第41話 実践訓練

マグラの教えのおかげで、使えないと思っていた魔法が初級のいくつかが使えるようになった猛。

この世界の基準で言えば幼少の子供が成し得る話で、大した事ではない。

だが、猛にとっては『努力が報われた』一大事であり、そして、前に進むのに邪魔な足枷が壊れて解き放たれた、そんな出来事であった。

そのおかげかどうかは定かではないが、最近のラピスとの槍術の訓練は、以前に比べ少しではあるが進歩が見られるようになった。


「お?なんつーか、動き良くなったか?なんというか、無駄な力が抜けた感じするな」


ラピスが、猛の動きに目を丸くしながら言う。


「そうですか?ありがとうございます!」


明るい返事を返す猛。

不安と緊張で身体に無駄にこもっていた力が抜け、その代わりに集中力が増した。

となれば、動きが多少なり良くなるのも自然なことである。


「……よし。じゃあ、次のステップ、行ってみても良いかもな」



────第41話 実践訓練────



その2日後。

猛とラピスは、街から少し離れた場所にある洞窟に来ていた。


なんでも、この洞窟はかなり弱めの魔物ばかりが棲息している洞窟で。

そのくせ棲息数は多いので、洞窟から溢れ出ないようにほぼ毎日『掃除』する必要が有るとの事だ。

いわば弱い『的』が大量に在るようなものだから、専ら駆け出し冒険者の技の修練場所として利用されるらしい。

確かに洞窟の中には、経験の浅そうな若い冒険者らしき人が数多く訪れている。

稀に居るベテランっぽい壮年の人は、恐らく若手の指導役として帯同しているんだろう。


「お、ランケアんところの兄ちゃん!あんたがこんな所に来る必要あんのかい?」


そんなベテランの一人が、ラピスに声をかけてきた。


「ああ、俺もアンタと同じだよ。今日はコイツの指導でな」


ラピスはそう言いながら、親指で後ろの猛を指す。


「ほお、槍使いか。【英雄】に憧れて剣士を目指す者が殆どのこの国では珍しいな?」


ベテラン戦士が、猛を品定めするように上から下をじっくり観察する。


「ふ……ん。まだまだヒヨッコみてぇだが、まあ、今後どうなるかは本人次第だわな。俺だって昔はヒョロっちくて頼りないって言われたモンだが、今じゃ何の因果か若えのを指導してる。お前さんも現状に腐らず頑張れよ」


「は、はい」


ポンっと勢い良く肩を叩かれ、猛は驚き混じりで返事を返した。






数分後。


猛は、スライムの群れと対峙していた。

そう、『あの』スライムである。

元居た世界での某国民的RPGに出てきそうな、水色のぷるぷるしたティアドロップ型の生物。

弱いのも同じで、修練の為に敢えて使っている支給品の槍でちょっと突くだけでパンっ!と破裂してしまう。

今は

だが、まだ槍の扱いに不慣れな猛にとって、ぴょんぴょんと跳ね動くスライムを突くという事自体が意外と難しかった。


「そらそら!正確に『突く』事を意識しろよ!的確に処理しないと数が増えてくぞ!あんまり増えたら『薙ぎ払い』に頼ってもいいけど、それよりはまず突きを習得すべきだからな!」


