第40話 はじめてのまほう

マグラの言葉を聞いて、猛はあ然とした。


「で、でも僕、魔力が全然無くて……」


「……そのようだね。アンタの身体からはちっとも魔力を感じやしない。けど、絶望することは無い。他の方法があるさね」


マグラは、優しくもどこか力強い眼差しを猛に向けた。



────第40話 はじめてのまほう────



「ど、どんな方法ですか!?」


猛は、思わず身を乗り出してマグラに迫った。


「ふふふ、良いね。若者は新しく力を付ける事に貪欲じゃなくちゃね」


マグラが微笑んだのを見て、猛はちょっと恥ずかしくなって乗り出した身を引いた。


「す……すみません」


「良いんだよ、気にする事はない。生徒のやる気を買って、結果を売るのが私ら教師の仕事さ。今、ミーズウィンで教頭をしてる奴も私の若い頃の教え子でね、あの子もまあ自信の無い子だったさ。それが今や2人の子供が居て、魔法学園の教頭なんだから、人は変われるもんだ……っと、話が逸れたね、年寄りの悪い癖だ」


マグラは、自分の頭を自分で軽くコツンと叩いた。


「さて、アンタには確かに魔力は全く無い。けれど、アンタの身に着けている防具やその槍からは潤沢な魔力を感じるねぇ。魔力の無いアンタが魔法を使うには、そいつらから魔力を借りれば良いのさ」


マグラが、猛の防具を指で優しく何かを確かめるように触りながら言う。


「ぼ、防具から魔力を借りる?」


「そうさね、私に化けたギノクレスめがアンタに教えたのは、魔力が身体に有る人間しか出来ない方法さ。そりゃあ、身体に魔力の無いアンタが身体の中に魔力のうねりなんか感じ取れる訳が無いだろう?けれど、方法を変えれば行ける。どうだね、やってみるかい?」


やってみたい。いや、やらない理由なんて無い。

少しでも、可能性が有るのなら。


「はい、お願いします!」


猛は、マグラに深々と頭を下げた。





数分後。

猛は、必死の形相で身体をふるふると震わせながら、全神経を左手に集中していた。


マグラ曰く、『身に着けている防具から魔力を少しずつ手に集約するような感覚で』とのことだ。


だが、これは猛自身もある程度予想していた事だが。

やはり、言われてすぐ出来るようなものではなかった。

手に魔力が集まっている感覚が、ちっとも来ない。

時間が経つと共に、猛は焦りを覚え始める。


そんな猛をマグラはじっと観察していたが、やがて、必死に力を込めて身体を震わせている猛の背中を、懐から取り出した杖でコツコツと叩いた。


「うわっ!?」


途端に力が抜けるのを感じ取った猛が驚いた。


「アンタ、『集中する』ってのは、全身を緊張させて力を込める事じゃあないよ。アンタからは、色々な雑念が見えるねぇ。そのせいで精神的に集中出来ずに、代わりに身体が集中しようとしてるのさ。だから今、魔法で力を抜いてあげた」


い、今のも魔法なのか。

気遣いはありがたかったけど、ちょっとビックリしたよ……


「アンタ……きっと最近まで、出会う人に恵まれなかったようだねぇ。失敗を強く恐れてる。確かに成功するに越したことはないけど、失敗だってそれ即ち成功へのプロセスさ」


「……ええ」


失敗は、必ずしも悪いことばかりではない。それは、猛も分かってはいた。

だが……


「大丈夫。この街には、失敗したからってアンタを馬鹿にしたり嘲笑う人間は居ないさ」


「!?」


猛は、懸念していた事実を言い当てあれ驚愕で目を見開いた。


「なに、アンタと同じように考えてる子は決して少なくないよ。馬鹿にされて、貶されて、迫害される。そういう事に誰しもが強く立ち向かえる訳じゃないからねぇ」


マグラは、しみじみと何かを思い返すように目を瞑りながら話す。


「でもね、アンタは既にこの街にいくらか貢献してるんだろう?人殺しを打ち破って子供を守った期待の新人、ってねぇ。そんなアンタを悪く言うような恩知らずは、一人も居ないとは言い切れないけれど、決して多くはないさ」


「……でも、それは僕の力じゃなくて……」


「その優れた武具の力ってかい?それはそうかもしれないね。けれど、その武具の力をどう使うか決めたのはアンタだ。アンタはその力を利己的に使うんじゃなくて、護衛騎士団として街の人を守る事に使った。そうだろう?」


