第35話 魔導師ギノクレス

猛の嫌な直感は直撃してしまった。

これまで何も手掛かりが無かったのに、途端に動き出した事態。

マギティクス姉妹が連絡用にと渡されたバッジを、何故か子供達も受け取っていた事。

そして何より、アイシャの居ない現状が、水晶玉で見た光景と同じである事。

それらは全て、この事実に繋がっていたのだ。

ギノクレスはマグラ・ミックの姿を借り、自分達を欺き潜伏していたという事実に──。



────第35話 魔導師ギノクレス────



「ど、どういう事よ!ミック先生がギノクレス!?どういう事よ!?」


突然衝撃の事実を突き付けられたイリカが混乱している。


「イリカさん、落ち着いて!エリネさん、1つ聞きますが、ギノクレスとミック先生が同時に存在しているのを見た事は有りますか?」


猛がイリカを落ち着かせつつ、エリネに問う。


「え、ええ。学園内で何度も。だから、ミック先生とギノクレスが同一人物、なんて事は無いわよ」


決まりだ。きっとこの魔導師……ギノクレスは、魔法か何かでミック先生の姿を借りていたに違いない。


「でもねタケシちゃん……変身の魔法って、とても高難易度かつ危険を伴う魔法で、且つ悪用もされやすいから国が使える人に登録義務を課してるのよ。私達が知る限りギノクレスはそのリストに載ってなかったわ。隠れて習得出来るような易しい魔法じゃないのよ……!」


エリネが恐れ慄いた顔でギノクレスを見つめている。


「フン、貴様らの常識で俺を語るな。俺は組織に入って変わったんだ。アイツに魔法を教わった事でな」 


フードの下から、ギノクレスがにやりと笑う。


「じゃ、じゃあアーちゃんが見つけたっていうギノクレス達は?」


「……たぶん、在学中に危険思想を植え付けた元学生達、とかじゃないですか?目的は不明ですが、アイシャさんと僕らを分断し足止めさせる為の囮……違いますか?」


猛がギノクレスを睨みつけながら言う。


「ご明察だ。少しは頭が切れるようだな、そこのお前は。その通り、奴らは囮だ。俺が確実に任務を遂行する為の捨て駒だ」


十数人の命を、『捨て駒』呼ばわりするなんて。

やはりこいつら……【ベラティナ】の連中は、命を何とも思っていない!

そうまでして達成したい目的って、いったい?


「そこのガキ、目的は何だと考えているな?どうせすぐ実行に移す事だ、教えてやる。目的はこの街の壊滅。そして……そこの小娘達の命だ」


ギノクレスは、マギティクス姉妹を指差した。


「……私達、アンタに恨まれるような事をした覚えは無いんだけど?私達がアンタを追ってるのも、ホレンの国に軟禁されていたアンタが忽然と姿を消したからよ?」


状況を受け入れ、落ち着きを取り戻したイリカがギノクレスに答える。


「【首領】が啓示を賜ったのだ。その小娘達は、いずれ我々の強力な敵になる、とな。反乱分子は確実に消す。そう、そいつらの住む街もろともな。そうしてこそ、我ら【ベラティナ】の恐怖の名は世界に広まるのだ」


そう言うとギノクレスは、両手から青白い炎を発生させた。


「まず先に、貴様らを殺してやる。そして、この街を俺の炎で焼き尽くしてやるわ」


「させるもんですか。首領だかなんだか知らないけど、そんな得体の知れないヤツの思惑1つでくれてやれるほど、私達の……街の皆の命は安くないわ」


イリカも両の手に光球を発生させ。

エリネもまた、普段の穏やかな雰囲気が鳴りを潜め、氷のような冷たい視線をギノクレスに向けつつ両手に氷のエネルギーを発生させた。


「アンタは周りの人を避難させて。しばらくは私達だけでも充分だから」


「えっ!?でも……」


相手は強者揃いの【ベラティナ】構成員、そして元魔法学園の教師だ。

2トップだったとはいえ、この前卒業したばかりのこの姉妹に相手が務まるのだろうか……


「タケシちゃん?私達を信じなさい。ほら、行って」


エリネは、いつもより低めのハッキリとした声で告げた。


どうやら2人の意思は、揺るぎ無いようだ。


「……分かりました!」


猛は辺りを見回し、事態を目の当たりにして恐れ慄いている一般市民達に声を掛けた。


「皆さん!護衛騎士団員です!間もなくここは戦場と化します!逃げて下さい!すぐに動けない人は私が手を貸します!」


市民の安全を守るのも、護衛騎士団の仕事の内の1つだ。

猛は、市民の避難誘導に全力で取り組んだ。



猛は、不安と希望的観測を両方抱いていた。

まず、あの2人だけではギノクレスは倒せないであろう事が『不安』の方だ。


テラフォートさんが見せてくれた光景が正しいとするなら、あの光景には僕が居た。

ならば、僕が戦いに加わらねばならない状況となるはず。あの2人だけでギノクレスを討伐出来るのであれば、僕が『変幻のバリアブル・騎士メタル』の姿で参戦する必要など無いからだ。

