第25話 近付く妖艶
カミスから、この特製の防具の数少ない弱点を聞かされてから数日後。
カミスから聞かされた通り、『物理攻撃と魔法攻撃を重ね合わせるのは難しい』この世界で、その弱点を突いてくるような事態には遭遇していない。
精々、たまたま見かけた暴漢を捕縛した程度だ。
それも、鎧を素手で殴ってきて思いっきり痛がった上に、僕の出で立ちを見て『まさか!第1部隊の噂のルーキーか?』と気付いて勝手に大人しくなった小物だった。
さて、そんな小物の事は置いといて……。
最近、僕には新しいささやかな楽しみが1つ増えた。
それは……
「よし!ストライク!」
先日、アリオと共に訪れたボウリング場。
元々結構好きだったのも有って、結構ハマってしまった。
「あら……アナタ、結構上手よね」
「えっ!?は、はい!?」
声を掛けられたので振り返ると、そこには店員の女性が立っていた。
────第25話 近付く妖艶────
歳はたぶん、20代後半くらいだろうか?
大人の色香が漂うというか……大人の余裕が有る感じというか。そんなおお姉さんだ。
僕より少しだけ背が高くて、ウェーブのかかった艶のある長い黒髪がとても素敵で。
そして何より……何より!
胸部にどどんと携えられた……2つのボウリングの球が!
9ポンドくらいのボウリングの球と同じくらいのサイズの、2つの揺れるボウリングの球が……!!!!!
……いけない。ヘンな事を考えてはいけない。
この世界に来た時の二の舞になるつもりか。
そう、僕は久々のボウリングにハマったからここに来ているからであって。
断じて、このお姉さんが気になって来ているとか、そういうのでは断じて、無い。
「……どこを見てるのかしら?」
!!!!!!!!!
「い、いやその!虫が止まってて……いや、なんでもないです。すみません」
言い訳をしようとして、猛は途中でやめて素直に謝る事にした。
女性は、そういう視線に敏感だとよく聞く。
トーク力の無い僕が不慣れな言い訳をでっち上げたって、きっとこのオトナなお姉さんには余裕でお見通しだろう。
「ふふ、素直な子はキライじゃないわよ?アナタこの前も来てたわよね、うんうん、オトコの子なんだから仕方ないわよ。良いわ、私慣れてるから」
店員の女性が、苦笑いしながら猛の頭を撫でる。
「わわわっ……!えっ、えっと……!」
猛の顔が、みるみる内に赤くなっていく。
決して嫌ではなく、むしろ嬉しかったのだが。
猛は、何故か反射的に身を引いてしまった。
その時────。
「あら?」
店員の女性の目が、一瞬キラリと光ったような気がした。
その目は、猛の胸元を捉えていた。
「……ふぅん。アナタ……良いわね。気に入ったわよ」
「えっ?」
猛は、一体何が気に入られたのかが分からなかった。
しかし……目の錯覚だろうか?
このお姉さんの目が、先程までと微妙に違って見えるのは。
「おーいイルメラ、ちょっとこっち来てくれー」
「はぁーい。ごめんね、店長に呼ばれちゃったから」
「は、はい」
店員の女性・イルメラは、店長らしき男性に呼ばれて行ってしまった。
……この人、イルメラさんっていうのか。
……イルメラさん……
小走りしただけで、揺れてる。ナニがとは言わないけど、揺れている。
数秒間イルメラの方を見つめていた猛は、ふと我に返りぶんぶんと首を横に振った。
断じて、断じて違う。
僕はボウリングしにここに来ているのであって。
あの人……イルメラさんを見に来ているのでは無い。断じて無い。無いったら無い!!
だが、傍目から見ればどう見ても。
猛が、一体何にご執心なのかは一目瞭然な有様であった。
かと言って、猛が普段の生活を疎かにしている訳ではなかった。
セルジェント副隊長の指導の下、考案されたトレーニングメニューは何とか付いていっているし、
ラピスとの槍術の自主訓練も、週1程度ではあるが行っていた。
そして、護衛騎士団としての任務も最近は殆ど臆せず勤める事が出来るようになった。
札付きの悪党『鉄球のロンボ』や、レンド隊長達第2部隊の騎士と魔物の混成部隊との戦いから生き延びる事が出来たという経験と自信という、精神的な面がひとつ。
そして、『第1部隊の期待のルーキー』と言う名が少し広まっているおかげで、少し任務が熟しやすくなっているのがひとつだ。
たとえば、この日も……
「ちょっとアンタ!護衛騎士団の人だね!?ちょっとこっち来ておくれよ!」
猛が街を巡回していると、気さくそうなおばちゃんに声を掛けられた。
「はい!どうしました!?」
「向こうで、ガラの悪そうな男が美人のお姉さんにしつこく付き纏っててねぇ!アタシも止めに入ったんだけど、『ババアはすっこんでろ』って突き飛ばされちまってねぇ!アンタ、そいつを止めておくれよ!」
……どこの世界にも、そういうサカった猿以下の人って居るんだなあ。
「はい、分かりました。情報ありがとうございます!」
猛は情報提供者のおばちゃんに一礼すると、おばちゃんに教えられた方角へ急いだ。
すると……居た。大柄のスキンヘッドの男が、胸のとても大きな女性に付き纏っている。
そう、胸のとても大きな……って、えっ?あれはひょっとして?
