第39話 努力
まえがき
今回は一部の人には辛い話になるかもしれません。
ですが、タグにある通り『成長系』なので無論そのまま終わる事にはなりません。
一応、読み飛ばしても大丈夫な内容ではありますが、
今後のカタルシスの為に『低く屈む』内容です。
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努力猛が、『世界の危機』……ひとまずは【ベラティナ】と仮定し、その解決の為に出奔する事を決意してから数日。
猛は、『今自分に足りない物』を埋めるべく、必死であった。
────だが、現実とは時に残酷な顔を覗かせるものである。
いくら、やる気が有ろうと、必死になろうと。
必ずしも結果がついてくるとは限らないのだ。
「……うーん、やる気が有るのは良いんだけどなあ」
困ったような顔でそう話す護衛騎士団員の新人槍使い・ラピスの前には。
絶望の表情で、地に両手を着き伏している猛の姿が有った。
────第39話 努力────
猛は護衛騎士団に入団後、壮行パレードの際に知り合った同じく新人の槍使い・ラピス・ランケアに、槍術の訓練を課してもらっていた。
名槍術士の家系の長男とだけあって、彼の槍さばきは舌を巻くものがあった。
そして訓練の際は、カイガや防具の力に頼らない為、騎士団の支給品を装着して臨んでいる。
カイガは単純に振るうだけで必殺級の威力を出せるし、カミスの造った防具は回避の必要性が少なくなってしまうほど堅固な防御性能を誇る。
だが、それらの力に頼り切りになってしまえば、己の技術は全く成長しない。
現に、イルメラにギノクレスと、ここ最近は自分の力不足のせいで手傷を負うケースを実際に体験している。
対イルメラなら、回避を鍛えていればアイシャさんのように華麗に躱せたはずだし、この前の対ギノクレスの時ももっと身のこなしが上手ければ.もっとスマートな攻め方が出来たかもしれない。
だから、自分自身の強さを高めなければならない。これは、今後【ベラティナ】達と戦っていく上で必須だと考えた。
──だが、そんな猛の決意とは裏腹に。
彼の努力は、空回りしているというのが現状であった。
「うーん……何というか、まだ『ただ振るってるだけ』のレベルなんだよな。なかなか『槍術』の域に行けないというか……」
ラピスが、困ったような顔で言葉を続ける。
「前も聞いたけどよ、『頭では分かってるけど上手く動けない』んだったよな?」
「……ええ」
猛は、聞き分けの悪い方ではない。
言われた事はすんなり理解出来るタイプであるといえた。
……だが、悲しいかな。
こと、運動能力に関しては、『理解する=その通りに出来る』というものではないのだ。
頭では、分かっている。
ここでこう動く。このタイミングで、ここをこう動かす。
だが、頭で分かっていても。
身体が、ついてこないのだ。
それは、俗に言う『運度音痴』が陥る、狂おしいほどに辛く、切実な悩み。
今までの人生も、猛はこの問題に直面してきていた。
だが、元居た地球・日本での学生としての生活は、仮に運動が苦手だとしてもそれが故に生活出来ないだとか、命の危機に陥るなどという事は無かった為、その事実をやむなく受け入れる事でやり過ごしてきた。
────だが、ここに来てそうも言っていられなくなった。
あの、強く悪どい連中と戦っていく為には。
もう、カイガや防具の力にだけ頼り切る訳にはいかない。
自分自身が、少しでも強くなっていかないといけない。
しかし、たとえ決意を新たにしたところで。
『身体が思うようについてこない』という問題は、そう易々と解決出来るものではなかった。
ラピスから槍術の訓練を受け続けるも、猛は未だに『槍術』と呼べるほどのレベルには達せないでいた。
「ラピスさんのを『見様見真似』でも出来れば、少しは進歩できると思うんですけれど……」
猛は、辛そうに言葉を絞り出した。
人から教わる技術の習得とは、『模倣』に始まる。
幸いにも、猛とラピスはそんなに体格に差は無い。見様見真似で動きを真似るには、最適の相手……のはずだった。
