第2話 腹ごしらえでもどう?

「あ、じゃあカニクリームコロッケバーガーのミドルセッ…あーでも、ポテトをラージにしようかな…残ったら食べてくれる?」

「あ、ああ。」

「じゃあポテトをラージにして、飲み物はホットティーで。じゃあ、ソウマも。」

 店員にはカウンターの死角で見られてないのだが、彼女の指先がちょうど俺の手に触れている。その次の瞬間に急に手を握ってくる。注文の途中だった俺はびくっとして隣の彼女を見る。ニヤリと笑う彼女はまさに小悪魔と言うにふさわしい。アイドルだからなのか、並のアイドル以上の演技力なのか分からないが、今すごく攻められているのはわかる。

 少々お待ちくださいと後ろの調理場へ下がっていく店員を見送ったのち、なけなしの反論を彼女に繰り出す。

「…びっくりしたんだけど。」

「付き合ってるんだしこれくらいはね?」

「慣れてるんですね。アイドルだから?」

「どうだと思う?」

 一瞬嫌な想像がよぎったが、彼女が笑ってそれをかき消す。

「うそ。ソウマが考えたことなんて1ミリもないよ。ただ私がやってみたかっただけ。」

「大胆すぎて怖い…」

 距離の詰めかたが尋常じゃない速度だった。初対面にそこまでの近づきかたを見せられるとまあまあビビる。

「でも、ここでよかったんですか?」


「ワクド行きたい」

 そう乗り込んだ電車の中で彼女は言った。

 work.burgerワークドットバーガーはアメリカ生まれのどこにでもあるチェーン店のハンバーガーショップだ。てっきりご飯食べるのはもっとお洒落な店だと思っていたので庶民的なのかと思ったが、それは多分俺は目の前の彼女を誤解しているだけだと思う。受験会場の最寄りから東京環状線でぐるりと周り、現在は東京駅内に併設されている店舗に来ている。スマホの時計をちらりと見ればすでに社会科の開始時間を少し過ぎていた。きっちり受けていればの話だが、選択は地理Bだった。

「半年ぶりかな。ワクド来るの。」

「えぇ、そんなにですか!?」

 こくこくと頷き、また彼女は続けた。

「なんやかんやで仕事忙しかったりしてるし、お偉いさんとかと会ったらそっちの方でご飯出ちゃうし、そもそもファストフードとか体型が崩れるって許してくれないから。」

「ダンスとか歌って大変そうですねー。」

「食べた分動いてるんだからいいでしょ、って言っても取り合ってくれないだよね。」

「バランス気にしてるんだと思いますよ。」

「そうかもしれないけどさ、今はそんなしがらみから抜け出そうかなって。」

 なんとなく気になるのは彼女のこれからだった。野暮なことをとは思うが、今日をどう捉えているかの違いで彼女の見ている未来は変わっているはずだ。今は口に出せる気がしないのだけれど。

 番号札が呼ばれ、そのまま空いてるテーブル席へ移動する。

 どちらからともなく食べ始めて、少ししたのち、彼女がこっちに言う。

「最後にワクド来たのいつ?」

 特段隠すこともないので、そのまま答える。

「一昨日です。」

「ふふっ…うっ…」

 バーガーを口に詰まらせそうになり体を前に屈ませる。

「大丈夫ですか?」

「いやー、ごめん。もうちょっと間隔空いてると思ってた。そうだよね、受験生なんだしそれくらいあるもんね。」

「友達と最後の追い込みだ〜〜〜って感じで、近所の店に行って。」

 そのあとの話が面白いと思い、そのまま続けた。

「俺は普通に頼んだんですけど、そいつホットコーヒーのスモールで何時間粘れるかチャレンジしてて。何も言われませんでしたけど、最後の方マジ営業妨害なんじゃねぇのかっていたたまれなくなったのかヒュージバーガーをパティ倍にして罪滅ぼしだ〜!って………あんだけ金欠って言ってたのに…」

「いい奴だった…根がいい奴だった……」

 フルフルと腹を抱えて笑う彼女。テレビと大差ないはずなのに、なんとなく今の方が好きだなと感じる。くだらない話なのだが、そんなことで笑う彼女はほんとに同年代の女性だった。

「いやー、ほんと周りにそういう話ないから羨ましい。」

 ホットティーに砂糖を投入しつつ、彼女は言う。

「こういう店ってさ、味おんなじなのに何回も来たくなるのって、そういう思い出も一緒に売ってるからって考えたことあるんだよね。」

「ん??」

「前にどっかで大学の心理学の先生に話聞いたことがあって、例えば、このポテトを何回も食べたくなるのは冷えたポテトを友達と食べた思い出をどこかで思い返して食べているから…要は美味しさじゃないんだって。」

 そう言って3本くらいのポテトを一気に口の中に入れる。

「ポテト指が汚れるから嫌いだし、よく頼めるよねって言う子いるけど、私は指が汚れるまでがワンセットだって思ってるし。箸でつまんだら意味わかんないじゃん。そういうことなのかなって。」

「なんとなく言われたらわかる気がしますね。」

「ふふっ、ありがと。」

「ちなみにあるんですか?そういうの。」

「現在進行形であるよ?」

「え?」

「センター試験サボって彼氏のフリしてくれる子とこうして向かい合って食べてるってこと。」

 あ、と俺は呟き、笑いだす。

「改めて言われると、めちゃくちゃ滑稽ですねそれ。何やってんだ俺。」

「思い返すのも時計を見てちょっと悲しい顔する暇もないよ?これからまためっちゃくちゃなことしてやるんだから。」

「え?」

「なんのために東京駅にいると思ってんの。次、京葉線乗ってあそこ行くよ、あの夢の国。」

 彼女とのデートプランはまだ序盤だったが、気づけばすでに社会科は終わりを告げていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る