第7話 逃走と闘争

幼い兄妹を襲った男を追う猛は、周囲を見回した。

すると……見付けた。背の低い家だ。

猛は思いっきり屈み、全力でその家の屋根目掛けて跳んだ。

ギリギリの所て屋根に手が届き、力を込めてよじ登る。

何とか屋根に登りきった猛は、目を皿にして周囲を探した。

すると──居た。屋根から屋根へと跳び移って逃げて行く、怪しげな黒いローブの男が。


あんな事をしたアイツを、絶対逃がすものか。


猛は、その男と同じように屋根伝いに跳び、駆け始めた。



──────第7話 逃走と闘争──────




思った通りだ。

この世界に来てから、すこし身体が軽くなったような気がするけど。

この槍がそばにある時は、より身体が軽く動かせる感じがする。

元の世界に居た時の僕なら、こんなフリーランニングのようなマネは絶対出来なかった。

でも、今なら出来る。

絶対あの男に追い付くんだ。


猛は、我を忘れて全力で男を追った。

男は一瞬チラリとこちらを振り向き、ぎょっとしたような仕草をすると、今駆けていた屋根から飛び降りて逃走経路を地上へと移した。

猛は、一瞬自分も飛び降りて追うか迷った。

あの男は、もう一度屋根に跳び移る事がスムーズに出来る。

だが自分は、跳び乗るには少しロスが発生する。

それを繰り返されれば、せっかく詰めた差がまた開いていってしまう。

故に、猛は見失うギリギリまで屋根から男の姿を追うことに決めた。

地上に降りた男は、何度も曲がったり裏路地に入ったりと複雑な逃走経路を取る。

だが、猛は何とか上から見る事で追えていた。


やがて男が立ち止まり、不意に上の方を見上げた。

猛は慌てて屋根の煙突に身を隠す。

すると……猛の姿が見えないと判断した男は、再び壁を蹴って屋根に跳び乗った。


「待て!」


再び屋根に跳び乗った男に、猛は叫んだ。

ローブの男は、またも驚いたような仕草を見せるが、すぐにまた屋根から屋根へと跳び移って逃げ始めた。


「絶対逃さないぞ!」


猛は男を追い続ける。


こんなに必死で走ったのは、ひょっとして生まれて初めてかもしれない。

しかし、今は疲れたなんて言ってられない。

無関係の子供を傷付けようとした無道な輩を、放っておくわけにはいかない。

新人だけど、騎士団員として。いやそれ以前に、人間として!


追い続ける事数分。

男は振り返り、猛が猛追してきている事を確認すると、大きな建物の平たい屋根の上でその足を止めた。


ようやく観念した?

いや、こんな広くて平たい屋根の上で……という事は。


「追い詰めた……いや、そっちが誘き寄せたんですね」


猛は、とうとう犯人の男に追い付いた。


「……どうして、あんな事をしたんですか?」


猛は、息を切らしながらも問い掛けた。

この手の輩には無駄な問い掛けであると半ば分かっていたが、どうしても聞かずにはいられなかった。

だがその男はフードを脱ぐと、じろじろと猛を観察し始め、そしてにやりとほくそ笑んだ。


「暗がりからのオレの攻撃を察知する危機察知能力。あの鉄球を潰し落とした攻撃力。すぐさま自分で状況判断してオレを追った判断力。イイねぇ……護衛騎士団員は、今年もイキの良いのを引けたってワケだな」


黒髪の短髪で、目が血走り、顔に傷のある狂気をはらんだ表情の男が舌なめずりをした。


「ああ、てめぇの質問には答えてやるよ。目的はてめぇら護衛騎士団の信用失墜だ。てめぇらの新戦力お披露目会の最中に、護るべき市民がブチ殺されればてめぇらの信用はガタ落ちだろう?それを狙ったのよ」


──そんな理由で、あの兄妹を殺そうとしたのか。


猛は、両手の拳を怒りで猛烈に握り締めた。


「だけどよぅ、思ったよりしっかりした新人がそれを防ぎやがった。そこでオレは考えを切り替えたワケよ……市民の代わりに、その予想以上にしっかりしてた新人をブチ殺せば、騎士団にとって出鼻を挫く大ダメージだろうってなあ」


ローブの男は、口角を上げ恐ろしげな笑みを見せた。


────そして、猛は感じた。

先日、ならず者3人組に殺されかけたあの時のように。

今まさに、自分に殺意が向けられている事を。


この男を追いかけ始めた時から、こうなる可能性は有ると頭のどこかでは分かっていた。

しかし、いざ本当にそういう展開になる事には……やはり猛はまだ慣れてはいなかった。

今、自分がこの男に殺されないようにする為には。


猛は、背中の槍を引き抜き、男に向けて……構えた。


この男と、命のやり取りを交わすしかないのだ。

……互いに致命の一打を与える事を目的とした、真剣な闘いを。


猛に槍を向けられたローブの男は、全く恐れる様子も見せずへらへら笑っていた。


「へぇ……そうこなくっちゃな?護衛騎士団サマよぉ?だけど1つ言っとくぜ」


そう言うと、黒い手袋を着けた男の右手が……ポロリと落ちた。

そして空いた穴の中から、鎖の付いた小型の鉄球が姿を現した。


その様子に、猛は驚きを隠せなかった。

そんな猛の表情を見て、ローブの男はにやりと笑う。


「オレぁな、昔護衛騎士団員をブチ殺した事も有る……第2部隊の連中だったがな?第1部隊とはいえ、内心怯えが止まらないルーキーくんに遅れを取るオレじゃあねぇよ」


男は、猛の心中を見抜いていた。


「目ぇ見りゃ分かるぜ……てめぇ、能力の割にガチンコの戦闘経験は少ないか全く無いだろ?傷付けられる事、傷付ける事への怯えが目や顔に笑えるくらいハッキリ出てらぁな」


そこまで、見抜かれていたのか。 


「だがよぉ、逆に言えばそんな内心ビビリな癖にあのガキを助けてオレを追ってくる打算の無い勇気も有るって事だ。そんなてめぇをブチ殺せれば……第1部隊はホープを失う事にならぁな」


右腕から伸びる鎖付きの鉄球を振り回しながら、男がゆっくりと近付いてきた。


「──だからここは確実に殺させて貰うぜっ!てめぇには何もさせずになぁ!」


そう言って男は、鎖付きの鉄球を投げ縄の要領で猛に投げた。

長い鎖が、猛の身体をあっという間に絡め取り。

猛の身体は、あっという間に鎖で縛り上げられてしまった。


「し……しまった!」


見た事の無い変則的な攻撃に対し、猛は全く躱す術を持っていなかった。


「……そら、一丁あがりだ」


ローブの男は縛られた猛を手繰り寄せると、地面に転がして満足げに笑った。

そして、空いた左腕で懐を探り……別の鎖付きの鉄球を取り出して、左手に持った。


「ぐ……ぐ……っ!」


これから男が何をしようとしているのかを察し、猛は何とか逃れようと身を捩らせた。

しかし、身体から足元までしっかりと鎖が巻き付いており、全く解ける見込みが無い。


「ジタバタするな……本当は何発も当てていたぶって殺してやりてぇ所だが、あの【英雄】サマとかが追ってくる可能性も有るからな?手短に、ひと思いに一撃でやってやるよ」


男は、鎖付きの鉄球をぶんぶんと振り回し……遠心力で、その威力を高めている。

男の狙いは……猛の頭だ。


どうしよう?どうしようどうしようどうしよう?

このままじゃ、頭にあの一撃を貰って……今度こそ死んでしまう。

ダメだ。そんなのはダメだ!

せっかく、アイシャさんが認めてくれたのに。

せっかく、こんな奴を逃がす事なく追い付けられたのに!

ここでこのままやられたら、コイツは無事逃げ遂せてしまう。

騎士団への恨みで、無関係の人間の命を利用するこんな奴が、また世に解き放たれてしまう!

……だめだ。ダメだ、駄目だ!!絶対に!!!

何とかして、どうにかして!

コイツを……食い止めなければ!!!


「うああっ……あああ!!」


猛は、身体が壊れても良いと思うほど全身に力を込めた。

少しでも、少しでも緩めば。

鎖が解けるかもしれない!そうすればまだチャンスは有る!


すると。

力を込める事に全神経を注ぎ込んでいる猛には気付けなかったが。

猛が首から提げているあの紫の宝石が、鈍くではあるが光り出した。

そして、猛がその左手に持ったままの黒い槍も。

それに呼応するように、黒い輝きを放ち始めた。


「あ……っ……ああああああっっ!!!」


「……何?」


ローブの男は、様子のおかしさにここで気付いた。

鎖が。猛の全身を縛る鎖が。

今にも壊れそうに、ぷるぷると震えているのだ。


「まっ、待て!まさか……!」


男の危惧は、すぐに現実のものとなった。


「ああああっ………うあああああああ!!!!!」


宝石と槍の発光に呼応し、力のみなぎった猛が。

その身を縛る鎖を、とうとう引き千切った。


「なぁっ!?バ、バカな……」


男が驚くのも束の間。

猛は、鎖を引き千切った勢いそのままに。

身体を回転させながら勢い良く起こし、槍を握っていない右拳で油断していた男の顔を殴った。


「がっ!!」

 

予想外……いや、鎖を素手で引き千切ったのだから、予想通りのパワーと言うべきか。

ともかく、彼の細腕には見合わない重い一撃を受け、男はよろめいた。

そしてその隙を、猛は見逃さなかった。

あの結界無しで、人に振ったら一体どうなるのか。

しかし、手加減なんかしている余裕も無いし技術も無い。

今はただ思い切り……この槍を当てるだけだ!

猛は、よろめいた男の身体目掛けて、両手で全力で槍を振るった。


男の身体は、まるでラケットで全力で打たれたピンポン玉のように、途轍もない勢いで吹き飛んだ。

猛は全力で振り下ろした為、その一撃の重さは下へと向き。

ローブの男の身体を、硬い地面へと勢い良く叩き落とした。


叩きつけられたまま、ピクリとも動かない男の身体を屋根の上から見下ろして。

猛は、今ここに人生で初めての、命を懸けた闘いが終わった事を悟った。


猛は痛む身体にムチを打って屋根から飛び降り、倒れている男の元に歩み寄る。

今は殆どの民衆がパレードに出向いていて、辺りに人気は全く無かった。

すると、男が息も絶え絶えに口を開いた。


「……て……てめぇ……やる……じゃねぇ……かよ……」


男は、にやりと笑いながら自分を見下ろす猛の顔を見た。


「ど……どうだ……?理由は……違えど……こ、これで……てめぇも……人殺し……だ……」


猛の胸が、一瞬ずきりと痛んだ。


「てめぇの……首をよ……『組織』の土産に……持って……行けねぇのが……ザンネンだぜぇ……」


組織……?


「ま、待って下さい。『組織』ってのは……?」


その時、猛の背後の方から声が聞こえた。


「無事か?タケシ!?」


振り返ると、アイシャとセルジェント副隊長がこちらへ駆けて来ていた。


「は、はい!何とか……大丈夫です!」


気力を振り絞って大きな声で返事をする。


駆けていたアイシャとセルジェントは、猛の傍に倒れている息も絶え絶えの男を一瞥した。

ローブの男も、アイシャとセルジェントの姿に気付き声をかける。


「けっ……い……今頃、到着か……このヌケサク……共……」


男は、残り僅かな気力を絞ってアイシャとセルジェントを煽った。


「へっ……よっ……ぽど……こいつの……方がよ……しっかり……して……た……ぜ……」


男は、もはや見えぬ目を閉じたまま、猛の方に顔を向けた。

そして……その男が、二度と口を開く事は無かった。

猛の一撃で、左腕と右足を叩き斬られ勢い良く地面に叩き付けられたローブの男に、死を逃れる術はどの道無かった。


「……副隊長、死にはしたがコイツを詰め所に連行してくれ。後で調べる事が有るからな」


「了解しました。隊長は?」


「私は、タケシと共に中断されたパレードに戻る。無垢な幼子を狙いパレードを乱した犯人は、コイツの手によって討たれた、と……民衆を安心させてやらねばなるまい。タケシ……戻れるか?」


「は、はい」


アイシャの眼差しは、心から猛を心配しているのが分かった。

新人団員が、いきなり殺人も厭わぬ悪人と戦闘をする羽目になったのだ。気力も精神力も限界である事を危惧していた。

だが、あまりに激動の連続で、猛は半ば思考を放棄していた。

ダメージを受けはしたが、体が動かない訳ではない。

アイシャの命令とあらば、パレードに戻るのを拒む理由は無かった。


「そうか。それなら良かった。良くやったぞ、タケシ。民衆は、お前が奴を討った事を知れば安心するだろう……行くぞ」


「……はい」


猛は、言われるがままアイシャに付いて行った。


こうして、猛の行動で壮行パレードを狙った悪人の……いや、『組織』の目論見は挫かれ。

猛は、人生初の死闘を無事くぐり抜ける事が出来た。

……彼の心に、ひとすじの傷を遺して。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

猛の心に遺った傷とは……?

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