第15話 必要のない糸とその意図
「では、種明かしです。順を追いましょう。」
成田空港ロビー内。
相対する二つの集団に、それを囲うようにも見える形で有象無象が流れていく。いくつかの集団は俺らを見ながら何かを指さすような仕草をしたり、聞こえない範囲で話したりしている。
眼前にいるのはスーツ姿の男たち。おそらくあの事務所の人間だろう。
こちら側には俺を含め2人の男女。だがそこにいるのは凛ではなかった。
八月同盟ボーカル「signal」こと葵坂シグナ。元々凛の同僚だった彼女がなんでここにいるのか、と問いたくなるほどには事務所側からすれば結構おかしな状況である。
「全てが動いたのは今日の朝、ちょうど5時間前くらいですかね…?」
俺はその言葉を聞きつつ、ここまでの激動の朝を思い返していた。
*
夜もキッチリとは明けていない冬の早朝。互いにバレないように陰に身を潜めるように歩くものの、既に休日に何処かへと赴く人の姿、スーツ姿の大人、そしておそらく昨日の自分と同じ、制服姿で受験へと向かう誰か。
東京駅は既にそんな人の多さでごった返している。誰かの目がこちらに向いてもまあ、おかしくはないのだ。
「……」
でもなんとなくはぐれないように凛と手を握ったまんまだったのもあって、僕らのことを深く考えずにカップルのように見てくれているらしいのは幸いだった。
「……あっ。」
改札から構内に入って幾ばくか、東京駅の構内の名物スポット、「銀の鈴」。そのふもとに目的の存在は立っていた。
「……………!」
ちらりとスマホから目を上げて、俺たちを見る。どこかで確実に見たことのある顔が俺を見て、手の中にあるスマホを軽く振っていた。そのまま互いにスタスタと歩み寄る。
「………………平木くんね?」
葵坂シグナがそこにいる。俺の真ん前にいる。
「はい。」
「声も合ってる。そして…」
視線は俺の隣に飛んだ。目深にかぶった帽子に加えて、顔すら伏せるその仕草に痺れを切らしたのか、軽くため息をついてその帽子のつばを持ち上げた。
「ほんっとに、あなたは…。」
強制的に彼女と目が合う。
「あ、えと……。」
元メンバーとのご対面にかなりの気まずさがあるのは致し方ないが、視線をそらしてしまっては何にもならないだろうと嘆息する。
「久しぶり。」
「うん、久しぶり…」
遠慮がちに手をあげている。
「ほんとはこんな形で会いたくなんてなかったんだけど。」
「う……」
「まあ、言いたいことはこの辺にしておきましょう。時間はそうないしね。」
さて、とシグナは俺を見た。
「今回の作戦は私たちが勝つためのものなんかではありません。それを先に言っておきます。」
ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あくまで、このゲームを痛み分けのドローに持ち込むだけのやり方…、それだけです。」
「あの…具体的に何をすればいいの…?」
凛がそう言えば、シグナがそのまま俺に視線を向けた。
「凛よりも…今回はあなたが精神的にキツくなるかもね?」
「へ?」
「ずっと黙り続けていられる自信はある?」
俺は「へ?」と2度返した。
*
事務所は慌ただしくもなく、いつもの空気だった。
ライブ後の休暇日なのだから当然、と思いつつ、前には立て続けのスケジュールがあったことからの物足りなさを感じてもいる。
相変わらず出勤日でもないのにプロデューサーがいつものスーツ姿で(こっちの方が落ち着くという発言が聞こえた気がしたことは一旦置いておく。)鍵を開けてくれたものの、いつものデスクで何かをするわけでもなく佇んでいること、そんな手持ち無沙汰の様子の異質さもあってことだろうが。
「でもさ〜…。」
デスク横のソファスペース、眼前の向かいのソファにいる少女が私の前で呟く。
「特に何やるでもなく、事務所にいるのって何週間ぶりって感じだよね。」
「本当そうね……3、4週間ぶりとかそこら?」
「うげ、年末以来ってことじゃん。」
「それだけ忙しいのも、私たちが色んなところで必要とされているからってことよね。」
「まあ言葉だけでとればそうなんだけどさ〜……おっ。」
ガタガタと入り口付近でドアが動き、そのあとフローリングを踏みしめる音がして、目的の存在がやって来た。
「すみません、少し連絡に……時間かかっちゃって。」
「おっは〜那月。」
「え、ミラはそりゃそうだけど……なんで椎名さんまでいるんですか。」
現在はというと、私たちのいる事務所にはプロデューサーに加え、「photon」メンバーの私、長妻ミラに、三崎那月、それに同じくメンバーの白木椎名がいた。
