第42話 特殊変異体

訓練のついでに、このフロアに出現した特殊変異体の魔物・スラブリンを倒す目的を明かされた猛。


「まあ、元が最弱2匹の魔物だからな。特殊変異体とはいえ、護衛騎士団第1部隊の人間よりは弱いさ。訓練でここまで潜ってきた初心者はいざ知らず……な。まあ、勿論俺も戦うし、タケシもあの槍持ってきてるだろ?遅れを取る事は無いな」


……なんだかフラグ的な発言にも聞こえるが、考えないようにしよう……



────第42話 特殊変異体────


ラピスには、自分にとってカイガは何故か他の槍より軽く扱える事は明かしてある。

その為、背中にカイガを携えたまま訓練している現状をラピスもすんなり受け入れている。

変形デフォームさせてナイフにでもしてポケットに入れておけば邪魔にならないが、その場合緊急時に槍に変形デフォームさせる必要が有り、そうなればカイガの性能と、自分が変幻のバリアブル・騎士メタルである事が露見しかねない。

その為、槍形態のカイガをそのまま持って来ていた。


しかし、今回はあまりカイガには頼りたくはない。

恐らくカイガなら、件の特殊変異体の魔物も容易く倒せそうな気がするが……今後、常にカイガが手元に有るとは限らない。

そんな時、カイガではない槍ではスライムとゴブリンしか倒せません……などというザマでは、余りに情けないし心許ない。

なので今回は、ギリギリまで支給品の槍で戦ってみる事に決め、ラピスも同意してくれた。



そして、その『特殊変異体』の魔物が現れるという魔法陣の傍までやってきた。


すると……どこからともなく、水色のアメーバ状の生物が数匹、ズルズルと地を這って現れた。

そしてその生物は、ウニョウニョと曲がりくねりながら、何かを象りはじめた……


「……なるほど。だから、『スラブリン』。まさしく、名前のまんまですね」


「だろ?」


会話する猛とラピスの眼前で、その生物達はゴブリン型へとその形を変えた。

ゴブリンの形をしたスライムなのか、スライムの特性を持ったゴブリンなのか。

どちらかは分からないが、とにかく『スライムの身体を持ったゴブリン』という魔物が数匹、猛達の眼前に出現した。


ラピスさんの話では、行き先がランダムになってしまった魔法陣のせいで、上級者向けのダンジョンに飛ばされてしまい命を落とした冒険者も居るそうだ。

想像しただけで不憫だ。だってゲームで例えれば、序盤のダンジョンの最奥、入り口まで帰還させてくれる親切な魔法陣を使ったと思ったら、何故か終盤のダンジョンに飛ばされてしまったようなものだ。

当然、そんな事になれば生き延びられる可能性は殆ど無く……

そんな不憫な目に遭って命を落とした人の為にも。

コイツらは、絶対に倒す。


猛は、槍を構え気合を入れ直した。

だが、そんな猛の前にラピスの左手がスッと差し出された。


「まあ、待てよ。逸るのは分かるけどな、コイツらは勢いだけじゃ倒せねえ。まあ……見てな!」


そう言うとラピスは、スラブリンの1体に向かって勢い良く突進した。

勿論ただの突進ではなく、槍を構えた突撃だ。

その突撃から、猛の突きよりもずっと鋭い突きがスラブリンの身体を穿った。


ところが。


「え……?効いてない?」


地下1階のスライムは、当たれば弾け飛んでいたのに。

このスラブリンは、まるで効いた素振りを見せない。

槍が深々とジェル状の身体に刺さってはいるものの、全く意に介してない様子だ。


「見たか?普通の攻撃は、コイツには通用しねえ」


スラブリンの身体から槍を引き抜き、バックステップで距離を取ったラピスが猛に言う。


「じゃあ、どうすりゃ倒せるかって言うとだな……奴らの身体をよーく見ろ。赤黒い玉みたいなのが有るだろ?」


ラピスに言われて、猛は魔物の身体をじっくりと観察する。

すると……確かに、有る。赤黒い玉のようなものが。

個体によって、その玉がある場所はまちまちだった。ある個体は右手の部分に有り、またある個体は右脇腹に有ったり。


「あの赤黒い玉が、コイツらの弱点なんですね?」


間違いない、あれはゲームでいうボスキャラのコアのようなものだ。


「そうだ、察しが良いな。その通り、あの部分を壊せばコイツらは身体を維持出来なくなる。こんな感じで……な!」


そう言うとラピスは、1番近くに居た、右手の辺りに核があるスラブリンに鋭い突きを入れた。

その突きは見事に右手を、そしてその中の核を貫いた。

核を失ったスラブリンは、くぐもったような、押し殺したような断末魔の唸り声を上げると、ゴブリンの形を維持出来なくなったそのゲル状を身体をドロドロに溶かしながら、崩れ落ちていった。


