第5話 入団の日

 入団試験を終えた猛は、見応えのある攻防を見せた事で無事試験に合格し、入団を明日に控えていた。


ちなみにアイシャ率いる第1部隊に関しては、国防の最前線を担う期待の存在という事で入団式の後にお披露目の壮行が行われる。


まあ、自分は街中の警ら隊だから関係は無い……


そう、思っていたのに。


入団を翌朝に控えた夜。

今、僕はアイシャさんに頭を下げられていた。


「タケシ、あの試験の内容を見込んで頼みがある。どうか、我等が第1部隊に入ってくれ」


「えっ」



────────第5話 入団の日────────


「ま、待って下さい!第1部隊って事は、あの時みたいな人殺しをやっつけたり、戦争とかが有ったら赴く役目なんですよね?僕にはそ、そんな……」


だが、頭を上げたアイシャは首を横に振った。


「あのケニアスという男、入団出来ればすぐに第1部隊の戦力として活躍出来た男だ。その男を追い詰める事が出来たお前なら、必ず鍛えればモノになる」


「そ、そんな……」


確かに、あの時僕はケニアスを追い詰めた。

けれど、それは僕の力ではなく、あの不思議な槍の力だ。


試験が終わった後、アイシャさんとザルフさんからあの槍について話を聞いた。

本当は、僕に試験を辞退させようとした事。

その為にどんな力持ちでも持てなかったあの槍を勧めたはずが、何故か軽々と持ててしまった事を……


って、あれ?

今の、アイシャさんの言い回しに少し違和感が……


「あの、アイシャさん。あのケニアスって人、入団『出来れば』活躍『出来た』って事は……あの人は第1部隊に入団出来ないんですか?」


「む……鋭いな。そうだ、お前の言う通り奴は入団しない。と言うより、奴の方から申し出が有ったのだがな。『自分の中の油断と驕りがあの結果を招いた。1から鍛え直す』とな」


……そんな。あれだけ戦えた人が、僕なんかのせいで。


「第1部隊に入れるような人材はそう易々と見つかる訳ではない。だからこそ、失った人員の代わりにお前を招き入れたいという思惑も有る」


「……あの結果は、僕の力なんかじゃなくあの槍の力です。それはアイシャさんも分かってるでしょう?」


しかし、アイシャはまた首を横に振った。


「あの槍は、どんな剛力の男でも持ち上げる事すら叶わなかった槍だ。素手で岩を砕き、柱を引っこ抜けるような者でも、な。そんな槍を、軽々と扱える……それは、お前の力と言えるのではないか?」


「そ、それは……」


アイシャの言葉に、猛は返答に窮した。

ザルフさんやアイシャさんの言う事が本当なら、確かにそんな槍を何故か普通の槍以上に軽々と扱えてしまうのは、特別な力であると言えるのかもしれない。


……けれど。


「…………すみません、僕には……命懸けになるような事をこの場ですぐ決められません」


あの時のようなならず者や、国を脅かす力と戦う命懸けの仕事。

これまで一切戦いなどとは無縁だった猛が、そう軽々に決断出来るような話ではなかった。

猛の返答にしばらく目を瞑って考え込んでいたアイシャだが、やがて目を開き真っ直ぐ猛の目を見据えた。


「そうか。入団式は明日だ。第1部隊はその後に壮行パレードがある事をお前も知っているだろう?ギリギリまで待つ。その時までに、決めてくれれば良い。どういう結論を出そうとも、私はお前を責めはしない事をハッキリ言っておくぞ」


そう言ってアイシャは、踵を返し猛の部屋から颯爽と立ち去っていった。


「…………」


後に残された猛は、不甲斐ない返事しか出来ない自分の情けなさに唇を噛んでいた。





その日の深夜。

猛は、暖炉の有る居間にて揺り椅子に腰かけていた。

パチパチと火が爆ぜる暖炉の前にある揺り椅子。本来なら深く身体を預けるように腰掛けて、心地良い揺れを楽しみリラックスする為の物である。

だが、今の猛は浅く前屈みに座っている為、揺れ動くはずの椅子は全く揺れてはいなかった。


組んだ両手の上に顎を乗せ、猛は深刻な表情で今後の事を考えていた。


確かに、命を救ってくれたアイシャさんに恩返ししたいという気持ちはある。

だけど、命をかけてまでする必要はあるのだろうか?

