第16話 新たな英雄(終章)
「あ、アイシャさん?」
気を失ったアイシャを猛が軽く揺すってみるが、反応は無い。
だが、どこか怪我をしているようには見えないし……まだ息もある。大丈夫だろう。
とりあえず、アイシャさんを安全な所に運ばないと……
お姫様抱っこの要領で、アイシャを抱き上げてみる。
……あんまり重くない。一応鎧を着てるはずなのに。
いや、それよりも……
今、自分の両腕の中に一人の女性が居る。
しかも、今まで出会った中で、一番の……
そんな風に猛が悶々としていると。
南の方から、こちらへ疾駆してくる馬の姿が有った。
────第16話 新たな英雄(終章)────
それは、カミスの連絡を受けて急行してきた第1部隊の面々であった。
「止まれ!」
こちらの姿を確認したセルジェント副隊長が、後をついてきた部下達に指示を飛ばす。
セルジェントは馬から降りると、警戒するようにゆっくりとこちらに近付いてくる。
どうしよう?穂野村ですと正体を明かすべきか?
……いや、黙っておいた方が良さそうだ。本来なら僕は今日は非番だし、そもそも僕一人でこの状況を解決したとなると、必ずこの武器……カイガの話に繋がっていってしまう。
何となくだけど、カイガの事はまだ多くの人に明かすべきではないと思う。
ここは、もう少し『
「遅かったな。この場は既に私が解決した。この人は意識は無いが、外傷も見当たらぬ。気を失っているだけだろう」
出来る限り声や口調を作りつつ、猛はセルジェントにアイシャの身を預けた。
「……ありがとう。何者かは知らぬが、敵ではないようだな」
鋭い眼光でこちらをじっと観察してはいるものの、とりあえず敵ではない事は分かってくれたようだ。
よし、とりあえず……セルジェント副隊長が来たのなら、後の処理は全て任せてしまおう。
「あそこに累々と倒れているのが、ジェンマ氏から防具を奪って行った魔物達と……騎士でありながら、道を踏み外した者達の末路だ。貴方がたも既に聞いていようが、確認しておいてくれ。ああ、一人だけ吹き飛ばしただけでまだ死んではいない者が居るはずだ。事情はその者を捕まえて聞くがいい。
そして、帰路ではジェンマ氏の元に寄り、黒い鎧を着た騎士からと言ってこう伝えてくれ。『全て終わった。またいずれ伺う』とな」
一気に言い切った猛は、待機していたポニサスに向かって歩こうとした。
「待ってくれ。ここに一人の新人騎士が先に来ていたはずだが、彼はどうなったか知らぬか?」
あっ、そうか。ジェンマさんから僕が先に向かった事は聞かされちゃってるよな……うっかりしていた。
「……彼なら、ここに来る直前に出会って私が帰らせた。見ての通り、彼には荷が重そうな状況だったのでな」
よし、こんなところで良いだろう。
猛はがポニサスの方を向くと、今ここで名前を呼ぶ訳には行かないと理解していたポニサスの方から近寄ってきた。
「では、私は失礼させてもらう。この大地の平和を願っている」
それっぽいセリフを吐きつつ、猛はポニサスに乗って去ろうとする。
「待ってくれ!君は、一体……?」
セルジェントが、馬上の猛を見上げつつ問いかけた。
それに対し猛は、今日3度目の台詞を言う事にした。
「……私は『
猛が言い終わるのを確認すると、ポニサスは1つ嘶き、街に向かって駆け始めた。
終わった。アイシャさんも自分も、無事で済んだ。
魔物が奪って行ったジェンマさん製の防具は、僕が殆ど戦いで壊してしまったけれど……あの人は、それでとやかく言う人ではないだろう。
犯人が分かってるんだ、踏み倒された料金は護衛騎士団を管轄する国から補填されるはず。
良かった……本当に。
「(……『この世に平穏をもたらす為に遣われし一人の騎士』か。お前、そのフレーズがよほどお気に入りなのだな)」
不意に、カイガが茶々を入れてきた。
「べ、別に良いじゃないか。色々考えるの面倒だし、言う事を決めておけばボロだって出しにくいでしょ」
「(猛よ、『
ギクッ。
「そ、そんな事ないよ!カイガが言うからし、仕方なく!」
「(ふふ、照れるな照れるな。男子ならそういうものに憧れる気持ちは、誰だって持ち合わせているものだ。これからもよろしく頼むぞ、『
うう。すっかり見透かされてる。
これから当分、からかわれるのかなあ……
その後、セタン国内は上を下への大騒ぎとなった。
悪い意味と、良い意味で……である。
まず悪い意味は何かと言うと、もちろん国を護るべき護衛騎士団、その第2部隊の隊長以下数名が魔物達と手を組んで【英雄】を消そうとしていたという事実に、人々の間に衝撃が走ったからである。
護衛騎士団及び王国には、事態のあまりのショッキングさに『隠蔽する』という選択肢もあったが、
狙われたアイシャが無事で済んだこと、そしてそのアイシャの『隠す事は国民への背信行為だ』という強い声により公表へと踏み切った。
当然、国民からは護衛騎士団に対するバッシングが起こった。
だが、事態を隠さず公表した事と、そしてもう1つのある理由により、そのバッシングは予想していたよりも規模が小さいものとなった。
その理由が、『良い意味で』大騒ぎする事となった要因。
『新たな英雄』の登場である。
第1部隊隊長として、【英雄】として市民への会見の釈明の場に立ったアイシャが、力強く宣言したのである。
「……以上のような理由で、一部の護衛騎士団員が魔物達と結託し、私の命を狙うに至った事については本当に申し訳なく思う。
だが!そんな私を救った存在が現れたのだ!
