ」の作った作品の世界観に入り込めるテーマパークだ。日本にできたのはもう30年以上も前のことになるが、俺が来たのは実は初めてだったりする。凛に言うと驚かれた。
「ここいいじゃん。」
きれいにテーマパークの景色が映る撮影ポイント、港を模した開けたエリアに場所を移し、再び写真でも撮ろうという流れになり、ふと立ち止まる。
「携帯、どうする?」
「あ。」
こんな状況下でデジカメを持ち歩いているほど俺は気が利いていない。であればどちらかのスマホの電源をオンにしなければならないのだ。そして何度も言うが、現在双方とも居所がバレるとまずいのである。正直なとこ、今の状況下でスマホは見たくもない。だとしたら写真も我慢できる気はした。
「いや、いいよ。ぶっちゃけ凛の身の安全考えたら、そこはなんとか我慢できるし。」
「でも私が言い出したから、そこは別に気にしなくてもいいよ?」
それに、別にすぐ居場所がバレるなんてことはないだろうしさ、と言いつつ、彼女が自分のスマホを出そうとするのを俺は制止する。
「だったら俺のスマホでいい。SNSで送るの面倒だし、バレるなら俺のほうがダメージ少ないだろ。」
ごまかしは効くだろうし、何より彼女と俺が一緒にいることなんて誰にもわかるわけがないのだ。ただの高校生と一歳年上の美少女アイドルが出会ったその日に一緒に行動する理由は通常はほぼ皆無だろうから。あとSNSを交換する理由もないし。
「え、でも大丈夫?」
「平気だろ、多分。」
正直、誰かの反応を見てみたいと思っていたのは事実だし、俺自身、何かのきっかけや大義名分が欲しかっただけなのかもしれないと思いつつ、俺は自分のスマホの電源を入れた。
いつものロゴマークが見えたのち、ロック画面が出ると途端にブブッと震える。途端に通知が画面上を流れていく。信濃さんや明日葉からの案の定の連絡がありつつ、それを今は目に入れないようにスライドさせ、カメラを起動させようとするが、とあるニュースアプリの通知を二度見する。
そしてそのまま数秒くらい固まるしかなかった。悠久とも思える時間が流れたように思え、不安になって覗き込んでいた凛の顔が目に映って我に返る。
「え、その大丈夫…って、ちょ、わっ…!?」
思わず辺りを確認して、俺たちに向く顔がないかを注視した。乱暴に彼女の手を掴み、その場を離れる。
「ねぇ、ちょっと説明してよ!」
「いったん人目につきにくいとこ行く!話はそれから!」
スマホを操作する手はそのまま、数ヶ月ぶりにSNSのアカウントに再ログインしていた。そのまま目的の投稿を確認すべく指を動かす。案の定それはトレンドランキングの中に簡単に目についた。
「ここで大丈夫!だから、ねぇ!」
「…悪い。」
とりあえず目立つ場所からは離れ、巨大な人の流れからそれたところでなんとか一般人に紛れ込んだ。それも今となってはなんとなく心許なく感じる。
「どうしたの…?」
「凛は俺を騙してたのか?」
「え?」
スマホの画面には飛田凛公式アカウントからのプロモーション投稿が表示されていた。内容は「飛田凛を探せ!!」。
「な、なにこれ…!?」
彼女も困惑した様子を見せる。まあ、今ではそれすら疑わしくなってしまう。
内容は全国のフォロワーを巻き込み、現在ライブ会場にいない凛を見つけてね、もし見つかればそのまま幕張へ向かいますというサプライズやらエンターテイメントの過激さを極めたかのような企画だった。
「凛は何か噛んでるのか?」
「知らない、こんなの知らない!!」
「信じていいんだな?」
「朝方に電源落としてから今日一日スマホ触ってないのはちゃんと見てたでしょ…?」
「まあ…。てかいくらでもなんとかなるだろ、それこそ事務所に頼めば。」
「マネージャーとかとはアカウント共同運営してるけど…こんなこと頼んでないし…てかだとしたら事務所が私のアカウント勝手に操作して私を見つけ出そうしてるってこと…?」
「それはそれでタチ悪いな。下手すりゃ犯罪だぞ。」
「嘘、なんでこんなことに…」
彼女は動揺を隠せていない。
俺は再び投稿を見る。これはすでに10分ほど前に投稿され、既にプロモーションとは関係なくトレンドランキングに上っており、ネット上に大混乱をもたらしている。既に彼女を見つける包囲網が出来つつある可能性もあり、途端に俺たちは狙われる側になっているのだ。あくまでフォロワーも彼女の事情なんて知ることはなく、アカウントに踊らされながら、彼女を見つけようとするだろう。
「どうしよう。」
なんとかパニックを抑えつつ、考えを張り巡らせた俺は彼女に一つ提案をした。
「この混乱を収めるのは無理だが、この投稿の削除とアカウントの操作権を奪うくらいはできるかもしれない。」
「え?ほんと?」
「望むならだが。」
「やって。お願い。」
彼女の目に嘘がないことを祈りつつ、俺は話し出した
「とりあえず、凛のスマホからログインしてくれ。俺のスマホだと新しい端末のログインのメールで事務所側に怪しまれる。」
「う、うん。それで?」
手元のスマホを操作しつつ、彼女は矢継ぎ早に言う。
「投稿削除ののち、パスワードの変更をして、そのままアカウントを一旦削除して。」
「え!?」
驚き、俺の顔を見る彼女。
「ただ、アカウントを削除するだけじゃダメなの?」
「普通に削除すると、パスワードが合えば復活される。変更さえすれば、とりあえず内容を知らない事務所側がログインして復活することはできない。そのあとは消した状態の方がいいかも。アカウントが現存していると事務所側も運営に言えばパスワードのリセットとかができるだろうから。」
「そ、そっか…」
ホントは万全を期すためには電話番号やアドレスやユーザーネームすらも変更をする方がいいのだが、迅速性を考えるとこっちでも多分うまくいくはずだ。
「これでいいの…?」
「うまくいった?」
「とりあえず、言われた通りにした。」
アカウントが削除されましたの文字を彼女の画面に見た。
「それなら、とりあえずは事務所側に好き勝手される危険性は減ったな。ただ、多分大混乱は治んねぇだろうけど…。」
SNSを活用した大胆不敵ともいえるやり方、さらに元凶のアカウントの削除のおかげで、既にネットの混乱はさらに過熱化するだろう。
「…興が削がれたな。これからどうする?もう一回…」
パレードにでも誘おうとも思ったが、彼女の顔を見てもう一回夢の国へと誘われる気分にはなれなかった。これまでのデートとも取れる逃避行はまさしく一炊の夢に他ならず、ここからが現実で本物の逃避行なのだと今の全てが物語っていた。
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