第20話 急襲と急転(前編)
「本当に良いんだな?戦うなら、容赦はしねぇぞ」
目の前の武闘家の男──アリオは、いつもとは違う鋭く冷たい眼光でこちらを睨み付けていた。
彼と対峙する一人の騎士──猛は、兜の下で苦々しい顔をしていた。
この人とは、こんな風に戦いたくはないんだけれど…………
────第20話 急襲と急転(前編)────
「誰か!誰か来てください!」
街中に、女性の悲痛な叫びが聞こえた。
猛が慌ててその声の聞こえた方へ向かうと。
半狂乱で叫ぶ若い女性が、窓の上を見上げていた。
猛がその方向に目をやると、その先には──。
「早く金ぇ持って来い!でないとこのガキの命ぁ無ぇぞ!」
血走った目で幼子にナイフを突き付けて叫ぶ、若い男の姿が有った。
猛はその状況を見て察した。
恐らくあの幼子はこの女性の娘で、この女性が出掛けた隙にあの男に押し入られ、人質に取られたというところだろうか?
と、母親らしき女性が護衛騎士団姿の猛を見て、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「護衛騎士団の方ですよね!?どうか!どうかあの子を助けて下さい!!」
「は、はい!!」
勿論、こんな状況を見逃す訳にはいかない。
……とはいえ。
あの犯人の男を、どうしたものか?
「言っとくけどなあ!?騎士団の連中が中に入って来たら、俺ぁこのガキを道連れに死んでやるぞ!もう人生なんて諦めてっからなあ!?」
……あんな事を言ってるくらいだし、僕が普通に突入したらあの人質の子の命が危ない。
かと言って、ここからではあの男をどうにかするのは難しそうだ。
一応、カイガを変形させてナイフにしてあの男目掛け投げるっていう手は有るけど……ここからじゃ命中させられる自信は無いし、最悪子供に当たってしまう。
手詰まりだ。どうしようか?確実かつあの子を巻き込まないような遠距離攻撃が出来そうな他の団員を呼ぼうか?
猛がそう考えていた、その時。
「手を貸すぜ?」
肩に手を置かれた感触で振り向くと、そこには。
先日門番をしていた時に出会った、武闘家の青年・アリオがそこに立っていた。
「俺なら、アイツ如きに気付かれず背後に接近出来る。まあ見てな」
そう言うと、アリオは猛が静止する間も無く素早く建物に飛び込んで行った。
どうしよう?下手をすればあの子が殺されてしまうかもしれないのに。
呼び戻すなら今か?
……けど、このまま手をこまねいていても仕方がないのは事実。
あれだけ自信有り気だったし、適当なホラを吹いてたようには見えなかった。──賭けてみるか?
いや、自分の命ならまだしも、無垢な幼子の命を一か八かに賭ける訳には……やっぱりもっと確実性の高い手段を何か──……!
だが、猛が逡巡していたその短い時間は。
彼にとって、事を為すには充分な時間であったようだ。
突然、窓から顔を出して叫んでいた男の姿がグイッと引っ張られるようにフェードアウトしたかと思うと。
「な、何だテメ……うわああ!!」という声がしたかと思うと、すぐに静かになった。
その場に居た人間が全員成り行きを固唾を飲んで見守っていたが……その数十秒後。
アリオが、右手に泣く幼い少女を。
左手に、痣だらけで今にも気を失いそうなボロボロの男の襟を引っ掴みながら建物から出て来た。
「ほらよ。こんな奴に人質に取られないよう、今後は気を付けるんだな」
「ありがとうございます!ありがとうございます……っ!!」
アリオから娘を引き渡された母親は、涙を流しながら何度も何度も頭を下げていた。
猛は、アリオの左手に掴まれている犯人の男をちらりと見た。
意識は辛うじて有るようだが、その目にもはや生気は無い。
「殺せ……」とか「こんなことすら出来ねぇ俺には……」とぼそぼそ呟くその声には、この世への絶望と諦めが滲み出ていた。
猛は、果たしてこの男が本当に子供を傷付けるつもりが有ったのか確証が持てないでいた。
少なくとも、平気で子供を殺そうとしていた『鉄球のロンボ』よりは、まだずっと人間らしく見えた。
そんな事を、猛が考えていると。
アリオが、その男の首根っこを掴み、自分の目の前に持って来て。
ボロボロの犯人の男を、勢い良く放り投げた。
片手で放り投げたにしては、10メートルくらいは吹っ飛んだぞ?何て力だ。
「──子供に手を出す奴は、死にやがれ」
アリオはそう呟くと、放り投げた男に目掛けて勢い良く突っ込んでいった。
猛は、アリオが何をしようとしているのかを察した。
僕も、アリオとほぼ同じ気持ちだ。
だけど、待って。この人は、まだ────。
アリオが、倒れている男の脳天に一撃を加えようとしたその瞬間。