黒い鎧兜に身を包み、変幻自在の武器を操り敵を討ち滅ぼす謎の騎士……『
第2部隊長の死により、確かに我が護衛騎士団は混乱し弱体化したのは否定しない!だが、我らがセタン国には新たに平和を護る英雄が現れたのだ!
今回の事件により、我々護衛騎士団への信頼が揺らいだ者も居よう!だが、セタン国への信頼は揺らぐ事の無いようにして欲しい!我々には、【新たな英雄】がついているのだ!」
……と、アイシャが大々的に宣言した事により、
黒い鎧兜に身を包み、変幻自在の武器を操り謀反を起こしたカイナ達を一蹴する強さの謎の騎士が彗星のごとく現れたという事実が、セタン国民全員に周知される事となった。
国民は、カイナら護衛騎士団の一部の謀反には恐れと驚きを隠せなかったものの、
名だたる実力者であった彼らを一蹴し、【英雄】たるアイシャの危機を救い、彼女をして【新たな英雄】と呼ばせた『
そして、その『
「……しかし、自我を持つ上に多彩な形状に変形出来るその槍には驚いたけど。君にそういう趣味が有ったのもなかなか驚きだよ。ねぇ?『
休みの日に、あの日の詳細を話す為カミスの元を訪れていた。
「そ、その呼び方はやめてください!好きでそんな小っ恥ずかしい名前名乗ったんじゃないんですって!今話しましたよね!?」
猛は、顔を赤くして叫ぶ。
アイシャが大々的に【新たな英雄】などと『
だが、カミスには防具の件で世話になった事と、同じく地球からこちらの世界に来た存在として、逆に洗いざらい全て話して知ってもらっておいた方が良いだろうと考えて全てを話した。
「(いや、一番近くで見ていた身としては、コイツはかなりノリノリで演じていたように見えたぞ)」
「うんうん、やっぱりね」
「ちょ、ちょっとカイガ!」
カイガの声も本来は猛にしか聞こえない……が、猛がカイガの秘密をカミスに話した以上、知っているのに声は聞こえないというのも不便だろうという事でカミスにも声を聞かせるようカイガが取り計らった。
「まあ、照れない照れない。まだ17歳だもんね、そういうのに密かな憧れが有っても不思議じゃないよ」
うう、その優しい笑顔が今は何だか逆に突き刺さります。
なんだが、微笑ましいものを生暖かい目で優しく見守られてるような感じで……
「しかし、君のその鎧よりは頑丈ではないとはいえ、僕の防具を粉々に砕いたり斬り裂いたりするとは……カイガくんの威力、計り知れないね」
「(まあな。あの程度なら私の敵ではない。だが猛のその防具となると、壊すのに少しは手間がかかるだろうな)」
あ、やっぱりレンド隊長達に造ってたアレは僕のよりは頑丈じゃなかったのか。
「『壊せない』じゃなくて、『手間がかかる』か……参ったね。穂野村くんに造ったその防具は、僕の持てる技術を全て注ぎ込んで造ったんだけども」
カミスが頭を掻きながら言う。
「(まあ、私の攻撃を数発耐えるだけでも相当なモノだ。それよりも……だ。私を手にした事で、猛は今後重要な戦いの渦中に巻き込まれていく可能性が高い。有能な鍛冶屋として、私の事を知る者として。そして、同郷のよしみとして猛をサポートしてやってくれ)」
「……ああ、協力するよ。穂野村くん、これからもよろしく頼むよ」
「……はい!こちらこそよろしくお願いします」
こうして、これからもカミスとの連携を深めていく事となった。
……『重要な戦い』か。
いったい、どんな戦いなんだろう?