猛は、目から鱗が落ちたような思いでマグラを見つめた。


────そうだ。

確かに、カイガの力や防具の力は、『僕自身の力』ではない。

けれど、それらを使うのは。『どう使うか』を決めるのは……僕だ。

『自分の力じゃない』なんて、卑屈になる必要は……


「あ!ヤリ使いのにーちゃん!」


ふと下の方から声が聞こえ、猛が下を見ると。


「にーちゃん!久しぶりだな!」


そこには、あの時ロンボの鉄球攻撃から庇った、ラピスの家のお隣に住む幼い兄妹が居た。


相変わらず、逸れないようにだろうか、兄が妹の手を繋いでいる。


「にーちゃん、何してんだ?」


「……ちょっとね、魔法の練習を。お兄ちゃん、魔法が出来ないんだ」


猛は、男の子に自嘲的な苦笑いを浮かべながら言った。

ウソもつけたが、それはこの場で指導してくれているマグラに失礼だと思ったので素直に本当の事を喋った。


「にーちゃん、魔法出来ないのか?」


男の子が、驚きで目を丸くしながら言う。


子供は正直だからな。

『そんな歳で使えないの?だっせー!』とか言われるんだろうか。


猛は、子供特有の無邪気故に容赦の無い言葉が飛んでくるのを身構えた。

ところが……


「すっげー!それであんなに強かったのかー!じゃあ魔法使えればもっと強くなるんじゃん!」


男の子が、目をキラキラさせながら言った。


「え……?」


「魔法には『身体能力強化』とかも有るんだぜ!おれ、てっきりそれ使ってると思ってたのに!じゃあにーちゃんがそれ使えるようになったらもっと強くなれるよな!」


予想外の言葉が飛んできて、猛は困惑する。

だが、この男の子も。その隣で、無言でコクコクと頷いてる女の子も。お世辞を言っているようには思えなかった。


「頑張れよにーちゃん!俺も妹も応援してるからな!」


「…………がんばって」


快活にニカッと笑いながら言う兄と、恥ずかしそうに小声でぼそっと呟く妹。

猛は、これまでの悩みが、何かスルっと流れ落ちるような感覚を覚えたような気がした。


そして、幼い兄妹は手を振りながら去って行った。




「────だろう?アンタのしてきた良い事は、皆が評価してくれてるんだ。さあ、もう一度気持ちを切り替えて、やってごらん」


「…………はい!」


猛の頭も心も、今はすごくスッキリして晴れやかであった。


────大丈夫。心配するな。

失敗は怖くない。悪く言う人は、ここには居ない。

あの幼く眩しい期待に答える為に。

僕は、もっと強くなるんだ……


猛は、新たに決意を固めたのとは裏腹に、これまでよりずっと静かな気持ちで集中に入る事が出来た。

周りの雑踏や話し声が、気にならない程度の雑音に聞こえるほどに。

いや、むしろ心地の良い程度に感じれる程に。

猛は、どっぷりと集中の海に浸かった。


今なら、行ける気がする。


猛は、前に突き出した左手に、防具から少しづつ力を流れ集めるよう念じ始めた。

頭の中に、イメージを浮かべる。

黒い紙に、白い線で描かれた全身図。

兜や鎧から、青く細い線が左手に向かって流れていくようなイメージを、頭の中で思い描いた。


確かに、感じる。

左手に、思い描いた通りに、何かのエネルギーが集まってきている事を。


猛は、目をゆっくりと見開いて左手を見てみた。

すると……


「……あっ…………!」


猛は、感嘆の声を上げる事を抑えられなかった。

自分の左手から、青白いエネルギーのようなものが。

小さく細く、頼りなく揺らいではいるが、確かに、魔力と分かるそのエネルギーが。

とうとう、それを形にして放出する事に成功したのだ。


「おめでとう、まずは最初の一歩をクリアだね」


マグラが、右手を優しく猛の肩に置きながら言った。


「だが、それだけじゃまだ何でもない魔力の垂れ流しだよ。流しちまう前に、呪文を唱えてイメージを膨らませて、炎や氷として放出する。それが出来てようやく『初級魔法』さね。さあ、そこまでやっちまうよ。今のアンタなら出来るさ」





そして、そこから16分程が過ぎた時……



「炎よ炎……その燃え盛る火炎で焼き尽くせ。『フレイム』」


左手に必死でキープした魔力が、炎を象り掌から放出されるのを精一杯イメージしつつ。

猛は、本日数回目の初級火炎呪文を唱えた。


そして、とうとう。

左手から、小さな火が。

焚き火の火をそのままダウンサイジングしたような、火の塊が。

猛の左手から、放たれた。


「わっ!」


心の準備が出来ていなかった猛は、自分のやった事であるにも関わらず思わず驚いて飛び退いた。


そして、目の前で燃える小さな炎を見て、次第に実感が湧いてきた。


これは、自分がやったんだ。

とうとう、成功したんだ。

練習が。努力が。

実を結んだ結果が、今目の前に……


猛の瞳から、一滴の涙がスッと流れ落ちていくのはある意味当然の事であった。

勉強以外で、初めて努力が報われた。

出来ない事が出来る様になる。

それは彼にとって、もはや記憶の彼方に去った、幼少時の頃以来の喜びであった。


「よくやったよ。私もホッとしたよ、これでアンタに少しは恩返し出来た事になるからねぇ」


「……はい。ありがとうございます……」


猛は、涙声気味にマグラに頭を下げながらお礼を言った。


「ふふ、じゃあ後は他の属性も出来るように練習するかねぇ。まだ体力と集中は大丈夫かい?」


「……はい!行けます!」


せっかく掴んだ『流れ』を、猛は手放したくはなかった。



そして、この日。

猛は、『フレイム』を含めたいくつかの初級の魔法を、防具に宿る魔力を借りる事で使えるようになった。


それは、この世界においては全く大したことではなく、ほぼ全ての人間が幼少の頃に通る道。

しかし猛にとっては、人生観を大きく変えるきっかけとも言える一歩となった。





─────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

また体調崩し気味なので少し遅れました(汗)

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