「は、はい!」


隣で檄を飛ばすラピスに呼応するように、猛はぴょんぴょん飛び跳ねるスライムを、正確に突く事を意識しつつ処理していく。


ただ不規則に動くってだけで、これほど難しいなんて。

実戦では、敵だってもっと賢く考えて動く。

今は、鎧の性能に任せて敵に接近させてからのカウンター、のような手法で何とかなってきたけれど。

この鎧を貫く攻撃をする敵が現れた時、自分から仕掛けられないのでは敗北が濃厚になる。

だから、少しでも技の精度を高めて。

自分から仕掛けられるようにならないと、この先生きる道は無いんだ。


猛は、必死で跳ね動くスライムを突きで処理し続けた。



「……よーし、大分スカる事が少なくなってきたな?これなら次行っても大丈夫そうだな。ほら、そこに休むのに丁度良い穴があるからそこで休むぞ」


ラピスに付き従い、猛は下のフロアに進む前に小休止する事にした。








「何だかお前、少し上達早くなったか?それになんか、前よりも思いつめた顔しなくなったというか」


携帯食を食べながら、ラピスが猛に尋ねてきた。


「ええ、まあ……ちょっと、嬉しい事が有って」


猛は、魔法が使えるようになった事はまだ誰にも明かしてはいない。

使えるようになったと言っても初級魔法に過ぎず、それはこの世界では殆どの者が幼少期に通る道であり、わざわざ騒ぐ程の事でもない。

それに、どこで見ているか分からない【ベラティナ】の連中に、まだ初級魔法すら使えないと思わせておく方が良いと思ったからだ。

例え初級とはいえ、いざという時に使えるのと使えないのとでは戦いの流れが違ってくるというものだ。


「ほーん。ま、何にせよ悪くない話だな」


ラピスが笑顔を見せる。


「俺もさ……名槍術士の家系に生まれて、長男として技を受け継ぐのはそれなりに大変だった。けどさ、結果的に『受け継げた』から、『大変だった』ってのも思い出話に出来るってモンさ。けど、『出来ませんでした』じゃあ、ひたすら辛いだけになるからな……何にせよ、頑張りが報われるってのは大事な事だよ」


名槍術士の家系……か。いったい、どれほどの技を教えられたんだろう。

そして、家を継ぐ長男としてどれほどの努力をしたのだろう?

僕が元の世界でのほほんと過ごしている間でも、この人はきっと努力してきたんだろうな……


「あんなすげぇ槍使える割には素人に毛が生えた程度のお前にゃ、俺の持ってる技をそう容易くは伝授出来ないだろうけど……少なくとも、この訓練で1つは覚えてもらうぞ。次のフロアからは、ゴブリンが出る。弱いのは変わりないけど、スライムよりはずっと実戦に近くなるさ。あいつらを相手に、もうひと頑張りしてもらうぜ」


「……はい!」









そして、石造りの階段を降りていった、次のフロア。

そこには、ラピスの言葉通り、これまたファンタジー世界の『お約束』的な存在、ゴブリンが跋扈していた。

イメージしていた通り、小学校低学年ほどの背丈の緑色の小鬼、といった風体の魔物。

だが、棍棒ではなく石を削って作ったような剣を持っているのが意外なところであった。


危険かどうかで言えば、正直上の階のスライムと大して変わりはしない。

剣とはいえ、しょせんは石をそれっぽい形に削った程度の粗悪な物。

猛の防具を傷付けられるほどの攻撃力は無く、むしろ斬りつけたそばから折れる事も珍しくはなかった。


だが、ぴょんぴょんと跳ねていただけのスライムに比べれば、敵意を漲らせて武器を用いて攻撃してくるという点はずっと実戦に近い。

それに小さいとはいえ人型なので、少しは対人を意識した訓練にもなり得る。

……そして、攻撃を決めた時のリアクションと、血を流して倒れる事に対する心構えの訓練にもなる。

魔物とはいえ少し心が痛む光景だが、幸いなのは、息絶えたそばから地面に溶けていくように吸収される点だ。

初めて見た時は驚いたが、どうもラピス曰くこの世界のダンジョンでは普通の光景らしい。

吸収された魔物の死体は、ダンジョン全体に宿る不思議な魔力によってまた命を吹き込まれ、魔物として復活するのだそうだ。

つまり、ダンジョンの中でリサイクルが行われているようなものだ。



「ほれほれ、そんな事気にしてる間に、数増えてきてんぞ?」


「は、はい!はぁ、はぁ……」


当たれば一発で破裂したスライムとは違い、猛の槍の腕ではゴブリンは確実に一撃、という訳には行かなかった。

当りどころを間違えると2、3発突かないと倒せないし、その間にどんどん奥の方からのそのそと歩いて来る。

スライムとのその微妙な差が、処理速度に大きな違いをもたらしていた。


「突きじゃ処理しきれないと思ったら薙ぎ払いも使えよ!使っちゃ駄目な訳じゃないからな!状況判断も勉強の内だぜ!」


「はい!」


増えてきたゴブリンに対し、左手で槍を握り、右から左へと薙ぎ払う。

カイガと違い一般的な槍なので一掃とは行かないが、それでも複数にいっぺんにダメージを与えられる薙ぎ払いはやはり便利だ。

攻撃の当たったゴブリン達が怯む。今なら、正確に突ける!