まだ、誰の為、何の為に戦うのかもまだ分からない。
僕には、想像も付かないような事なんだろうか……
猛は、今後の行く末に大きな不安を覚えた。
そして、猛の心を揺さぶる要素は……もう1つ出来た。
その日の午後。
同じく非番であったアイシャに呼び出され、猛は今、街から少し離れた平原で腰掛けていた。
その隣にはアイシャも腰掛けているが……何故か、先程から何かを言いにくそうにもじもじして、一向に口を開いてくれない。
「あ、あのー……アイシャさん?どうしたんですか?こんな所に呼び出して……」
沈黙に耐えきれず、猛がはアイシャに問い掛けた。
「……街だと、誰が聞いているか分かりにくいからな。ここなら、他の誰かが近くに来ればすぐに分かる」
「なるほど……それで、僕に何を?」
呼び出したからには、何か話したい事が有るはずだ。
アイシャは、相変わらず言いにくそうにもじもじしていたが……やがて、『……誰にも言うなよ?』と前置きしてから、話し始めた。
もちろん、猛にアイシャの話を誰かに言い触らすつもりなど微塵も無かった。
ただ、その内容は彼を著しく驚愕させるものであった。
「た……タケシ。私は……お、女として、どう思う?」
「……へ?」
即座に浮かんだのは、『最高』の2文字。
だって、そうでしょ?
強くて凛々しくて優しくて……美しい。
これ以上の女性に出会った事なんて、無い。
けれど、さすがに本人を目の前に『最高です』ってのも、何だか恥ずかしくて……
「あ……アイシャさんは素敵な人だと思いますよ」
こんな、無難な事しか言えなかった。
「そ、そうか」
アイシャは、そんな無難な回答でもとりあえず納得したようだ。
「ほら……タケシには直接話したな?私を救ってくれた『
「え、ええ」
まあ、僕なんですけども……
「……は、ハッキリ言おう!私は、あの人に……私を救ってくれたあの人に…………ほ……惚れたのだ」
…………えっ?
「そ、そして!今度会えたその時には……この想いを、つ……伝えようと、思うんだ」
…………えっ!?!?
「……えええええええええええええええええええええええ!!??!?!?!?!!??!!?」
猛は、思わず我を忘れて絶叫してしまった。
「な、何故そんなに驚く!?やはり私のような女がそういう心を抱くのは変か!?」
いや、変じゃない。
確かに、あまり色恋沙汰に興味が有るイメージではないが……そりゃあ、人間だもの。いずれそう思える相手が現れたって何もおかしくはない。
けれど……
『
そ、それってつまり……
いやいやいや、落ち着け僕!
アイシャさんが惚れたっていうのは、あくまで『
……けど、『
あわわわわわ!!どうしよう?どうしよう?
ごめんなさい、アイシャさん。
アイシャさんの想い……もう、聞いてしまいました。
「タケシ!?何故そんなに絶叫したのだと聞いているのだが?」
隣のアイシャが少し起こったような顔をしているのに気付いて、猛は慌てて答えた。
「あ、あのーその!な、何でアイシャさんはそっ、そんなに大事な事を僕なんかに話したのかなーって!!僕なんかより、第1部隊の先輩たちの方がその、もっと頼りがいが有りそうというか……」
当然『自分が
何故、付き合いもまだ短く、頼り甲斐も無さそうな僕にこんな大事な事を打ち明けたのだろう?
「何だ、そういう事か。……第1部隊の者は経歴が長い者も多く、幼少の頃から私を知っている者も多い。そういう者から見れば私は娘や妹扱いなのだ。
それに……!私は知っている!!ここ2年で、自分達の実力が私に抜かれるや否や、影で『驚異のゴリラ女剣士』などと茶化して呼んでいる事をな!失礼なっ!」
アイシャは、急にむらむらと湧いてきた怒りに任せてすぐそばに有った岩を殴りつけた。
その岩が見事に砕けるのを見た猛が、「そのあだ名失礼極まりないけど、100%間違ってるとは言い切れないかも」とほんの一瞬思ってしまったのは、アイシャに対して永遠の秘密である。
「と……ともかく!あいつらに相談した所で茶化されたり囃し立てられたりするだけなのだ!その点お前は……そういう風に茶化したりはしないだろう?だから……打ち明けてみたのだ」
そっか。そんな理由で、僕を選んでくれたのか。
ある意味、『よりによって僕』なんだけれども。
アイシャさんにとっては、真剣な問題で。
それを、僕に打ち明けてくれたんだ。
だからここは、こちらも誠意ある言葉で答えなければいけない。
「……アイシャさんなら、きっとその想いを受け取って貰えると思います。応援、させてもらいます」
「そ、そうか!ありがとう、タケシ。やはり、お前に相談してみて良かったよ」
アイシャは、眩しい笑顔を猛に向かって見せた。
その笑顔に、猛の心はざわめいた。
……こんな僕が。
こんな非の打ち所の無い人の想いを、果たして受け止められるのだろうか?
『
猛は、早くも後悔し始めていた。
……その心の中に、一片の『嬉しさ』が混じっている事は、気付かないフリをして。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
これにて導入編はおしまいです。
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