第12話 2年前

カミスの声を聞いた猛は、先程のは見間違いではなかったと改めて実感した。

今の声にも、憎々しさが多分に込められていたからだ。



──────第12話 2年前──────


「新人をそれ以上傷付けられては困る。悪いが、この場は収めさせてもらうぞ」


セルジェントは、カイナと猛の間に割って入るように立った。


「フン、衰え小娘に後進を譲った無能め……貴様から引導を渡しても良いのだぞ?」


カイナは再び柄から剣を抜き、セルジェントに突き付けた。


「……我々が争う意味は無い。それはセタン国にとって無意味どころか、浪費だ。立てるか?ホノムラ」


「は、はい」


強く打ち付けられ痺れはするが、斬られたわけではないので動ける。

セルジェントは、カイナに背を向け猛に肩を貸し立ち去ろうとした──。

その時。


セルジェントの背中に、一撃が加えられた。


「これでもか?」


カイナから放たれた一撃であった。

先程までの猛への攻撃と同様、剣の腹で打ち付けたものであり斬撃ではないが……


「……貴様。戦う意志も無い相手の背中に一撃を加えるとは、それでも騎士か?」


セルジェントの声が、静かな怒気をはらんでいた。

そして彼の手が、腰に掛かった剣の柄に伸びた。


マズい。この2人が戦えば、どちらもタダでは済まない気がする。

僕がきっかけでこの2人が怪我をしようものなら、それこそセタン国にとって浪費だ!

何としても止めなければ!


「「やめてください!!」」


猛が叫ぶと、全く同じ内容の叫び声が重なった。


驚いた猛が辺りを見回すと、誰かがダッシュでこちらに駆けて来ていた。


「兄さん!やめてください!」


「……ラヴァか」


青ざめた顔をした、ラヴァと呼ばれたその男はどうやらレンド隊長の弟のようだ。


「兄さん、やめてください。この人を憎んでも仕方が無いじゃないですか」


ラヴァが息を切らしながら、兄に言葉をかける。


カイナは、しばしラヴァを見つめた後……突き出していた剣を、鞘に納めた。


「フン、ここはラヴァと……その新人に免じて退こう。だが、忘れるな。第1部隊を信用していない人間も居る……とな」


僕に免じて?

僕は顰蹙を買ったのだけれど……どういう事だろうか?


「ラヴァ、行くぞ」


カイナは背を向け、足早に去っていった。

だがラヴァはすぐについて行こうとはせず、こちらを振り向いて頭を下げた。


「兄が申し訳ございませんでした。ホノムラさん……ですよね。後でお話したい事がありますので、そうですね……こちらのカフェまでお越し頂けますか?」


ラヴァはそう言うと、ひと切れの紙を出し、右手をかざして念じた。

すると、白紙だった紙にみるみる内に線が書き込まれていく。


凄い、こんな魔法も有るのか……


念写(?)をし終えたラヴァは、その紙を猛に渡してきた。


「もしよろしければ……明日の昼12時。こちらにお越し願えますか?大丈夫、兄には内緒で私だけが来ますので」


うーん、何故この人が僕を呼び出すのかは分からないけど、レンド隊長が来ないならまあ……良いのか。


「はい、分かりました。では明日の昼に」


「ありがとうございます!では……兄に追いつかなきゃいけないので」


ラヴァはもう一度頭を下げると、兄の後を追い小走りで去っていった。


「無事か?ホノムラ」


セルジェントが、右手をかざし回復魔法を猛にかける。


「は、はい。斬られた訳じゃないので大丈夫です」


回復魔法の効果で、打ち付けられた痛みもスッと和らいだ。


「見ての通り、ヤツはあのような性格だ。2年前までは……あんな刺々しい人間ではなかったのだがな」


セルジェントは首を横に振った。


「あんな人に、隊長が務まるものなのですか?」


あんな過激な人間では、部下も大変だろうに。

いくら力で無理矢理従えるといっても、第2部隊の騎士達相手には限度が有るのではないだろうか?


