第9話 不思議な鍛冶屋
さて、国防の最前線を担う第1部隊とてきちんと非番の日、つまり休日は設けられている。
とはいえ、生真面目な猛は休み切る事はなく、街の図書館で借りてきた本を読み、こちらの世界の勉強や、トレーニング法を学んでいたのだが……
「タケシ、今日は非番だな?では防具を見に行くぞ」
アイシャからの、突然のお誘いだった。
────第9話 不思議な鍛冶屋────
「防具……ですか?」
アイシャからの突然の提案に、猛はきょとんとしている。
「ああ。他の第1部隊員はともかく、お前はまだ戦闘術においては素人だ。防御や回避も不得手だし、防具の重要性は人一倍高いだろう」
確かに一理ある。しかし……
「僕、入団の時に支給された鎧とかは持ってますけど……」
第1部隊への入隊にあたり、自分の装備を持っていない者には必要な装備が支給されている。
「まあ、そこは『より良いモノを』というヤツだ。まあ遠慮はするな、リンガランド家から代金は出せる。父上も先のタケシの活躍に何か褒美をやらないと、などと言っていたしな。さ、支度して行くぞ!」
「は、はいっ」
リンガランド家から馬で30分ほど駆けて来た平原に、その鍛冶屋はぽつんと経っていた。
ちなみに、アイシャの馬に二人乗りである。
ロマンティックなシチュエーション……と言いたい所だが、騎手は勿論アイシャだ。
そりゃあ、乗るのが上手いアイシャさんが騎手をやるのは至極当然だけども。
やっぱり、シチュエーションとしては、その、なんというか……
……馬、乗れるようになろう。誰にも言わない密かな目標にしよう。
猛は密かに決意をするのであった。
「……それにしても」
猛はアイシャの馬から降りると、きょろきょろと辺りを見回した。
……辺り一面平原である。
「何故、こんな所に鍛冶屋が?」
鍛冶屋といえば、石造りの街の街中に存在しているようなイメージが有った。
実際、その方が資材の調達や商品の納入がしやすいし、客のアクセスもしやすいはず。
「まあ……あまり人と接するのが得意でないようでな。こういう所に居を構えた方が落ち着くのだそうだ」
鍛冶屋で、人と接するのが苦手というと……
思い浮かぶのは気難しい頑固親父な職人タイプの人だ。僕みたいな人が受け入れてもらえるだろうか?
そんな不安が顔に出ていたのか、アイシャが猛に向かって苦笑いを浮かべた。
「ああ、心配は要らないぞ。本人に問題は無いからな。まあ、会ってみれば分かる」
そう言ってアイシャは、鍛冶屋の戸を上品なノックで叩いた。
「アイシャ・リンガランドだ。ジェンマ氏、居るか?」
アイシャが呼び掛けて数秒後。
「やあ、アイシャさん。声を聞く限り、元気そうですね」
鍛冶屋のイメージとは結構離れた、眼鏡をかけた細身の優しそうな青年が戸口に現れた。
「タケシ、紹介しよう。この方が私の知る限り最も優秀かつユニークな鍛冶屋、カミス・ジェンマ氏だ」
「は、はじめまして。ホノムラ・タケシと申します」
アイシャに紹介された猛が慌てて頭を下げる。
「……えっ?その名前……」
猛の名を聞いたカミスは、眼鏡の奥で目を大きく見開いた。
「ん?そうか、噂に疎いジェンマ氏でも知っているか!そう、コイツが先日新人団員ながら指名手配の悪党を成敗した期待の星だ」
アイシャが笑顔で猛の背を叩く。
アイシャは、数日前から街の中で噂になっている事について反応したのだと解釈したようだ。
だが猛には、カミスは何だか違う理由で反応したように思えた。
「ああ……うん、そうだね、その子が例の……。うん、僕はカミス・ジェンマ。ここで細々と鍛冶……と、独自の研究をやらせて貰ってるよ、よろしくね」
カミスは柔和な笑顔で、猛に握手の手を差し伸べて来た。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
何だか優しそうな人のようで、猛の緊張は幾分か解れた。
「彼を連れて来たって事は……今日はアイシャさんの鎧のメンテナンスではなく、彼の……防具を作ってほしいという事かな?」
カミスが猛の全身をサッと観察し推測した。
「さすが察しが良いな、ジェンマ氏は。そうだ、タケシの防具を作ってほしい。まだ戦闘技術に不安があるのでな」
「分かりました。えっと、ホノムラくん。全身を測らせてもらっても良いかな?」
「あっ、はい」
猛は今着ている鎧を脱ぎ外し、背中の槍を柄が接地するように逆向きにそっと立てかけた。
「ん?変わった置き方をしてるね。そんな風に置かなくても、そこの台に置いてくれても良いよ」
カミスはすぐそばの台を指差した。だが……
「いえ、大丈夫です。多分普通に置くとその、多分台が壊れちゃいますので」
そう、猛にとっては自覚は無いが、この槍は相当重たい。扱い方次第では壊すつもりもない物も壊してしまいそうなので、猛は扱いに注意を払っていた。
「うん?そんな重たい槍なのか……少し、触らせてもらっても良いかな?」
「はい、どうぞ」
職人といえど、触る前に聞く辺りが気遣いが出来ていると猛は感じた。
それに、元々『他人には触らせない!』などというこだわりは無い。
……もっとも、持ち上げられる人が今のところ自分以外に居ないので、触るにしても少しで済んでしまうという事も有るが。
立て掛けられた黒い槍を、カミスが慎重に触る。
「これは……僕の知ってる素材のどれとも似ていない……凄く珍しい槍だ。それにこのサイズなのに、とんでもなく重い……未知の物質で出来てる、と言っても過言じゃない……」
触りながらブツブツと持論を呟くカミスの目は、好奇と真剣さが徐々に増していった。
「……こほん。ジェンマ氏。タケシの槍が珍しいのは私も同意するところだが、本題を忘れぬようにな」
「……ん?ああ、ごめんごめん、そうだったね」
アイシャにツッコまれ、カミスが頭を掻きながら照れ笑いする。
「まったく……まあ、その好奇心からくる研究が、ジェンマ氏の武具を創り上げているのだけどもな」
研究?
そう言えば、さっき研究もしてる、って言ってたな……
「あの……『研究』って、どんなものなんですか?」
何となく興味が湧いたので、猛は尋ねてみた。
「ん?ああ、ジェンマ氏は他の誰にも真似できぬ特殊な武具を創り上げる発想と知識が有ってな?その技術の為の研究と言ったところだ……合ってるよな、ジェンマ氏?」
カミスの代わりにアイシャが答えた。
「うん、そんな所だね。ちなみにアイシャさん、その鎧は変わりないかい?」
「ああ、定期的に確認しているが問題無い。さすがジェンマ氏の作品だ」
アイシャさんの鎧もカミスさんの作品だったのか。さっきの言い分だと、その鎧にも何か特殊な性能が有るんだろうか?
「この鎧の真価は、共に任務にあたるにあたっていずれタケシにも見せる時が来るだろうさ。それよりもタケシ、ジェンマ氏に従ってぴったりの鎧を作って貰うんだぞ?私はちょっとメリアの様子を見てくる」
そう言ってアイシャは一旦外に出て行った。
ちなみにメリアとは、アイシャの乗る見事な駿馬の名前だ。
「あ、あの、よろしくお願いします」
猛は改めてカミスに頭を下げた。
「うん。とは言っても今日は採寸だけなんだけどね。何しろすぐには出来るモノじゃないから」
苦笑しつつ、手際よく採寸を行っていくカミス。
そうだよね、いくら腕利きの人とはいえ鎧がそうそう簡単に作れるはずはないもの。
「まあ、ホノムラくんひとり分程なら数日で作れるんだけども。数日前、大口の注文が入っちゃってね……確か、キミん所の護衛騎士団の第2部隊だったかな?」
「へぇ、そんな事が……」
第2部隊と言えば、第1部隊の次に国防の要となる部隊。
そして第1部隊とは違い、警ら隊や第3部隊が解決出来なかった街のトラブルを解決する役割も兼ねている部隊だ。
そんな会話を交わしつつ、そろそろ採寸も終わる頃。
猛の目に、あるモノが留まった。
「コレは……」
猛の視線の先には、1丁の銃が置かれていた。
こちらの世界に来てからも、銃は見た事がある。
だがそれらの銃は、元の世界で21世紀に生まれ生きてきた猛にとってはレトロな……戦前で使われていそうなデザインの銃ばかりであった。
こんな近代的な銃は、こちらに来てから初めて見た。
「ああ、それかい?それはまた試作段階でね。レーザーが出せるんだけど、出力が安定しなく……あっ」
カミスは、急に口をつぐんだ。
猛には何故かは分からなかったが、ともかくこの銃は予想以上に凄そうなモノであった。
「凄いですね……レーザーが出せるんですか?」
その時。
口にしてみて、猛はその言葉に違和感を覚えた。
『レーザー』?
元居た世界ほど文明が発達していないこの世界に、レーザーなんて言葉が有るのか?
それとも、この紫の石が勝手にそう翻訳しているだけ?
猛は、疑惑の目でカミスを見る。
しかし、カミスの方もまた、猛を驚いた目で見つめていた。
「……キミ、『レーザー』という言葉を知ってるんだね?僕はさっきうっかり口にした時、『しまった、こっちの世界の人には通じないか』と気付いたんだが……」
いや、普通に知ってますけれど……
ん?『こちらの世界』?
カミスは目を閉じて、ブツブツと独り言を呟き始めた。
「『ホノムラタケシ』という名前……レーザーという概念を知ってる……まさか……いややはり、そうとしか思えない……」
しばしそんな感じの独り言を呟き続けた後、カミスは目を開いた。
そして、深く深呼吸をした後……彼の瞳には、決意が宿っていた。
「……ホノムラくん、これから僕が話す事を、もしかしたらキミは突飛とか荒唐無稽とか思うかもしれない。だが、ひとまず聞いてみてくれないか?」
「え、ええ」
カミスの真剣な眼差しに、猛は思わず圧倒された。
「ホノムラくん……キミは。この世界よりもっと文明が進んでいて、キミと似たような名前の人が多く住む国がある、全く別の世界……。そんな世界が有ると言われて、信じれるかい?」
「えっ?」
カミスの言葉に、猛は目を見開いた。
「僕は、その世界から生まれ変わってここに来た。そして僕には……その世界に居た頃の記憶が、かなり残っているんだ」
カミスからの、予想だにせぬ告白であった。
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あとがき
読んでくださってありがとうございます♪
カミスの語る言葉の真意とは……
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