第15話 新たな英雄(後編)
「『
そう名乗った謎の騎士を、カイナは訝しげに見つめた。
そんな異名を持つ騎士など聞いたことが無い。ハッタリか、狂人の類か?
……しかし、一応は警戒しておかねばなるまい。
フルフェイスの兜を被った素顔の見えぬ騎士に対し、カイナは警戒態勢を取った。
それはまさに、その騎士……猛の思惑通りであった。
────第15話 新たな英雄(後編)────
時は少し遡り────
「えっ……今度は何の声?」
新しい馬具のおかげでより速く安定して走れるようになったポニサスに乗り駆けている最中、そのポニサスの声に続いてまたも知らない声が聞こえてきて戸惑う猛。
きょろきょろと辺りを見回すが……この辺りには自分とポニサス以外何も居ない。
「(私だ。お前と何度か共に闘いを共にした、お前の背にある槍だ)」
……えっ?あの槍?
慌てて背中から槍を外して見てみると……黒い槍が、淡く光っていた。
「(そうだ、この槍だ。今まで黙っていてすまなかったが、私には自我が有るのだ。お前が大きな闘いに直面するまで、このまま黙っていようと思っていたが……いよいよ、その時が来たようだ)」
馬だけじゃなく、とうとう槍まで喋り始めるとは。
いよいよ極まってきたファンタジー感に、猛は緊急事態ながら感心してしまった。
「え、えーと、黒い槍……さん」
「(その呼び名では不便だろう。私にも名前は有る。『カイガ』という名がな。それと、私と喋る時はタメ口で良い。固っ苦しいのは好かんのでな)」
「はい……じゃなくて、うん、分かったよカイガ。それでえーと、カイガ?どうしてこのタイミングで話しかけてきたの?」
今は急を要する時だ。単に自我がある事を明かすだけなら、もっと暇のある時が良かったのだけれど。
「(猛よ。敵は強く数多い。このまま向かっても勝つ見込みは少ないのはお前も分かっておろう?お前に私の真の力を伝える事で、状況を打破する見込みを上げようというのだ)」
「真の……力?」
『とてつもなく重い』以外、まだ特別な力が有るのだろうか?
「(だが……それを知れば、お前はこの先闘いの渦中に巻き込まれて行く事になろう。どれほどの規模か、長さになるかは分からぬ。だが、何らかの重要な闘いの中に飛び込む事になるのは確実だ。それが私を持つ者の運命なのだ……受け入れられるか、猛?)」
闘いの渦中に、巻き込まれる……
正直、不安しかない。
少し前まで、平和な世界で呑気に暮らしてた僕が。
重要な闘いとやらに巻き込まれて、無事に生き延びれる自信なんて全然無い。
……けれど…………
ここで、それを受け入れずに逃げてしまう事は。
アイシャさんを見捨てて逃げるのと、同じ事だ。
それだけは……したくない!
「……不安しかないけど、受け入れるよ。カイガ、君の真の力を教えてくれ」
「(……私の見立ては正しかったようだ。では、これから私の真髄を伝授しよう)」
そして、時はここに至る。
なお、猛がこのような尊大な騎士のように振る舞っているのは、カイガの真の力を知って調子に乗ったから……という訳ではない。
到着の数分前────
「(──猛よ。もうすぐ到着するが、お前は今までの穂野村猛とは別人のように振る舞え)」
「えっ?何で?」
「(レンドが向こうに居るとしたら、奴はお前に一度圧勝している。見下されたら更に不利になる)」
「何で?逆に油断してくれた方がやりやすくなるんじゃないの?」
『ナメられたら終わり』などというプライドは、ハナから持ち合わせてはいない。
油断している間に事を為す方がやりやすそうに思えるのだけれど。
「(敵が一人の場合はそうだな。油断している隙を突いて一撃、で戦闘が終わる。だが、今回の敵は間違いなく複数だ。一人をそれで撃破出来ても残りは警戒するようになって旨味は少ない。
そのメリットを取るよりも、『脅威ではない』と判断され、躊躇なく複数で突っ込んで来られるリスクの方を危惧すべきだ。ならば、向こうに警戒してもらい距離を置いてもらったり様子見で少数ずつかかって来られる方がマシという訳だ)」
