第5話 許されないことの先

 コンコンとノックの音がした。

「どうぞ〜。」

 ガチャリと音がして既に衣装に着替え済みの見知った顔が入ってくる。鏡越しにその顔を確認する。

「ういっす、ミラ。」

「どうも。」

 読んでた雑誌から面を上げて直接その顔を見る。

「ちょっとしたら挨拶行こうと思ってたんだけど。」

「別にいいわよ、そっちからご足労いただかなくても、あなたとの仲だし。後で他のメンバーも来るだろうから、よろしくね。」

「いやいや、悪いね〜……はいこれ。さっきお偉いさんが差し入れって持ってきたやつ。」

「あなた宛のなんでしょ?それこそ悪い気がするんだけど。」

「いや、単純に量が多いから残すとそれこそ申し訳ない気がして。」

「まあ、さっき似た様なもの食べたんだけど……」

「あれま。」

「気持ちはわかるからもらっておくわ、莉愛。」

「サンキュー。」

 東京銘菓のバナナの洋菓子をつまみつつ、渕野辺莉愛と長妻ミラのはたから見ればよくわからない距離感の談笑は続いていた。事務所は違うし、一部ではめっちゃ仲がいい説も不仲説も飛び交っている二人だが、割と仲は良くもなく、悪くもなくっていう雰囲気である。

「手応えどう?」

「うまくいってるわ。『the anthem』ジ・アンセム含めて3曲、曲が少ない分普段より精度上げて細かいところまで気をつけてるつもりだし。」

「まあ、三崎さんの活動休止沙汰ももう一年前だしね。さっすがフォトンさんって感じだよね。」

「そっちは?」

「んー?」

 お気楽そうな声をあげて洋菓子を食べていたリア姫は飲み込んでから口を開く。

「君たちに負けてる気はしないね。まあ、一人で気楽な分さ、歌やらパフォーマンスで魅せてかなきゃいけないでしょ?そこらへんはほら、責任持ってやってるつもりですから。」

「あてつけ?」

「いやいや、もう個性ビンビンの12人をまとめていらっしゃるミラさんには頭が上がりませんよ。さすが!!」

「はぁ…。」

 調子いいんだからという感じでため息をつくミラ。この流れで彼女に聞きたかったことをぶつけてみることにした。

「それは、ってことの自虐ネタかしら?」

 3個目の洋菓子に手が伸びようとしていた手が止まる。


 *


「あ、葉月??」

 手に持った何束かの書類を持ちつつ、アイドルの衣装を纏った彼女はワイヤレスのイヤホン越しに会話する。

「ごめん今試験って、あ、ちょうど休憩時間? なーるほど了解。結果大丈夫そう?ふふっ、そっかよかったじゃん。」


「あー、で本題なんだけど、もし、もしだよ?試験会場に無断欠席とかしてる人とかいたり………え、いる?いるの!?聞いておいてあれだけど、嘘でしょ!?」


「ちょうどその人とさっきなんか色々あって、どうやら友達がなんの連絡もなしに来てないってことを知ったと。」

いやなんて偶然だ…、とひとりごちる。

「ん、あーごめん。ちょっとこっちのあれとか、コンプラ的問題もあるから目的とか言いにくいんだけど、その子といない人のお名前とか……。」

通話口にその子の名前が言われる。流石に怪しまれたのか、いない人の方は言われなかったが。

「よし、メモ取っといた。ありがとね。こっちのことはあんま気にしないでいいから、試験に集中して。ふふっ、ありがと。こっちも頑張るよ。」


 通話を切った彼女はハァッと息を吐いた。


「いや、マジか…これ。」


 *


「やけ食いは体に悪いし、何よりカロリーが高いわよこれ。」

「うるさい。許容範囲内だし。」

 少しミラを睨んだ。長妻ミラという人間はなんというか、そこに触れれば怒ると分かってて、逆鱗に少々ひねくれたやり方で触ってくる様な人間、というのが莉愛の所感だった。でも結局話や相談には乗ってくれるので怒れないのが厄介というか、ちょっと変わってるというか。

