第43話 プログレ・スラブリン
猛は、己の見通しの甘さを悔いていた。
『ゲームのお約束』が、こちらの世界に必ずしも適用されるとは限らない。
けれど、可能性は有ったじゃないか。
だって、お約束じゃないか。『スライムが8匹集まると合体する』なんてのは。
そうなる前に、もっと早く全滅させるべきだった。
猛は、目の前に現れた巨大な合体スラブリンを見てそんな感想を抱いた。
────第43話 プログレ・スラブリン────
「おいおい……特殊変異体が、合体して更に強くなるって……聞いた事ねぇな。マズいかもしれん」
ラピスが、困惑を隠せない声の調子で呟く。
スラブリンの事をある程度知っていたラピスさんでも、この合体スラブリンの事は知らないのか。
これはもう、訓練じゃない。真剣に命のやり取りをする、実戦だ。
そう考えた猛は、ずっと背中に掛けていた槍状態のカイガを引き抜き、『プログレ・スラブリン』と名乗った合体スラブリンに対して構えた。
「待て、俺が行く。ここは少しでも実戦経験が多い俺の方が、何か有った時に対処しやす────」
ラピスが猛の前に進み出て、プログレ・スラブリンに対し槍を構えようとした、その瞬間。
プログレ・スラブリンが、掌から巨大な水弾を2人目掛けて発射してきた。
それに気付いた猛は、ラピスの背と腰を掴み強引に伏せさせて回避した。
2人を逸れて壁に当たった水弾は、壁を粉々に砕いた。
スラブリンの水弾とは、まるで比べ物にならない威力。
スラブリンの水弾がプラスチックのおもちゃの弾なら、プログレ・スラブリンのそれは大砲の弾と言える程だ。
「……っぶねえ。助かったぞ、タケシ」
「ええ。どちらが、ではなく2人同時にかかるべきですよ。それなら、どちらかが攻撃を当てられる確率が高くなる」
「だな。よし……そのバケモノ槍も有る事だし、頼りにして良いんだな?」
正直、自分の力がこのイレギュラーな魔物に通用するか確信も自信も無い。
けれど、今はそんな弱音を吐いてる場合じゃない。
猛は、ラピスの問い掛けに対しゆっくりと頷いた。
猛とラピスの2人は、しばらく防戦一方を強いられた。
プログレ・スラブリンの攻撃は、巨大な手で叩くか、高威力の水弾を射出するかのどちらか。
水弾の威力もさることながら、手で叩く攻撃もこのサイズになるとそれなりの威力を誇る上に、
どうも相手は吹き飛ばして壁に叩きつけることまで計算に入れているらしく、実際に壁に叩きつけられてしまえばダメージは倍増する。
実際、回避し損ねた猛はもう2度も壁に叩きつけられている。
カミス製の防具のおかげで大ダメージには至っていないが、それでも衝撃は伝わってくる為完全に無効化とはいかない。
これ以上の被弾を避ける為、猛はどこかいま一歩踏み込めないでいた。
ラピスもまた、猛ほどの防御力は無い為に被弾をしないように慎重に攻撃を見極めていた。
だが、守ってばかりではいつまでも勝ちは無い。
無論2人共それは分かっていた。そして、状況を打破する為先に攻めに転じたのはラピスの方であった。
左腕による薙ぎ払い攻撃が大きく空振った直後、なんとラピスはその左腕に跳び乗り、それを踏み台代わりにスラブリンの頭までジャンプした。
「はっ!」
ラピスの右腕から、槍の一撃が繰り出された。
その一撃は、先程までよりも更に鋭く、威力のある突きだった。
だが、プログレ・スラブリンは
「ちっ……小賢しくなりやがって!」
本気の一撃が防がれ、思わず舌打ちをするラピス。
そして、プログレ・スラブリンの手から槍を引き抜き距離を取ろうとしたが……深々と刺さった槍は、全く抜ける気配が無かった。
「おいおい、冗談じゃ────」
ラピスのぼやきは、言い切る前に途切れた。
プログレ・スラブリンの左手の一部が千切れ、水泡となってラピスの顔を包み込んだかと思うと。
面食らったラピスにこれが好機とばかりにプログレ・スラブリンがその身を密着させ……なんと、ラピスの身体を、刺さった槍ごと己の身体の中に引きずり込んでしまった。
「ラピスさん!!」
ほんの数秒の間の出来事に何も出来なかった猛が、訪れた絶望的な状況に絶叫した。
閉じ込められたラピスに、猛の叫びに反応する余裕は無い。
その代わりに、プログレ・スラブリンがゆっくりと身体を猛の方に向け、周囲に響く深い声で話し始めた。
「……終わったな、人間よ。貴様の実力では、我が
確かに、ここは逃げるべきなのかもしれない。
逃げて、護衛騎士団にこの魔物の出現を伝え。
討伐隊を組んで、リベンジするのが得策かもしれない。
……けれど。
「……お前がラピスさんを閉じ込めてる以上、僕は逃げる訳には行かない。逃げたら、その間にラピスさんは窒息して死んでしまう!ここで!今!お前を倒す他に僕に道は無いんだ!」
もう、被弾を恐れてなんていられない。
今、ここで、すぐに!