「な、なるほど」
「(であるから、奴らの前に参ずる時は全く別人のお前を演じろ。そうだな、例えば……)」
かくして、いつもの猛とは違う、このような自信に満ちた虚像を演じる事となったのだ。
勿論、そのような虚像を演じたからといって実際にそうなれる訳ではない。
兜の下では猛は、眼前に並ぶ数多の敵達に怯えていた。
だが、怯えてばかりはいられない。
今にも倒れそうなアイシャさんを助ける為には、こいつらを何とかしなくてはいけないんだ。
猛は、敵の構成を観察した。
魔物達が、3、4……6体。
こいつらが、ジェンマさんの所から防具を奪って行った連中だろう。
そして、悪い予想が的中し……裏で、その魔物達と繋がっていたレンド隊長と部下の第2部隊騎士が合わせて6人。
着ている鎧は真新しそうだ。きっと、アレもジェンマさんが造った防具で、あの魔物達から受け取ったんだろう。
そう思うと、猛の頭は怒りで満たされてきた。
カイナの方を向き、猛は出来る限りいつもとは違う声と口調で凄んだ。
「カイナ・レンド……やはり貴様らが、そこの魔物共と手を組んで仕組んだ事なのだな?」
猛は、兜の奥からカイナを鋭く睨み付けた。
「……何故、こんな真似をした?国を守る護衛騎士団、第2部隊隊長の貴方が!」
思わず、素の口調が出てしまったが、カイナは気にも留めず嘲り笑った。
「これから死に行く者が知る必要は無い。のこのことこの場に現れたのを後悔するが良い」
カイナが腰の剣を引き抜いた。
いきなりレンド隊長と、か……
だが、アイシャさんを助けるにはいずれは戦うしかない。
猛は、カイナに対し剣を構えた。
その時……
「レンド隊長。俺がやりますよ」
カイナの前に、一人の剣士が進み出て来た。
にやにやしながら猛の方を見ている。
「あんな頭のおかしそうなヤツ、俺が一瞬で剣の錆にしてきますわ」
そう言うとその剣士は、剣を抜き猛に突っ込んで来た。
ジェンマ製の防具を装備した事で、やられる事は無い、と慢心しているのだろうか。
速い!なんとか目に見える分レンド隊長よりは遅いけれど、それでも速い!
今の僕には躱せない!
だが……
「(──問題無い。攻撃を当てる事のみに集中しろ)」
確信ありげなカイガの声が聞こえてきたので、それを信じて攻撃態勢に入る。
案の定、敵の斬撃は躱せず、猛の銅に斜めに直撃した。
──が、カミスから受け取った鎧は、傷1つ付く事は無かった。
「は?」
素っ頓狂な声を上げるその男の隙を、猛は見逃さなかった。
猛はその男の無防備な胴体に、思い切り剣の腹を打ち付けた。
「がっ!?」
金属が砕ける音と共に、その男は豪快に吹き飛んで行った。
そして、その先に有った岩に激突して……動かなくなった。
猛の一撃を受けた鎧は、当該部分に大きくヒビが入っていた。
「何っ!?」 「何だよあの威力……?」
猛の一撃に、敵が騒めきだした。
カイナは言葉こそ出さなかったものの、猛を驚愕の表情で見つめ、デヴィシオンは「ほぅ……」と感心の声を漏らしていた。
「……殺してはいない、打ち付けただけだからな。今これを見て降伏するなら、この場は最も平和に収まる。考えてみろ」
猛は、出来る限り声に凄みを持たせて喋った。
そう、この場で恐れをなして降参してくれるのが1番良い。
ハッタリや虚勢で結構。争わないのが一番穏便に済ませられる方法のはずだ。
だが、カイナは「笑止な」と言い放つと。
顎をクイッとやり、部下を2人呼び寄せた。
部下が前に出て、手をかざし何かを呟く。
するとその手から、氷の呪文が放たれた。
思ったより広範囲に広がり、猛の脚が凍り付く。
「やったぞ!」「ああ!」
それを見た魔法使いの2人が、少しだけ猛に近づいて来てから、2人で手を頭上に上げ呪文を唱え始めた。
2人の頭上に、1つの大きな火の玉が現れる。炎の合体呪文だろうか?
