第28話 格の違い
イルメラは、壁を斬り崩して現れたアイシャを苦々しげな表情で見つめた。
「アナタ……こうならないように、途中で私の部下が足止めしてたはずなのに。あいつらじゃ足止めにもならなかったのね」
「ああ、奴らには悪いが全く相手にならなかったな。そして、次はお前の番という訳だ」
アイシャは、愛剣をイルメラに向かって突き出しながら宣言した。
「セタン国を乱そうとする組織の者よ。セタン国護衛騎士団第1部隊長、アイシャ・リンガランドが成敗してくれる」
────第28話 格の違い────
イルメラは、アイシャの突き付けた剣先を睨みつけている。
「チッ……アナタが来る前に片付けたかったけど、仕方ないわね」
イルメラは両手を挙げると、一気に10個以上のボウリングの球を浮かせた。
「自信満々なお気持ちは分かるけど、一応アナタの自慢の部下を倒したのよ?楽に勝てるなんて、思わないコトね」
イルメラが手を前に出すと、浮遊したボウリング球がそれぞれバラバラのタイミングでアイシャに向かって放たれた。
「う……あ、アイシャ……さ……」
警告を発しようとした猛だが、まだ全身が痺れて上手く喋られない。
アイシャさんは、あのボウリング球のどれかに電撃が仕込まれている事なんて知らないはず……このままでは、僕の二の舞になりかねない!
だが、猛の心配は杞憂であった。
アイシャは、自らに向かってきた球を、全て。
剣で叩き壊すまでもなく、左右へのステップのみで避けてみせた。
そして、アイシャに当たらなかった球は全て壁に当たり砕け、その内の幾つかから電撃が迸った。
「なるほど。タケシはこれにやられたのだな?球の中に魔法を仕込み、着弾と同時に球が壊れ中の魔法が拡散する仕組み……考えたものだ」
アイシャは、壊れた球から漏れ出た電撃を見て瞬時にトリックを理解した。
「さ……流石ね、【英雄】。ホント、私達にとって邪魔だわ、アナタ」
球を全て躱されたイルメラが、引き攣ったように笑う。
「お褒めの言葉をどうも。だが、私に当てるには些かスピードが足りないな。回避が苦手なタケシはともかく、私には通用しない」
アイシャは、改めて右手に握った剣をイルメラに向けた。
「警告する、降伏しろ。これ以上戦っても、貴様には勝ち目は無い」
アイシャからすれば、別段嫌味でもなく、無駄な戦いを避ける為の警告であった。
しかし、アイシャの言葉はイルメラのプライドをいたく傷付けたようだ。
「……ホント。ホント、腹立たしいわ!アナタのような【英雄】!図に乗った【英雄】!その自信と輝きに満ちた態度、居振る舞い!全てが腹立たしい!」
怒ったイルメラが、金切り声で絶叫した。
「アナタにそう言われて、引き下がれるとお思い?こうなったら、ここに有る全ての球をぶつけてやる。武器用ではないから軽いけど……そこのボーヤに比べて防御力の低いアナタには複数当たれば強力なはずよ」
イルメラの全身から、紫色のオーラが滲み出る。
空気が震え、それに呼応するようにコートにある全てのボウリング球が宙に浮き始めた。
マズい、いくらアイシャさんでも……この量は!
「アイシャ……さん……!に……げて!」
震える身体を堪えながら、必死に声を絞り出して猛が叫ぶ。
だが、アイシャはじっとイルメラを見据えたままで、逃げる気はさらさら無いようだ。
「さあ、くらいなさい。私を見下した報い……その命で贖うが良いわ!」
イルメラの両手と言わず全身から、超能力のチカラが放たれる。
そして、コート中に浮遊していた数十個ものボウリング球が、一斉にアイシャに向けて放たれた。
「アイシャさん!」
幾つものボウリング球がその身に向かうアイシャに対し、猛が絶叫した。
猛の心配ももっともだった。
自分に比べて装甲の薄いアイシャが、あの中の幾つかにでも当たってしまえば負傷は避けられない。それは確かな事実であった。
……だが、それはあくまで。
『何発か当たれば』の話である────
「『雷装』」
静かにアイシャが呟くと、その長い美麗な黒髪が、金髪へと変化し。
白い鎧が、雷をイメージさせる黄色に染まった。
猛は、目を見張った。
最初に10個以上の球を躱したあのステップも凄かった。
しかし、今自分の目が捉えている……いや、本当に捉えきれているか怪しいかもしれない。
それほど、アイシャの回避のステップは素早く、そして無駄が無く美しかった。
回避しきれなさそうな分だけは、雷を纏った斬撃で破壊し。
殆どは、前後左右へのステップだけで回避しきっているのだ。
「な……何ですって……!」
その様子を目の当たりにしたイルメラは絶句した。
何せ自分の奥の手が、全く敵にダメージを与えられなかったのだから。
「……終わりか?」
