第31話 マギティクス家とアイシャ
「うむ、ここに来るのも久しぶりだな!」
アイシャは今、親友のマギティクス姉妹に呼ばれ、この地方の旧家・マギティクス家の屋敷に来ていた。
……だが、今日お呼ばれしたのは彼女一人ではない。
「おお……ここがマギティクス家なんですね」
アイシャの隣には、屋敷を見上げる猛の姿が有った。
────第31話 マギティクス家とアイシャ────
「しかし、今日は何故タケシも呼ばれたのだ?」
アイシャが、不思議そうな顔でタケシに問う。
「うーん……僕も分からないんですよね」
あの姉妹と親友であるアイシャさんが呼ばれるのはごく自然な事だけど、何故つい先日知り合ったばかりの自分まで呼ばれたのかは分からない。
……もしかして。
猛の脳内に、威厳と恐ろしさあり溢れるマギティクス家の当主の想像図が浮かぶ。
『(キサマがホノムラとやらか……キサマ、ワシの娘の胸に顔を埋めたらしいな?卑しい身分の不届き者め!死刑だ死刑!)』
……いや、流石にこれは有り得ないよな。
そもそも、エリネさんの方から抱き寄せて来た結果なんだし……
だからどうかそういうのじゃありませんように……
一抹の不安を抱えつつ、猛はアイシャと共にマギティクス家の屋敷に入った。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、アイシャ様、ホノムラ様」
屋敷に入ると、メイド達が美しいお辞儀をしてアイシャと猛を出迎えた。
「うむ。出迎えをありがとう」
「お、お邪魔します」
堂々たるアイシャと対象的に、やや縮こまっている猛。
リンガランド家の屋敷でも同じような出迎えは見ているので、別に初めてというわけではないのだが……
見知らぬ場所で、大勢の初対面のメイド達に出迎えられて少し圧倒される小市民なのであった。
「いらっしゃい。そちらの子ははじめましてだね。ようこそ、マギティクス家に。当主のテラフォート・マギティクスです」
歓迎の言葉をくれた当主・テラフォートは猛の想像図と違い、とても柔和そうで白髪混じりの、恰幅の良いおじさまであった。
「は、はじめまして。リンガランド家に厄介になっている、ホノムラタケシといいます。以後、どうぞお見知り置きを」
猛は前以て言っておくのを決めておいた言葉を、ややぎこち無い礼をしながら述べる。
「ははは、そんな固くならなくて良いよ。くつろいでいってくれたまえ」
ザルフさんといい、この世界のお金持ちは案外性格が良い人が多くてホッとする。
いちいち嫌な人に会ってたら、精神衛生上よろしくないからね。
まあ、人身売買に関わってたヌドロクみたいな奴も居るけど。
「アイシャちゃんは久しぶりだね。ここ2年の目覚ましい活躍は聞いているよ。夕食の席で、改めて聞かせてもらおうかな」
「ええ。楽しみに待っていて下さい」
アイシャは笑顔を覗かせながら返事をする。
幼少の頃からの付き合いらしく、その間柄に固さは感じられない。
僕の所ではこういう『家族ぐるみの付き合い』ってのは無かったから、何か新鮮だなあ。
しばしの雑談を挟んだ後、客間に案内された。
豪奢すぎない調度品が部屋を彩り、非常に良い雰囲気の部屋と言える。
やはりこういう所にセンスや性格が出るのか……と、ヌドロクの屋敷の金ピカな様相を思い出しながら猛は思った。
「せっかくアイシャさんが来るのに、イリカさんもエリネさんも外出してるんですね」
そうなのである。せっかくお呼ばれしたのに、あの姉妹は今2人ともここには居ないのだ。
「まあ、私達の仲だからその程度の事は気にしていないさ。忘れているなんて事は有り得ないし、不義理な人間性でもない。何か理由が有って席を外しているのだろう」
うーん、凄い信頼だ。
そうだ、この際だし聞いてみよう。
「アイシャさんとあの2人って、どのくらい親しいんですか?」
親友親友とは言うけれど、その一言だけではまだどの程度かは測りかねている。
「うむ。私とイリちゃん、エリちゃんは物心付いた時からの関係でな?特にイリちゃんとは同い年だった事もあり自然と仲良くなった。当時はまだそれなりといった程度の家柄だった私にも、何も下に見ることなく接してくれた。良き友だよ」
『良き友』かあ……何だか、良い響き。と同時に、憧れる響きだ。
「それに、猛には話したな?14の時、私が初めて悪人を殺めた時の事を。そこから私を立ち直らせてくれたのは、父の言葉もあったが、あの2人のおかげでもある。『アーちゃんのおかげで私達は助かったんだから、元気出して』とな。本当に……欠かせない友だよ」
ザルフさんだけでなく、あの人達も励ましてくれていたのか。
「……確かに、欠かせない人達ですね」
猛の言葉の端には、一滴の羨望が混じっていた。
猛には、そんな長く深い関係を築いた間柄の人間など居なかったからだ。
完全な『ぼっち』という訳ではなかったが、せいぜい教室で共通のゲームにハマった者同士話し合って。
飽きたら自然に途切れる、そんな程度の関係しか築けてこなかった。
そんな猛にとって、辛い時に励まし合い、『欠かせない』とまで言える人間の存在というのは縁の無い話であった。
……自分にも、いつか出来るのだろうか?
