第29話 魔法と魔力
【ベラティナ】と名乗る悪の集団の一員・イルメラの不意打ちを受けてから一週間。
あれから猛は、己の不甲斐なさを反省して色々書物を読み漁っていた。
そして、ある1つの結論に辿り着いた。
「魔法……使えるといいなあ」
────第29話 魔法と魔力───
「(む?どうしてだ猛?私の力だけでは不満か?)」
猛の脳内に、カイガの声が響く。
「いや、攻撃力はカイガの力だけで充分すぎるくらい有ると思う。けど、防御面では……魔法が使えると、より安全かなあって」
「(防御?)」
「うん、この本に書いてあるんだけど」
猛が、開かれた本のページの一部を指さしながらカイガに説明する。
「『同じ属性のエネルギーを纏っていると、敵から受ける同じ属性の攻撃の威力は減衰される』って。例えばこの前の戦いなら、事前に雷エネルギーを纏っておけばあの電撃を受けてもきっとあんなに身体が痺れなかったはずなんだ。それに、例えば氷の壁を作って直接の被弾を防ぐとか。魔法が使えれば、防ぐ方法は色々有ると思うんだよね」
……尤も、1番良いのはアイシャさんののように、全て自分の力1つで躱しきってしまう事なんだろうけど。
あんな華麗な動きは、すぐに身につくものじゃないっていうのは分かる。
まあ、それを言ったら魔法なんてもっと……なんだけど。
けれど、この世界に来て、何故か身体能力が上がった僕だ。
ひょっとして、こっちの世界に来た事で、自分も知らない内に魔法が使えるようになってたりしないかなー……なんて。
……けれど、誰かに教わらなきゃ駄目だよなあ。感覚的な事も必要になるはずだし、そうなると本を読むだけでは足りない。
誰かに、相談してみようか……
「うーん、すまない。うちには、あまり上手に教えられそうな人間は居ないかなぁ」
アイシャの父・ザルフが、残念そうな顔で猛の相談に答えた。
「アイシャを見て分かる通り、うちは騎士の家系だ。多少の魔法は使えるけど、魔法の方が得意っていう人間はうちには居ないかな。屋敷に務めてる人も……魔法が得意な人は、ちょうど今休暇中なんだよね」
「そうですか……」
『やっぱり』、出だしからこうだ。
けど、そう早くは挫けないぞ。
これは、自分の身と命を守る事に直結する問題なんだ。そう簡単に諦めちゃいけない。
「魔法を専門的・本格的に学ぶ場所ってのはあるんだけどね?残念ながらこの中央大陸には無くて、南の大陸のホレンの国に有る場所だからなぁ……」
うーん、そんな場所にはどうやっても通えそうにない。選択肢としては却下だな。
「あっ、でもそれで思い出した事が有るよ。確か今、その学校から『各地に学びの機会を設ける為に』って、青空教室みたいなのを開いてるって話だ。確かこの前広告が……」
ザルフは棚を探ると、一枚の紙を持って来た。
「ほら、コレ。もし良ければ、参加してみるかい?」
そこには、確かにザルフの言う通りの内容が書かれていた。
そして幸運な事に、ちょうど明日、この近くで行われるとも書いてあった。
翌日、猛はその青空魔法教室に参加した。
しかし、そこで猛を待ち受けていたのは、厳しい厳しい現実であった。
「炎よ炎……その燃え盛る火炎で焼き尽くせ。『フレイム』」
この世界の詠唱及び呪文の名前は、このようにとてもシンプルで直接表現であり、覚えやすい。
猛も、呪文の文言はすぐに覚える事が出来た。
だが……
「おや……アンタ、ちっとも出ないねぇ」
講師として来ている初老の女性が、詠唱をすれどちっともその効果が現れない猛をじっと見つめてくる。
詠唱に集中して、魔力のうねりと練りが疎かになってるのかもしれないねぇ。ほら、さっき言った通りやってご覧?意識を集中して、己の中にあるエネルギーのうねりを感じるんだ」
猛は、言われた通り意識を集中させてみた。
……しかし、駄目だ。
どう頑張っても、この魔女の言うような『エネルギーのうねり』というものが感じ取れない。
「すみません……一応、頑張ってはいるんですけど……何も感じ取れなくて」
「なんだって?」
訝しげな表情を浮かべた魔女が、猛の掌に指を2本押し当てた。
どうも、何かに意識を集中しているようだが……
しばらくすると、魔女が驚きで目をカッと見開いた。
「驚いたね。アンタ、魔力が全く無いじゃないか。ほんと、『全く』だよ、『全く』。完全にゼロだね」
えっ……?