だが裏を返せば、それは『僕が参戦するまではあの2人が負けることも無い』という事だ。これが希望的観測。

だから、僕がこの避難誘導を終えて参戦するまでは、戦況は動かないはず────。


猛は、心配で時折戦場を振り返りつつ避難誘導にあたった。



そして身体の不自由な人の避難も済み、猛は全速力で東の通りに向かった。


猛の想像通り、戦況はどちらに有利とも言えない状況となっていた。

ギノクレスは宙に浮きつつ青白い炎を操り、炎が逸れた先にある物があっという間に燃え尽きている様を見るに、その威力は計り知れない。

だがマギティクス姉妹も、イリカが回復も補助をこなし、補助を受けたエリネが氷の魔法と雷の魔法でギノクレスに思うような攻撃をさせていない。

戦況は、五分五分と言ったところだろうか。


「クッ、やるな。まだ小娘とはいえ、流石はあの学園をトップで卒業しただけの事はある。俺の追放に一役買いやがったあの教頭の憎らしい顔が浮かぶようだ」


ギノクレスは憎々しげに姉妹に吐き捨てる。


「アンタこそ、クビになった割になかなかやるじゃない。それだけ思想が危険だったって事かしらね?まあ良いわ。そろそろケリ付けてあげる。お姉ちゃん、アレ!」


「ええ、やりましょうか」


イリカの呼び掛けにエリネが応える。


「あ!ちょうど良い所に戻って来たわねアンタ!今からバシっと決めるから、10秒だけ何とかして時間稼ぎして!」


戻って来た猛に気付いたイリカが、猛に頼み込む。


「は、はい!」


とは言ったものの、どうしよう。

宙に浮いているから、槍を叩き付けて……の定石は使えない。

……それなら。


「ギノクレス!こっちだ!」


猛はとりあえずギノクレスに呼び掛け、注意をこちらに向ける。

そして背の低い建物を見つけると、そこの屋根に飛び登って、階段を駆け上がるように徐々に背の高い屋根へと飛び移りつつ、ギノクレスに向かって駆けていった。


「今は雑魚には用は無い!後で始末してやる!」


ギノクレスが、青白い炎弾を放ってきた。


かなりのスピードだ……避けられない!

「ぐうっ!」


猛は、炎弾を胸にまともに被弾した。

しかし猛の狙い通り、カミス製の鎧の魔力バリアにより大したダメージにはならなかった。


「何っ!?」


驚くギノクレス。そして猛はにやりと笑った。


目論見通り、時間稼ぎは出来たはずだ────。


「タケシちゃんお待たせ!離れて!」


魔法道具から、エリネの声が聞こえてくる。

その声に従い、猛は屋根から飛び降りてギノクレスから距離を取った。


「「『クロス・チェインアイス』!!」」


マギティクス姉妹が同時に叫ぶと、2人の重ね合わせた右手から2本の太い氷の鎖が伸びた。

絡み合う蛇のようにギノクレスへと勢い良く迫ると、彼の炎弾をものともせず、あっと言う間にギノクレスの身体を絡め取った。


「す、すごい……」


猛は、目の当たりにした光景に思わず声を漏らした。


生成された2本の極太の氷の鎖がギノクレスを雁字搦めにし、一切の身動きを取れなくさせている。


「どーよ?私とお姉ちゃんが力を合わせればこんなもんよ」


イリカが鼻高々に猛に自慢してくる。


「ええ、凄いですよ!」


猛は素直に感想を返す。


「それは縛られた者の体温を急速に奪うわ。貴方ほどの魔法抵抗がある人でも、そのままじゃいずれは死に至る。そ・れ・に、貴方の炎魔法程度じゃ溶けないわよ〜?降参して大人しく引かれていくなら、命は助けてあげるわ」


エリネが笑顔でウインクをするが、猛はその仕草に恐ろしさしか感じられなかった。


この人が攻撃魔法が得意な理由を垣間見た気がするよ……ぶるぶる。


「……おめでたい奴らだ」


唐突に、ギノクレスの声が響いた。


「俺が何故、あのババアに代わって魔法教室を代行したか。その理由にここに至るまでまだ気付かんとはな。さあ、こちらもいよいよ本腰を入れるとしよう」


危機的状況のはずなのに、全く慌てていないぞ?

それに、そう言われればそうだ。

変身魔法で化けるなら、わざわざ青空魔法教室を執り行うミック先生に化けなくても良かったはずだ。単に面倒が増えるだけなんだから。

どうして?何で────。



猛の脳内に、1つの答えが出た。


「イリカさんエリネさん!今すぐあのバッジを捨てて!」


猛が絶叫した。

しかし────


「気付くのが遅かったな」


ギノクレスの左目が赤く輝くと、突然イリカとエリネの身体から魔力が吹き出した。

そして、その魔力はギノクレスへと向かっていく。

しかも、ギノクレスに向かっていく魔力はそれだけではない。

街のあちこちから、ギノクレスへと大小様々な魔力が吸い寄せられていく。


「そ、そんな……魔力が、アイツに吸われ……て……」


「い、イリカちゃん!しっかり……!」


二人は崩れ落ちながらもバッジを何とかポケットから出して捨てたが、ギノクレスの近くに居た事が災いし、既に相当量の魔力を吸われてしまった。


イリカさん達や子供達に渡していたあのバッジ。

あれは、この時に備えて魔力を吸収する為の媒介だったのか……!


「子供は良い。まだロクな魔法を使えぬ為に、魔力を消費する機会が少ないからな。おかげで……たっぷりと頂けたぞ!」


ギノクレスの両手から、再び青白い炎が勢い良く吹き出す。

そしてその炎は、太い鞭のようにしなり……ギノクレスの身体を絡め取っている氷の鎖を、叩き割った。


「さあ……小娘共。俺を侮った過ちを、その命で償ってもらおう」


ギノクレスがにやりと笑うと同時に、その左目がまた妖しく輝いた。





─────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

ギノクレスに魔法を教えた人物はいずれ出ます……が、まだまだ先かな?

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