深く親交を築き、苦楽を共にし、『欠かせない』とまで言える人間が。
──そして、なれるだろうか。
人から『欠かせない』とまで言ってもらえるような人間に……
「タケシ?何を難しい顔をしている?」
アイシャが、猛の顔を覗き込む。
「わっ!い、いえその、ちょっと考え事をしてて」
「?そんなに驚かなくても良いだろう、おかしな奴だな」
自分としては、何らおかしくないと思っている。
だって、アイシャさんみたいな美人の顔が不意にフッとどアップで現れたら、びっくりするでしょ普通。
猛は、早くなった心拍を落ち着かせようと人知れず必死に戦っていた。
そして、その晩。
戻って来た姉妹と共に、猛とアイシャは夕食に参加した。
ちなみに、奥様はミーズウィン魔法学園で教師をしている為、2人が卒業したからと言って戻って来れる訳では無いそうだ。
「忙しいんですね、教師って」
美味な夕食に舌鼓を打ちつつ、猛がイリカの話に耳を傾けていた。
ちなみに、テーブルマナーについてはリンガランド家で既に学んでいた為、思ったより緊張はしなかった。
と言っても、完璧な人から見ればまだまだかもしれないが、完璧を求められる堅い席でもない。
「そうよ、お母様はいつも忙しそうにしてたから、私達もよく手伝いを頼まれてたわ。主に雑用だけどね」
「イリカちゃんはおっちょこちょいな所もあるから、時々怒られてたわね〜」
「ちょ、ちょっと!言う必要ないでしょお姉ちゃん!」
失態を暴露されたイリカが、慌てて姉の口を塞ごうとする。
なんとなくだけど、想像付くなあ。
性格的に、炎の魔法を暴発させてわーキャー言ってそうな……
「そ、そんな事より今日はアーちゃんの方よ!私達が留学しに行ってる間の、アーちゃんの活躍!南の大陸にも届いてたわよ!」
慌てて話題を変えたイリカが、キラキラした眼差しをアイシャに向ける。
「私も聞いたわよ〜、あの【暗黒の衝撃】での活躍。アーちゃん、ほんと強くなったのねぇ〜」
「ああ、あの時は世界の中心たるこの中央大陸全土が大変だったからね。その撃退に貢献したアイシャちゃんの活躍は、語りきれないよ」
エリネとテラフォートも、イリカの言葉に賛同する。
「ありがとう。でも私は、自分達の国を守るのにただ必死で、それだけだったからな。正直、英雄だなんだと呼ばれているのは今でも少しむず痒く感じる所は有るな」
アイシャが苦笑いをしながら言う。
……あ、そうだ。これもついでに聞いてしまおう。
「あの……ここに居る皆さんにとっては、凄く今更な事だと思うんですけれど。【暗黒の衝撃】って、どんな事だったんですか?」
実は、【暗黒の衝撃】というワード自体はさっき聞いたのが初耳というわけではない。
人々の噂話や、書物で見聞きした事は有る。
だが、実体験した人達に聞くのが一番物事を正確に知る事が出来るだろう。
だが猛の予想通り、アイシャ以外はこちらを唖然とした表情で見つめている。
「あ、アンタ……セタン国の人間なのに【暗黒の衝撃】を知らないの?あれだけ大事だったのに?」
イリカが信じられない、といった口調で猛に問う。
「まあ無理もない。タケシは実は……おっと。タケシ、出自については言っても大丈夫か?」
猛は一瞬迷ったが、アイシャさんが心から信頼している人だ、間違っても【ベラティナ】達と繋がっているような事はないだろう。
「ええ、大丈夫です。けれど僕から言った方が間違いが無いと思うので、僕から言いますね」
そして、猛は己の出自を打ち明けた。
この世界とは違い、魔法など存在しない全くの別世界から突然迷い込んで来てしまった事。
リンガランド家の屋敷で不思議な重い槍と出会い(カイガという自我を持つ事と、
するとマギティクス家の3人は、何やら思う事が有ったのか3人で話し始めた。
「全くの別世界から……」
「ちょっと、それってやっぱり……」
「まだ確定ではないでしょう?決め付けるのは早計よ〜」
「……あのー?」
猛の困惑の言葉で、マギティクス家の3人は話し合いの輪を解いた。
「ああ、客人の前で申し訳無かったね。特に君はアイシャちゃんとは違いまだ知り合ったばかりだというのに、申し訳なかった」
「いえ、まあ大丈夫ですけど……」
テラフォートから頭を下げられ、猛は戸惑いながらも受け入れた。
「で、【暗黒の衝撃】というのは……」
「ああ、そうだね。全くの別世界から来たのなら知らないのも無理はない。では話そう。1年半前に起きた、あの国を揺るがした事件をね」
語り始めたテラフォートの表情が、険しいものとなっていった。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
次回、アイシャが英雄と呼ばれるようになった経緯は……
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