第3話 結局は自己責任ってことで
「やめ。机の上に筆記用具を置いてください。」
そう響いてから人が出す緊張感が途切れたような気がした。マークシートが回収されていく中、入谷慎吾はここぞとばかりに社会の出来を気にせずに別のことを思い返す。
やはり来なかった。
休憩の合図があり、一気に緊張感が抜けた教室の中、1人の少女がこちらへ向かってくる。
「連絡あった?」
電源を入れ直したスマホを確認するが通知はない。
「いいや。」
「他の子にも聞いたけど、特に何もないって。さっき妹ちゃんに連絡したら家は出たみたいだから、ちょっとまずいんじゃないかな。どこほっつき歩いてるのかしら。」
信濃れいかがそんなことを言う。
「正直自己責任だろうよ、間に合わないってのは。」
「それは数分の遅刻とか受験票がないって時の話でしょ。平木君だって国公立受けるはずなのに、まるまる社会科を飛ばすのはありえないの。」
「だろうけど…」
「事故とかないわよね?」
「知らねーよ、俺に聞くな。調べてみろ。」
「入谷君が一番仲良いんだし、一番連絡とかやってきそうなもんだけど。」
「一昨日会ったきりだよ。」
最後の日くらいはお互い集中してやろうと思い、会うことはしなかった。別に一昨日も勉強はめちゃくちゃしていたが。
「不審な様子とかなかった?」
「探偵かオカンかお前は。…‥…一応言っておくが、そんな様子はねぇよ。」
それに事故でもあったら、親か妹である明日葉にでもなんでも連絡がいってる筈だろと付け足す。
「そんなことより、お前自分の社会科は大丈夫なのかよ?」
「世界史Bも日本史Bも大丈夫よ。」
そりゃそうか、こいつに社会科の事なんて聞くんじゃなかったと半ば後悔する。奏真のことばっか言ってるが、れいか自身も志望はT大の文科だ。
似たような大学の志望をとっている奏真をライバル視している節もあるが、なんとなく慎吾は彼女は恋愛感情でも抱いていて、だからこうして教室を跨いででも聞きに来ていると勘ぐっている。
「聞かれたから聞き返すけど、そっちの現社は?」
「ここ数日はやりまくってたからな。とりあえず目標はいけそうだ。」
「そう。」
あくまでも平常心。違う大学を受ける慎吾のことは無関心のようだ。
「平木君の事気にしないあたり意外と薄情なのね、入谷君って。」
「どう言われようとこの2日間は何がなんでも自分が最優先だ。受ける大学やら目標が違かろうが、誰かの事情に構ってる暇はねぇよ。奏真のことであってもな。」
「ふーん。」
不思議なものを見るような目で彼女は彼を見据えている。
「お前もヘマしても知らねぇぞ。ライバルのこと考えてる暇あんなら国語の漢字でも見返しとけ。最後の模試みたいに漢字のミスすんなよ。」
「痛いところを掘り返してくるわね。まぁ、何かあったら連絡もらえるだろうし、ありがたくご忠告を受け取っておくわ。」
そのまま彼女は自分の席へと戻っていく。そのまま、慎吾も古文の単語帳を見るが、どこか奏真のことがちらつく。あくまで気にせずだったが、仲が良いというのは自負していることなので多少は脳裏にちらつくのだ。
「社会科受けねぇってことはもう私立狙いなのか…?」
そんな急な進路転換がありえるのだろうか。数日前まで彼は同じように地理の勉強をしていた。彼がなんらかの意図をもってやっているのか、それとも巻き込まれたのか。
まさにいとあさまし。
今の状況ならとても驚きとしか言えないだろうとなんとかして頭を国語へと戻した。
今はもうこれ以上は彼を助けられるわけじゃないのだからと。
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