第36話 輝ける宝石
追い詰めたはずの状況から一転、事態は急速に悪化した。
魔法が使えない猛にも分かる。それくらい、今のギノクレスは力に……魔力に満ち溢れていた。
目は妖しく赤く爛々と光り、右手からは太く長い蒼炎の鞭が吹き出している。
「詰めの甘い小娘共と、無能な護衛騎士め。貴様らの命、俺が戴くぞ」
ギノクレスの極太の炎の鞭が、姉妹を薙ぎ払うように振るわれた。
────第36話 輝ける宝石────
もう、躊躇ってる場合じゃない。
僕の正体がどうした。それでイリカさん達の命を救えるなら、安いものだ。
猛は、姉妹を狙って飛んでくる蒼炎の鞭の前に立ちはだかり。
一心込めて、カイガの
「
猛の叫びに呼応するように、槍の形であったカイガが、みるみる内にその形を大盾に変え。
薙ぎ払われた炎の鞭を、頼もしく受け止めた。
「ぐっ!」
それでも衝撃が伝わってきて、猛は50センチほど後ずさりする。
だが、まともに受けるよりは遥かにマシな結果と言えよう。
「何っ!?槍が盾に変形しただと!?」
ギノクレスは驚愕の表情を見せる。
「あ……アンタ……まさか……」
イリカは、今しがた目の当たりにした光景の意味するところに気付いたようだ。
しかし、それは元より覚悟の上。猛は、より言葉に説得力を含ませる為に、鎧の上から装着されている第1部隊を示す金色のブレスレットに触れ、呟いた。
「チェンジ」
その言葉に反応して、カミス製の防具が持つ特殊能力が発動し、鎧の色が銀から黒へと変わった。
マギティクス姉妹は、目の前に現れた『黒い鎧の騎士』に対し目を大きく見開いた。
「イリカさんエリネさん、奴は僕がなんとかします。今の内に逃げて下さい」
猛は、姉妹の方を振り向きながら言った。
『穂野村猛』としてそんな事を言ってもなかなか納得してもらえないかもしれないが、今この国で噂の『
────だが、姉妹の反応は猛の予想とは違った。
「……ごめんねタケシちゃん。それなら、私達は逃げる訳には行かないのよ」
エリネがすっと立ち上がった。
「理由は後で話すわ。だから、今は一緒にこのイカレ魔導師をぶっ倒すわよ」
イリカも、瞳に強く決意を灯らせながらすっと立ち上がり、力強く猛に呼び掛けた。
「……良いんですね?」
優秀な魔法使いである2人がそう言うのなら、きっと何かちゃんとした理由が有り、まだある程度戦えるんだろう。
けれど、一応確認はしておかなくちゃならない。
猛の問いに、イリカとエリネはこくりと頷いた。
猛もそんな2人に頷き返し、3人はギノクレスに向き直った。
「そうか、貴様が今噂の『
ギノクレスが、口角を釣り上げて舌なめずりする。
どうやら、向こうも僕が『
「イリカさんエリネさん。さっきのような魔法、もう一発撃てますか?」
猛が小声で2人に問い掛ける。
「ええ、1発なら。けど、アイツは魔力が激増して、私達は逆に弱くなった。さっきみたいに『アンタが時間稼ぎして私達がトドメ』ってのはもう通用しないわ。そこだけは注意して」
イリカの答えに、猛は若干の焦りを感じた。
何故なら……
「そおらっ!」
ギノクレスが、蒼炎の鞭を再び振るう。
「ぐぅっ!」
猛は、再び大盾となったカイガを全面に突き出しそれを防ぐ。
そう、攻撃を防ぐ事はこうして出来る。
だが……
「そおらっ!」
ギノクレスは、極太の蒼炎の鞭を左右で2本振るってくる。
そう、守りに入らされるばかりで、攻撃に転ずる隙が無いのだ。
「どうした!?噂の『
ギノクレスはそんな猛の様子に悦に入り、ますます激しく炎の鞭を当ててくる。
悔しいが、確かにその通りだ。
今の僕では、後ろにいるマギティクス姉妹を守るので精一杯だ!
この状況、どう打破すれば……!
