第37話 救世を託されし者

「ちょっと!アンタ大丈夫!?」


倒れた猛の元に、イリカとエリネが駆け寄ってくる。


「え、ええ。なん……とか……」


しかし返事では強がってみたものの、気が抜けた事で、堪えていた痛みが急に襲ってきていた。


「お姉ちゃん!残りの魔力ちょうだい!私の残りじゃもうヒールすら使えないわ」


「ええ、すぐにあげるわ」


エリネはイリカの背中に手を翳すと、翳した右手が淡く光る。

エリネから魔力を受け取ったイリカは、猛の躰に右手を翳し呪文を唱えた。


「命の精霊よ……癒しの力を以て、この者を癒やしたまえ……『ヒール』!】


イリカが呪文を唱えると、猛は身体の痛みが少し和らぐのを感じ取った。



────第37話 救世を託されし者────



「よし……『チェンジ』」


猛は、ブレスレットに手を当て鎧のカモフラージュ機能を起動させた。

黒い防具は、銀色へとカモフラージュされていく。

誰が見ているか分からない。念の為、防具の色は戻しておかねばならない。


「イリちゃん!エリちゃん!タケシ!無事か!?」


声の聴こえた方を振り返ると、アイシャが猛スピードでこちらに駆けてきていた。


「間一髪ね」


イリカが、こっそり猛に耳打ちした。


「アイシャちゃん!私達は無事よ。そっちはどうだったのかしら?」


「無論、全員片付けた。どうやら全員、奴の元教え子だったらしい。奴の目的とやらの為に、捨て駒になれる事を喜んでいたよ。狂気だな」


「そんな……」


レンド隊長といい、その人達といい。

人を狂気の渦に陥れて、人生をめちゃめちゃにする【ベラティナ】。いったい、何の為に動いてるんだろうか。


「そっちも……ギノクレスは事切れたようだな。テラフォートさんの予言通りに……あっ!待て、という事は、現れたのだな!?『変幻のバリアブル・騎士メタル』が!?クッ……ひとことお声掛けしたかった……!」


気まずさで目を逸らす猛。それを見て苦笑いを浮かべるイリカ。


「え、ええ、そうね〜。けどアイシャちゃん、今は帰って休みましょ?私達も魔力空っぽだし、タケシちゃんもダメージを負ってるわ。ここからだと私達の家が近いから、そこで休みましょ?ねっ?」


状況を察したエリネが、誤魔化しの合いの手を入れた。


「む、そうだな。ギノクレスの遺体は……む、ちょうど騎士団員達が来たな。あいつらに任せて、私達は一旦戻るとしようか。タケシ、歩けるか?肩を貸そう」


「え、そ、そんな大丈夫ですよ」


「バカ、遠慮するな。お前も頑張ったのだろう?ほら、肩を預けろ」


……アイシャさんだって、10人以上の敵と戦ったばかりのはずなのに。

ほんとに、この人は……


アイシャに肩を預け、彼女に覗かれぬよう出来るだけ逸らした猛のその顔は……ほんのり上気していた。




翌日。

ギノクレスの起こした事件は、一介の魔導師の暴走として公表された。

やはり、市民同士が疑心暗鬼になる事を恐れてか、まだ【ベラティナ】の存在は公には表わせないようだ。

奴らの存在が明かされるとすれば……壊滅した後の『事後報告』。もしくは、国が、世界が一丸となって奴らに対抗しなければならない時……そのどちらかであると、猛は悟った。


そして今。

猛は、マギティクス家の屋敷・テラフォートの部屋に呼び出されていた。

部屋の中には、真剣な面持ちで座るテラフォートとイリカ。

そして、何故呼び出されたのか分からない猛がぎこちなく座っていた。


「……あの、エリネさんとアイシャさんは?」


「お姉ちゃんは、アーちゃんを連れて外出中よ。噂の『変幻のバリアブル・騎士メタル』サマの正体に関わる話だから、アーちゃんには聞かせない方が良いでしょ?アーちゃんとアンタに気遣ってやってんのよ。感謝しなさいよね」


……あっ、僕が『変幻のバリアブル・騎士メタル』である事をあの時まで隠してた件の話か。

そして、様子を見るにテラフォートさんも既に聞き及んでるんだろう。


やがて、テラフォートが猛をじっと見つめながらゆっくりと話し始めた。


「……ホノムラくん。君も既にお察しの通り、君が『変幻のバリアブル・騎士メタル』である事は昨日娘から聞いた。驚きはしたが、まずは礼を言わねばならない。この街を、そして奴に狙われていた娘を救ってくれた事、感謝する」