「…いちゃダメだった?」
「…いや今、朝の7時ですよ?」
「だからどうしたよ。」
「珍しいなって思っただけです〜!!」
そう、現在の時刻は7:08、少し前に日が顔を出した冬の朝に、しかもライブ終わりの翌日に、メンバーが3人も集まっている事態は紛れもなく風変わりだと言うほかない。
「まあ、私も一枚噛ませて欲しいな〜ってミラに言ったからね。」
「あ、そういうことですか…。」
「それで、色々終わったの?」
「あ、そうそう聞いてくださいよー!!」
スマホの画面上に指を滑らせつつ、彼女は言う。
「昨日から知り合いに当たってみて、ようやくここまでの規模になりました…えっと…これくらいですかね。」
彼女の画面には連絡をとった人を中心に、その協力者のアカウントを集めた「リスト」があった。ざっと20人程度。
その欄には彼女との親交のあるアイドルやミュージシャンを中心に、芸能界で活動する10代後半の人たちが主だった。
「え、てか姉川秋奈さんと知り合いなの?」
彼女のリストにはアイドル関係ではなさそうな、どこから築かれたのかわからないつながりがいくつかある。
メディア注目の新人女優、姉川秋奈もそうだった。
「あ、はい…一昨年の秋あたりに。」
「へー…あ、そういうこと。」
何かを理解したように彼女たちは言うが、それらについて詳しく話すには少し時間が足りなさそうだ。
「……あっ、時間きました!」
このためだけに入れていたアラームが鳴る。
「すみません、じゃあみなさんお願いします。」
そのままそれぞれの画面を凝視して、指を弾くように動かす。
見えない繋がりがSNSの中の一つの糸となり、数々の断片がそれを浮かび上がらせる。次第に少しずつ、何かを締めつけるように群衆の好奇心に、羽毛でなぞるように触れた。
*
「まあつまるところ、私たちはとある『暗号』を用いての連絡を行っていました。」
あなた達もご存知のはず、ととある画面を見せる。
「本日の朝に載ったいくつかの投稿…ここには何かを示すように光の羅列がありました。それらの投稿全てにです。」
見せたのはとあるアイドルの投稿だった。何気ない、日常の慣例になりつつあるおはようの投稿。
しかし、そこには昨日のあのライブの会場と思しき場所の控え室で撮影したその人自身の写真が添付され、その右下端には、謎の光の配列があった。
それに連鎖するかのように時間をずらしながら別のアカウントからも、また別のアカウントからも似たような趣旨の投稿、添付された写真に映るまた違った光の配列がぽつぽつと現れていった。
シグナは慣れた手つきでシャっと画面を切り替える。
「そしてこれは、私の所属グループ『八月同盟』の公式が今日の朝に投稿した一つの画像です。次のライブパフォーマンスに使えそうだという主旨でペンライトの色と模式図を使った合図によるアルファベット26文字の表記の図でした。」
a〜zの文字を作れるとし、ライブのコールレスポンスに使えるアイデアとして期待していたかと思えば、続く投稿や返信などでさすがに即座の切り替えや反応に難がある、ということで結論づけられている。
「まあ、朝と言ってもつい先ほど、午前10時50分ですけど…。」
そのまま、スマホを自分の方に向けて画面を切り替える仕草を見せる。チラリと画面を見れば、時計は午前11時を少し回ったところだと言っている。
「いわばこれが種明かしになって、それまでの投稿が何もわからない人にも何かしらの文章を示している、それが暗号になっているんだとわかったんでしょう。」
ざわざわと動く。何がとは捉えられない。空港の群衆のどよめきか、眼前の大人の動揺か、ネット上のチャットやタイムラインなのか。
「ですが『暗号』が正確な種明かしの前に解析される、なんてこともあったかもしれませんね。まあ英語といっても今回はローマ字ですから、偶数番目にくる光のパターンが5つしかないってことがわかれば何となく…」
ペラペラと喋っていた彼女は一旦、そこで言葉を止める。
「って、こんなのはどうでもいいんですよね、長々と話す理由はないんですし、聞く方も退屈でしょう。」
そうだ、どうせこんなもの、暗号の仕組みだとかネットの動きだとかはいちいち言う必要も聞く必要もない。雑多に聞き流してくれたって構わない。
「これらの文章の内容は嘘なんですから」
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