第14話 新たな英雄(中編)
この予想外の緊急事態に、一番頼れるアイシャさんが不在。
しかも、疑念が立ってる第2部隊と同じ方向に向かったって?
……嫌な、予感がする。
「ラピスさん!リンガランド隊長は一人で!?」
「な、何だよそんなに慌てて。ああ、一人で向かったぜ。見かけたのは数匹って話だったから、それなら自分だけで事足りるって」
なんて事だ。疑惑が渦巻く中に一人で向かってしまったのか。
いくらアイシャさんが強いといえど……心配だ。
すると、隣で聞いていたカミスがぽんぽんと猛の肩を叩いた。
「(事態は思った以上に深刻だね。一旦通話を切って貰えるかな?後で僕が改めて連絡すると伝えてからね)」
小声で話すカミスに、猛は頷いた。
よく分からないが、何か考えがあるのだろう。
「ラピスさん、一旦通話を切ります。すぐ後に、ジェンマさんから改めて連絡を入れますので待機してて下さい」
「お、おう」
よく分かっていない様子のラピスであったが、猛は構わず切った。
今は、丁寧に説明している時間は無い。
────第14話 新たな英雄(中編)────
「手短に話を整理しよう。アイシャさんが不在で、しかも第2部隊達が向かった北の方にタレコミが有って向かったという事だね?」
「はい、間違い無いです」
カミスの表情が、ますます深刻になっていく。
「穂野村くん。先程までの僕の説には、足りない物が有った。それは『魔物側の見返り』だ。奴らが僕から装備を奪って裏でレンド隊長達に渡す。それだけでは、魔物は体の良い使い走りだ。奴らにとって見返りが無い。分かるね?」
「え、ええ」
「でも、今の話で納得行く形に繋がったよ。魔物側の見返り。それは、『僕の装備で強化された第2部隊と協力してアイシャ・リンガランドを消す』事だってね」
猛の最悪の予想は、カミスの考えと一致した。
「やっぱり……市民のタレコミってのも、恐らく……」
「十中八九、魔物達かレンド隊長の息のかかった者の仕業だね。単に脅されただけの可能性も高いけど」
胸糞悪さに、猛は思わず歯軋りをした。
あくどい企みに、アイシャさんが巻き込まれる……!
「グズグズしてられません!僕も北に追います!」
猛は、逸る気持ちを抑えられなくて叫んだ。
「足止めして悪かったね、行っておいで。けど1つ言っておくよ。もし先程までの仮説が当たっていたとしたら、敵は今の君にはあまりに強大だ。アイシャさんの力になりたい気持ちは分かるけど……自分の命を、大事にするんだよ」
「はい!分かりました!」
大声で返事した猛の傍には、出発する気満々のポニサスが控えていた。
「ポニサス!よろしくお願いね!」
ポニサスに跳び乗った猛がポニサスに語りかけると、ポニサスは勇ましくヒヒンと鳴いて答えた。
「じゃあ……行ってきます!」
猛は、今の自分が出来る全速力でポニサスを走らせた。
……それから間もなく。
猛は違和感を覚えた。
あれ?僕、こんなに速くポニサスで駆けられたっけ?
何だか、ポニサスがいつもより速い。
それでいて、いつもより更に安定している気がする。
新しい馬具のおかげだろうか?
そう猛が考えていると……
「(タケシさん。このくらいのスピードなら平気なようですね)」
「えっ!?」
どこからか、声が聞こえてきた。
この、優しそうだけど頼りになりそうな感じの声……ひょっとして?