とにかく、動けなくなった猛をこの巨大な火の玉で火炙りにする算段のようだ。
完成までに時間のかかる呪文のようだが、敵が凍って動けないのなら安全は保証される。魔法使いの2人は、安堵しきっていた。
……ただしそれは、『本当に相手が凍って動けないのであれば』の話、である。
猛は、脚を纏う氷を強引に壊すと。
油断しきっている2人に突進した。
「げぇ!?」「はぁっ!?」
そう、カミス特製の防具の効果により、彼らの氷の呪文は殆ど効いてはいなかったのだ。
敵の目論見を推測した猛が、敢えて効いて動けないフリをして隙の発生を狙っていたに過ぎなかった。
油断しきって巨大な火の玉を生成していた魔法使い2人に、逃げる術は無かった。
彼らは、突進してきた猛の剣に一瞬で腕の肘から先を斬り落とされ。
支えを失った巨大な火の玉が、2人の頭上から落ちてきた。
「ぐああああああああ!!!」「うあああああああああっ!!!」
腕を斬られ、自らの火の玉に焼かれた魔法使い2人は誰が見てもこれ以上の戦闘は不可能であった。
「……やり手のようだな。おい、貴様らも協力しろ。全員で囲み、一斉に攻撃して始末だ。正面は私が引き受けてやる」
戦況を観察していたカイナは、魔物達にも声を掛け猛を包囲して全員で攻撃する事を決めたようだ。
剣を構えて動かぬ猛の周りを、カイナ達と魔物達がじりじりと迫り寄る。
宣言通り、猛の正面には剣をこちらに構え冷たい目で睨み付けるカイナの姿が有った。
その姿に、一週間前、カイナに手も足も出ず敗北した事が脳裏に蘇り、猛の鼓動は不安気に早くなっていく。
だが……あの時とは違う。
今はジェンマさんのこの凄い防具も有る。この槍……カイガがその力をフルに貸してくれる。
落ち着け。動揺を見せるな。
ここまでは狙い通りなんだ。
後は……タイミングを間違えない事だけ、だ。
猛は、サッと周囲を見回し、全員が等間隔にじりじりとこちらに近付いてくるのを確認した。
そして……全員、猛の剣のリーチでは届かぬ位置で歩みを止めた。
猛は、もうすぐその時が来ると直感した。
恐らく、立案したレンド隊長が合図を出すはず……それまで、待つんだ。
猛にとって、緊張の数秒間が流れた後────。
とうとう、その時がやって来た。
「……今だッ!」
カイナの合図の元、全員が猛に攻撃を仕掛けた。
剣や斧を武器とする者は猛に突っ込み、弓矢や魔法を放てる者はその場で呪文を放つ。
このままでは、猛が対処する術は……無かった。
そう、このままでは。
猛は、己の運命の全てを握るカイガを握り締め一心込めて叫んだ。
「
その声に呼応するように、猛の握っていたカイガは、みるみるその形を変え……2メートル以上の巨大な剣と形を変えた。
そして、周囲の全てを断ち斬らんとその場で全力で一回転し、薙ぎ払った。
勝敗は一瞬で決した。普通の剣のリーチを想定して動いていた騎士や魔物達は、殆どが突然リーチの伸びた猛の攻撃をまともにその身に受けた。
リーチの範囲外と高を括っていた魔法使いや魔物も、同じくその攻撃の餌食となった。
ある者は鎧を粉々に砕かれ吹き飛ばされ、ある者はその身を両断された。
なんとか逃れたのは、ぎりぎりで察知しその身を引いたカイナと。
同じくぎりぎりで察知し、空中に逃げ果せたデヴィシオンのみであった。
一気に数多の味方が死屍累々となり、さすがのカイナも焦りを露わにした。
「きっ、貴様……!」
猛はそんなカイナを睨み付け、プレッシャーをかけるように大剣を構えにじり寄った。
「貴様も……逃さんぞ」
低い声と構えた大剣で、出来うる限りカイナにプレッシャーをかけようと猛は努める。
何よりも、味方を一瞬でほぼ全滅させたあの攻撃で、かなりこちらを恐れるようになったはずだ。
しかし、事ここに追い詰められたこの状況でも、カイナは冷静さを失わなかった。
あの大きさの剣なら、むしろ懐に入ってしまえば安全なはず。
自分のスピードで一瞬で懐に入り、鎧の隙間を狙って斬撃を与えれば倒せるはず……
カイナは、落ち着きを取り戻し猛を見据えると……剣を構え、猛スピードで突進して来た。
「(……ふむ。読み通りだな。敵に回すにしては惜しい男だったな)」
猛の脳内に、そんなカイガの声が聴こえてきた。
そう、これもあくまで、猛とカイガの読み通りであった。
カイナは、一瞬で猛の懐に飛び込むと、防御の薄そうな箇所に正確に斬撃を放った。
当たった。手応えは……有る!
