アイドルと逃避行することにしたので、センター試験には行けません。
齋藤深遥
第1話 受験票は捨てました
あくびを噛み殺す。
だいぶ眠たいのはわかるがしゃきっとしないと、とは思うが正直言って朝型になりきれない人間にはきつい。駅はやはりごった返し、人の大きな流れを形成していた。大方目指す場所、目的は同じのはずだ。今日が1月の第3土曜日だからである。
今年でセンター試験は終わる。来年度から今の今まで大揉めの新試験に変わってしまうのだ。なんと儚いことかと何故か感傷的になる。
だから浪人は正直許されないので、なんとしてでも大学に合格したいと思う人は多いはず。俺もその一人。まぁ、そうであったとしても落ちる奴は落ちてしまうのだが。
似たような顔つき、年齢層の人間が同じ方向を向いてるのを見ると、なんか機械的で画一的なSFめいた何かを思う。均一化した人間がぞろぞろと同じ目的へ。平等も行き着く先が恐ろしい。
と、その流れに逆らうかのように誰かがこちらへとやってくる。見た目は少女のようだが、随分と目深にキャスケットを被り、服装もなんというか、男っぽい。横に逸れ、柵にもたれかかる。じっとそのあとは人の流れを見定めていた。一定の動きで扇風機のように首を振り、彼女もまた機械のように変化したのかと考える。
そのプログラムから逸れたのはちょうど俺がその子と目が合った時だった。おっ、と顔つきが変わり、一目散にこっちに向かってくる。即座に知り合いかと照合するが、彼女を目撃した記憶はない…いや、どこかで、何か間接的に会ったような気はする。それでもこちらに面識などない。
「ねぇ、君。」
何を言うでもなく、彼女の方向を向く。彼女はそして、こう言った。
「今日1日、私の彼氏になってよ。」
脳が誤作動を起こしたと思った。よりによって受験当日にこんなことでは後に響く。
「は、はぁ??」
いかにも真剣ですと言わんばかりの表情、かと思いきやちょっとにやけ出した。
「な、なんで?」
「いや、まあちょっと、とある人たち…ていうか団体?まあ、そんなとこに追われててさ…今日一日だけでいいんだけど、ダメかな?」
その日付が問題なのだ。なんでよりにもよって今日なんだ。
不意にキャスケットからちらりと顔の全体像が見える。割と、というかめちゃくちゃ可愛い。っていうか割と最近彼女を見た気がする……………
「あっ!」
けたたましいというほどではないが大声を上げて思い出す。
「飛田凛…………!?」
「シーっ!声が大きいって!」
なんでまたこの子がここにいるのだ。収録か?ドッキリか?と勘ぐる。
飛田凛はここ最近、ネットメディアなどで引っ張りだこの現在19歳のトップアイドル。最近の芸能事情には詳しいとは言えないが、それでも耳に入ってくるくらいには人気だし、特に動画投稿サイトの再生数、SNSなどのフォロワーに関しては彼女が抜きん出ているのだ。
現「最強アイドル」と名高い「リア姫」こと渕野辺莉愛や「アイドルになるべくして生まれた少女」とも言われる「Photon」リーダーの長妻ミラ、元アイドルにしてネットで何かと話題に上がるアーティスト集団、八月同盟ボーカルであり、ソロでも活動中の葵坂シグナなどを抑えてのトップである。
「なんでまたここに。」
「だから言ってんじゃん、追われてるって。」
普段の彼女とは似つかないほどのボーイッシュなファッションに、長い髪をまとめて隠すためのキャスケットだろうか。ともかく変装みたいなことはしている。
「あの、ひょっとして高3?」
「ひょっとしなくてもそうですし、大体この日に若い人間に声かけたら大体受験生しかいないと思いますよ。」
「だはー、やっぱそうだよね。」
一応、センター試験日であることは把握してるらしい。
「まあ、追われてるっていうか、逃げてきたんだよね。」
「何から?」
「今抱えてるすべてから。」
「なるほど。」
なんというかそれ以上の感想は出ない。続けて俺は言う。
「あれですか、普通の女の子になりたい〜とかそういうことですか。」
「んー、まあね。」
「贅沢な悩みですね。」
「えへへ、そうでしょ。」
「褒めてないんすよねー…」
「で、どうする?来る?今なら私の彼氏になれるよ?」
日付という問題さえクリアできればとてつもなく魅力的、魅力的という言葉で表していいのかってくらいには魅力的なお誘いだった。ただ、それは俺の将来を棒に振りかねない。悩む時間もないのだ。開始の時刻は刻一刻とせまっている。
その時、彼女がガバッと俺の腕を取り、ちょうど近くにあったジューススタンドの方へ足を向ける。
「あ、すいませーん。コレ二つお願いします。」
その時、後ろでスーツ姿の何人かが話しながら動くのが見えた。別に珍しくもないが彼女の突発的な行動のせいか、やけに怪しげに見えてしまう。少し耳に振動音が入り、視線を向けると彼女のポケットが震えている。彼女が手を突っ込むとその震えが途端に切れたので、スマホか何かを電源offにでもしたなと勘ぐった。
「ありがとうございますー。」
後ろをちらりと確認してそのまま振り向き、何事もないかのように俺にジュースを手渡した。
「はい、ごめんね急に。」
「ああ…」
一口啜ったのち、俺は言った。
「全部から逃げてるって言葉、強ち嘘じゃなさそうですね。横暴な理由じゃなく、いたたまれない何かが貴方にあるんでしょう?」
「うん、まあ。」
少し目を丸くし、その後しおらしくなって彼女はうなずく。
「あの、私ね…」
その言葉を止めた。
「深くは聞きませんよ。何かヤバい事情があって、逃げなきゃならなかった。恐らく、貴方の身を危険に晒す何かがこれから起こるから。」
彼女は喋らない。さらにそのまま続けた。
「………いいですよ。彼氏のフリでもなんでもしますよ。」
「え………!?」
「いいですって。確かにクソ長いセンター試験と比べたら、こっち取りますよ。なんでもっと早く気づかなかった俺、って感じです。」
「いやでも、流石に…」
「そっちから言ったんですし、責任は持ってもらいますけど、まあ罪悪感出てきちゃうなら壁や精巧な人形とでも認識しておけばいいじゃないですか?」
彼氏のふりをしてくれる人形っていう言葉を自分の中でも噛みしめつつ、横の彼女を見る。
少し黙ったままだった彼女はそのまま、紙コップのジュースを飲み干して、ゴミ箱にその勢いのまま投げ込んだ。俺もそれに倣う。
「ありがとう。じゃあ私も責任取らなきゃね。センター試験捨てたぐらいどうってことない事にできる1日にしてあげる。さぁ行くよ!えーっと…」
「平木奏真です。」
「じゃあ行こっ、ソウマ。」
手を取られそのまま改札の方向へ。眩い彼女の笑顔を独り占めできるんならそれでいいだろ、文句あるかと姿は見えないライバルの誰かに心の中で喧嘩を売った。既にライバルっぽい姿はどこかの会場に消えつつあり、人の波と逆行して2人は進んでいく。
多分この時俺がすんなり国公立大受験を捨ててしまったのは、自分の中でもこの受験に対する意義なんてもんが見つかっていなかったからだと思い返して結論づけている。
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