第45話 出発

洞窟の最奥で、特殊変異体の更に特殊な存在『プログレ・スラブリン』を倒してから数日。

あの洞窟は、想定外の魔物の出現という事態を鑑みて、暫くは封鎖される事となった。

普通のダンジョンならばその程度で封鎖など有り得ない話だが、あの洞窟は初心者の利用頻度が高かった為、もし仮にまた同じような魔物が現れた場合高確率で犠牲になってしまう事を考慮しての措置だ。


そして、その事件の当事者である猛は、今。

立ち入りが禁じられて人の気配がしなくなった例の洞窟、地下3階。取り落としてしまったカイガを取りに戻って来ていた。



────第45話 出発────



僕が飛ばされた後に目を覚ましたラピスさん曰く、『俺じゃあの槍持てないだろ?』という事で、カイガが転がっているのは分かっていたが敢えて放置してきたらしい。

カイガなら、事態が事態だけに拾おうとすれば『持たせてくれた』と思うけど……まあ、仕方ないか。

と思っていたけど、それをカイガに尋ねてみたら『私はお前以外に持たれる気は無い』との事だ。

理由を聞いてみたら、『その方が選ばれし者・特別な武器という格が出るであろう。易々とそこらの者に持たせる武器であってはならん』だって。

う、うーん……


ちなみに、ここまでは支給品の槍を振るいながら来た。

あの『プログレ・スラブリン』とやらを相手にした後じゃ、スライムもゴブリンも随分可愛く見えたよ……尤も、復習がてら、しっかり技の練習をしながら降りてきたけど。


と言っても、相手にしたのはしつこく追いかけて来る奴や、状況的に逃げるのが難しそうな場合のみに留めた。


何故って?

あのプログレ・スラブリンは言っていた。『我々を何の躊躇も無く踏み台にしてきた人間共』と。


考えてみれば、確かにそうだよね。

ここから出て人を襲う訳でもなく、洞窟でじっとしてるだけなのに、大した力が無いからというだけで人間の練習台にされて。

その怨念が蓄積して、あんな怪物が生まれたというのなら……原因は、僕たち人間に有るじゃないか。

だから、護衛騎士団がこの洞窟を立ち入り禁止にしたのは良かったかもしれない。

これでみだりに彼らが狩られる事も無くなるだろうし、そうなればプログレ・スラブリンの二の舞のような事は起きないんじゃないだろうか。

駆け出し初心者の良い修練場所が無くなるけど、そんなのは街の訓練場とかでも代用は出来るはず。


猛は、手近な岩を触って調べると、カイガを短刀ナイフ変形デフォームさせた。


「(む?何をするつもりだ猛?)」


猛の脳内に、カイガの声が響く。


「カイガ、この岩は削れそう?」


念の為、カイガに尋ねる。


砕く事は勿論可能だろうけど、削るとなるとまた違った難しさがあるからだ。


「(ふむ。そこらの岩なら削る事も可能だ、問題は無い。しかし何をするつもりなのだ?)」


「まあ、見てて」


猛ははぐらかした答えを言うと、短刀ナイフ状のカイガを使いながら岩を削り始めた。



そして、削り始めてから20分程。


「……よし、こんな感じで良いかな」


額の汗を拭う猛の目の前には。

細長く、墓標のように形を整えられた岩が有った。


「(なるほど。鎮魂の碑代わりか)」


「うん。少しでも……彼らの魂が安らかに導かれればと思って。あんまり上手い出来じゃないけど」


猛は、目の前のお手製の墓碑に向かって手を合わせて目を閉じた。


こんな手作り感のある簡易的な墓碑で、募りに募った彼らの怨念が晴れ切るはずもない。

けれど……少しでも、『足し』になれば。

少しでも、謝罪の意を示せれば。


そう思って、猛はこの墓標を造った。


僕だって、技の修練の為にスライムとゴブリンを何十匹も倒した。

他人事じゃない。僕も当事者だ。


「(まあ、彼らはダンジョン内で死すればダンジョンに再び生み出される事で蘇られる。記憶や性格は別物となるがな。そう考えれば、あまり罪悪感を抱かなくても良いものだが……まあ、労る心は大事なものだ。その気持ちがあり、正しく表す。そして、奴らの犠牲の元に付けた力を正しい事に使えば、奴らも死んだ甲斐が生まれるというものだ)」