ギリギリ間に合った猛が、男とアリオの間に割って入る事が出来た。
「いっ!?硬ってえ!」
かなりの硬さを誇る猛の鎧をしこたま殴る事となったアリオが、驚愕の声を上げた。
凄い一撃だ。鎧を着ていてもかなりの衝撃が伝わって来た。
けれど、流石に第2部隊の人達の斬撃にもビクともしなかったジェンマさん製の鎧が砕ける事はなかったようだ。
「……おい。セタン国の護衛騎士団サマは、こんなクソ悪党を味方するのか?」
猛は、アリオの方を向いた。
その目は、今まで見たアリオの輝かしく愉しげな目とは違い、冷徹に獲物を狩る執行人のような目であった。
猛は思わず身震いしかけたが、気合いを入れ直してアリオに語りかけた。
「確かに、無力な子供を傷付けようとしたのは重い罪だと思います。けれど、この人はまだ堕ちきってはいない。ここですぐに殺さなきゃいけないレベルではないと思うんです。
それに、ここまで弱ればもう確実に捕らえられます。捕らえられる奴をわざわざ殺すのは護衛騎士団としての仕事ではありません」
だが、アリオの目は相変わらず冷たいままであった。
「……まあな、お前の言いたい事は分かる。けどよ、子供に手を出すヤツだけはどうしても生かしておけねぇ。退かねぇなら、お前をブッとばしてでもそいつを始末する」
そう言って、アリオは猛に対して構えた。
……駄目だ。話を聞いてくれそうにはない。
こうなったら。
猛もアリオに対し槍を構え、戦闘態勢に入った。
仕方が無い。何とかして退いてもらわないと……
猛は、目の前で構えるアリオを観察した。
僕は武術なんて詳しくないけど、何というか……隙が無さそうというか、強そうな構えに見える。
素人がそれっぽい構えをしただけのものとは明らかに違う、確かな実力者のする構え……なのだろう。
この鎧が有るから、すぐにやられる事は無いかもしれないけれど。
どんな技を持っているか分からない以上、長引かせるのは危険だ!
なら、手は1つ。
レンド隊長達との戦いの時のように、最初に受けておいて、その隙に槍の柄の部分で叩いて吹き飛ばす。
これしかない。
作戦を決めた猛は、眼前のアリオを見据えた。
アリオもそれを感じ取ったのか、更に眼光を鋭くさせる。
もう、激突の時が来る────。今にも……今だ!
猛とアリオは、ほぼ同時に互いに向かって動き出した。
────その瞬間。
「待てっ!!!」
何者かが声高らかに叫びながら、猛とアリオの頭上から飛び降りて来た。
そして、2人を分断するかのように2人の間に剣を振り下ろした。
その一閃で地面が砕かれ、土煙が起こる。
やがて、その土煙が晴れると……そこに居たのは。
「あ、アイシャさん!?」
アイシャ・リンガランドが、猛とアリオの間に割って立っていた。
アイシャは、猛とアリオを交互に見てから話し始めた。
「一部始終は見せてもらった。そこの武闘家の男よ、お前はよくやってくれた。だが、お前の我を通す為にお前とタケシが戦うのはセタン国にとって全くの無意味だ、認められん。ここは、私の名において引いてもらうぞ。お前も、私とタケシの2人を相手には出来まい?」
アリオは、アイシャに突き付けられた剣先をじっと見つめた。
やがてそこから視線を逸らし、アイシャの目に向けた。
「……ならよ、今巷で噂の事件解決の暁には、アンタと一戦交えさせてくれるか?もちろん殺しはしねぇ。この野郎を見逃す代わりに、そっちの我を通させてもらうぜ」
「……良かろう。貴様は、戦いで叩きのめさねば分からぬタイプの輩だろうからな」
アイシャはそう言うと、剣を鞘に収め。
アリオもまた、戦闘態勢を解いた。
「いいか、【英雄】さんよ。アンタも騎士だ、さっきの言葉に二言は無いよな?忘れんなよ」
そう言ってアリオは、気を失っていた男の襟首を掴みアイシャの足元に転がしつつ、去って行った。
「ありがとうございます、アイ……いや、リンガランド隊長」
アリオとの激突を防いでくれたアイシャに、猛は頭を下げた。
ちなみに、勤務中は一応上司と部下である事と、互いに名前呼びだとあらぬ誤解を生む可能性が有るので『リンガランド隊長』呼びにしている。
「気にするな、ああいう輩も居る。それに今、お前を負傷で失う訳にはいかなかったのでな」
そう言うと、アイシャは一枚の紙を猛の前に突き出した。
「招集だ。今晩・深夜。混成部隊で、『奴ら』に急襲を仕掛けるぞ」
一連の事件は、急展開を迎えそうだ。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
アリオの実力は、この後……すぐ?
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