第11話 冷血の剣鬼

「ぐ……っ!」


猛は今、膝を地に着いていた。

猛の目の前には、細身の短めの剣を握った冷たい目の男が一人。


敵うはずがないとは分かっていた。

だが、これほどまでに実力差が有るなんて……!


猛は、己の未熟さを思い知らされていた。



────第11話 冷血の剣鬼────



時はほんの少し遡り────。


猛の所属する第1部隊は、国防の最前線を担う部隊である。

つまり、戦争や魔物の襲撃など、国の有事に際して動く部隊だ。

とはいえ、戦争や魔物の襲撃がそう頻繁に起こるわけではない。

ではそういう事が起こっていない時はどうしているかというと、基本的には自分の割り当てられた地域にて他の部隊と連携して警備にあたっているのだ。

猛もまた、この日は街中の警備にあたっていた。


「おっ!黒い槍の新人!調子はどうだい?」


「こんにちは!いつもお疲れ様、よろしく頼むわね!」


街を歩いていると、市民からそんな声がかけられる。

『鉄球のロンボ』を倒した後、アイシャが民衆の前で猛を紹介した為、猛は既にある程度民衆の間でもその存在が知られていた。

これまでずっと日陰で生きてきたような猛にとって、こんな風にめでたい覚えをされる事には慣れておらず、照れくさそうに笑いながら会釈をしつつ歩いていく猛。


すると、そんな猛の耳に誰かの叫び声が入った。


「誰かそいつらを捕まえてくれー!盗人だぁー!」


声が聴こえてきた方を振り向くと。

みすぼらしい身なりの大人と子供が、必死に追手から逃げているのが目に入った。


父親と息子だろうか?盗品だと思わしき両腕に抱えているモノは、全て食べ物だ。

貧しくひもじい親子なのかもしれないと思うと、少し躊躇われる。

だが、貧しいからといって無罪になる訳ではない。あれだけの量の食べ物を盗まれる方も困るだろうし、罪は罪だ。

傷付けなくとも、進路に立ち塞がって槍を軽く地面に振り下ろせばその衝撃で転ぶだろう……


猛は猛スピードで逃げる親子の前に立ち、槍を地面に振り下ろそうとした──。


その時。

猛の背後から、何者かが目にも止まらぬ速さで駆け抜けたと思うと。

次の瞬間には、父親の男の右腕の、肘から下が……斬り落とされていた。


「ぐああああああああっっ!!」


右腕の半分を斬り落とされ、男の手から盗品の食べ物がばらばらとこぼれ落ちる。


「父ちゃああああん!」


父親に突如訪れた惨状に、息子も盗品を手放して駆け寄る。


その親子の前に、騎士団の鎧を纏った男が進み出た。


「確保しろ」


その男が冷たい声で言い放つと、後を追って来ていたと思われる他の騎士が親子を強引に掴んで立たせた。


「父ちゃん!父ちゃああん!」


「オラッ!大人しくしろ!」


腕を斬られた父を心配し泣き叫ぶ子を、その騎士団員は乱暴に羽交い締めにしている。


猛は、目の前で起きた惨状に放心状態となり動けないでいた。

だが、今にも気を失いそうにぐったりして徐々に顔が青ざめてきている父親の男をを見て、ハッと目が醒めた。


「ま、待ってください!まずは手当が先でしょう!?」


腕を斬られたままなのだから、当然そこからは夥しく血が流れ出ている。


猛は慌てて、懐に仕舞っておいた1つの珠を男の右腕の切り口に当てた。

その珠が淡く光ると、徐々に流れ出る血の量が減って行く。

これは、休日に街にて購入した【治癒玉】である。

回復魔法が結晶化されたようなもので、これを携帯しておけば回復魔法が使えない者でもその場で回復治療が行えるという優れ物だ。


「あ……ありが……とう……」


父親の男が、消え入るような声で猛に例を言った。


「……ふん。お人好しめ。まあ良い、さっさと連れて行け」


男がそう言い放つと、他の騎士団員が親子を拘束し連行して行った。

どうやら、この男は他の騎士団員に命令出来る立場にあるらしい。

猛は、その男を観察した。


180はある長身細身で、細く短い剣を携えた、黒の長髪の冷たい目をした男。

手首には第2部隊所属を表す銀のブレスレット。そしてその銀の鎧には、アイシャの鎧にあるものと同じ、セタン国のエンブレムが有った。


……そうか、この男が。

『冷血の剣鬼』という通り名の、第2部隊隊長なのか。

最近、ちょくちょく槍の訓練(と言っても、猛が専ら教わってばかり)をしてくれるラピスから聞いた、セタン国でも上位の実力者だそうだ。

その二つ名の通り、非情さと冴え渡る剣技でアイシャさんと並んで犯罪者に恐れられている存在。

確か名前は……カイナ・レンド。


それにしても……


「すみません。えっと……レンド隊長?」


猛は、親子が連行されて行った方角をじっと睥睨したままのカイナに躊躇いがちに声をかけた。

カイナは、冷たい目を猛の方に向けた。

すると猛の姿を見るなり、その細い目が大きく見開かれた。


「貴様は……」


ん?何だろう、この感じ。

確かに、先の活躍で自分の名は護衛騎士団の中でもそこそこ知れ渡ってしまっている。

しかし、何だかこの反応は……『あの新人か』だけではない、そんな気がする。


「あの……何か?」


自分を凝視し続けるカイナに猛が問う。


「いや……何も無い。貴様こそ、何か用か」


カイナは猛から目を逸らし、問い返した。