辺り一面に砕けたボウリングの球が散乱し、静寂が訪れた。
誰が見ても分かる。もう、イルメラは手詰まりだ。
「クッ……!ば、バカな!そんな……!【英雄】がこれほど……」
イルメラの負け惜しみの口上は、最後まで言わせては貰えなかった。
アイシャが、目にも止まらぬスピードでイルメラに詰め寄り。
その身を、剣の腹で打ち付けた。
「が……っ!!」
雷を纏った剣を腹に薄着越しに打ち付けられたのは、さながらスタンガンを食らったようなものだった。
その身に二重の衝撃を流し込まれたイルメラは、言葉短くその場に倒れ込んだ。
確かに、イルメラも『属性を纏った物理攻撃』が出来る強者ではあった。
そういう意味では、アイシャと同じ土俵に立てていたと言える。
しかし……年若くして【英雄】と呼ばれる程の武勲を上げてみせたアイシャと。
強者とはいえ、しょせんは【ベラティナ】のいち構成員でしかないイルメラとでは、格が違うということを如実に見せつけた戦いであった。
「無事か、タケシ?」
魔法剣と雷装を解き、黒髪に戻ったアイシャが猛の方を振り向く。
「え……あ、はい!」
アイシャの戦いぶりに心奪われていた猛は、その呼び掛けで我に返った。
猛は、改めて思い知った。
無様に敵の戦略に嵌り、殺される寸前だった自分と。
初見の敵にも的確に立ち回り、完封勝ちを収められた彼女との、実力と経験の差を。
「しかしタケシよ。今回ばかりはお前の迂闊さが幸いしたな」
え?迂闊?
確かに、追い詰められたのは迂闊だったけど、それが何故幸い?
「密会しに行くのなら、メモはちゃんと隠しておくんだな?夜中に忍び足で外出するお前を不思議に思ってお前の部屋に入ってみれば、机の上にはメモ書きだ。まあ、そのおかげでこの場所が分かったのだが。途中この女の配下が足止めしに来て、少し来るのが遅れたがな」
そうか、だからアイシャさんはここに来てくれたのか……
って、それってつまり……!
「まったく。色仕掛けに引っ掛かるとは、お前も大人しそうな皮を被ったケダモノという事か?今後はお前との暮らしを考え直さねばならんな?んん?」
ちょっと意地悪な、からかうような笑みを浮かべながらにじり寄ってくるアイシャ。
だよね。僕がどんな理由で、何をちょっと期待してここに来たかがバレてるよね……。
さっそく、ムッツリスケベ認定されてるし……ううう。
「まあ、それは冗談として。そんな元気が有るのなら、セルジェント副隊長に特訓メニューの変更を進言しておこう。邪な事を考える余裕の無いように、限界まで絞れ、とな」
猛は、言い返す言葉が無かった。
今回は、完全に僕の自業自得だ。
ちょっと甘い言葉をかけられただけで、簡単に心を許して。
ギリギリで見抜いたはいいけど、結局は殺されそうになって。
アイシャさんが来てくれなければ、僕は殺されていただろう。
命が有るだけ、トレーニングが多少キツくなろうが良しとしよう……
「しかし……こうも市井に悪人が紛れているのは、控えめに言っても悪い状況だ。こういう輩が跋扈してみろ?次第に市民は疑心暗鬼になり、互いを信頼出来なくなる。心を許す事も……難しくなるだろう」
気を失っているイルメラを見下ろしながら、アイシャが言った。
「ええ。この人達……【ベラティナ】。何が、目的なんでしょう」
「具体的な事は分からぬ。最悪の場合、国家転覆を目論んでいることもあり得るだろう。まあ、どの道……この女から吐かせれば、多少なりとも分かるというものだ」
そう言いながら、アイシャは倒れているイルメラの片腕を掴み、立ち上がらせる。
「ほら、タケシはもう片方を持て。2人居るのだから、2人で運ぶぞ。重要参考人として、組織の情報を吐かせてやる」
「は、はい」
猛がだらんと垂れているイルメラの左腕を掴むと。
それに併せて、力の抜けたイルメラの胸が少し揺れた。
「…………タケシ?邪な事を考えるなよ?」
「か、考えませんって!」
確かに一瞬目を奪われそうになったが、ほんの一瞬でそんな気は萎んだ。
この人は、人殺しを厭わぬ悪しき集団のひとり。そんな人に、もはや異性としての感情は沸かない。
やっぱり、中身も大事なんだ。
────それこそ……
猛は、横目でアイシャの横顔をちらりと見た。
猛がアイシャについて改めて意識したのは、実力と経験の差だけではなかった。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
妖艶な悪女は個人的に大好きです。最近知ったのだとイー○オリジンのザバ様とか。
……700年後はどうしてああなった?(笑)
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