────利き腕が逆、という事を除けば。
そう、猛は左利きである。
地球では、左利きの割合は全体の1割程度しかない。
こちらの世界でも、左利きの数は少なかった。
一般的に、スポーツや武道において左利きは貴重であり、有利とされる。
全体数が少ないイコール、対戦経験が少なくなりがちな為、味方にするにはうってつけだからだ。
……ただし、それは『運動能力が平均以上の場合』に限る話である。
こと『運動音痴』に至っては、むしろデメリットとなるのだ。
自分では思うように技術の習得が進まない。かと言って、他人の動きを見様見真似しようとしても、参考にする人間は殆どが右利き、自分の動きとは左右対称なのだ。
つまり、参考にする人間の動きを脳内で左右反転して受け入れねばならない。
運動音痴な人間にとって、往々にしてそれは著しく困難な事なのである。
「んー……まあ、乗りかかった船だからな。それに、お前は実践となればあのとんでもない槍が有る。アレでまともな技を放つところを、見てみたいし、まだ付き合ってやるけどな」
その翌日。
非番である猛は、街中のベンチで、気落ちを隠せない様相で腰掛けていた。
穂野村猛は、『努力』というものが嫌いであった。
────と聞けば、何も知らない人や、事情を察しようとしない人は『なんて怠け者だ』と馬鹿にし、罵るだろう。
だが、猛が『努力』を嫌うのは『面倒で頑張りたくないから』という怠惰な理由ではない。
自分が成し得たいと思った努力が、報われた例が無いのだ。
男児の幼少期の人格形成において、『運動が得意か否か』という要素が占める割合は決して小さくはない。
幼少期、『運動が得意か否か』は人気のバロメーター、ひいては自信の持ちように直結する。
勉強ではほぼ常に上位に居た猛であったが、悲しいかな、『アピール出来る度合いの場の数』に大きな違いが有るのだ。
思い出してほしい。小学校の頃、『勉強が得意か否か』を皆の前で大々的に披露する場など有っただろうか?
せいぜいテストの返却時程度で、その上点数の開示など有りはしないから、得意でもそうでなくても、自らアピールしない限り露出する事は無いのだ。
一方、運動は残酷なまでにハッキリと結果が周りの皆に示される。
いかな結果でも、隠したくても隠す余地も無く確実に周りの皆に目撃されるというものだ。
更に『出来ない側』の人間にとっては質の悪い事に、児童や学生には家族が参観しに来る『運動会』という行事が確実に存在する。
得手不得手に関わらず、本人の意志とは無関係に全員参加させられるイベント。
『出来る人間』にとっては、家族を含めた、数多くの人間に称賛される素晴らしい催しである。
だが、『出来ない人間』にとっては。
自分の醜態を、家族含め大勢の人間に晒す事を強制される、地獄の責め苦のような時間である。
運動が苦手な人間は、こうして幼少期の頃から毎年苦痛と挫折を染み込ませられるのが悲しい現実なのだ。
そしてそれが尾を引き、自信を持てず内向的な性格になるなどという事例は、悲しいかな枚挙に暇が無い。
無論、猛とて最初から諦めた訳ではない。
苦手を克服したいが為、足が速くなるように、好きな球技が得意になるように、スポーツクラブにも入ったし、部活にも入部した。
だが、上達の足を引っ張る運動神経の悪さ。
左利きが故に『見様見真似』すら難しいというハンデ。
上達の見えない自身を嘲笑い、時には追い出そうと危害を加えてくる者。
人付き合いが得意でない為、その苦しみを乗り越える仲間が居ない事。
猛にとって、『努力』とは結果の出ない、辛い事ばかりの苦行……という認識が、実体験を以て染み込んでいた。
ひとくちに『努力』といえど、それはその人間のそれまでの人生によって受け取り方が異なる。
努力が実を結び、出来ない事が出来るようになり、苦しい時には共に寄り添い、嬉しい時には共に喜べる仲間が居た人間にとっては、『努力』とは己を磨く素晴らしい行為だと思えるだろう。
だが、全てがその真逆であった猛には、『世の中の多くの人間にとってはそうではない』とは分かっていながらも……やはり、『ただの苦行』という認識が根付いてしまっていた。
一応、ありとあらゆる努力の全てが無駄になっている訳ではない。
現に勉強の方では、ほぼ常に上位に位置出来ているからだ。
だが、猛にとって本当に欲しかったモノに対しては。
『努力』は、微笑んでくれなかった。
肝心な所で、裏切る。
今回も、また駄目なんじゃなかろうか。
また、裏切れられるのではないだろうか。
いや、どうせ、今回も駄目なんだろう。
また、諦めざるを得ないんだろう……
猛の心の中には、『努力』に対して望みの持てない後ろ向きな感情が、ここまでの人生の中でずっと渦巻き続けていた。
努力が報われない。努力が嫌いになった。
猛は、そんな自分を好きにはとてもなれなかった。
「はぁ……」
猛は、淀んだ想いを吐露するかのように大きなため息をついた。
すると。
「おや、どうしたんだい?私の恩人が、そんな暗い顔して」
猛が顔を上げると。
そこには、紫のローブを纏った老婆が居た。
その顔に、猛は見覚えがあった。
「……ミックさん」
そう、ギノクレスに姿を借りられていた、ミーズウィン魔法学園の老魔女教師、マグラ・ミック。
ギノクレスの討伐後、彼女は空き家の片隅に、縛られ、魔力を吸われた状態で発見された。
ギノクレスといえど殺すのに手間取った事と、何かあった時の為に罪を擦り付ける為に生かされていたらしい。
猛の発見が遅れていたら命が危うかった……という程に衰弱していたのだが、
元々壮健な魔女であったが故、あまり時間がかからずに回復出来たのだ。
「どうしたね?これでもトシはいっぱい食った、人生の先輩さ。まがりなりにも教師もやってる。若者の悩みなら、聞いてあげる事が出来るさね。その上アンタは私の恩人さ。力になれる事なら、何でもなってあげるよ」
────傷付いていた心に、その言葉は優しく沁みるものがあった。
こういう時、歳の大きく上の人間は頼りになる。
変に意識する事も格好を付ける事もなく、自分の弱みを素直に明かす事が出来るからだ。
猛は、今胸に抱えている辛い思いをマグラに向けて吐露した。
「……なるほどね。それは、辛かろう」
マグラは、猛が話している間、目を瞑ってただ黙って相槌を打っていた。
そして猛が話し終えると、目を閉じたままゆっくりと喋り出した。
「だが、アンタはまだまだ捨てたもんじゃないよ。アンタが苦しんでるのは、完全に『捨てて』無いからさ。アンタが自分を肯定出来ないのも、努力から逃げる自分を否定しているからさね。つまりアンタは、怠惰な人間じゃない。人生を諦めた怠惰な人間なら、そもそも護衛騎士団なんかに入りはしないよ。アンタを認めてくれる人間は、一人も居ないなんて事は無いね」
マグラは、しわしわの手を優しく猛の肩にぽんと置いた。
「現に、アンタに命を救われた人間がここに居る。私以外にも、幼い兄妹を救った事が有るんだろう?私らからすれば、アンタがいくら自分を嫌おうが否定しようが、素晴らしい人間であると捉えてるよ」
マグラが、笑顔で猛に語りかけた。
「……………………でも……」
猛は、それでも自分を肯定は出来なかった。
それは、あくまでこの世界に来て、何故か僕だけがまともに扱えるカイガの力あってこその話だ。
カイガが無ければ、あの幼い兄妹は救えなかっただろうし、そもそも護衛騎士団第1部隊にも入れなかっただろう……
そんな猛の心情を、マグラは読み取った。
「……そうさね、アンタに今一番必要なのは、何と言っても『結果』かもしれないねぇ。じゃあ、魔法学園の教師らしく力になってやろうかねぇ?ほら、手をこっちに見せてごらん。簡単な魔法を使えるよう、教えてみせてやろう」
それは、猛にとって救いの言葉であり。
猛のその後の人生を、大きく変えるきっかけとなる言葉であった。
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あとがき
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