第30話 イリカ・マギティクスとエリネ・マギティクス

猛は、眼前で抱き合う2人の少女達を当惑した表情で見つめていた。


あ、アーちゃん?イリちゃん?


「2年ぶりか?あ、そうか!留学が終わったのだな?」


「そうよぉ〜、ミーズウィン魔法学園を2トップで卒業してみせたわぁ」


もう一人の背の高めの少女……いや、こちらはもう成人済みだろうか?おつとりした雰囲気の女の人が、アイシャさんの問いに答えていた。



────第30話 イリカ・マギティクスとエリネ・マギティクス────




「私は飛び級でね!歳上をごぼう抜きしてやったわ」


イリちゃんと呼ばれていた背の低い方の少女が、えっへんと胸を張りながら言う。


「まあ、私には敵わないんだけどね〜」


「何よ!私とお姉ちゃんの差なんて殆ど無いでしょ?」


あ、同じ髪の色してると思ったら、姉妹だったのか。


「そうかしら〜?本当にそうかしらぁ〜?」


お姉ちゃんと呼ばれた女性が、そのアイシャ以上に豊満な胸部の2つの果実をゆさっと持ち上げた。


「そこのハナシをしてるんじゃないでしょーが!」


『胸囲の格差社会』を見せつけられた妹が、ぷんむくれて怒っている。

猛から見れば、別に妹の方も『貧しい』というわけではなく、充分な大きさがあるように見える。

ただ……この姉やアイシャさんと並ぶと……うん。

相手が悪い、としか言いようがない。おっきい。すごい。


「……で、コイツは誰なのよ?」


妹の方が、不服なテンションのままじろりと猛の方を見た。


「ああ、コイツはタケシ。私の部下であり、共に暮らしている」


その場に、しばしの不気味な沈黙が流れた。

そして……


「い、いいいいいい一緒に!?ちょっと、ダメよアーちゃん!オトコなんてみんなヘンタイなんだから!学園でもケダモノの目でお姉ちゃんに言い寄るオトコが何人も居たんだから!」


「あら、イリカちゃんも結構言い寄られてたじゃないの〜」


「今はそれはどうでもいいでしょ!今はこのオトコの事よ!アンタもどうせアーちゃんの事狙ってるんでしょ!このケダモノ!」


「い、イリちゃん。タケシを放してやってくれないか?頭をずっと揺さぶられていては答えようがないではないか」


そう、爆発し出してからここまで、ずっと猛の首元を引っ掴んでゆさゆさと揺すぶりながら叫んでいたのだ。


「はっ!そ、そうよね。まあ、こいつの弁明を聞いてやってもいいわ」


よかった、やっと放された……。


「で?何言ってアーちゃんに近寄ったワケ?」


イリカと呼ばれた少女が、ジト目でこちらににじり寄って来る。


何というか、随分気の強そうな人だ。

けれど、何というか……この怒った表情もまた、様になっているというか。

いや、そんな事よりも今は弁明をすべきだ。


「ぼ、僕はアイシャさんとザルフさんのご厚意で住まわせてもらってるだけです!別に言い寄ったりは……」


「そう、タケシにはちょっとした事情が有ってな。安心しろ、タケシは別に……」


良いタイミングでアイシャが助け舟を出してくれたが、ふとその言葉が止まる。


「…………いや、大人しそうな顔をしておいて意外と、という所は有るな」


ちょ、ちょっとおおおお!助け舟を出してくれたと思ったら泥舟!?


「ア、アイシャさん!この前の事を言ってるのなら、アレは僕の気が緩んでいただけというか!」


多分この前のイルメラの事件について思い出してるんだろうけど、今はタイミングが悪すぎるよ!


「やっぱり!アレって何よ!?アンタアーちゃんに何したのよおおおおお!?」


イリカが、再び猛の頭を揺すぶり始める。


「ちょ、ちょっ!何もしてないですって!ていうかアイシャさん、この人達どなたですか?」


そう、さっきから一方的に因縁を付けられて、この女性たちが一体何者なのか未だに教えてもらってない。

多分、アーちゃんイリちゃんだなんてニックネームじみた呼び合いをしてるのだから、それなりに親しい間柄なんだろうけど。


「どうどう、イリちゃん。私は何もされてないから心配するな?」


「そ、そう?アーちゃんがそう言うなら、まあいいわ」


アイシャになだめられたイリカが、猛からパッと手を離した。


「タケシ、紹介しよう。この2人は私の親友であり、ここの地方の旧くからの名家・マギティクス家の姉妹だ」


「……ふん、『イリカ・マギティクス』よ。以後お見知りおきを」


「あ……はい。よろしくお願いします」


猛は、揺さぶられまくってくらくらする頭を押さえながら返事をした。


「私は『エリネ・マギティクス』。イリカちゃんのお姉ちゃんよ、よろしくね〜」


成り行きをにこやかに見守っていた姉のエリネが、にこやかに手を差し出してきて握手を求めてきた。


「あ、はい。よ……よろしく」


すべすべの柔らかい手に触れて、猛の緊張が少し高まる。

更に、猛の視線はある一点に誘導されていった。

そこは、勿論……


「ちょっとアンタ。視線」


横からイリカが、エリネの胸に視線が釘付けとなっている猛をジト目で睨んでいた。


「い、いやその!別に胸なんか見てないというか!」


「分かりやすすぎんのよ。はぁ……これだからオトコは」


イリカはやれやれといったように首を振る。


「まあまあイリカちゃん。オトコの子なんだもん、しょうがないわよ〜。それにこういう分かりやすい子、可愛くて嫌いじゃないわよ〜?」


そう言うとエリネは、ぐいっと猛を抱き寄せ頭を撫でた。

……となれば、猛の頭の位置は、自ずとその凶悪な2つの果実に埋まる訳で……


「あっ」


短い言葉を発したきり、猛の思考と意識は途切れた。






次に目を覚ました時には、猛は自室のベッドの上に居た。


「やっと目を覚ましたわね」


「えっ?」


声のした方を振り向くと、ムスッとした表情のイリカが立っていた。

ひょっとして、ここで看ててくれたのだろうか?


