第8話 心構え

さて、あのローブの男を討った後猛がどうなったかというと。


「すまない皆の者!待たせたな!だがその分良い報告が出来る!卑劣な行為を行った犯人は、この勇気有る新人団員によって討たれた!」


困惑でざわめいていた民衆に、猛の左手を掴んで揚げながら声高らかにアイシャが宣言する。


「うおお!やるじゃねーかルーキー!」


「いきなり悪人をぶっ潰すとか新人なのに凄えな!」


アイシャに左手を掴まれて戸惑う猛に、民衆から惜しみない称賛が贈られた。


その日は、ここリンガランド領はこの話題でもちきりだった。

『新人団員が、壮行パレード中に市民の幼子を狙った悪党を成敗した』と。

猛は当事者としてその話題の中心となってしまい、アイシャやザルフを始め他の新人団員達からも称賛を受け、注目される事となった。


……そして、それから1週間。

その猛はどうしているかというと。

自室のベッドで、うつぶせになり死んだように眠りこけていた。



────第8話 心構え────



時は、5日前に遡る……



国防の最前線たる第1部隊に入隊するという事を決めた時点で、ある程度こうなるであろう事は理解していた。

ただしそれは、あくまで頭で理解していただけであり……実際に直面し、身体を動かす事になればまた話は別だ。


壮行パレードの2日後。

猛ら新人団員達は、詰め所の一室に集められていた。

猛らの前には、第1部隊副隊長であり新人団員の教官でもあるセルジェントが腰の後ろで手を組みながら教訓を語り始めた。


「さて、と。これから貴様らには、国防の最前線として活躍出来るよう更なる精進を望んてもらう事となるが」


セルジェントは、新人達をじろりと睨み付けながら話す。


「地獄の特訓……のような事は、我が第1部隊では課さぬ」


えっ?

てっきり、国防の最前線となる部隊なんだから特訓は身体が壊れそうになる程相当厳しいものだと考えてたのに。

意外に思ったのは猛だけではないようで、他の新人達も少しざわつく。


「何故なら、第1部隊に入隊出来た貴様らは、既にある程度の実力を有している。つまり、自己を鍛える術も確立出来ている事が殆どだからだ。

それ故、私は貴様らにこうして互いに切磋琢磨する相手を用意する事と、日課程度に熟せる全体訓練を課すに留める……だが」


ここでセルジェントは、またじろりと全体を睥睨した。


「その方針で一定のレベルに達する事が出来ない者は、私自ら特訓を課す。それでもついていけぬ者は……国の為、そしてその者の命の為にも、ここから去ってもらう事になろう」


こうして、セルジェントの教育方針の元、第1部隊の新人達のトレーニングが開始されたのだが……


確かにセルジェントの課した全体訓練は、元居た世界でも行われていた筋トレのようなモノであり、最悪の想像よりはずっとマシな内容であった。

だが、それでもこれまで全く本腰入れてスポーツなどやって来なかった猛がおいそれとついて行けるほど甘くは無かった。

全体訓練終了後、猛はバテバテになりへたり込んでいた。


駄目だ。もうついて行けていない。

セルジェント副隊長の言った通り、確かに他の皆は既にこういうトレーニングも経験済みなのか、難なく熟しているけども。

運動なんてさっぱりだった僕は体力が無いし、筋トレの知識も全く無い。

みんなドラゴンフラッグをさも当然の如くやってたけど、僕にはあんなの出来ないって!

という訳で、案の定……


「……ホノムラ。貴様は私自身が直接特訓を課す必要が有るな」


早くも、副隊長に烙印を押されてしまった。


まあ、これは予想の範囲内だった。

あの言葉は、僕に向けられていたようなものだと内心分かっていたから……


「まあ、あの程度でへばってりゃ仕方ないわな」


猛の近くでトレーニングしていたラピスが声をかけて来た。


「お前、よくそんなんであの『鉄球のロンボ』を倒せたなぁ」


『鉄球のロンボ』とは、あの鉄球使いのローブの男の事である。

諜報部の調べで、あの男は以前から傷害・殺人を繰り返し、2年前追跡にあたっていた第2部隊の隊員2名を殺害した後、社会から姿を眩ませ懸賞がかけられていた札付きの悪党であった。