「やああっ!」


怯んだゴブリン達の胸に、次々に突きを加えていく。

しょせんは何の防具も着けていないゴブリンに、薙ぎ払いと正確な突きが耐えられるはずもなく、次々と倒れていく。


「よし!今のは良いぞ!薙ぎ払いに頼り切るんじゃなくて、突きの修練を念頭に置いた冷静で良いやり方だぜ!」


傍で観察していたラピスが、称賛の言葉を送る。


そんな調子で、次々に湧いてくるゴブリン達に突きの修練を繰り返した猛であった。




そして、更に階段を降りていった、次のフロア。

地下3階のここは、ゴブリンとスライムが混成で湧いてくるフロアだった。


「危険度で言えば地下2階よりは易しいけど、動きの違う奴らを一度に相手にするってのも大事な経験だからな。違う動きに惑わされるなよ」


だが、ここは猛にとっては案外苦にはならなかった。

武具の力に頼り切りだったとはいえ、既に対混成部隊という戦闘は、先のレンド隊長達との一戦で経験している。

あの戦いに比べれば、危険度は遥かに低い。落ち着いて対処すれば問題の無い話だ。

後は、いかに処理速度と正確さを向上させられるか、の問題である。

_上の2フロアの訓練でスライムとゴブリンとの戦いに慣れていた猛は、ここのフロアは順調に敵を処理出来ていた。




「……この調子なら、行けるか?」


好調な猛の様子を注視していたラピスが、ふとそんな事を漏らした。


「え?何がですか?」


ちょうどスライムとゴブリンのグループを片付けた猛が、ラピスの方を振り向いた。


「ああ、聞こえちまったか。……まあいいか。実はな……今回、お前の訓練だけでここに来た訳じゃねーんだ」


「……何か、こなすべき騎士団の仕事

が?」


実は、ここに来るまでに何人かの冒険者から『もしやあの件ですか?』みたいな事をラピスが何度か言われているのを目撃している。

更に、このフロアに来た途端、他の冒険者の姿を見なくなった。

危険度で言えばむしろ上のゴブリンだけのフロアよりは楽なはずなのに……である。

これはもしや、このフロアに護衛騎士団が対処すべき何かが有るのでは、と勘繰っていたが……


「ああ。実はな……このフロアの奥には、乗るとここの入り口まで戻してくれる魔法陣が有るんだけどよ。最近、その魔法陣の近くに『特殊変異体』が現れるようになったって報告が寄せられててな。そんなのが居たんじゃ初心者が魔法陣を使えねぇし、そもそもそいつらが現れてからはその魔法陣の行き先が洞窟の入り口じゃなくて、ランダムな行き先になっちまってるって話だ。それじゃ初心者の訓練になりにくいって事で、護衛騎士団が討伐を引き受ける事になった。で、まあついでって事で、俺が引き受けたんだよ」


「と、『特殊変異体』?」


なんだかヤバそうな響きだ。初心者の訓練の邪魔になるって事は、間違いなく易しくない魔物である事は間違いなさそうだ……


「ああ、お前は知らないか?たまにさ、そのダンジョンに湧く普通の魔物よりずっと強い魔物が、突然変異的に生まれる事が有ってな。そういうのをそう呼んでる」


なんとなく予想してたけど、やっぱりゲームでいうところの『レアモンスター』ってやつか。


「それで、どんな魔物なんです?」


多分、僕の訓練ついでに、って事はそんなにヤバそうな奴ではないとは思うけど……


「ああ、スライムとゴブリンのキメラみたいなヤツでな?以前にも何度か出現した事が有って、名前も決められてる。名前は『スラブリン』な」


……何だか安直だ、という感想を抱かずにはいられない猛であった。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

最近また体調崩してましたが、復活したのでまた更新ペースを元に戻します。

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