こいつを倒さねば、ラピスさんの命は助からない!
猛は、決死の決意を固めプログレ・スラブリンに向き直った。
「……ほう、弱き者を
プログレ・スラブリンは、猛に向けて水弾を飛ばして来た。
猛はそれを避け、猛然と突き進んでいく。
そうしながらも猛は、目の前の強敵を倒す為に思考の網を全力で張り巡らせていた。
何か、何か無いか!?
コイツの核を、防いでくる手ごと一撃で貫ける何かが!
カイガの力なら、威力自体は充分のはずだ。
後は、僕がいかにカイガを振るうか、に懸かってる!
さっきまでの捻り突きで行けるか?いや、あれだけじゃ不安だ。
何か、無いだろうか?
こういうブヨブヨした相手によく効く技って……
その時、猛はふと思い出した。
昔読んだ漫画で、脂肪だらけで攻撃が急所に届かない敵に対し、脂肪を掻き分けて攻撃を当てた、有名な技を……
猛の中で、『当初の考え』と『新たな考え』が、カッチリと融合した。
これしか。これ以外に、無い!
猛は、左でのみでカイガを持つと、手首のぐるぐると反時計回りに回し始めた。
本当は槍自体を回転させるのがベストだが、今の猛にそんな事は出来ない。
なので、出来うる限りそれに近付くように、手首で小さく速い回転を加えながら。出来うる限り、速く、速く。
猛とプログレ・スラブリンの距離は、もういかほども無い。
「何をしようとしているのかは知らんが、小賢しい人間め!」
苛ついたプログレ・スラブリンが、巨大な手で叩き吹き飛ばそうとしてくる。
猛は、ラピスがやってみせたようにその手に跳び乗り、全力でそれを踏みしめ跳躍した。
この世界に来て何故か少し身軽になっているからこそ、真似出来た話だ。
そして、プログレ・スラブリンの頭目掛けて、左手首を回したままで槍を突き付けた。
予想した通り、魔物は頭の前に手を
カイガの力に、更に左手首による必死の回転を加えた突きであったが、その手を貫きかけたところで受け止められてしまった。
────だが、猛のこの攻撃はここからだ。
回転が完全に殺されてしまう前に。
猛は、全力を込めて再び回し始めた。
今度は、両手で、腕を大きく動かし回転させる。
回転力の加わったカイガの鋭い穂先は、プログレ・スラブリンの手を引き裂きながら完全に貫通し、その奥にある頭に至った。
「何っ!?」
魔物が驚きの声を上げるも、必死で槍を回転させ押し込む猛の耳には入らない。
猛は、全身全霊で槍を回しながら、奥へ、少しでも奥へと槍を押し込む事に全神経を注いだ。
カイガの優秀な点は、規格外の重さだけではない。
刃を持った武器に
その切れ味鋭い槍の穂先は、回転力を与えられ、プログレ・スラブリンの身体を渦巻状に引き裂かながら奥へと刺さっていく。
ちょうど、あの有名な技のように、急所を守るブヨブヨしたものを掻き分けていくように。
そして、とうとう。
カイガの穂先が、通常のスラブリンより大きく赤黒い核を
「ぬうううっ!」
魔物が苦悶の声を上げたことで、必死だった猛は我に返る。
もう、穂先は核のすぐそばにあった。
猛は、すぐにやるべき事を理解した。
槍の石突の部分を握り締め、そこに身体ごと全体重を掛けて。
上から、カイガの重さを利用して突き刺した。
核を守るべき周囲のゲル状の身体が、カイガによってズタズタに引き裂かれている状態のプログレ・スラブリンに、その一撃は耐えられようがなかった。
槍状のカイガは、プログレ・スラブリンの核を豪快に貫いた。
「ぐ……ぬあああああああああっ!」
プログレ・スラブリンが、断末魔の声を上げながら崩れ落ちていく。
猛は地面に落ちて行く中、魔物の体内に囚われていたラピスの身が解放されるのを見た。
良かった。ラピスさんを助ける事が出来た……
だが、気と力の抜けた猛を、魔物の最後の力が襲った。
崩れ落ちていくプログレ・スラブリンが、崩れかけた腕で猛を掴むと。
最後の力とばかりに、猛を魔法陣目掛けて投げ飛ばした。
「うわあああっ!」
しまった、気を抜いた!
まだ魔物は完全に死にきってないから、あの魔法陣の異常は直ってないはずだ!
カイガを取り落としてしまった猛は、転移魔法陣へと吸い込まれていった。
─────────────────────
あとがき
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