「ポニサス……今の声は、キミ?」
恐る恐る、ポニサスに語りかけてみる猛。
「(ええ、そうです。今、僕はタケシさんの持ってるあの紫の宝石と、この馬具に宿る魔力のおかげで会話できるようになってるみたいです)」
あの宝石、動物とも会話出来る力があったのか。
「(これまでは魔力が無くてお話が出来ませんでしたが……あの方が造ってくれたこの馬具には、結構な量の魔力が込められているみたいです。なので、僕もタケシさんと話せるようになりました)」
「そっか……話せて嬉しいよ、ポニサス」
こんな緊急事態だが、意思の疎通が出来るようになったのは素直に喜ばしい。
「(いつもより安定しているでしょう?どうやらタケシさんの鎧と僕に着けられてる馬具が魔力で繋がってるみたいで、それが安定を生む仕組みになってるみたいです)」
……ど、どんな技術なんだジェンマさん。
こっちの世界の魔力ってものを武具造りにフル活用してるなあの人。
「(なので、実はもっと速く走れそうです。タケシさん、大丈夫ですか?)」
こんな時にも気遣ってくれるだなんて、本当に優しい馬だ。
……けど、今は躊躇ってる暇なんてない。
「うん。ポニサス、スタミナ切れしないように出来る限り速く頼むよ。アイシャさんに、助力しないと」
「(フフ、タケシさんならそう言うと思ってました……じゃあ、もっと行きますよ!この蹄鉄も、負担の軽減と加速を促してくれるんです!)」
そう聞こえた直後、更にポニサスのスピードが上がった。
凄い。これなら……早く追いつけそうだ。
猛は、ちょっぴり事態が好転した事に喜んだ。
────すると、その時。
猛の耳に……いや、まるで脳内に、直接響くように。
またしても、聞き慣れない声が聴こえてきたのであった。
「(────猛よ。強大な敵に挑むお前に、今こそ私も語りかけよう)」
時は少し遡り。
市民からの情報提供を受けたアイシャは、街から北に離れた、平原を通り抜けた先にある荒野にて、複数の魔物と対峙していた。
「タレコミは正解だったな……こんな辺境に集まって、何を企んでいる?魔物共よ」
魔物達のリーダー格らしきコウモリ人間に向かって問い掛けるアイシャ。
いや、コウモリ人間というより、殆ど巨大なコウモリと言った方が正しいかもしれない。
巨大なコウモリが、人間のように2足で立てて人語を話している、という表現が適切なようだ。
「キキキ……決まっている。いかにして、この国の希望である【英雄】サマを消すか話し合っていたところだ」
コウモリ人間は、2本の大きな牙を剥き出しにして醜悪な笑みを見せた。
「大層な評価をありがとう。しかし、貴様らがそれを成し得る事は無い」
アイシャの構えた剣に、雷の魔法が宿った。
そしてそれに呼応するように、アイシャの黒髪が金髪へと変化した。
更に、アイシャの美しい白の鎧が……雷のイメージを投影したかのような、黄色に染まった。
「行くぞ。平和を乱そうと企む愚か者共を、アイシャ・リンガランドが成敗してくれる」
「キキキィ……勇ましき【英雄】よ。この俺、デヴィシオンが貴様の命を頂くとしよう」
デヴィシオンが飛ぶと同時に、他の魔物達も一斉に動き出す。
アイシャと魔物達の闘いが始まった。
────と同時に、アイシャの剣が魔物の内の1匹を切り刻んだ。
「グゲゲェーッ!!」
一瞬にしていくつもの斬撃を加えられた魔物は、断末魔を上げて崩れ落ちて行く。
「ほう……流石速いな。それが噂の『魔装』か。雷を宿したその鎧は、着ける者の動きを雷の如くスピードアップさせる……キキキ、予想以上の速さだな」
「……貴様、何故それを知っている?」
アイシャの鎧の色が変わった正体は、まさにデヴィシオンの言った通りであった。
魔法剣の属性と同じ魔力が鎧に宿る事で様々な効果をもたらす、カミス特製のアイシャ専用の鎧である。
だが、詳しい効能を知っている者はごく僅かのはず……
「我々もただ暴れるだけではない。知恵と情報を駆使するのだ。甘く見てもらっては困るな」
「……思ったよりも頭が切れそうだな。厄介なタイプだ、さっさと終わらせてもらうぞ」
アイシャは、再び魔物達に斬り掛かった。
そして、15分程経ち。
アイシャは、魔物達の動きに違和感を覚えて始めていた。
おかしい。私の命をいただくとのたまいつつ、こいつらは先程から全く積極的な攻撃して来ない。
こちらの攻撃を振り払うような形でのみ攻撃し、あとは回避と防御に全力を注いでいる、そんな闘い方だ。
……スタミナ切れ狙いか?
生憎だが、1時間以上は通して闘えるだけの体力はあるつもりだ!スタミナ切れ狙いなど甘い!