「あ、あの……ありがとうございます」


猛がおずおずと声を掛ける。


「フン。お姉ちゃんの胸に顔を埋めたのがそんなに嬉しかった?このヘンタイ」


うう……返す言葉も無いよ。

アイシャさんと初めて会った時みまいに、またヘンな事で気絶してしまった……


「聞いたわよ。アンタ、アーちゃんと初めて会った時も鼻血吹き出して倒れたんでしょ?アーちゃんの言う通り、大人しそうなカオしといて中身はケダモノよね」


猛の想起を見透かしたかのように、イリカが追い打ちをかける。

あ、アイシャさん何で言っちゃうんですか……


「まあ、アンタがアーちゃんに何もしてない事は分かったけどね。裸見たり胸に顔埋めたくらいでぶっ倒れてたら、それ以上の事はやりようがないはずだもの。そこは認めてあげるわ」


「は、はあ」


な、なんか複雑な認められ方だ……


そんな事を考えていると。


「イリカちゃん、どうしたの?タケシちゃん目が覚めた?」


扉が開き、エリネが入って来た。


「あ、やっぱり起きてたのね〜。ゴメンね、まさか失神しちゃうなんて……」


「い、いえ!こちらこそ!すみませんでした!」


申し訳無さそうな表情のエリネに、猛が勢い良く頭を下げる。


こういう時は、素直に真摯に謝るのが1番だ。平身低頭。


「いいわよ〜、気にしなくて。タケシくん、ウブなのね」


うふふと微笑むエリネに、猛は申し訳無さと同時に心が温かくなる気がした。


キツめな妹さんと反対で、この人はほんわかしてるなぁ。


「まったく、アーちゃんは無防備なんだから。素性の分からないオトコを住まわせるなんてほんともう……」


猛を貶すイリカの言葉が、ふと途切れた。

イリカの視線が、猛が首元に掛けている紫の宝石に留まる。


「?どうしたんですか?」


「……ちょ、ちょっとアンタ、それ……」


イリカが猛に近付き、紫の宝石を手に取ってしげしげと眺める。

奥のエリネも遅れて近付いてきて、同じように観察している。


そして、観察する事数十秒。


しばし訪れていた静寂を、イリカの絶叫が突き破った。


「ええええええええええええええええええええええええええっっっっっっ!!?!?!?!!???!?!!!!!?」


「うわっ!な、何ですか!?」


突然絶叫を間近で聞かされた猛も、思わずビクッとして反射的に大きな声で返してしまう。


この人、何かとうるさいなぁ……

けど、隣のエリネさんも「あらあら……」と何かを察したような素振りを見せてるし、イリカさんの暴走って訳でも無さそうだ。何だろう?


しかしイリカもエリネも猛の問いには答えず、2人で額を合わせるようにして何かを話している。


「ちょっと、こんなヤツが……」とか、「見た目じゃ分からないものでしょう?」とかの言葉の端々は聞こえてくるも、何のことかは分からない。


「あ、あのー。この宝石が何か?」


もう一度問い掛けてみると、内緒話を終えたイリカとエリネがこちらに向き直った。


「ゴメンね、タケシちゃん……今は話せないの。私達、もうしばらくこの地方に居るつもりだから……もう少し見極めさせて、ね?」


う、うーん……何の事が全く分からない。

この宝石の何を見極めるというんだろう?

ただ単に、言語の翻訳機能が有る石という事しか分かってないんだけど……

けれど、そういえばこの宝石。

『依頼主』とやらに頼まれて僕を襲った3人組と、この前のイルメラも……この石を狙ってた。

何か、僕の知らない凄い価値が有るのだろうか?

……いや、考えてみれば『着けるだけで異世界の言語も完璧に翻訳出来る石』ってだけで結構凄いけど。

悪の組織が欲しがる能力ではないような気がするなぁ。


……って、もしかしてこの人達も!?


「あ……貴方達もこの宝石を狙って僕を?」


猛は身を起き上がらせ、警戒態勢を取る。

アイシャさんの親友とはいえ、可能性はゼロではない。イルメラの例も有ったし。


「ちょ、ちょっと何敵意向けてんのよ。私達の目的はそんなんじゃないわよ」


イリカが困惑しながら否定の言葉を述べる。


「えっ?」


「まあ、私達は元々この辺に住んでたから、ここに帰ってくるのは自然な事なんだけど……他に目的が有ってね?学園長に頼まれて、ミーズウィン魔法学園から追放された魔導師を、私達で追ってるのよ〜」




エリネの言葉に、猛はまた災いの香りを感じた。





─────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

イリカみたいな勝手に暴走するキャラが居ると話が書きやすいです(笑)

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