「……うん」


猛が、目を開けて応える。


そう、その通り。

今後僕がやるべき事は、ここで身に着けた力をもって、この世に迫る危機と戦う事。

そうすれば……彼らの犠牲はせめて、『意味の有った犠牲』になる。


────そう、僕は、挫けるわけにはいかない。


猛は、意を決してカイガに打ち明ける事にした。

どうせ、じきに……いや、もう数時間後には、知れる話だ。


「カイガ。実はね……」







その日の深夜。

猛は荷物袋を背負いながら、愛馬・ポニサスの背に跨っていた。


「ポニサス。準備は良いかな?」


「(ええ。僕なら大丈夫です。けれどタケシさん。本当に、このまま行って大丈夫なのですか?)」


【導きの石】と武具の魔力により意志の疎通が可能であるポニサスが、猛に尋ねてきた。


「……うん。誰にも言わない方が良いんだ」


そう、猛は今。

いよいよ、この地を離れ……旅立つ時が来たと悟った。

槍の動きを少しは覚え、魔法も初歩中の初歩のものなら使えるようになった。

本当は、もっともっと強くなって、万全に整えてから旅立つべきだとは思う。

けれど、【ベラティナ】達の動向や素性が分からぬ以上。

こちらから動き、調べ、攻め勝つ。このムーブにいち早く入る事が第一だと考えた。

それに、今日は夜の街の周辺警備担当が僕だ。夜に居なくなるにはこれ以上の好機は無い。

ポニサスは、『散歩ついでに』という理由が通り一緒に街の外に出る事が出来た。


命を救ってくれたアイシャさんには、恩返しの志半ばでこんな形になってしまう事を申し訳なく思う。

けれど、だからこそ立ち去るのを少しでも早くすれば。

突然居なくなる事への衝撃も、より小さくなるだろう。


机の上に、置き手紙を置いてきた。


『立て続けの悪人や魔物との戦いに怖くなり、逃げる事にしました』という、とても短い書き置きだ。

本当はこれまでのお礼の言葉も書きたかったけど……そうすれば、居なくなった悲しみが多少なり生まれてしまうだろう。

だから、敢えて情けないメッセージだけにする事で、読んだ人の感想をコントロールするんだ。

こうすれば、臆病者で、礼を言う事すら知らぬ恩知らずが居なくなった、何ということだ、あの愚か者め!そんな奴なら居なくなって清々した!……となるはずだ。


「(……そうですか。タケシさんが考えた末の結論なら、もう僕からは何も言いません)」


賢い馬で、本当に助かる。

猛は、物分りの良い愛馬に心から感謝した。


正直、諭されればそれだけ心が揺らぎそうだから……


「(……じゃあ、行きますよ)」


「うん、行こう」


猛は、ポニサスに乗り南へと進路を取った。




が、ポニサスが走り始めてから数分。


突然、目の前の道を巨大な氷塊が盛り上がってきて阻んだ。


「な、何だ?」


驚いてポニサスから降り、背中のカイガに手を掛けようとした猛。

だが、その手を背後からそっと握る手があった。


「はいストーップ。アンタ、私達を斬る気?」


「えっ?」


聴き覚えのある声に驚き、猛が背後を振り返ると────。

そこには、勝ち誇ったような笑みを浮かべたイリカ・マギティクスが立っていた。


「い、イリカさん!?」


「イリカちゃんだけじゃないのよ、タケシちゃん♪」


振り向いた後ろから、エリネ・マギティクスも現れた。


あの氷塊は……エリネさんの仕業か!