「──てなワケだ。けど、これは知ってれば楽勝ってワケじゃねぇ。この通り奴らの身体はぷにぷにしてて物理攻撃が通りにくい。核を壊したくても、力や技術が足りないと核まで攻撃が届かない。その点、威力を一点集中出来る俺達槍使いってのは、コイツの討伐に最適ってワケだな」


なるほど、そういう理由も有ってこのスラブリンの討伐を引き受けてたのか。

単に僕の特訓ついでというだけじゃなく、適材と言える槍使いだからこそ、という側面も有ったんだな。


「攻略法は分かりました。じゃあ、今度は僕が」


猛は改めて気合を入れ直しつつ、槍を構えた。

そして一番近くに居た、左手付近に核を持つ1体に狙いを定める。

そして……勢いを付けて、核を狙って突きを繰り出した。


しかし、突きは核まで届かなかった。

核の手前でゲル状の身体に受け止められきってしまい、核を貫くには至らない。


「駄目なら一旦距離を取れ!敵は素早くはないから安心しろ!」


ラピスからのアドバイスが飛び、猛は慌てて槍をスラブリンの身体から引き抜き距離を取る。


くそっ、今のは何が足りなかったんだ?やっぱり威力だろうか?


もう一度、先程の個体に狙いを付けて、今度は先程よりも勢いを付けて、力を込めて突きを繰り出す。

だが、結果は同じだった。核の手前で槍は受け止められ、核を貫くには至らない。

その後も何度かヒットアンドアウェイの要領で突きを試行するも、どれもスラブリンの核を貫く事は出来ない。

核の手前で受け止められるのが殆どで、たまに深いところまで突き刺さったと思ったら狙いが外れていたり、といった具合だ。


「はぁ……はぁ……」


十数回の突きを繰り出しただけに過ぎないのだが、猛は異様に疲れを感じていた。

好調な時には感じにくいが、その逆、結果の出ない時や苦しい時には何倍にも感じるのが疲労というものである。


だが、十数回のトライアンドエラーで判った事が有る。

あの核の周辺は、他の部分に比べ弾力性が高く、その分固い。

少し狙いが外れた時には深く突き刺さっているのは、決してまぐれではないだろう。

最初はコントロールと威力、どちらかを意識してもう片方が疎かになっているものだと思っていたが、

何度か核の手前で受け止められている内に、受け止められる瞬間妙な手応えを感じられるようになったからだ。


……とはいえ、それが判っただけでは解決にはならない。

問題は、少し固くなっている奴の身体をいかにして貫くか、だ。


猛は、スラブリン達から大きく距離を取り思案し始めた。


この場で、すぐに貫通力を上昇させる方法。

すぐに腕力を上げるなんて夢物語に近いから、上げるとすれば技術力、技を以て、しかない。

けれど、具体的にどうする?


猛は、これまで見聞きしてきた知識を頭の中で総動員させた。

固いものを貫くモノ……技……


すると、猛の頭の中に、一つのイメージが浮かんだ。

突くだけでは何の力にもならないが、ある『動き』を加える事で、著しい貫通力を得る事が出来るもの……そう、『ドリル』だ。


そういえば、昔読んだ古めの漫画にも有った。剣や槍を回転させ、敵を貫通・粉砕する技。


実際のところ、今の自分がそれほどの回転を加える事は出来ない。

あんな回転は、漫画だからこそ出来るものだ。


けれど、自分に出来得る回転を加える事で、足りなかった『あとひと押し』が成せるかもしれない。


──試してみる価値は、有る。


猛は意を決すると、それまでとは違う持ち方で槍を構えた。

それまでは、右手左手共に横から握るような形で槍を持っていた。

だが今度は、身体から遠い右手は逆手、身体に近い左手は順手。つまり、これまでより右に90度回した位置で槍を握っている。


そして、出来うる限り回転を加えるイメージを頭の中で描き、胴に核を持つスラブリンに狙いを定め、猛然と突撃した。

みるみる内に距離が縮まる。助走の勢いを乗せて、スラブリンの核目掛けて刺突を繰り出す。

そして、刺突の瞬間。

両の手首を180度、可能な限り勢い良く左に捻った。

いや、それだけてはない。

手首だけではせいぜい180度止まりである事は分かっていたのだ。

故に猛は、更に回転力を持たせる為に。更に回転の角度を付ける為に。

自らの身体ごと、左に倒れるように回転した。

勿論、攻撃の後に滑り転ぶ事を覚悟の上で、である。


その覚悟と回転力の乗せられた刺突は、それまでより高い貫通力を得て。

とうとう、スラブリンの核を貫く事に成功した。


「あてっ!」


前以て分かっていたとはいえ、勢いを付けた分完全には受け身を取れなかった猛。

しかし、転倒から起き上がった猛が目の当たりにしたのは。

核を砕かれ、身体を維持出来なくなりどろどろと溶けていくスラブリンの姿であった。


「やった……やった!」


猛は心から湧き上がる達成感に突き動かされ、思わず声を上げた。


「おし、カッコ悪かったけどとりあえずやり遂げたじゃねえか。捻りを加えて貫通力を上げる、確かに今までのお前に足りなかった要素だな。後はまあ……転ばなくても充分な捻りを加えられるようになるのが課題だな。こんな風に……な!」


