第44話 ヒミツ
猛は、どこか薄暗くて狭い場所へと飛ばされた事に気付いた。
どこだろう、ここは?
少なくとも、僕では太刀打ちできない険しいダンジョン、とかではなさそうだけど……
いや、少しでも危険があってはマズい。
何せ今の僕は丸腰だ。防具は健在とはいえ、武器が無く何も攻め手が無いのは心許ない。
とにかく、現状を把握しないと。
猛は、まず下手に動く事は避け、耳と目で情報を集める事にした。
すると……
「ふんふーん。あぁー、もふもふぅー!かわいいー!かわいいのだー!」
……実に悦に入った、何かを愛でているような若い女性の猫なで声が聞こえてきた。
────第44話 ヒミツ────
自分の閉じ込められている場所をよく観察すると。
ファンシー度100%とでも言える、フリフリの沢山付いた可愛らしい服がいくつも掛かっていた。
どうやらここは、クローゼットの中らしい。
そして恐らく、その外には若い女性の部屋が有り、その持ち主は今、部屋の中で何かを愛でているのだろう。
「うふふー!にゃんこ、にゃんこー!クマさん!もふもふ!あぁー!」
……悦に入っている所に悪いが、危険は無さそうだし、ここから出て事情を説明しよう。
まず不法侵入を疑われるだろうけど、あの魔物のせいで転移魔法陣が異常を来していた事は護衛騎士団が把握しているし、仮に一時的にお縄についても無実の証明は出来るだろう。
猛は、死闘の後という事もあって、あまり気を張らずにそのクローゼットの扉を開けた────。
「……………………」
クローゼットを開けて出た、猛の目に飛び込んできたのは。
ファンシー度100%……いや、もう200%は行っていそうな、少女趣味全開フルパワーな部屋。
そして、その中心で……数え切れない程のぬいぐるみの中から、ネコとクマのぬいぐるみをチョイスして抱きしめていた……アイシャ・リンガランドの姿であった。
互いに、見てはいけないものを見てしまったかのように、無言のまま固まる猛とアイシャ。
その沈黙を破ったのは、消え入りそうな程小さなアイシャの「……見た?聞いた?」という声であった。
「い、いやあなんの事やら!?僕、今急に視覚と聴覚が麻痺しまして、何も見えないし聞いて────」
猛のあからさまな誤魔化しの言葉は、一瞬でこちらに詰め寄り喉元を掴むアイシャによって途切れさせられた。
「見たな!?聞いたな!?そうだろう!?うわあああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!」
羞恥心が限界突破し、顔を赤らめながら半狂乱に猛の頭を揺さぶるアイシャ。
「ちょっ……アイシャさっ……落ち着いっ……」
「忘れて!!いや忘れろ!!!絶対に忘れろっ!!!!でなければ私が死ぬ!!!そしてお前も私が死なせる!!!!うわあああああああああああん!!!!!!!!」
猛の諌める言葉も聞こえず、アイシャは半泣きで猛を揺すぶり続ける。
し、仕方がない。こういうパニックになった人は……
「アイシャさん!落ち着いて!!」
猛は大声で叫ぶと、アイシャをぎゅっと抱きしめた。
いつも通り薄着なせいか、防具越しなのに不思議とアイシャの身体の柔らかさが伝わる。
しかし、今はそんな事に浸っている場合じゃない。
「僕、誰にも言いませんから!意外でしたけど、そんなアイシャさんも……か、可愛いと思います!」
こういう時は、本心からの言葉を直球でぶつけたほうが納得してくれるかと、猛は判断した。
事実、そう感じたのだ。
いつも凛々しく美しくカッコいいアイシャが、実は裏ではこんなファンシー趣味が有って、ぬいぐるみを愛でていた。
普段とは余りにも差が有る、その少女らしい可愛らしさに……猛の心が、激しく揺り動いたのは事実だった。
「ほ……ほんと?」
不意を突かれたのか、いつもの凛々しい口調も忘れ、アイシャが猛に問い掛ける。
「は、はい。僕は他人にバラされたくない秘密は絶対にバラしません。安心してください、アイシャさん」
アイシャは、猛から身を離し背を向け、しばらく考え込んだ。
やがて、いつものキリッとした表情を取り繕いながら……猛に歩み寄って来た。
「……良いか?絶対だぞ?これが人に知られたら……わ、私は……ッ」
アイシャは、バラされた場合の顛末を想像したのか、恥ずかしさで顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「大丈夫です、アイシャさん。何が有っても、絶対にバラしません。僕を信じてください」
猛は、アイシャの肩に両手を置きその目をじっと見据えた。
正直、こうするだけでもとても恥ずかしい。
先程まで半泣きであった為、いつもより潤んだアイシャさんの瞳は……いつもより更に魅力的に見える。
じっと見つめるのも気恥ずかしくて、目を逸らしたいくらいだ。
けれど、信じてもらうにはこうするのが一番な気がして。
ここで目を逸らしたら、ウソだと思われてしまうかもしれない。
猛は、アイシャと同じく顔を赤らめながら、アイシャからの答えを待った。
「…………分かった。お前は、くだらぬウソはつかない人間だからな。私の秘密を守ってくれる事、信じるぞ、タケシ」
「……はい!」
良かった、信じてくれた。
それと同時に、安堵感が猛の胸を満たした。
行き先がランダムとはいえ、まさかアイシャさんの部屋に飛ばされるとは思っていなかった。
ここなら街中で安全だし、とりあえず、危機は去った……
「……だが、1つ答えてもらわねばならんな。どうしてあのクローゼットの中に居た?そこにも、納得出来る答えをもらうぞ、タケシよ」
今度はアイシャが、猛の両肩に手を置いた。
いや、掴んできたと言うべきか。
い、痛い。スゴく力が入ってて痛いです、アイシャさん……
「そ、それはですね……」
猛は、事の顛末をアイシャに話した。
「……なるほど、特殊変異体が合体して更に強くなるとはな。そんな魔物を討伐してみせるとは、ロンボの時といい、やはりお前は流石だ……詰めが甘かったのが玉に瑕だがな」
「うっ……すみません」
今回のこのハプニングは、自分の詰めの甘さが招いたものだ。
気を抜かずすぐ距離を取っていれば、死にかけのプログレ・スラブリンに掴まれて投げ飛ばされる事も無かっただろう。
今回はたまたまこんな安全な(?)場所に飛んだから良かったものの、下手をしたら過酷な地へと丸腰で飛ばされて右も左も分からず命を落とす事になっていたかもしれない。
猛は、今度からは敵を倒した直後も決して気を抜かない事と。
もし、この地を離れた後、またアイシャに会う事があれば。
お土産に、可愛いぬいぐるみを用意しておこうと決意したのであった。
─────────────────────あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
普段キリッ!凛!とした人がぬいぐるみ好きって良いと思いません?(←ギャップ大好き人間)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます