第13話 新たな英雄(前編)

「ジェンマさん!?ジェンマさん!!」


血を流して倒れているジェンマを見て、慌てて猛が駆け寄り声を掛ける。

先日ラヴァから陰惨な話を聞いたばかりだ。嫌でも最悪の結末が脳裏を過った。

だが……


「う……うっ……」


「良かった……ジェンマさん!今手当てします!」


まだ息はあるようで、猛はほっと安心した。


────第13話 新たな英雄(前編)────


猛は、ストックしていたありったけの治癒玉を使用した。

治癒玉は最近実用化されたばかりの新技術で造られており、本来かなり値の張る品である。

だが猛は、賞金のかかっていたロンボを倒した事で授与された賞金で、もしもの時の保険としていくつか買っておいたのだ。

……まさか一度も自分に使う事なく使い切る事になるとは、予想していなかったが。


「うう……ふぅ。あ……ありがとう穂野村くん。何個も使ってくれたおかげで、大分回復出来たよ」


まだ少々顔色は悪いが、ひとまず傷は塞がり出血も止まったようだ。


「な……何が有ったんですかジェンマさん?」


どう考えてもただ事ではない。いったい何が起きたのか?


「……うん、結論から言おうか。突然襲撃して来た魔物達に、装備を奪われた」


「ええっ!?」


そんな。魔物がこんな所に?


「実は今日、キミに防具を引き渡す前に……第2部隊の方々にも、完成した装備を引き渡す予定だったんだよ。けど、その時間になる直前……魔物達が攻め込んで来た。何匹か居たけど、先頭に居た、コウモリ人間のような魔物には為す術が無かった……僕は傷付けられ、造った装備を持ち去られた」


そういえばこの前言っていた。第2部隊から注文が入っている、と。

あの人達も今日同じ日に受け取る予定だったのか……

って、いやいや!今はそんな事思い出してる場合じゃない!


「ジェンマさん、そいつらはどっちに逃げてったんですか!?まず僕が追います!」


どれだけ勢力が居るかどうかは分からないけど、僕一人で倒し切る事は出来なくても奪われた装備を取り返すくらいは何とかやれる……かもしれない。


「いや、少し落ち着こう穂野村くん。さっき、『第2部隊が受け取りに来る』と言ったよね?そのすぐ後に、予定時刻になって第2部隊の方々が来たんだよ」


あっ、そうか。

ならばもう、第2部隊の人達が追走に入っているんだろうか?


「穂野村くん。君なら今こう考えたはずだ。『それならもう第2部隊が奴らを追っているのか』って」


「え、ええ。違うんですか?」


「残念ながら……違うと考えた方が、良いのかもしれない。何故だか分かるかい?」


「え?どうしてですか……?」


「定刻に来て、倒れている僕から事情を聞いた後、彼らはすぐさまここを出て行ったよ。そして、僕の耳にはこんな言葉が聞こえたんだ。レンド隊長の声で、『手筈通りだ、行くぞ』ってね」


猛の脳内に、衝撃が走った。

それの意味するところは、つまり……


「……今回の襲撃を、レンド隊長は、知っていた?」


「いや、最悪の想定をするなら……『魔物達とグルだった』まで有り得るね。魔物達に奪わせ持ち去られたように見せかけ、裏で繋がっているから装備は渡してもらえる。代金を払わず装備だけを得られるってワケさ」


「そ、そんな……!」


そういえば、ラヴァさんから『何か良くないことを企んでる噂が』と聞いていたが、まさかコレの事か?


「もしそうなら……許せない!僕が追います!」


「しかし、どちらに逃げたのか君に分かるのかい?」


「あっ……」


頭に無かったといった様子の猛に苦笑いし、カミスはややよろけた足取りで戸を開ける。


「おいで。恐らく手掛かりがあるよ」


外に出たカミスは、地面を指差した。


「ほら、そこにいくつもの馬の蹄の跡が続いてる。魔物のものではないけど、何らかの事情を知っていると思われる第2部隊の人間達が向かって行ったのは確かだ」


この方角は……街からは更に離れて行く方向か。


「ありがとうございますジェンマさん。じゃあ……ポニサス!」


猛は待機しているポニサスを呼んだ。

しかし、カミスがスッと手を猛の前に差し出して止める。


「穂野村くん、慌てちゃダメだ。僕達の居た世界と違って……ここは、本気で殺しにかかってくるような存在がもっと身近だ。慌てては、命を落とすよ」


「……は、はい」


カミスに諭され、気が逸っていた猛は少し落ち着きを取り戻した。


「おいで。今こそ君に、防具を渡そう」


「えっ?けど、魔物達に奪われたんじゃ……」


そんな猛に対し、カミスはにっこりと笑った。


「まだ、箱を出しておかなくて正解だったよ。奴らも、コレには気付かなかったようだ」


カミスはそう言うと、床にあるごくごく小さなスライド式の蓋をスライドさせて開けた。

そこには、小さな鍵穴が有った。

カミスは懐から真鍮の鍵を取り出すと、その鍵穴に入れ……回した。

すると床と同じ模様をした蓋が開き。

中から、大きな黒い箱が現れた。


「ほら、開けてご覧。同郷のよしみとして、最高の技術を用いて造ったつもりだ」


猛は、ゆっくりと箱の蓋を空けた。


そこには、槍と同じ色で黒く輝く鎧と兜。

それと、お揃いの色の馬具と思われる装備が入っていた。


これが。

ジェンマさんが、この世界と元の世界の知識を融合させて造った……装備。

鎧を手に取ってみる。

凄い。美しい光沢を放ち、凄く硬そうなのに……全然重くない。今着ている鎧の半分も無いんじゃないか?


早速、装着してみる。

これも凄い。本当に、ジャストフィットという言葉がぴったりだ。全く動きを阻害しないぞ……!


兜も同様だ。目の部分が僅かに出ているフルフェイス式なのに、何故か視界は殆ど狭まっていないし、通気性も良くて重くもなく、息苦しくもない。


「す……凄いです、ジェンマさん。どうやってこんなモノを……」


「ははは、それは企業秘密ってところだね。けど驚くのはまだ早いよ。ほら、腕のとこ。騎士団第1部隊の金のブレスレットを嵌めて、『チェンジ』と念じてごらん」


言われた通り、鎧の袖部分のくぼみに第1部隊の証である金のブレスレットを嵌め、『チェンジ』と念じた。

すると……

黒い鎧が、一瞬で銀色に変色した。


「うわっ!?」


「どうだい、これで前の鎧と同じ、ありきたりな色に変わった。これで目立ちにくくなるだろう?君は、あまり目立ちたがるタイプじゃないと思ってね」


どういう技術かは知らないが、これはありがたい。

仰る通り、僕は目立ちたくないタイプだ。期待の新人とか言われている今ですら恥ずかしいくらいだ。


「それに……ポニサス用のも作ってくれたんですね」


自分のものより大きな馬具を見て、猛が呟く。


「ああ、君の馬がどんな子かは分からなかったから、こっちはジャストサイズとは行かないけど、その代わりアジャストする機能が有るから問題無い。ほら、着けてみようか」


カミスと一緒にポニサスに馬具を着ける事になったが、これも実にすんなり着けられた。

ポニサスの大人しさと、馬具のアジャスト機能のおかげだろう。

馬具はどれも頑丈そうで、鎧の元の色とお揃いの黒だ。

最後に、兜を装着する。

馬に兜なんて着けるものなのか?と思ったが、この軽さなら走るのに邪魔にならなさそうだし、

戦いに赴くならポニサスの安全も確保された方が良いに決まってる。

……ん?戦いに赴く?

あっ!


「ジェ、ジェンマさん!防具は嬉しいですけど、そういえば今!ゆっくり試着してる場合じゃなかったんでした!」


今が緊急事態の只中であるのを思い出した猛は、再び慌て出した。

カミスも、真剣な表情に居直る。


「そうだね。けど追う前に……これに触れてご覧」


カミスは奥の部屋に猛を招き入れると、台に置かれた機械を指差した。


「これは電話みたいなモノでね……第1部隊の詰め所と繋がっている。動かすには魔力が必要だが……これで動かすとしよう」


カミスは台の引き出しから1つの珠を取り出すと、機械の窪みに当てはめた。


後で聞いた話だが、これは『魔力玉』という、治癒玉の魔力verといった感じのモノらしい。

魔力を凝縮して作るのだが、ジェンマさんは時々代金の割引の代わりに魔力を注入してもらう事でコレを作り上げたそうだ。


装置が動き出し、受話器(?)を取って連絡を試みた。

今日はアイシャさんが居るはずだ。彼女の馬の速さなら、僕の乗っていない全速力ならかなり速く着けるはず。


そんな事を考えていると、通話が繋がった。詰め所の方で誰かが受信したようだ。


「お疲れ様です。ホノムラです。アイシャさ……いえ、リンガランド隊長、居ますか?」


「あん?ホノムラか」


「あっ、ラピスさん」


向こうで受信したのはラピスさんのようだ。この世界でも電話を積極的に取るのは新人の役目なのだろうか。


「今日非番なはずだが、どうした?隊長なら居ないぞ、さっき市民からの通報で『北の方で魔族が集まって何か企んでる』って通報が有ったからな」


……何だって?

北の方って……レンド隊長達が向かって行った方角じゃないか。


猛は、胸騒ぎを感じずにはいられなかった。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

前回のあとがきでいよいよ……と書きましたがそれは次回になります(汗)


この『新たな英雄』の終幕までが導入編となります。よろしければお付き合いください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る