古都物語

rita

第1話 火ノ丘山のカラス①


ケットをはねのけたところで人型に膨らんだ中に顔だけ突っこんだ。夜空に向かって指揮棒を振り上げているミッキーマウスの股間は、妙に心地よくて、蚕の繭にでも抱かれているみたい。流感にかかったのが三日前の八月五日、たっぷり寝込んだつもりが、頭はいまいち冴えない。蚕の蛹は、繭の中でどんな夢を見るんだろう。蚕は家畜化された唯一の昆虫なのだそうだ。担任の栗林ちひろ先生によれば、外界にいれば天敵にたちまちやられてしまうから、繭を提供するかわりに守ってもらっているのだと。そんなのイヤだなと直樹は思う。自分の分身ほどのものを他人に与えて、代わりに命を保証してもらうなんて嫌だと思う。生き物ならば何でも、自分の身は自分で守らなければ。直樹はそれからやっとこさベッドからはい出した。

目覚まし時計が9時35分をさしているのを横目に見ながら、ベッドを背にしてテレビをつけた。緑の芝生を背に、揃いのユニフォームを来た選手が隊列を組んで入場してくる。いよいよ夏の全国高校野球選手権大会が始まったのだと思う。やがて”うるま”のプラカードが大写しとなり、にきび面のキリンのように長い顔をした久米琢磨選手の姿を見つけると、嬉々として画面に見入った。久米選手は高校一年生にして天才スラッガーの呼び声高い、今大会の目玉的選手だ。直樹と同じ小学五年生の時に父親を抜いていたという身長は、今では30センチも伸びた。大会前テレビは、188センチのから投げ下ろされる直球と、鋭く曲がるスライダーが武器の背番号1のオールラウンダーが、沖縄勢としては初となる、創部五年目にして甲子園出場へ導いたといっては騒ぎ、好きなアスリートは、とたずねられ、イチローでも松井でもなく、コービーブライアントとこたえたといっては囃子たてた。じっさいに小学三年の頃から中学に上がるまでバスケットボールに明け暮れたという変わり種で、夕飯の時父さんが読んでくれた新聞記事によれば、得意科目が国語と日本史で苦手は数学。直樹と同い年の弟がいるというだけで、テレビに向かって”琢磨の兄貴”と呼んでみたくなっているのだった。

選手宣誓が始まったところで背中のあたりがなんだかゾクゾクしてきて、またそろそろとケットのなかにもぐりこんだ。39度近くまで上がった熱も早朝には、37度台まで下がったけれど、今日一日、外出禁止令はとかれそうにない。何しろ野上家では子供が熱を出せば、たとえいん石が飛んで来たって、母さんの許可が下りるまでは家から出られないことになっているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る