「え、エリネさんも!?2人共どうして!?」


今回の旅立ち、猛は姉妹には声をかけていなかった。

父親のテラフォートは『2人の身は委ねる』と保証したが……どれだけの長さ・距離になるかも分からないものに、女性2人を連れて行くのは申し訳ないと思ったからだ。


「どうしてもこうしてもないわよ。アンタ、バレバレなのよ。昨日からずっとそわそわしてさ、何かするんじゃないかって思ったワケ。女のカン、なめないでよね」


「まあ、タケシちゃんの机から『計画書』が出てきたからってのがホントのところなんだけどね〜」


し、しまった。

今日の為に紙に書いて整理してたアレ、いつの間にか見られたのか……!


「ちょっとお姉ちゃん!カンって事にしといた方がキマってたのに!」


エリネに対しイリカが憤慨する。


「この前アイシャちゃんの家に来た時ね、タケシちゃんにも挨拶しとこうかと思ったけど、タケシちゃんお仕事で部屋に居ないじゃない?で、机の引き出しから紙が少しこんにちはしてたから、お姉ちゃん気になっちゃって〜」


「プ、プライバシーの侵害ですよエリネさん……」


猛は、自らの失態に頭に手をやってうなだれながらぼやいた。


「で、聞いたところによれば今日が夜間の街の警備担当って言うじゃない?なら今日が怪しいわぁと思ったのよ〜」


エリネは悪びれた様子を見せない。


「『アイシャさんには言わない』。さっき見たけど、アンタ、あんなアーちゃん怒らせるような置き手紙して。ほんと不器用よね」


「アレは私が燃やし尽くしといたわよ〜。代わりに字を似せて別のメッセージ残しといたから〜」


え゛っ。


「な、何て書いたんですか?」


「ベタなモノよ〜。『ちょっと旅に出てきます。探さないでください』って」


…………そ、そんなんじゃ。


「時間が経つにつれて、アイシャさん心配しちゃうじゃないですかああああああっ!!!」


自分の計らいを台無しにされて、猛は夜分遅くにもかかわらず絶叫してしまった。


「ま、グダグダ言わないの。という事で、私達もアンタについていくわよ。その為にあの時誓ってから握手したんだから」


「そういうこと〜。私達にナイショで一人でだなんて、タケシちゃん水くさいんだから〜」


「……良いんですか?」


自分の旅立ちを予測して、その上ここまで追ってきたという事は決意は固いのだろうが、猛は、念の為に尋ねた。


「どこまでになるか、いつまでになるかも分かりません。【ベラティナ】と戦う事になる可能性も高いです。それでも……大丈夫ですか?」


これで考え直されたり、断られるならそれはそれでOKだ。

元々、1人で行くつもりだったのだから。


だが、聞かれたイリカはムッとした顔になり猛に詰め寄った。


「大丈夫、はこっちのセリフよ。アンタ、1人であんな連中と戦っていく気?そんな自信満々な人間には見えないし、ゼッタイ心細いでしょ?その点、魔法が優秀な私達が居れば少しは安心でしょ。感謝しなさいよね」


「ま、まあ……」


正直、1人で戦っていく事に心細さを感じないわけではない。

けれど……


「タケシちゃん、私達は自分の身は自分で守れるわ。一緒に戦ったから、分かるでしょ?」


エリネの目付きも口調も、いつもよりはっきりしっかりとしていた。


……やっぱり、2人の決意は固そうだ。


「……分かりました。じゃあ、あの……こんな僕ですが、これからもよろしくお願いします」


猛は、姉妹に向かって頭を下げた。


「そ、そこまでしなくて良いわよ。一応リーダーはアンタなんだから。で、どこに向かうかは決めてるの?」


「ええ。色々考えましたけど、まずは────




予想外の船出になったが、猛の、この世界に迫る脅威との戦いの旅は幕を開けた。





─────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

次回より、リンガランド領を離れ、他の地域を訪れていく展開となります。

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