第二話 魔物の棲む街⑨

目と目が合って思わず黙り込んだ。八神はを上げることすらできずに、その恐ろしい思いつきに震えていた。この街では何百年にわたって、大神家(おおがみけ)をとりまく壮絶な争いが続き、策謀や陰謀により無念の死を遂げた人々がいた。

桓部大神に無実の罪をきせられて餓死した”早原親王”、桓部大神様の子息、”平条大神様”に謀反の疑いをかけられて自害した、”伊代親王”と母の”良子”。”仁妙大神様(にんみょうおおがみさま)”から伊豆への流刑を言い渡され亡くなった、”橘逸成”(たちばなはやなり)と文家宮田万呂(ふんやのみやたまろ)。実父の光人大神(こうにんおおがみ)を呪って亡くなった、長戸親王(おさべしんのう)とその母親であった伊上内親王(いのうえないしんのう)。後白川大神(ごしらかわおおがみ)との跡目争いに敗れ、流刑地の四国で亡くなった宗徳院(そうとくいん)。

「今度、俺を八千代に連れて行ってくれよ」

「ええ、もちろん」

八神はご飯を少し残して弁当の蓋をしめた。立ち上がりかけた八神の方を向いて、例のミッキーマウス風の目をぐるりと見開いてみせる。

「21年前の事件は迷宮入りで、今回もまた、本署の刑事課が動き出す様子もない。あやしいと思いませんか」

弁当と水筒をランチボックスにしまってデスクから立ち上がる。

何か言おうとしたがうまい言葉がうかばなかった。弁当の袋を肩にかつぎデスクを離れた。ロッカーの前に立ちランチボックスと入れ替わりに取り上げた制帽を頭にのせると、入来に向かって憮然たる表情で言い放つ。

「すべては怨霊の仕業ってか。チェッ、そんな馬鹿げた話、誰が信じるっていうんだ」

お盆休み明けの8月18日、日勤を終えた八神が交番を出てまもなく、追いかけてきた入来に呼び止められた。

「どこかに行くんですか」

皮パンツに編み上げブーツ。腰にはチェーンベルトを何重にも巻いた後輩の、いつもながらの勇ましい姿に見惚れながら言った。

「ああ。ちょっと人に会いに行く予定があるんだ」

八神はというと、ポロシャツにたぼたぼのコットンパンツ、足元にはナイキのバスケットシューズが燦然と輝く、区民大運動会のおじさんスタイルだ。

「それじゃな」

ジャラジャラという音がして振り返ると、入来がポケットに両手を突っ込んだまま、まだそこに立っていた。

「予定をキャンセルしませんか。ぱっと飲みに行きましょうよ」

「ひょっとして、古宮アスカの店に行くの」

「いいえ。八千代はまだ休みの最中です」

「そうか、それは残念だった」

今日はこれから、うるま高校が準々決勝進出を決めたお祝いに、”同郷人が経営する三城木戸町の沖縄料理の店で、飲み会が開かれるというのである。

「だから八神さんも、来てくださいよぉ」

「悪いな。今日はほんとに、どうしてもはずせない用があるのでね」

それは嘘ではなかった。今から会いに行く相手は、古宮アスカが言った21年前のお蔵入りの事件について、もっもよく知る人物なのだから。

「それならしようがありませんね」

入来はあっさりとひきさがると、チェーンベルトの派手な音とともに、くるりと向きを変えた。

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