第19話 アリオ・メラク
カイナ達との戦いで、『
猛は、また『護衛騎士団第1部隊の新人』としての日々に戻っていた。
【新たな英雄】の登場のおかげか、ここ最近は殺人だの切った張ったの騒ぎは起きておらず、しばらくは平穏な日々を過ごせていた。
────ところが、その事件の裏で。
護衛騎士団達は、別の厄介な事件に直面していた。
────第19話 アリオ・メラク────
「フン!裏切り者は出す!連続誘拐犯は捕えられぬ!その上ワシの大事な物を盗んだコソ泥すらも捕えられぬとは、護衛騎士団は無能の集まりだのう!」
猛は今、他の護衛騎士団員達と共に、目の前の恰幅の良い初老の老人に怒りをぶち撒けられていた。
どうして、そんな状況に有るのか?
ことの始まりは3週間ほど前から。マルシャ領内で、子供を狙った誘拐事件が連発していたのだ。
性別や家柄もまちまちの、8~16歳ほどの男女が次々と失踪し、巷では連続誘拐事件として噂されていた。
通常、殺人として断定されない事件は第3部隊が主に担当し、第3部隊でも解決出来ない場合は第2部隊も協力するのだが、
操作の指揮を取っていた隊長のカイナが先日の事件で去った為に捜査は停滞。その状況を打破する為に、第1部隊からも数名を派遣して全部隊合同で対応に乗り出したのである。
だが犯人は相当のやり手のようで、未だに解決に至る決定的な手がかりは得られていない。
更にその上、3日前にはここリンガランド領いちの大商人であり大富豪・ヌドロクの家から『大事な物』が盗難される事件も発生。
ヌドロクはその内容を頑なに明らかにしないが、本人の苛つきぶりを見る限り相当重要なモノである事は間違いないようだ。
連続誘拐事件に人員を割かれている今、こちらの窃盗事件も早期解決とは至らず、ヌドロクが今こうして護衛騎士団の仕事ぶりに怒りをぶち撒けている……という訳だ。
「まあ、良いわ。説教も時間の無駄だからな。さっさとワシの目の前から消え失せて、さっさと犯人を捕まえろ!
そうだな……もし10日以内に捕縛出来ぬようであれば、ワシから国に働きかけこの事件に関わった団員を全てクビにしてくれるわ!そうなりたくなかったら、さっさとコソ泥を捕まえてワシの大事な物の在り処を吐かせるんだな!ほれ行った行った!!」
ヌドロクが口角泡を飛ばしながらひとしきり怒鳴り終えると、うるさい蝿を追い払うかのごとく手でシッシッと追い払うような仕草をした。
「……失礼いたします」
新たに捜査の指揮を取る事になったラヴァが、洗練された所作でお辞儀をしてみせた。
「皆さん、申し訳無いです。僕の力が足りないばかりに」
ヌドロクの屋敷から出た護衛騎士団混成部隊の面々に、ラヴァが頭を下げた。
「いやいや、気にすんな。お前さんや第2部隊の連中が必死こいて頑張ってるのは知ってるからよ」
そう言うのは、第1部隊のベテラン隊員であるエクサ。
背中の斧に見合った豪快さと気さくさが特徴のシニアである。
「そうそう、あのジジイヒドイっすよ!確かに盗難事件の方は手がかりサッパリっすけど、誘拐事件の方はぼちぼち成果上げれてんのに!」
第3部隊の若手隊員、グライドがそう追従する。
事実、彼の言う通り、誘拐事件に対しては護衛騎士団とてただ手をこまねいている訳ではない。
カイナの不祥事が有った後、彼の後を継いで第2部隊隊長に就任した彼の弟・ラヴァの元、
第2部隊は汚名返上すべく休日返上で業務にあたっており、警備とパトロールを徹底した結果、誘拐未遂の現行犯で何人かを逮捕出来ているのだ。
ただ、捕まった者はどんな取り調べにも決して何も語らない姿勢を見せており、捜査は捗っていない。
そしてもう一つの特徴として、これは誘拐犯にしては不思議な傾向なのだが……全員が、何らかの定職に就いていたという点である。
通常、こういった犯罪に手を染める人間は何も職が無いか、あるいはアウトローな仕事ばかりに手を染めている人間が多いのであるが、
捕まった犯人はいずれも、ある者は道具屋の従業員、またある者は役所の事務員……と、いずれも堅気の仕事に就いており、このような犯罪に手を染める動機が見当たらない人間ばかりであった。
分かったのは、複数の犯人が捕まった事から分かるように一連の誘拐は組織立って行われている事のみである。
「しかし……誘拐も解決には至ってないし、盗難事件に至っては糸口が掴めてないのも事実です。彼の人間性に思う所が有るのは恐らく皆さんもそうお思いでしょうけれど、私には彼の怒りもあながち否定出来ません」
ラヴァが疲れた様子の顔で無理に苦笑しながら答える。
「とにかく、こういう事に近道は無いです。焦って下手な動きを見せない事が大事ですよ」
「……って事が有ったんです」
勤務後の夕食の席で、猛はアイシャとザルフにその場で見た事を説明していた。