まあいいか。こちらの言いたい事を言わせてもらおう。


「あの……あなたの技術なら、あそこまで傷付けなくともあの親子を止められたのではないですか?」


あれだけ素早く動けるなら、すばしっこく逃げていたあの親子も易々と捕らえられただろう。

何も、右腕の半分を斬り落としてまで止める必要は無かったはずだ。


「犯罪者にかける情けは無い。甘い事を言うな」


それは、ある程度は猛とて同意出来る。

しかし……


「誰を傷付けた訳でもない、ただ貧しくて食い扶持の分を盗んだだけです。あんな重傷を負わせて、手当てが遅れれば下手をすれば──」


だが、カイナは猛の言葉を遮った。


「フン!あんな薄汚い盗人がどういう末路を辿ろうが、私の知った事ではない」


……冷たい。

どこまで、冷酷なんだ。


「確かに、傷付けてでも対処すべき悪人は居ます。けれど、そこまでじゃない罪人だって居る。そういう人は、出来るだけ傷付けないよう捕らえるべきじゃないですか?」


猛に詰られるカイナは、いよいよ不機嫌を隠さなくなってきた。


「貴様、第1部隊の例の期待の星のようだが……民衆にちやほやされて、思い上がっているのか?第2部隊隊長である私のやり方に意見するのか?」


「失礼なのは分かってます、申し訳ありません。けれど、これは立場云々の問題ではないでしょう?」


そう、失礼なのは分かっている。

だが、目の前で大罪人でもない人間が重傷を負わされた事。

それについて、『どうなろうと知った事ではない』と切り捨てた冷酷さには異を唱えざるを得なかった。

このままでは、この人はいつかもっと取り返しのつかない過ちを犯しそうな気がして。


するとその時。

一筋の鈍い光が見えたかと思うと、次の瞬間には猛の首元に剣先が突き付けられていた。


「その生意気で綺麗事を吐かす口を閉じろ。そして一刻も早くこの場から去れ」


は、速い。

全く剣筋が見えなかった……!


しかし、猛の中ではますます怒りが沸き立った。


「貴方と敵対するつもりは有りません。同じ護衛騎士団じゃないですか。けれど、貴方は意見を異にするというだけで護衛騎士団の人間に武器を向けるんですか?」


気に入らない人間には、悪人でなくても容赦無く武器を向け、脅す。

人々を護るべき存在であるはずの騎士団員でありながらのそのやり口が、猛には気に入らなかった。


カイナは、怒りの込もった猛の目をじっと見据えた。

そして、剣先を引いて答えた。


「良かろう。ならば私と簡易的な決闘をしろ。勿論殺しはせん、貴様は私に一撃でも。私は貴様を降参させるのが勝利の条件で、貴様が勝てば貴様の方針を呑んでやる。どうだ?」


……あくまで、力で決めるという事か。

しかも、かなりこちらに有利だ。相当自信が有るのだろう。


「……分かりました。受けます」


猛は、カイナの提案に乗る事にした。





2人は、5メートルほど距離を取って相対した。

既に互いに、武器を構えている。


「始めの合図はそちらからで良い。貴様にハンデをくれてやる」


こちらをナメきっているな。

一撃当てるだけで良いなら……あの戦法が使えるはず。

そう、入団試験の時にケニアスに使ったあの戦法だ。

ジャンプして槍を投げつけて地震を起こさせて、揺れに怯んでいる隙に軽く一撃当ててやる!


プランの整った猛は、意を決して開始の合図を叫んだ。


「では……始め!」


叫び終わるや否や、猛はその場を跳んだ。

……いや、『跳ぼうとした』。

何故、跳べなかったか?

答えは単純であった。

猛が、その場から跳び上がるより先に。

カイナの剣の腹が、猛の膝を強烈に打ち付けたからだ。


「ぐぅ……っ!」


痛みに顔をしかめる猛。

その腕に、更にカイナの追撃が入った。

カイナの剣の腹が、猛の両の肘と手首を正確に打ち付けた。


「ぐ……っ!」


痛みに耐えかねた猛は、槍を手から落とした。

そしてその場に膝を着く事になった……。



そして、時はここに至る。


「……終わりで良いな?」


「……はい」


猛は、悔しさを滲ませながら降参を宣言した。

関節のあちこちを強く打ち付けられ、槍も取り落とした状態ではあの剣速に対抗出来る術は見当たらない……


「口程にもない奴め。そんな腕前でこの私に講釈を垂れようとするのは何年も早いわ」


カイナは、剣を鞘に納めながら言い放った。


悔しい。

こんな恐ろしい考え方の人を、僕はどうにも出来ない。

僕は、まだまだ未熟なんだ……


「分かったら、二度と私の目の前に現れるな。そして────」


カイナの言葉が、不意に途切れた。

そして、猛の方とは違う方向を向くと、その目が再び大きく見開かれた。


「穏やかではないな。レンド隊長、我が第1部隊の新人が何か粗相をしたかな?」


カイナが視線を送る先には、セルジェント副隊長が歩いて来ていた。


「セルジェント……!」


猛の見間違いでなければ。

カイナの冷たい目に、憎しみの火がめらめらと躍ったような気がした。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

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