「あれでも、自分の部下には優しいのだ。新人の面倒見も良い。逆に、第2部隊の人間以外にはあのような態度なのだがな。奴が隊長を務めていられるのは、先程来たあの弟が副隊長としてブレーキ役になっているからというのも有る」


……ラヴァさん、苦労が絶えなさそうだ。

明日の話では……何が聞けるんだろうか。





そして、翌日、昼。


猛は、落ち着いたカフェのオープンテラスでラヴァと向かい合って座って居た。


「お待たせしました。コーンスープです」


店員が湯気がほのかに立つコーンスープを持って来た。


「……コーヒーとかじゃないんですね」


大人がカフェで飲む物といえばコーヒーか、よく分からない小洒落た名前の飲み物だと勝手なイメージを抱いてたけど、ラヴァさんは違うようだ。

僕はそのへんの感覚は完全に子供舌なので、ありがたいけれども。


「ふふ、これは僕や兄の昔からのお気に入りでね。ここに来たら必ずコレを頼むんだよ」


ラヴァが柔和な笑顔で答える。

とりあえず、ひと口飲んでみよう。


……美味い!

元居た世界とぜんぜん遜色の無い美味さ。コーンの甘みとスープのとろみ具合がナイスだ。


「確かに美味しいです。ハマるのも頷けますね」


「気に入ってもらえて何よりだよ」


柔和な笑顔を崩さないラヴァ。

だが……次第にその顔が真剣になっていく。


「……本題に入ろうか。まずは、キミにはお礼を言わないとね。ありがとう」


ラヴァはまた頭を下げた。


「えっ?僕、貴方とは昨日会ったばかりです。何かお礼を言われるような事は……」


「ああ、まだ何の事か分からないよね。順を追って話そう」


ラヴァはひとつ大きく深呼吸すると、語り始めた。


「2年前まで、僕達兄弟には無類の親友が居た。幼い頃から仲が良くて、ずっと一緒に育ってきた。互いに切磋琢磨しながら……皆、護衛騎士団の第2部隊に入隊したんだ」


『2年前まで』という事は、今はもう……?


その頃は兄もあれほど強くなくて……何より優しかった。今では自分の部隊にしか向かない優しさも、昔は色んな人に向けられていた」


今ではあんな冷酷な人も、2年前までは優しかったのか。

セルジェント副隊長も『2年前までは』と言っていたし、そこで何かが起きたんだろうか?


「けれど……2年前。ある悪人が、とある民家に押し入り強盗殺人を犯した。ヤツが去った後には、めちゃめちゃになった家。そして……その時一人で居た、若い女性が息をしていない状態で倒れていた。

押し入られた民家は、僕達の親友の家。命を奪われたのは……彼の妹であり、兄の恋人であり、結婚間近の婚約者だった」


猛はハッと息を呑んだ。

あの人は……結婚間近の婚約者を失っていたのか。


「勿論、僕達は怒った。だが、既に犯人は追走にあたっていた第2部隊の騎士を一人殺害していたんだ。

だから本来はその時点で、第2部隊では対処にあたって大きな被害が出る事が懸念される……と、第1部隊に処遇が回ってくる筈だった。

けれどその頃、第1部隊は別の強盗団を追っていて、こちらに手が回せないと返答が来た。そして……僕達が犯人逮捕に名乗り出たんだ」


ラヴァの表情が、だんだん苦虫を噛み潰したようなものに変わっていく。


「だが、やはり当時の僕達の実力ではヤツの逮捕は適わなかった。ヤツと戦った僕と兄は重傷を負い、そして……一番激しく戦った僕らの親友は、殺された。兄は、婚約者と親友を立て続けに喪ったんだ」


猛も、ラヴァと同じく苦々しい表情になっていった。

恋人を殺され、その仇を取るどころか親友までも失う。平和な世界で過ごしてきた自分にとっては、想像も付かぬ痛みだ。


「そしてそれ以降、その犯人は社会から姿をくらまし……ヤツの姿を見た者は居なかった。ついこの前までは、ね」


「『ついこの前』って事は……見つかったんですか、その犯人が!?」


猛は思わず大声で質問した。

が、ラヴァは首を横に振った。


「ホノムラさん、貴方が見付けたんですよ。そして、ヤツの穢れきった人生に引導を渡してくれた」


……あっ。


猛の脳内で、話が繋がった。


「……そうか。その犯人が、あの『鉄球のロンボ』だったんですね」


自分が無我夢中で追って退治したあの悪党に、そんな因縁が有ったとは……


「そう。だから貴方は、僕達兄弟にとっては仇を取ってくれた恩人なんです。だから兄も、貴方との戦いでは怪我一つ残さぬよう手加減したんでしょう」


これで合点が行った。最初に僕が声をかけた時にやたら目を見開いたのは、僕がロンボを討った事を知っていたからだ。


「だけど……兄は、それを機に変わってしまった。犯人は勿論、自らの弱さを。そして、手を貸してくれなかった第1部隊を恨むように……。そして、その当時隊長を務めていたのがセルジェントさんだった。だから、兄は特にあの人を恨んでいるんだ」