そう言うとラピスは、近くに居た3匹のスラブリンを、素早い突きで次々と撃破してみせた。

その突きは、手元をよく見てみると捻りが加わっている。

だが、よく見ないと分からないほどに自然な動きであり、洗練された動きだ。

自分もいつか、この領域に達しなければならない。猛は、そう決意した。


さて、それには今の動きを繰り返し、精度を高めていくしかない。


「残りは、僕がやります」


猛は、残った3匹のスラブリンを仕留めてみせる事を決意した。


残った3匹は、それぞれ右足、左肩。そして、頭の部分に核を持つ個体だ。


「よし……行くぞ!」


猛は声を出して自らを鼓舞し、一番手近に居た右足に核を持つスラブリンを相手取る事にした。




そして、何度かミスを繰り返しつつ、7分後。

猛は3匹中2匹のスラブリンを撃破し、残るはとうとう、頭に核を持つ個体だけとなった。


「よし、残すは1匹だな。大した攻撃をしてこない相手とはいえ、あのバケモノ槍に頼らずに特殊変異体の魔物を4匹倒せるだけ大した成果だぜ」


ラピスが猛を褒める。

確かに、スラブリンは前述したような耐久性能を誇るが、攻撃面は大した事はない。

そのゲル状の身体で叩いてくるか、大して威力の無い水弾を飛ばしてくるか、そんな程度の攻撃だ。

それ故に、まだ技を素早くは打てない猛も、落ち着きを持って対処出来た。


────だが、物事の好調というのは、いつまでもは続かないものであった。


1匹残された、頭の部分に核を持つスラブリン。

そのスラブリンが……何と、口を利いたのだ。


「ナカマタチヨ、ワレニチカラヲ。ワレトトモニフクシュウダ」


驚いた猛は、距離を取って槍を構える。

その喋ったスラブリンは、両手を広げるような仕草を行った。


後から思い返してみれば、何故溶けたスラブリンの死体が、他の魔物と同じようにダンジョンに吸収されなかったのか。

答えは、この時既に出ていたのだ。


両手を広げたスラブリンの元に、溶けたまま残っていたスラブリン達の身体が、集まっていく。


これは……もしかして!

マズい!今の内に倒さなければ!


「うおおおおおっ!」


猛は、声を上げて猛然と突撃した。

ヒーローの変身じゃないんだから、律儀に待ってやる必要なんて無い。『それ』が済んでしまう前に、倒さないと!


だが、焦りが出てしまったのと、1つに集まりますます肉厚な身体となったスラブリンのボディに阻まれたのが原因で。

猛の目論見は、達成すること叶わなかった。

スラブリンに突き刺した槍は、逆に核からズレた所にズブズブと引き込まれていく。

猛は慌てて槍をスラブリンから引き抜こうとしたが、前とは比べ物にならない吸着力で槍が離れない。引き抜くどころか、ますます引き込まれて行く有様だ。

このままでは、腕ごと引き込まれてしまう。そう判断した猛は、やむなく槍を手放した。

すぐに、槍が巨大になったスラブリンの身体に完全に取り込まれる。

巨大スラブリンは、器用に身体をうねらせる。

どうやら、槍に圧を加えているようだ。

例えるなら、硬めのゲル状の物体の中に細い棒を閉じ込め、ゲル状の物体ごと捻らせ中の棒に圧を加えている、そんな様子。

巨大スラブリンの生み出す圧力は、取り込まれた槍をひん曲げてみせるには充分であった。


巨大スラブリンの身体から、まるでペッと吐き出すように放り出された槍は、見事に真ん中でくの字に曲げられていた。

その槍を見下ろすように頭を下に向けた巨大スラブリンが、先程とは違う流暢な口調で語り出した。


「我は……『プログレ・スラブリン』。お前たち人間に復讐すべくその身を合わせし存在だ。我々を何の躊躇も無く踏み台にしてきた人間共よ、これまでの報いを受けよ」



最悪の事態になったと、猛は歯噛みした。





─────────────────────

あとがき


話の構成に悩み、遅れました(汗)

次回は2日以内に。

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