「この世界の人間は、誰しも魔力を持っているはず。その大小と、魔法への転化のしやすさは個人差が有るけどねぇ……だけど、そもそも魔力がゼロだなんて人間は初めて見たよ。あたしもこの歳まで生きてきて、初めて見た。アンタ、残念だけど……そもそもの魔力が無いから、魔法を使う事は絶対に無理だね」
猛は、頭に雷を打たれたような衝撃を覚えた。
「……って事が有ったんです」
猛は、カミスの工房にて最近の出来事を話していた。
その表情は、どんよりと沈んでいる。
妖艶な悪女につい騙されそうになってしまうわ、せっかく『剣と魔法』な世界に来れたのに、魔力がゼロだから魔法は使えないと宣告されるわと、ここの所は中々に散々だ。
「うーん、それについては心当たりがあるかもしれない」
カミスが、人差し指をちょんと上に立てながら話し始めた。
「この世界の人間は、大小と質の差こそあれど、魔力を持って生まれてくるんだ。そう、『生まれて』くるんだ」
……あっ、それって、つまり……
「この世界に転生した訳ではなく、生きたまま地球から来たから……魔力がゼロって事ですか?」
「多分、僕はそう思う。現に僕は、同じ地球出身でありながら転生してこの世に生まれ直しているから、魔力を持っているし、少しは魔法を使える」
そう言うとカミスは、人差し指の先に小さな火の玉を生成させた。
「おお……」
猛は、思わず感嘆の声を上げた。
「ふふ、良い反応をありがとう。けれど、やはり君は色々とイレギュラーな存在なんだね。一体、どうして転生せず生きたままこちらに来る事になったのか?何か、大きな理由が有るような気がしてならないんだよね」
指の先の火の玉を消しながら、カミスが言った。
「うーん……それについては、あまり深く考えて無いというか」
気にならないといえば嘘になるが、なにせ、何も手掛かりが無いのだ。
こちらに来て既に数カ月の時が経過しているが、自分がこの世界に来た理由なんてものは全く見いだせていない。
全く手掛かりの無い事に対してあれこれ悩んでもどうしようもないし、何かと事件に出くわすせいでそもそも生きていく事自体に必死なんだから、考えている余裕も意味もあまり無いというのもある。
「とにかく、君ひとりがそう急いで強くなる必要は無いよ。君一人で対処しなきゃならないような場面にここの所立て続けに遭遇しているからそう思うのは無理もないかもしれないけど、基本的に君達の仕事は複数人で取り掛かるのが基本だからね。頼りになる先輩と共に行動すれば、君がそう何もかも完璧に熟す必要は無いさ」
確かに、そうかもしれないけれど……
猛は、カミスのアドバイスをいまひとつ素直に飲み込めないでいた。
後日。
猛は、仕事の帰りにアイシャと共に街中を歩いて帰路に着いていた。
「……タケシ、ここの所元気が無いな?さすがにトレーニングがキツいということか?」
「いえ……大丈夫です」
確かに、アイシャの進言が有ってからセルジェント副隊長が考案したトレーニングメニューは少し厳しくなったし、今の猛にはなかなかにキツいものであった。
だが、元気が無い理由はそれだけではない。
せっかく魔法のある異世界に来たのに、魔力の欠片もなく全く出来る見込みが無いと分かってしまい、ロマンのひとつが永遠に潰されてしまったからだ。
戦闘に転用出来るのが最大の理想で。
最低でも、ジェンマさんみたいに小さな火の玉を作るくらいはやってみたかったけど。
源になる魔力が全く無いんじゃ、無理な話だよね……はあ。
「まあ、何かは知らんが元気を出せ。今日は料理人が張り切っていたから、夕食は恐らくより美味な物が……ん?」
猛を元気付けようとしていたアイシャの視線が、ふと一箇所に固定された。
その視線の先には、こちらに歩いてくる2人の人物が居た。
どちらも分かりやすい魔女のローブを着ていて、背の高い方は『それっぽい』帽子も被っている。
帽子を被っていない方の、やや背の低めな、ダークブラウンの髪をポニーテールに纏めた少女がこちらに小走りで駆けて来た。
「もしかして……」
アイシャが、目の前に来たその少女を見て呟いた。
「久しぶりね、アーちゃん?」
その少女がニカッと笑うと、アイシャの目が輝いた。
「その呼び方……やっぱり!イリちゃん!イリちゃんじゃないか!」
「ピンポーン!」
アイシャとその少女は、笑顔で互いに抱き合った。
……あ、アーちゃん?イリちゃん?
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あとがき
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