「ふむ……確かに奴の言う通りだ。だが、レンド隊長があのように死んでから後を継いだラヴァには負担がかかり過ぎだ。奴は優しく、また責任感が強い。兄の不始末を何とかして挽回したい気持ちのあまり、倒れかねないな」
「彼は真面目だからね……だからこそ、不祥事の有った第2部隊の隊長を満場一致で任された訳だけども」
アイシャが顎に手を当てて考え込み、隣でザルフが苦笑を浮かべる。
「ともかく、奴の負担もそうだが子供達の為にもこれ以上誘拐事件を長期化させる訳には行かない。それに、ヌドロク氏もあのような人柄ではあるが我がリンガランド領いちの大商人であり大富豪だ、軽視は出来ぬ。リンガランド家としても、両事件には本腰を入れて対応可能せねばなるまい」
「…………アイシャの言う通りだね。私も、何か手を打とう」
リンガランド家の2人も、事件解決の進展に協力を惜しまない姿勢を見せた。
これで、少しでも解決に向けて進展すると良いけど……
その翌日。
猛は、リンガランド領の境界で門番の業務にあたっていた。
両事件の解決に向けて、警備はいっそう強化されている。
リンガランド領への出入りも厳しいチェックが入るようになっていた。
とは言っても、短い時間でその者が怪しいかどうかを完全に見切る事など不可能である。
また、過度な制限は街の衰退を招きかねない。
故に、出入りのチェックで引っかかる者よほど言動が怪しい人物のみであるが、今のところそういった人物は現れていなかった。
だが、気を抜くのは禁物である。
『適当でいいや』という意識が蓄積して行く末に、見るからに怪しい者もなあなあにして通してしまう、ということだって有り得る。
猛は、緩みかけていた気を改めて引き締め直した。
すると、また一人、隣の領地からこちらの境界線へと向かってくる者が現れた。
「すみません!検問です、ご協力下さい」
猛は、その人物を呼び止める。
黒いジャケットがその筋肉質な身体によく似合う、二十歳前後に見える若い男。
逆だった短い黒髪と、快活そうな感じが滲み出てる顔が特徴的だ。
「これから先はリンガランド領です。貴方のお名前と、来た目的を教えていただけますか?」
「ああ、俺は『アリオ・メラク』。武闘家やっててね、強さを極める旅をしてる。ここへは、旧知の仲の奴に呼ばれて来たんだ。これで良いか?」
喋りもすごくハキハキしてて、僕とは全然違うタイプの人間だ。
しかも、強さを極めるって……ストイックだなあ。
ともかく、怪しい事をしそうな人には見えない。
「はい、大丈夫です。申し訳ありません、今領内では誘拐事件と窃盗事件の調査中でして。どうかお気をつけ下さいね」
「ああ、なるほどね。んでココも領内も警戒中って訳だ。残念だぜ、そんな物騒じゃなきゃ【英雄】サマとか……あと、最近噂の『
「え、ええっ!?」
不意に『
今日だけでも、ここ最近噂の『
戦いたいなんて言う人はこの人が初めてだ。
「ん?なんでアンタがそんなに驚いてんだ?」
「えっ?い、いやなんでもないです、失礼しました」
猛は誤魔化すため、とりあえず勢い良く頭を下げた。
「……まー良いけど。そういうアンタも結構やり手だろ?その鎧と槍、見れば分かるぜ。いずれ機会が有ったらやり合ってみてぇな」
うーん、当たらずとも遠からず。強いのは僕じゃなくて、あくまでこの槍・カイガと鎧や兜なんだよなあ……
「ま、ともかく。窮屈なのは好きじゃないから、一刻も早く解決を願ってるぜ。護衛騎士団には【英雄】アイシャ・リンガランドとか、アンタみたいなやり手も居るんだろ?出来るって信じてるぜ」
そう言ってアリオは猛の肩をポンと叩いた。
「は、はいありがとうございます。犯人が同一犯とかなら、一挙に解決出来て楽なんですけどね……あはは」
あまりお世辞を言いそうにはない彼から励ましの言葉を貰って、猛は少し嬉しくなり余計な言葉をぽろっと漏らした。
────その言葉を聞いたアリオの眉が、一瞬ぴくりと動いた。
が、猛の目には捉えられなかった。
「おいおい、俺にそんな事言ってもしゃあないだろ?んじゃ、俺は通らせて貰うぜ?早いとこ顔見せないとな」
「あ、はい失礼しました!どうぞ!」
だよね、『同一犯なら楽』なんて、自分の『こうだったら良いな』を初対面のこの人に語ってもしょうがない。
猛は、武闘家の男を領内へと通した。
「(しかしさっきの門番。武器や防具は凄そうだったのに、本人からはイマイチオーラを感じなかったのはナゾだな)」
領内を歩くアリオは、先程の出来事を回想していた。
まあ、カンは悪くないみたいだけどな?
「(犯人が同一犯とかなら、一挙に解決出来てラクなんですけどね……あはは)」
同一犯、ねぇ。
……良いカン、してるぜ。
アリオは、猛の言葉を回想しつつ独りニヤリと笑った。
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あとがき
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