「勝負に絶対は無い。少しのイレギュラーで実力差が返る事も有り得るのだ」


セルジェントは猛の代わりにラピスに答えつつ、猛の首根っこをひょいと掴み、立ち上がらせた。


「さあ、行くぞ。出来るだけ早く他の者に追いつかねばならん」


こうして、猛はセルジェントに別室へと連行されて行ったのだが……


「とは言っても、既に貴様用のメニューは考えてある。前以てアイシャ隊長から相談されていたからな」


「えっ?アイシャさんが?」


猛は驚いた。

アイシャさん、そこまで気を回してくれていたのか。


「お前は最初はついて行けないだろうが、長い目で見てじっくり育てるべきだ、とな。それ、コレを見ろ」


渡された1枚の紙には、セルジェントが考えた仔細なトレーニングメニューが記されていた。


「全体訓練の後、毎日コレをやってもらう。お前が何とかついて行けるレベルを考えて組んだつもりだ」


確かに、あの全体訓練よりも更に易しいメニューと言えるかもしれない。

だが……


「す、すみません副隊長。僕、もう……」


するとセルジェントが、手を少し上げて猛の言葉を遮った。


「ああ、全体訓練でへばったばかりだろう。……そら」


セルジェントは右手を猛の身体にかざした。

するとその右手から、優しく淡い光が放出された。


「……あれ?身体が……」


何だか、身体の痛みや怠さが少し和らいだ気がする。

セルジェント副隊長の今の仕草のおかげだろうか?


「簡易な回復魔法を施した。このメニューが熟せる程度には回復しているだろう」


回復魔法も使えるのか。さすが副隊長ともなると、武闘一本じゃ収まらない器なのか……


「全体訓練でへばらないようになるまで、毎日これを続けるぞ。くれぐれも怠らぬように」


「は、はい!」


こうして、猛の長い己との戦いが始まった。


そうして、時はここ5日後の現在に至る訳だが……


「……タケシ?入っても良いか?」


猛の部屋を、コンコンとノックする音が響く。

ノックの主はアイシャだった。

だが、眠りこけている猛からの返事は無い。

アイシャは、神妙な面持ちで猛の部屋の前から立ち去った。



────翌日────



「セルジェント副隊長。訓練の際のタケシの様子はどうだ?」


「……む?何か有りましたかな?」


隊長室で雑務を行っていたセルジェントが、意外そうな表情でアイシャの方を見る。

アイシャはセルジェントに全幅の信頼を置いており、新人の育成も殆どはセルジェントに一任している。

名指しで訓練時の様子を聞いてくる事など今までに無かった。


「いや、少し気になる事が有ってな。ここ数日、帰宅してからのタケシに全く元気が無くてな。食事も入隊前よりも摂れていないし、気がかりだ」


「ああ……そういう事でしたか」


セルジェントは、猛がアイシャの元に居候している事を既にアイシャの口から聞いていた。

あまりにも何気ない事のように聞かされたので、『あらぬ事を噂されかねないので他の団員には秘密にしておいた方が』と釘を刺しておいた。

もっとも、言われた本人は『む?何がマズいのだ?』ときょとんとしていたが……

年若きながらも尊敬に値する【英雄】ではあるが、そういう面にはとことん疎いらしい。


「訓練は黙々と熟しております。少しではありますが慣れてきた様子も伺えますし、訓練自体に問題は無いとは思いますがな」


「……そうか」


アイシャは、手に顎を乗せて考え込み始めた。

一体、何が彼の元気を失わせているのだろう……


そんなアイシャの様子に釣られてか、セルジェントも少し思慮を巡らせた。


「────1つ、もしかしたら、と言える事が有りますな」


「む?」


「あの者は、既に……」



その夜。



帰宅してからのひと通りの事を済ませ、猛はベッドに倒れ込もうとしていた。

すると……


「タケシ。入っても良いか?」


扉をコンコンとノックする音と、入室を伺う声。


「あ、はい!大丈夫です」


アイシャの入室を、猛が断る理由は無かった。


「失礼するぞ」


扉を開け、普段着姿のアイシャが猛の部屋に入ってきた。

相変わらず、動きやすそうでラフな服装である。


「どうだ?入隊から1週間になるが……」


「あっ……そ、その、えっと……大丈夫です」


ベッドに腰掛けていた猛の隣に平然と座るアイシャに、猛はどぎまぎしてしまう。

端正な顔、綺麗な黒髪、タンクトップの下から存在を激しく主張する胸、ホットパンツから伸びるハリのある柔らかそうなふともも。

どれを取っても、女性慣れしていない猛には直視する事が難しく目のやり場に困った。


「本当に大丈夫か?最近死んだように眠っている事が多くて気掛かりでな」


「えっとその、慣れない事で気疲れしてるのも有るというか」


「……ふむ、慣れない事、か……」


アイシャは少し考え込む仕草をする。


「確かに、こちらの世界突然来てから慣れない事も多かったろう。特に……あの『鉄球のロンボ』と戦った事は」


そう言いながら、アイシャは猛の反応を窺った。

そして、確信を得た。

猛は、ロンボの名が出た途端にギクリと身を引き攣らせたからだ。


「……やはりか。ここ数日のお前が、訓練の疲れを考慮しても妙に元気が無かったように見えたのは」


猛の分かりやすいリアクションに、微かな笑みを含めながらアイシャが言葉を続けた。


「ロンボと戦って、奴を殺めた事を気にかけているのだな?」


図星を言い当てられ、猛は観念したようにゆっくりと頷き、喋り始めた。


「……覚悟はしてたんです。第1部隊に入隊する以上、こういう事も有るって。それに、僕は元々『どうしようもない悪人は世の為にも殺すべき』ってくらいの考えだったんです。