悩む猛。すると、後ろのエリネが声を掛けてきた。
「タケシちゃん、一緒に戦うって言ったでしょ?そう何度もは出来ないけど、私達も自分の身は自分で守れるわ。タケシちゃんに何か攻撃に転じられるプランが有るのなら、私達はいいから迷わずやっちゃいなさい」
「エリネさん……」
目を見開く猛。イリカも、エリネの言葉に追従するように力強い眼差しで頷く。
猛は、姉妹の強い決意を受け取った。
「……有る事は有ります。けれど、ひょっとしたらあの鞭に1発、多ければ数発狙われる事になるかもしれません。身を守れますか?」
「任せときなさい!ちょっと魔力吸われたくらいでヘタれる私達じゃないわよ!」
ここまで言われれば、もう迷う必要は無い。
「……では、僕が奴に向かって走ります。奴に攻撃当てるまでのその間、イリカさん達は回避と防御に専念してください!」
「任せて。もう準備は出来てるわ」
そう言うエリネとイリカの身体は、仄かに白い光を帯びている。
きっと、イリカの補助魔法が効いているのだろう。
「では……行きます!」
猛は、眼前に飛んで来ている炎の鞭を押し払うようにして防ぐと。
盾を構えつつ、そのまま走り出した。
「ギノクレス!こっちだ!」
猛は、宙に浮くギノクレスに向かって叫んだ。
ギノクレスは、走り出した猛を訝しげな目で見つめた。
どうやら、また屋根伝いに俺に近付こうとしているようだが。
この高さなら、どこに登ろうが届きはしまい。
ギノクレスは、にやりと笑って鞭を猛に振るった。
「ぐああっ!」
その狙いは、猛の身体ではなく足元。
屋根の上という不安定な足場、更に、鎧ほど魔法耐性が強力ではない足元。
ギノクレスの狙い通り、その一撃は猛の足に確かなダメージを与え、猛は屋根からずり落ちそうになった。
だが、猛は煙突を掴んで何とか転落を免れた。
「ふん、貴様は後回しで良いな。手薄になったあの姉妹を先に殺させてもらうとしよう」
ギノクレスは狙いを変え、猛の守りが無くなったマギティクス姉妹に鞭を振るった。
だが、その鞭は2人に跳んで躱される。
「何?……そうか、あの小娘の補助魔法か」
2人の足元が仄かに白く光っているのを、ギノクレスは見逃さなかった。
「ならば、これでどうだ!」
ギノクレスは、鞭を2本同時に振るい、容易に跳んで逃げられないように重ね合わせた。
「お姉ちゃん、行くよ!」
「ええ!」
跳んで躱すのは不可能と判断した姉妹は、2人同時に手を前に翳した。
「「デュアルシールド!!」」
2人の周りに、ドーム状に2重の魔力防壁が展開された。
ギノクレスの炎の鞭が当たり、防壁の中が激しく揺れる。
だが、1枚の防壁を破るに留まり、2人の身を傷付けるには至らなかった。
「チッ!しぶとい小娘共め!」
ギノクレスが忌々しげに舌打ちする。
だが、追撃すればあの防壁は破れる────。
そう考えたギノクレスが、炎の鞭による追撃をしようとした、その時。
「うおおおおおおおお!!」
ギノクレスが叫び声のした方を振り返ると。
一番高い建物の屋根に登ってきていた猛が、盾を放り投げて自分目掛けて飛び掛かってきていた。
ギノクレスは、その光景に嘲笑した。
届かぬといって、盾を捨てて身軽になれば届くとでも?
まあ良い。愚かなコイツから……その首を戴こう!
ギノクレスは、炎の鞭を2本、猛の胴体目掛けて振るった。
2本の鞭は途中で1本に合わさり、超極太の蒼炎の鞭となり猛に襲いかかる。
盾も無く、跳び上がっていて自由に動けない猛にそれを防ぐ手立ては無く、
猛の胴体に、その強烈な一撃が直撃した。
「うっ!」
あまりの衝撃に、息が詰まり、叫び声も上げられずに猛は地面へと勢い良く叩き付けられた。
いくら強い防具を着込んているとはいえ、衝撃は相応に伝わる。
猛の身体は激しく打ち付けられ、あちこちの骨が折れたような感覚と共に激しい痛みが彼を襲った。
「あ……あああ……っ……」
猛は苦悶の叫びを上げつつも、目的意識だけでなんとか上半身を起こしギノクレスの浮いている場所を見つめた。
「チッ、貴様も貴様でしぶといだけが取り柄か。ロクな攻撃も出来ん腑抜けめ、今すぐトドメを────」
ギノクレスの言葉は、不意に彼を襲った物理的な衝撃で途切れさせられた。
ギノクレスの横腹に、意識の外から飛んできた黒いブーメランが、勢い良く直撃した。
「ぐううううううううっ!?!?」
驚くギノクレスが、横から吹き飛ばされるのを猛はしっかりと見届けた。
そう、猛がギノクレスに飛び掛かる直前に放り投げた大盾は。
途中でブーメランへと
猛の方に意識を取られていたギノクレスに、それを躱す余裕は無かった。
よし、狙い通りだ。
あのまま地面まで叩き付けられれば、トドメはイリカさん達が刺してくれるはず────。
猛は、そう思いながらギノクレスを見ていた。
だが、事は猛の思う通りには運ばなかった。
地面に向かってその身を吹き飛ばされていったギノクレスは。
地面まであと数メートルまでという所で、踏み止まったのだ。
「えっ!?」
猛が、その様子を見て驚きの声を上げる。
今まで見てきた吹っ飛び方に比べたら、まるで威力が足りないぞ!?