「凛のことは……よく分からない。もう1年半も過ぎたことになるし。」

「『attempt』の解散……ちょうどその時あたりよね、あなたに色々あったのは。」

「あの時はヤバかった。いつ死んでもおかしくなかった。探偵の…あの子たちに救われてなかったら多分今この世にいないと思う。」

 かつて、渕野辺莉愛、飛田凛、葵坂シグナの3人ユニットとしてかつて存在していたのが「attempt」だった。しかし昨年5月に莉愛の脱退騒動、それにまつわる一連の事件で解散。莉愛が事務所を抜け、ソロとして活動開始後に人気急上昇した。

 その1ヶ月後に突如としてシグナが事務所を退所し、その2ヶ月後に「八月同盟」のボーカル「signal」として突如ネット上で活動開始。活動当初は正体を隠しながらの活動だったため、そのミステリアスさと歌唱力の高さで話題を呼び、初のリアルライブで正体を明かして以降も既存ファンと新規ファンの影響でさらに人気を高めることとなった。

 彼女たちが抜けて以降もソロで活動し、莉愛から見れば健気に、あるいは律儀に一つの事務所で頑張り続けて、方向性に差異はあれど、自分と同じ位置に立ち続けている彼女、飛田凛。

 莉愛にとって今回どういう形であれ同じ舞台に立つことは楽しみでもあり、不安でもあった。

「それがこれですよ…嫌われたかな。」

「随分と弱気ね、あなたのせいってわけじゃないでしょ。」

「まあ、そうかもだけど。……さっさと抜けた私がどうこう言えるご身分じゃないし。今更どんな顔して会えばいいんだかとは思ってたけどね。」

「抱え込み過ぎじゃないかしら……まあ人のこと言えないけど。」

 あれから他のメンバーとは連絡はとっていない。何を言えばいいのか、話ができる関係ですらもはやないのではないのかと疑うことは尽きない。それほどまでにあの時の事件は二人との距離を引き離したのだ。

「失礼しまーす。莉愛さん、おはようございまーす。あ、ミラもここにいたんだ。」

 その沈んだ流れを変えるかの如くミラと同じ様な衣装を身に纏った少女がこちらにやってくる。

「お、那月さーん。おはようございまーす。」

 同じくphotonメンバーの三崎那月。彼女もまた、ミラにつづくphotonの人気株の一人である。

「あら、那月。」

「一応、ご挨拶に伺いに来たんですけど、何か話してました?」

「いや、大したこと話してないよ?ね?」

「ええ。何かあった?」

「あー、凛さんのあれでちょっとドタバタしてるっぽいので、簡易的に今来てる出演者に凛さん抜きのセトリ配られてて、二人の分も渡しておこうかなって。」

「そうなんだ……あ、もらっておくね。スタッフじゃないのにごめん。」

 ミラには莉愛の目が一瞬だけ揺らいだ様な気がした様に見えた。なんやかんやで彼女もダメージ負ってるみたいで、損な性格だなとちょっとだけ思う。

「いやー、なんか裏方さんも色々騒がしくなってるみたいで。そりゃ凛さんが行方不明で携帯も通信が入ってない、そもそも事務所もマネージャーにも気づかれないままもう何時間も経ってるみたいってことになったら慌てるよね〜ってことで、これくらいはいいかなって。」

「そうね。話はそれだけかしら?」

ミラがとりあえず話を断ち切ろうとする。

「いや、あの、非常になんというかあれなんだけど…物凄い偶然が、奇跡の確率で起こってるかもしれないって言ったら、ミラも莉愛さんも信じる?」

「え?」

「ん?」


那月の放った一つの仮説が、そんなわけないと誰もが思う一つの考えが、全く関係のない二つのサイドを結びつけることになり、この先を大きく揺るがすことになるのだった。

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