第33話 魔導師の行方
「えっ?それってどんなヤツよ?」
イリカが目を丸くして問い掛ける。
「えっと、初老くらいの女性で……」
「ストップ。もう良いわ」
イリカがやれやれといった感じに首を横に振った。
「その人はシロよ。名前はマグラ・ミック。ミーズウィンの教師で、ここへは魔法教室の特別講師として来てるだけよ。そもそも、ギノクレスは男だもの」
……手掛かりはハズレだったようだ。
────第33話 魔術師の行方────
「そうですか……」
猛は落胆した。
また危険を孕んでそうな香りがするから、なんだあの人じゃん!ってすぐ捕らえに行って解決!という運びになれば良かったんだけれど。
「その人にはもう私達も会ってるわ。何日かに分けて魔法教室を開く予定だから、その人も暫く滞在するみたいでね?その人にも話して、ギノクレスに関する情報が手に入ったらコレで連絡してくれるって言ってたわ」
そう言うとイリカは、ポケットから真っ白な丸いバッジを差し出した。
「これ、向こうからの一方通行だけど連絡手段にもなる物でね?ギノクレスに関する有力な情報を掴んだらミック先生から連絡を下さるそうよ」
へえ、あの人も協力してくれるのか。
どれ程の実力かは分からないけれど、魔法学園で教師をしているのならきっとそれなりに腕は立つのだろう。心強い味方だと思う。
「けれど、今の所はアンタもアーちゃんも手掛かりは無しってところかしら?」
イリカが、猛とアイシャを交互に見る。
「ああ、すまない。私はこれと言って情報を掴んではいないな」
「僕も同じく、です」
2人の答えを聞いて、イリカは肩を落とした。
「まー、そうよね。そう都合良く見かけてはいないわよね。そんなに簡単にシッポ出す奴なら、わざわざ私達に頼まないでしょうし」
「まあ、ゆっくり探すしかないわよ〜。焦って悟られて逃げられちゃうのが、一番ダメ。まずは信頼出来る所から地道に、聞き込みを続けましょう?何か目的が有るのであれば、必ず何か動きを見せるはずなのよ〜」
エリネがにこにこ笑顔で両手を合わせながら妹を慰める。
「まあ、そうだな。何、私やイリちゃん達が力を合わせれば解決出来ないなどという事はあるまい。明日からやっていこう」
そのアイシャの言葉に、猛の心は一瞬ちくりと痛んだ。
『私や、イリちゃん達』、か……
翌日から、猛達4人は各所で聞き込みを開始した。
不審な人物は居なかったか。この辺りでは見かけない魔導師は居なかったか。
騎士団の伝手も使い、情報収集に奔走した。
だが、全く手掛かりは得られないまま……その日は過ぎた。
猛は、客間でため息をついていた。
いや、そう簡単に行くとは思ってはいなかったけれど。
騎士団の伝手を使っても、一切何の、ただの1つも手掛かりも得られないとまでは想像していなかった。 いったい、ギノクレスという男がここに来たのは何が目的なのだろうか?
まだ何も動きを見せていないだけなのか?それとも、実はただ単に逃げて来ただけだとでもいうのだろうか?