「(むう……敵も然るものだ。私の激突の瞬間、妙な手応えを感じた。恐らく、自動的に衝撃に反応する魔力の障壁のようなものをその身に張り巡らせていたに違いない。私の一撃を軽減するには、相当な魔力を消費しただろうがな)」
猛の手元に戻って来ていたブーメラン状のカイガから、猛の脳内に声が送られる。
「そ、そんな……!」
絶望する猛に、上空からギノクレスの怒りの声が轟く。
「よくも……よくも小癪な真似を!こうなれば、全てを一度に済ませてやる!残る全魔力を以て!この街ごと貴様らを焼いてくれるわ!」
そう言うとギノクレスは、天へ向かって両手を挙げた。
すると彼の頭上に、蒼炎の火の玉が生成されていく。
目を見張るような速度で生成されていくソレは、あっと言う間に巨大な火の玉となった。
マズい。宣言通り、あの火の玉を投げ降ろしてこの街ごと僕らを焼くつもりだ……!
猛は、骨が軋むのを堪えながらもう一度ブーメランを当てようとカイガを投げようとした。
「(待て!今奴を吹き飛ばせば、あの火の玉はそのまま下へと落下する!)」
「じゃあどうすれば!?」
焦った猛の声に、カイガはすぐには答えなかった。
数秒のち、困り果てたような声で「(すまない、私は魔法にはそう詳しくない。そんな私でも考えられる手段は1つ。それ相応のエネルギーを当てて相殺するしかあるまい)」と答えた。
……詰みだ。この場に、そんなエネルギーを放出出来る人間なんて居ない。
僕は言わずもがな、少し離れた所にいるイリカさん達も険しい表情で上空の火の玉を凝視したまま動かない。
魔力の大半を吸い取られたあの2人にも、きっと不可能なんだろう。
このままじゃ、街が火の海に包まれてしまう。
何か手立ては。何か無いのか、何か!?
「ククク……非力で愚かな者共よ!無人の街で、最後に高笑いするのはこの俺だ!行くぞっ!!」
何の案も浮かばないまま、とうとう火の玉を完成させたギノクレスが、街に向けてそれを投げ降ろそうとした────。
その瞬間。
猛の胸元の紫の宝石が、まばゆい輝きを放った。
「なっ!?」
突然の出来事に猛は驚く。
これまでも、何度かこの石が光る所は見てきた。
だが、今回の光り方は今までとは全く比べ物にならない。
眩しさも、照らす範囲も。今までとは桁違いだ。
「うわっ!」
もはや、目を閉じていなければ失明しかねないほどの激しい光が、街を覆っていく。
この光が何なのか。この後どうなるのか。
何も分からぬまま、猛はこの光が収まるのを待った。
────やがて、光が小さく、弱くなっていき。
光源である胸元の紫の宝石が、その光を発さなくなった時。
消えていたのは、謎の光だけではない。
先程まで全てを焼き尽くさんと燦々と輝いていた、ギノクレスの火の玉も。
あの光に飲み込まれてしまったかのように、忽然とその姿を消していた。
「な……なっ……!?俺の炎が……!何故だ!?貴様らいったい……」
魔力の殆どを使った火の玉が忽然と消失した事に混乱を隠せないギノクレス。
そして、その隙をこの2人は見逃さなかった。
「お姉ちゃん!」
「ええ!」
「「クロス・ダークサンダー!!」」
姉妹の交差した右手から、2つの黒い玉が物凄い勢いで空に浮かび。
ギノクレスの頭上に浮かび上がるや否や、目にも止まらぬ速度の黒い雷を2発放った。
もはや宙に浮く魔力しか残していなかったギノクレスに、それを躱したり回避する術は残っていなかった。
2つの黒い雷は、無防備なギノクレスの左胸を交差しながら貫き。
心臓を黒焦げにされたギノクレスは、その赤い目を大きく見開きながら、断末魔も上げる事も出来ずに真っ逆さまに地へと落ちていった。
地に落ちたギノクレスが、左胸にに黒く大きな穴を空け、口から煙を吐きぴくりとも動かない様を見て、猛はこの戦いが終わったことを悟った。
「お……終わった」
猛は、安堵感から全身の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
─────────────────────
あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
風邪もほぼ治ったのでまた更新再開します!
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