「でも、それって……」


「ええ、逆恨みです。第1部隊だって、面倒だとかで手を貸さなさった訳じゃない。けれど……結果的に、親友と婚約者が死んだ事を、兄は未だに恨み続けている。そして今……ロンボがこの世から消えた事で、兄の行き場の無い恨みは、己と、第1部隊の皆さんに行っている……」


猛はゾッとした。

いつか、その積もり積もった逆恨みが爆発するのではないかと思うと……


「ホノムラさん、恐らく貴方が想像している事を、僕も懸念しているんです。今のままでは兄は……取り返しのつかない過ちを犯しそうで」


確かに、あんな事を続けていたら、比喩でも何でもなく『鬼』と化してしまうだろう。


「それに、良くない噂があるんだ。第2部隊の中の、今の兄を盲信する過激な思想の何人かの部下と共に、何かを企んでいるという……」


「何か?何かとはいったい……」


「分からない。けれど、もしそれを察知出来れば……ホノムラさんにも知らせようと思う。貴方は仮にも『仇を取った人』だ、兄も多少は聞く耳を持ってくれるかもしれない。それに、ホノムラさんはあの【英雄】リンガランド隊長ともそれなりに親しいという話も聞く。彼女の力が借りられれば、心強いからね」


なるほど……今回呼び出したのは、この協力に漕ぎ着ける狙いも有るって事か。


「はい、分かりました。僕も出来るだけ協力させていただきます」


勿論、断る理由なんて無い。

おっかない人ではあるけど……あの人が更に道を間違えたら、きっと多くの人が傷付く羽目になる。


「ありがとう。貴方は……噂通り第1部隊の希望の星だね」


「そ、そんな……」


最近、そんな感じに呼ばれる事が少なくないが、猛としては未だに慣れず、照れくさい。


「もしもの時は、よろしく頼むよ」





そして、それから一週間が過ぎた。

特にレンド隊長の方に怪しい動きも無く、平和な時が流れていた。

そして……


「じゃあ、行ってきます!」


「うむ、気を付けて行ってきなさい」


アイシャの父ザルフに見送られ、猛は馬を駆りあの鍛冶屋へと赴いた。

カミスからの伝書で、『鎧が完成した』との連絡を受け取り、

非番の日を迎えたので受け取りに行く予定なのである。

ちなみに、アイシャには内緒でザルフにこっそり乗馬の訓練をつけてもらった結果、

大したスピードは出せないが、何とか馬に乗れる事が出来るようになった。

その記念として、練習時にとても懐いてくれたこの馬も譲ってもらったので名前を『ポニサス』と名付けた。

……名前の由来はお察しの通りである。可愛らしさとカッコよさを混ぜた結果だ、批判は聞き入れない。


まあ名前はともかく、大人しい性格の馬で、僕に気遣って走ってくれるのでとても乗りやすい馬なのである。


「よろしく頼むよ、ポニサス」


ポニサスは任せてと言わんばかりにヒヒンと鳴くと、ゆっくりと駆け出した。



そして、50分後。


猛はカミスの鍛冶屋に到着した。


「お疲れ様。ポニサスは暫くここで待っててね」


ポニサスから降りた猛はポニサスの頭を撫でると、返事として『ヒヒン』と鳴き声が返ってきた。


カミスの鍛冶屋の戸をノックする。


「ジェンマさーん!穂野村です」


……しかし、なかなか中から返事が帰って来ない。

時間は間違えていないはず。何か有ったのだろうか?


「……ジェンマさーん?」


なんの気無しにドアノブを回してみると……なんと、鍵が開いていた。


「……失礼します、ホノムラです」


遠慮がちに入った猛。


「……………………!?」


そんな猛が目の当たりにしたのは。

血を流し、床に倒れているカミスの姿であった。






─────────────────────────


あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

次回、いよいよ……?

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