だってそうでしょう?『更生させるべき、赦すべき』って甘い事言うのは簡単です。けど、それが出来なかった悪人がまた罪も無い人を手に掛けるリスクを考えてません。なら、そうなる前に引導を渡すべき。

聞いた話だと、あのロンボって奴もそういうレベルの悪人でした。けど……」


珍しくひと息に喋った猛はひと呼吸置き、そして大きく息を吸って言葉を続けた。


「……けど。頭の中では分かってても。そうするべきだと納得してても。実際に手を下すとなると……」


猛は、込み上げてきた胸の苦しさに俯いた。


「……奴に言われたんです。『理由はどうあれお前も人殺し』だって。僕は、何も言い返せなかった」


猛は、にわかに嗚咽混じりに思いの丈を吐露した。


「すみません、こんな情けない話を」


黙って聞いてくれているアイシャに、猛は頭を下げた。

そんな猛に、アイシャは首を横に振った。


「情けなくは無い。良心を持った人間なら、誰しもが通る道だ」


アイシャは、目を瞑ったまま語り始めた。


「私が初めて悪人を殺めたのは14の時だ。魔法剣が使えるようになったばかりの頃だったな。

騎士団でも手こずっていた連続強盗犯。そいつがたまたま私の友の家に押し入った。偶然遊びに来ていた私は応戦し、全てが終わった後には……その男の亡骸が、斬られて燃えていたのをハッキリ覚えている」


アイシャは淡々と語る。


「それから数日、食事も喉を通らなかったよ。アタマの中ではああするしかなかった、正しい事をしたのだと解ってはいたのに、だ。まさに今のお前と同じだった。

そしてこれも同じく、そんな様子を察してくれた父に声を掛けられ、話を聞いて貰ったよ」


「……ザルフさんは、何と?」


「私を慰める為か、あっけらかんとこう言ったよ。『他者の人権を著しく無視するような輩の人権など、こちらも守る必要は無い』とな。

それを聞いて、私は悟ったよ。結局のところ、自分で乗り越えるしかないのだとな」


アイシャが、また微かに微笑みながら言った。


「確かにロンボの言う通り、お前が人を、奴を殺めたのは事実だ。だがそれは、後の世を考えるなら間違いなく良い事に繋がったと言える事だ。客観的に見てもそう言えるだろう。

結局のところ、そうして自分を納得させる意外に乗り越える術は無いんだ」


アイシャはすっと立ち上がり、座ったままの猛を見下ろしながら言葉を続けた。


「だが、そういった隊員のメンタルを気に掛けるのも団長の務めだろう。私で良ければ……何度でも思いの丈を吐露するが良い。他人に話せば、考えが間違いでない事に確信が持てるし、気が楽になる事もあろうからな」


そう言うアイシャには、笑顔が浮かんでいた。


「……はい!」


それを見た猛もまた、笑顔で答えた。

アイシャの頼もしさと優しさに、胸の苦しみが和らいでいくのを感じ取れたからだ。

アイシャの言う通りだった。

そう考えているのは自分だけじゃない。想いを言葉にし、人に聞いてもらう。それがどれだけ楽になる事か……


これもまたアイシャの言う通り、結局のところは自分でどこかで納得し乗り越えなければならないのだろう。

確かに自分は人を殺めた。だがそれは、罪も無い人々の笑顔を守る事に繋がったはずだ。

あの幼い、兄妹のような……




翌日から、猛の様子は目に見えて分かるほどに改善された。

表情も晴れやかになり、帰宅後はトレーニングの内容を復習する余裕も生まれた。


他の新人より早く、誰もがぶち当たる大きな壁に当たった猛。

だが、アイシャ……と、彼女に予想を言い渡したセルジェントのおかげで、幾分か早く立ち直る事ができた。



驚異の一撃を持ちながらも、未だ頼りない所多き新人団員、穂野村猛。

彼がこの世界の新たな【英雄】となるに至るまでに、様々な人々の助けがそこには有ったのだ。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

猛は優しく控えめですが、現実主義的なところもあり不殺系ではありません。

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