カイナは、そう確信した。
……だが、その目論見は外れていた。
確かに、鎧の継ぎ目、装甲の薄い所に攻撃を当てたはず。
だが、猛の一撃を恐れ『一瞬で事を為さねばならぬ』という焦りが、僅かにカイナの攻撃を鈍らせ。
元々の防御に加え、内包された魔力で更に防御力を高められた猛の鎧に……有効打とはならなかった。
カイナの攻撃は、元々スピードと正確性が命であり、隙の無い装甲の相手とは相性が悪かった。
それが、彼の運の尽き、これまでの因果応報と言えた。
戸惑うカイナの目に入ったのは、今度はいつの間にか通常サイズの剣へと形を変えていたその武器が、自らに振り下ろされる様であった。
猛はカイナの姿が消えたと同時に、カイガを大剣から剣へと
レンドが接近するその一瞬を狙っていたのだ。
接近し過ぎていた上に、戸惑い隙を見せたカイナに、もはや躱す術は無かった。
猛の振り下ろした剣は、カイナの身体を鎧ごと斬り裂いた。
「ぐは……ぁっ!!」
短い断末魔と大量の血飛沫を上げながら、カイナはその場に倒れた。
────終わった。
……いや、もう一体居る!
猛が周囲を、そして上空を見渡すと。
コウモリ人間が、バタバタと羽ばたきながらこちらの様子を伺っていた。
「キキィ……何て奴だ。もしや、あの武器は……ともかく、『首領』に報告せねばならんな」
そう言ってデヴィシオンは、猛に背を向け飛び去ろうとした。
「逃がすか!#変形__デフォーム__#!#短剣__ナイフ__#!」
猛はカイガを短剣へと変形させると、飛び去ろうするデヴィシオン目掛けて投げつけた。
勿論猛にナイフ投げの経験など無い。だが、ほんの少しだけなら、カイガの意思で軌道を補正出来るのだ。
この時はたまたま、見事にデヴィシオンの身体を捉えた──かに見えた。
だが、その瞬間、デヴィシオンが翼を一度閉じてから拡げると。
その身体が数多の小さなコウモリの群れとなり、ナイフはその間をすり抜けて行ってしまった。
「キーキキキ!キキキィ……」
勝ち誇ったような鳴き声を上げて飛び去っていくコウモリの群れ。ああなってしまっては、もはや猛にはどうする術も無かった。
今ここに、カイナ達と魔物達との戦いは終わりを告げたのであった。
猛は、落ちたカイガを拾い上げ、懐に仕舞うと。
倒れているカイナの元へ向かった。
別に、こうする意味は有るかと言えば、そんなものは無かったかもしれない。
けれど、こうしなければいけないと何となく思った。
この人は道を外した。
猛は、それが残念に思えて仕方が無かった。
優しかった人間が、友人と恋人を失った末ここまで堕ちてしまうなんて。
どうして、こうなるまで誰も救ってやれなかったのだろうか?
猛は息も絶え絶えのカイナに対し、声を作るのをやめ、心底偽りの無い言葉を述べた。
「レンド隊長……残念です」
猛は、兜を脱いでカイナの顔を見た。
その目が、驚愕で大きく見開かれた。
「貴様……は……そう……か、貴様……が……」
もう、声を出すのも苦しそうだ。
「ああ……無念……だ」
カイナは、もう見えなくなった目を瞑りながら最期の言葉を吐いた。
「貴様のような……者が……もう2年早く……現れれば……ラトイも……ケーネも……あんな目に……無念……だ」
最後の言葉を吐いて、カイナは動かなくなった。
結果的に、隊長のカイナを含む第2部隊の騎士5名と。
逃げ果せたコウモリの魔物以外の全ての魔物が、命を失う事となった。
何故、あんな事を企んだのかは最期まで聞けず終いであった。
どうして、魔物などと手を組んだのだろうか。
こんな事を企まなければ。
こんな事には……ならなかったはずなのに。
猛の心は、無念の気持ちが充満していた。
……あっ、そうだ。アイシャさんは!
慌ててアイシャに駆け寄る猛。
頬にそっと触れてみる……良かった、暖かい。息はあるようだ。
「…………んっ…………」
すると、アイシャがゆっくりと目を開けた。
「うう……あ……貴方……は……?」
その声は、いつも聞く自信に満ち溢れた声ではなく、一人のあどけない少女のような声であった。
その声に、思わず猛はどきりと胸が高鳴り……その必要も無いのに、またしても『変幻の騎士』として振る舞った。
「わ……私は『
「ば……『
まだ意識がはっきりとしないようで、アイシャはまた目を閉じた。
「あ……あり……がと……」
アイシャは、また気を失った。
─────────────────────────
あとがき
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