テラフォートは、深々と頭を下げた。


「い、いやそんな。僕の力というか、この武器の力と、あと……この石の不思議な力というか」


猛は、慌てて胸元の紫の宝石を摘んで見せた。


「君から言及してくれるとは、話がスムーズでありがたい。ホノムラくん、君はその石が何なのか、ご存知かね?」


「……すみません、よく分かってないんです」


こちらの世界に来た時に、いつの間にか持っていた石。

言葉を通訳してくれる機能を持ち、こちらでの生活においてとても助かっている事は事実だが、それ以上の事は知らない。


「うむ、全く別の世界から来たのだから、知らなくて当然であろう。そして、その『全く別の世界から来た』という言葉。更に、昨日のギノクレスとの戦いで起きた出来事が、その石が何たるかを顕著にしたと私は考えている」


「この石が何か、ご存知なんですか?」


猛は、思わず身を乗り出して質問した。


「……うむ。それは、この世界でも知る者はごく僅かな。そして、言葉では言い表せないほど重要な品である可能性が高い」


テラフォートは一旦言葉を切り、そして大きく息を吸って喋りだした。


「その石は『導きの石』。世界が危機に陥りし時、別の世界より出でし『救世を託されし者』に創造神から贈られる、絶大な魔力を秘めた石だ」


……えっ?


「せ、世界の危機?『救世を託されし者』?」


思わず素っ頓狂な声が出る猛。


「私の家系に、代々伝わる言い伝えの中に、そういう石が有るのだ。全く別の世から来た『救世者』を導き、征く道を示し救う創造神の魔力が込められた唯一無二の石。

いつからこのような言い伝えが出来たのかは分からぬ。だが、別の世界から来たという君が、その不思議な武器と出会い『変幻のバリアブル・騎士メタル』となった事。その石が、窮地に陥った君を不思議な力で助けた事。これらが、この伝説に無関係であるとはもはや言い難いのだ」


テラフォートの隣に座るイリカも、いつにない真剣な面持ちで頷いた。


「ホノムラくん、君は創造神から『救世を託されし者』としてこの世に招かれた。そして、この世に訪れし危機と相対する事になるのであろう」


「……そ、そんな」


猛は身震いした。

つい数ヶ月前まで、無力な一般市民として生きてきた自分が。

この世界を創った神に、救世を託されし者として招かれた……だって?

ハッキリ言って、凄まじい人選ミスじゃないのか?

なぜ、特段何の力も持っていなかった僕が選ばれたんだ?

僕なんかに……そんな大役が務まるのか?


確かに元の世界に居た頃は、その手のネット小説を読んで興奮していた事もある。

だが、実際に自分が同じ境遇に叩き落とされるとなると……期待や興奮より、不安が勝ってしまっていた。

最初からありとあらゆる事が都合良く進む事が決まっているネット小説とは、訳が違う。

自分の一挙手一投足が、この世界の運命を左右していると考えると……胃が締め付けられるような思いだ。


「ふむ……君はまだ若い。そして、絶対的な力を持っている訳でもない。不安になるのも当然であろう。だが、我々マギティクス家は、代々の言い伝えに従い君に出来る限りの協力をする事を誓おう。そして、エリネとイリカ。私の娘2人を、君を支える魔法使いとして君に委ねよう。2人も、既に同意している」


「えっ!?」


猛は、驚いてイリカの方を見た。


「そういう事。未曾有の危機が迫ってるんってんなら、私達だって指をくわえて待ってるのはイヤだから。それにまあ、アンタなら私達にヘンな事は出来ないでしょ?」


「は、はあ……」


何だか、話が妙な方向になってきたぞ。


「あとは……その石が、私達を認めてくれるかどうか、ね。ホラ、手出して」


「え?は、はい」


猛は言われるがまま、左手を差し出した。


「改めまして。イリカ・マギティクス。これからは『救世を託されし者』のアンタの力になる事を、お姉ちゃんの分もここに誓うわ」


イリカは、差し出しされた猛の手を両手でそっと握った。

その途端、『導きの石』が強く輝き出した。

それは数秒続いた後、ゆっくりと光を収めていく。


「『導きの石』も認めてくれたみたいね。やっぱり、運命ってやつかしら?私達がアンタの力になるのは」


そう言って、イリカはいたずらっぽくニカッと笑った。

その仕草に、猛の胸が一瞬ドキリと高鳴った。


正直、この人……イリカさんも、タイプは違えどアイシャさんと同レベルの美少女だと思う。

そんな人から、『運命』とか言われるって……


「なーに照れてんのよ。アンタアーちゃん一筋じゃないの?はあ、噂の『変幻のバリアブル・騎士メタル』がこんなんだって知ったら、みんなどんな顔すんのかしらね?」


「ちょっ、イリカさんそれは……」


慌てる猛と、イジるイリカの後ろで、テラフォートが苦笑いしていた。





『救世を託されし者』。

自らの運命と使命を知ったという意味では、ここがようやく彼の『スタート地点』と言えた。





─────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

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