考えても分からない。猛は、己の無力さを嘆いていた。
昨日聞いた、アイシャさんが【英雄】と呼ばれるまでに至った経緯。
皆を守りたいという一心で邪悪な連中に真っ向から立ち向かい、そして打ち破り。
この世界のトップたる人々の心をも動かし、この中央大陸を。いや、再度の戦争に至るのを止めた事を考えれば、世界を救ったとすら言える偉業を、僕と同い年の彼女が成し遂げた。
それに比べて、僕は……こんな事件の1つも解決出来ないどころか、何の役にも立てていない。
あの人と比べる事自体が間違っていると言えばそうなのかもしれない。けれど、やっぱり自分の無力さにほとほと嫌気が差す。
……改めて思う。やっぱり、僕なんかじゃ釣り合わないよな。
あんなに強くて、凛々しくて、優しくて……美しい人は。
「アイシャさん……」
まるで辛い思いでいっぱいになった胸から溢れ出るように、彼女の名前が零れ出た。
────そして、そんな猛の思いの丈を、すぐそばで耳にしていた人物がひとり。
「やーっぱりアンタ、アーちゃん狙ってたんじゃないの」
「えっ!?」
猛が驚いて声のした方を振り向くと。
そこには、ニヤニヤ笑みを浮かべたイリカが立っていた。
「全く、アンタを呼びに来たってのに、アンタったらいくら呼び掛けても気付かないんだもの。どんだけアーちゃんの事熱心に妄想してたのよ」
「も、妄想なんかじゃ……」
しかし、1人座り込みながら異性の名を真剣な様子で呟いていたさっきの現場を見られたからには、言い訳も虚しく響くような気がした。
「まあ、アーちゃんはパーフェクト女子だもん。オトコが惚れるのも無理は無いわね。けど、競争率ヤバいわよ〜?この国だけじゃなく、他の大陸にもアーちゃんの活躍は流れてるんだから。アンタよりずっと強い人や権力やお金が有るオトコが、こぞってアーちゃん狙ってるわよ」
「……ですよね……」
猛は、うつむいたまま返事をした。
分かってはいたけど……イリカさんの言う通り、競争率は果てしなく高いよなあ。
「ま、アーちゃんはすっごく強いし?今は家も貴族になってお金も有るし?そういう俗なのは基準にしないのかもしれないけど。それでもまあ、アンタはムリそうよね。何でか分かる?」
「……分かりません」
思い当たらないのではなく、思い当たるフシが有り過ぎて絞り込めない、という意味でだ。
「ズバリ、頼れそうに無いからよ。アンタ、見てて分かるけど。アーちゃんの事頼りにするばかりで、アーちゃんの支えになってると思う?」
「…………」
正直に言えば、まだ支えになんてなれていない、と思った。
その証拠に、昨日のアイシャさんの言葉。
『私やイリちゃん達ならば』、と。
あれは、果たして僕は頭数に入っていたのだろうか?
魔法学園をトップで卒業したというこの優秀な友人姉妹は頭数に入れど、僕は入っていたのだろうか?
僕はやはり……まだ、『頼りない部下』としてしか認識されていないのではないか?
だが、それを自ら認めて口にするのは辛いところがあった。
「私も3年前、アーちゃんに命を救われたわ。家に押し入って来た強盗を、アーちゃんが退治してくれた。アーちゃんが助けてくれたから、今私はあの時無傷でいられた。本当に感謝してるわ」
イリカが、真剣な面持ちで語り始めた。
「けど、私もお姉ちゃんもこのままじゃいけないって思ったの。だから、一流の魔法学園であるミーズウィンで私達も強くなろうって決めたのよ。アーちゃんを頼りにするばかりじゃいけない。いつか、アーちゃんに頼りにされるようになる、ってね」
南の大陸へ留学に行ってたのは、そういう経緯が有ったのか。
すごく、立派な決意だ。
友達として、ただ支えられるだけじゃいけない。お互いに支え合うようになれる為に……
「だから、アンタもアーちゃんを狙うならまず頼りにされるオトコになりなさい。アーちゃんはたぶん、そういう努力をしっかり見てくれると思うわ」
『努力』……。
猛の胸が、一瞬ちくりと痛んだ。
この世界に限らず、どんな世の中でもそれをせねばまともに生きてはいけない大切なもの。
────けれど……僕は……
っていうか、あれ?イリカさんって……
「イリカさん、応援してくれるなんて意外ですね。最初に会った時は、散々頭を揺すぶってきたのに」
てっきり、ちょっとソッチの気がある人で、『私のアーちゃんは渡さない!』みたいな人だと思ってたけど。
「まあ、アンタみたいなのは少なくともアーちゃんに酷い事しなさそうだしね。仮にもっと強く頼れるオトコになっても、裸を見たり胸に顔埋めるだけでぶっ倒れるようなヤツじゃ狼になりようがないでしょ」
……やっぱり、変な所で認められてるんだよなあ。
「けど、あんまりノンビリしてると他のオトコに取られるわよ?それこそ、えーっと何だっけ?今この大陸で噂の……そう!『
「ええっ!?」
不意に『
「……何でそんなに驚くのよ。当たり前の事でしょ?」
……すみません。その『
やっぱり、皆が噂して夢見てる『
でも、あれは虚像だ。僕が諸事情で正体を明かしたくないが為に創り上げた、紛い物のヒーローだ。
『
「……って、ちょっ!やばやば!お父様に頼まれてアンタを呼びに来たのに、長話しちゃったじゃない!ホラ、ついてきて!私達4人に話が有るって!」
良かった、話が逸れた。
テラフォートさんの話というのは気になるけど、今はとりあえず言われた通りついて行こう。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
イリカみたいなズバッと言える娘がいると筆が進みやすく(ry
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