「キキキ……どうした、【英雄】よ?あれから誰も仕留められていないな」
デヴィシオンが、にやにやと余裕の笑みを見せながらアイシャの周りを急旋回した。
「ふ、問題無い。スタミナ切れ狙いだろうが、体力が尽きるのは貴様らの方だ!いつまでも守りになど入らせないぞ!」
アイシャの魔法剣の属性が、雷から炎へと変化した。
そして……
「『炎装』!」
鎧の色が黄色から燃えるような赤へと変化し、先程までの『雷装』から『炎装』へと切り替わった。
その効果は、攻撃力を更に高めるもの。
魔物達の守りを、威力を以て打ち砕く方針に切り替えたのだ。
アイシャが攻勢を強めようとした、その時。
「……加勢するぞ」
アイシャの耳に入る、聞き覚えのある声と、何人かの足音。
音のした方を振り向くと、そこには。
真新しい防具を着けた、隊長のカイナをはじめとした第2部隊の人間が6人、現れていた。
「レンド隊長!!お前も来ていたのだな!頼む、加勢してくれ!」
妙に闘いを長引かせるこの魔物達であるが、やり手のレンド隊長を始めとした第2部隊の連中が加勢してくれれば、闘いは一気に片付くだろう。
アイシャは、頼もしい味方の登場に一瞬、ほんの一瞬気を緩ませた。
そんな彼女を、誰が責められようか?
まさか、同僚である護衛騎士団の人間が闘いの場に現れた時に、警戒する戦士はそうそう居まい。
アイシャも、部隊は違えど大枠で見れば同僚である彼らに警戒などしなかった。
しかし、この場に限っては。
その判断は、大きなミスであった。
アイシャが、近くに居た一番動きが遅い魔物に、炎の剣を振り下ろそうとした──その瞬間。
「ぐっ!?」
アイシャは、頬に何かが刺さるような感覚を覚えた。
それと同時に……身体が、上から徐々に痺れていった。
「ぐ……何だ、これは……?」
手が痺れて剣を持てなくなったアイシャは、その場に剣を取り落とした。
そんなアイシャの傍に、醜悪な笑みを浮かべるデヴィシオンが降り立って来た。
「キキキ……どうかね、裏切られた気分は?」
「う……裏切り?」
まさか、と思いアイシャが第2部隊の方を見ると。
皆、アイシャを心配するどころか、『してやったり』といった表情を浮かべていた。
そして、その中の一人は……吹き矢の筒を構えていた。
「……リンガランド隊長。貴様も、我が第2部隊に吹き矢の名手が居る事は知らなかったようだな?」
カイナのその言葉で、アイシャは理解した。
この痺れは、その男の吹き矢によるモノである、と。
「『雷装』の速度はさすがのコイツでも捉えられなかったが……『炎装』
の時の速度なら捉えられた。極小だが効果は覿面で、すぐに溶けて無くなり証拠も無くなる吹き矢の味はどうだ?」
「れ……レンド隊長。なぜ……お前らが……?」
何故カイナ達が突然の裏切りを見せたのか、アイシャには心当たりは無かった。
「フン。これから死ぬ人間が知る必要は無い。とにかく、貴様にはここでくたばってもらう。そうなれば……私の新たな道が拓けるのだ」
冷たい目でそう言い放ったカイナは、鞘から剣を抜きアイシャの頭の上に構えた。
「何が起こるか分からん。手短に、やらせてもらうぞ」
だが、アイシャもそう易く々と己の命を差し出すつもりは無かった。
痺れる手でなんとか剣を拾い上げたアイシャは、カイナの構えた剣を素早く弾き、跳び退いた。
「……ほう。痺れた状態でそこまで動けるとは、さすが【英雄】と呼ばれるだけの事はある。だが」
痺れに耐えつつ震えながら剣を構えるアイシャを、カイナ達第2部隊の人間と魔物達が包囲しながら迫って来ていた。
「痺れで思うように動けぬ貴様一人に対し、ジェンマ製の防具を得た我々が劣る道理は無い。終わりだ、【英雄】よ」
思ったよりやり手の魔物達に加え、カミスから奪い取られた防具を受け取ったカイナ達第2部隊の精鋭6人。
ただでさえ多勢に無勢のアイシャは、吹き矢を打ち込まれ痺れて立つのもやっとの状態。
誰が見ても、【英雄】の絶体絶命であった。
─────その時であった。
「そこまでだ。邪悪な者達よ」
兜や鎧を着けた若い馬に乗った、黒い鎧に身を包んだ騎士が颯爽と現れたのは。
アイシャを取り囲んでいた魔物や騎士達は、一様に皆その騎士の方を向く。
「……誰だ、貴様は?」
カイナの問い掛けに、その騎士は少し間を置いて答えた。
「……私は『
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あとがき
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