「へへ、おねーちゃんよお……そんなムネ突き出して歩きやがって。誘ってんだろ?ノッてやってるだけじゃねぇかよ……」
「いい加減しつこいです!やめてくれませんか?」
やはりそうだ。
ろくでなしに絡まれているのは、あの店員のお姉さん……イルメラさんだった。
私服だから一瞬分からなかったけど、あの艶っぽい黒髪と……何がとは言わないけど、2つの大きなシンボルは見間違えようがない。
ってか、そんな事を考えてる場合じゃない!早く止めに入らないと!
「護衛騎士団です。迷惑行為は控えていただけますか?」
大柄の男とイルメラの間に、猛が割って入る。
「あんだぁてめぇ?護衛騎士団だぁ?」
顔を突き出して威嚇しているスキンヘッドの男。
「言っとくがな、俺は何も悪くねぇよ。その女が誘ったのが悪いんだよ」
うーん、清々しいほど自分勝手な奴だ。
どうしよう?多分、カイガの力があれば叩きのめすのは簡単だろうけど……
よし、ここは#あの方法__・__#で行こう。
「分かりました。とりあえず、コレを持ってみてくれますか?」
猛は大柄な男に、地面に突き立てかけたカイガを指差してみせた。
「あぁ?」
「コレが持てたら、お兄さんを見逃してあげますよ。どうです?お兄さんなら、力有りそうなんで多分出来ると思いますけど」
「何だぁ?まあ、そんなカンタンな事で引き下がってくれるなら何でもいいけどよ」
……よし、釣れたぞ。
「じゃあ、いちにのさんでそっちに倒しますよ?良いですね?」
「さっさとやれよガキ!」
「はい、分かりました。じゃあ……いち、にの……さん」
猛は、苛つく男の方に向け……立てていたカイガを、ゆっくりと倒した。
「へへ……こんなもうおおおおおおおおおおおおおおっ!??!?!?!?」
倒れてきたカイガを手に取ろうとした男は、予想外の重さに身体ごと引っ張られ。
倒れるカイガに巻き込まれないよう、慌てて手を離した。
ちぇっ、右手が潰れても良かったんだけどな。
でもまあ、目的は果たせた。あとは……
猛は、額に冷や汗を滝のように流している男の肩をグッと掴んだ。
「この槍の重さ、分かりましたね?今肩を掴んでいるこの手は手加減していますが。本気を出せば、あの槍を振り回す時の力で……この肩を握りますよ」
猛の握力にそんな力は無い事など露ほども知らない男の顔色が、だんだんと青ざめていく。
「……わわ、悪かった。もうやらねぇから、許してくれ」
よし。戦わずして、降参させる事が出来た。
「じゃあ、自分の足で第3部隊の詰所まで出向いてください。言っておきますけど、行かなかったら分かりますからね。そして、また会った時は……」
「ひいっ!わ、分かったら力を込めねぇでくれ!身体バキバキに壊されるくらいなら捕まった方がマシだ!」
猛のこけ脅しに屈した迷惑男は、自分の足で第3部隊の詰所へと走って行った。
うん、方角は合ってるから多分ちゃんと向かったんだろう。これで安心かな。
そうだ、イルメラさんは大丈夫かな?
「あの、ありがとうございました……って、あら?アナタ、最近ウチによく来る子よね?護衛騎士団の人だったのね、どうもありがとう」
「い、いやあ。騎士団の任務ですから」
猛は照れくさそうに笑って返した。
「アナタ……可愛いけど、強いのね。お姉さん、気に入っちゃったなあ……♪」
「え、えっ?」
可愛いってのが引っかかるけど、強いって言ってもらえるのは……やっぱり、男としては嬉しい。
しかも、こんな美人のお姉さんに言ってもらえるから、余計に……
「じゃ、じゃあ!僕は、騎士団に報告に行かなきゃならないので」
いくらあの男を自ら出頭させたとはいえ、報告はしておかなくてはならない。
それに、これ以上話していると……また、意識して逸している視線が、あの大きな果実に吸い込まれそうで怖い。
「あら……随分忙しいのね」
イルメラは頬に人差し指を当て、残念そうな表情を浮かべる。
その仕草が、女性に不慣れな猛の心を打った。
「あっ!じゃあね……」
そう言うとイルメラは、小走りで猛の近くに駆け寄ると。
猛の耳元で、こう囁いた。
「今晩、11時。ボウリング場に来て。開けて待ってるわ」
イルメラは、どぎまぎしている猛に妖艶な笑みをひとつ贈ると、走り去って行った。
……イルメラさんからの……呼び出し?
─────────────────────────
あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます