第27話 【ベラティナ】
ほんのついさっきまで、男女の大人の契りを全力で誘って来ていた、この美人のボウリング店員が。
今はその妖艶な笑みに、どろりとした殺気が込められている。
「【ベラティナ】……」
猛は、イルメラが口にした聞き慣れない言葉を頭の中で反芻していた。
ロンボや、レンド隊長の名前を挙げたという事は。
それこそがロンボやロミンが口にした『組織』の名であり。
今、この世界を混乱させようとしている集団の名なんだろう。
────第27話 ベラティナ────
「うふふ……あのまま誘いに乗ってきたら、コレで後頭部をプスっとやろうと思ってたのに……ただのウブなボーヤじゃないのね」
そう言いながら、イルメラは毒が滲み出ている着け爪を外すと。
そのままポイッと地面に投げ捨て、足で踏んで粉々にした。
えっ?あの爪が、この人の武器じゃなかったのか?
……いや、そもそもその前に。
「ここ最近のイルメラさんの態度は……全て、僕を殺す為に?」
「当たり前でしょう?貴方みたいな頼りないオトコに惚れる訳がないじゃないの」
猛の問いに、イルメラが嘲り笑いながら答える。
そうか。やっぱり……か。
「まあ、最後には気付けたのには褒めてあげるわ。ちょっと腕が立って名が知れてるオトコでも、このテにはあっさり引っかかる奴、凄く多いのよ?ほんと、オトコって単純だわぁ」
ちょっと待て。その言い方だと……
「……貴女は、今までもこうして何人もの男を手に掛けたと?」
「そうよ、【ベラティナ】にとって邪魔になると判断した奴は、もう何人も殺したわ。それがどうかした?」
猛は、突然突き付けられた現実を受け入れるのにしばしの時間を要した。
とても素敵で、最近気になっていた、この人が。
世を乱さんとする組織の一員で、平然と殺人の経験を言ってのける悪人だったなんて……。
いや、受け入れろ。
この人は悪人。そして僕は、護衛騎士団のひとり。
なら、僕がすべき事は何か?
それは……!
辛さを振り切り、意を決した猛は……その場から逃げ出した。
「……あらぁ?」
イルメラは、背を向けて走り出す猛の背中を不思議そうに見つめていた。
何故かは分からないが、追ってくると思っていたのに追ってこなかった。
理由は分からないけど、まあ良い。こっちには好都合だ!
コートから通路へ逃げ込んだ猛のお目当ては……コレだ。
猛は、通路とコートを繋ぐ出入り口に置いておいた防具一式を急ピッチで装備していた。
確かに、猛は浮かれていた。その一方で、浮かれきってはいなかった。
イルメラさんを疑いたくはないが、もしも。念の為。
そういった考えが僅かに頭の片隅に有った猛は、カバンに防具を入れて持ってきていたのだ。
よし、装着完了だ。
急いで行かないと。もしかしたら、負ってこなかったのは僕を殺せる手段が無くなったからで、だとしたら逃げ出していてもおかしくはない。
しかし、急いでコートに戻ってきた猛の視線の先には。
余裕の笑みを浮かべているイルメラが立っていた。
逃げていない。という事は、あの爪による毒殺が失敗しても、僕を殺せる手段を何かしら用意してあるという事だ。
それに、装備を着けて来た僕を見てもあの余裕の表情だ。たぶん……この鎧を貫くような何かを持っている可能性が高い。
でも、それならどうして……
「どうして、追ってこなかったのですか?」
僕を殺せる手段が有るのなら、僕がそのまま逃げたり準備を整えてしまうリスクを冒す前に、追ってきて殺すべきだったはずだ。
どうして、ここでそのまま待っていたんだ?
「私はね、色仕掛けに引っ掛けるだけのオトコとはいえ、相手の事はよく調べるつもりよ?アナタ、悪人が目の前に居てそれを放っておけるタイプじゃないでしょう?現にロンボの時といいレンド達の時といい、突然の事にも関わらずアナタは追って戦った。待っていれば戻ってくる。それは分かってたのよ」
そう言いながら、イルメラは猛に背を向け壁の方に歩き出した。
「それが理由のひとつ。そしてもうひとつは。アナタを殺す為の武器は、ここに有るからよ」
イルメラが壁に手を触れると、触れた怪しく光り、壁の一部がくるりと回転した。
そして、裏側から……棚にいくつも乗せられた、ボウリングの球が現れた。
ボウリング球が……武器?
投げつけでもしてくるのだろうか?だが、その程度ならこの鎧の防御を貫ける程にはならないはずだ。
「ふふ、どうやって殺すか知りたそうねぇ?まあいいわ、お望みなら……今すぐヤってあげる」
イルメラがくすくす笑いながら、棚に置かれたボウリング球に手をかざす。
すると……いくつかのボウリング球が、ふわりと浮き出した。
そうか、この人……超能力者か!
「そぉれ!」
イルメラが手を振りかざすと、浮遊したボウリング球の内の1つが、猛スピードで猛の方に飛んで来た。
「(猛、問題無い。砕いてしまえ!)」
カイガの声が脳内に響く。
野球に自信は無いけど……直線的で、球も大きい。これなら当てられる!
猛は、槍状のカイガをバットのように横に振り払い、飛んで来るボウリング球に当てた。
重いボウリング球とはいえ、しょせんは石で出来た球である。優秀な防具すら身体ごと切り裂くカイガの敵ではない。
飛んで来たボウリング球は、猛の一撃で見事に砕けた。
「あら……流石は『
球を砕かれても全く動じる様子を見せないイルメラが、次の球を放った。
さっきより小さい、恐らく6ポンドくらいしかないサイズの球だ。
小さくて当て辛いかもしれないけど……なんとか!
しかし、今度は猛の槍撃は空を切った。
放たれたボウリングの球は、猛の槍が当たる直前でその軌道が逸れて。
カーブを描きながら、猛の腰に直撃した。
「うッ!」
鎧を着ているとはいえ、多少の衝撃は伝わる。
「直線的な動きにしか対応出来ないのねぇ?やっぱり、技術の方は未熟なのね、ボーヤ」
イルメラが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
だが、猛はさほど慌ててはいなかった。
このくらいのダメージなら……全然耐えられなくはない!
相手の攻撃はあのボウリングの球。つまり数が有限だし、いくら超能力者とはいえ一度に飛ばせる数には限りが有るはずだ。
多少の被弾を覚悟で、向こうまで突っ込めば勝てる!
そう確信した猛は、改めて槍を構えてイルメラに相対した。
「当たりはしたけど、大して効いてはないみたいね?じゃあ……こういうのはどう?」
イルメラが手を挙げると、今度は大小織り混ざった5つの球が、宙に浮かんだ。
そしてその全てが、一度に猛に向かって飛びかかって来た。
今度は複数。そして多分、さっきみたいに変則的な軌道を描く物もあるだろう。
今の僕の腕では、全部は叩き壊せない。
それなら……!
猛は、5つのボールの内、比較的大きい3つに狙いを定めて槍を振るった。
全てが壊せないなら、当たるとダメージが大きそうであり、攻撃が当てやすい大きい球を狙う。
猛の狙いは、正しいと言えた。
────だが、その正しいはずの行動が。
イルメラの戦略の沼に、ずぶりと嵌まっていくものであった。
猛の狙い通り、3つの大きな球は槍撃で砕けた。
だが、変則的な軌道を描き飛んで来た小さな2つの球が、猛に直撃した瞬間。
鎧に当たり球が砕けると同時に、凄まじい電撃が猛を襲った。
「うわっ……ああああああ………っ!!!」
突然凄まじい電撃に襲われ、猛の身体は痙攣した。
その場に倒れ込んだ猛の身体は完全に痺れ、手足がピクッと痙攣し、動けない。
何だ……?何が起きた……!?
「確かに、物理攻撃と魔法攻撃を同時に行える者は本当に少ないわ。けどね、それは術者や武器が無事で済む事を前提とした話。命懸けだったり、武器が壊れる事を前提とするなら……その数は、もう少し増えるのよ」
長い足を妖艶に交互しながら、イルメラが練り歩いて来る。
「さあ……楽しい夜もいよいよ終わりよ。ほら、安心して、力を抜きなさい?私がそのまま……天国にイかせてあげる」
そう言いながら、イルメラは大きな胸の間から丈夫そうな革袋を取り出し。
その中から、鋭い短刀を取り出した。
「これで私の【ベラティナ】での評価も上がるわ……それに、その石を奪えば私は更なる力を得る事が出来る。私の未来の為に……ボーヤには、犠牲になってもらうわ」
くそっ。くそっ!動かなきゃならないのに……身体が、痺れて動かない!
僕はこのまま……殺されるのか?
みっともなく女性に騙され……罠にかかって殺される?
いや、それ以前に。
せっかく、『組織』とやらの一員だと分かっている人間と接触出来たのに。
このまま僕が殺されてしまえば。
また、この【ベラティナ】とかいう組織は闇に潜ってしまうだろう。
せっかく、手掛かりを掴めそうなのに……
ロンボの時といい、この人といい。
その【ベラティナ】とやらと戦うには……僕は、ずっと力不足だったんだろうか?
「さあ……お別れよ。じゃあね、かわいいボーヤ」
イルメラが、猛の兜を外して首筋に短刀を突き付けた。
ここまでか────。
猛が、目を瞑って覚悟したその瞬間。
コートの壁が、斬り裂かれた。
「……まさか」
イルメラが、低い声で呟いて視線を送ったその先には。
「そこまでだ、連続殺人犯。そして……ついにしっぽを掴んだぞ。闇の組織・【ベラティナ】よ」
燃え盛る剣を構えた、アイシャ・リンガランドが立っていた。
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あとがき
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