悪人や敵国と命懸けで戦う仕事。

僕がいきなりそんな世界に身を投じたら、せっかく救われたこの命がいったいどれだけ永らえられるか分かったものじゃない。

……アイシャさんも責めないって言ってたし、逃げちゃえば良いじゃないか。


────でも…………


そんな事を考えていると。


「入るよ」


「は、はい?」


コンコンと扉を上品にノックする音と声が聞こえ、考え事で上の空であった猛は反射的に返事してしまった。

部屋に入ってきたのは、リンガランド家当主・ザルフ・リンガランドであった。


「ざ、ザルフさん?」


驚いた猛は、思わず揺り椅子から立ち上がる。


「ああ、畏まらなくて良いよ。そのまま掛けていなさい」


ザルフは優しい笑顔でそう言うと、自らももう1つの揺り椅子に深く腰掛けた。


「は、はい」


ザルフに勧められたので、猛もまた揺り椅子に浅く座り直す。


2人の間には暫しの沈黙が流れたが、やがてザルフが口を開いた。


「……眠れないのかい?」


「……はい」


猛は、重い表情のまま頷いた。


「娘が無理を言い出してすまないね。誠実なキミの事だ、無碍に断るわけにはいかないと悩んでいるんだろう」


頭だけを猛の方に向けながらザルフが話す。


「アイシャから聞いたよ。危険な連中に襲われたんだってね。第1部隊といえば、そういう連中を相手にしなければならない。娘がそうしたように、人殺しには同じく命を以て償わさせる必要も有る。とても平和な世界から来たという話だ、いきなりそういう世界に踏み入れと言われても、すぐに決められないのは仕方ないさ」


揺り椅子に完全に身を預け、天井の方を向いたまま話し出すザルフ。


「正直、あの槍を扱える様を見せられたら私も期待してしまう。キミに第1部隊に入ってほしいというのは私も同じだ。……だけどね?」


ザルフがここで一旦言葉を切って、間を作ってからまた話し出す。


「アイシャや私への義理というだけで、決めてはいけないよ。入団するなら、キミ自身のやる気が必要となるんだ」


「えっ?」


猛の反応に、ザルフは微笑を浮かべながら話を続ける。


「先程も言った通り、第1部隊は危険な任務だ。そういう任務を続けるには腕前も大事だが……こと『本人のモチベーション』が重要となってくるんだよ。『誰かの為に』というのも立派な理由だが、その前に『本当は嫌だけど』が付いてしまっては……結局のところ、肝心な所で踏ん張れずに逃げの手を打ってしまう。そういう実例を何度も見てきたし、私自身も味わった」


「…………」


猛は、返す言葉が無かった。

あまりにも身に覚えがある話であり、動揺を隠せなかった。

親に強制され、やりたくもないし興味も無かったのに通わされた幾つかの習い事。

結局、大して実力が伸びることなく辞める羽目になったのをよく覚えている……


では、やはり自分の直感に従って。

第1部隊への入団は、辞退すべきか……


でも。

最後に、1つ確認しておきたい。

とても、大事な事だ。


「……こんな僕でも」


猛は、天井を向いたままのザルフに恐る恐る声を掛けた。


「強くなれるって、本当ですか?」


あのアイシャさんも、ザルフさんも期待の言葉をかけてくれた。

──本当なのだろうか。

僕でも、強くなれるというのは……


ザルフは身体を猛の方に向き直し、少し考え込んでから返事を述べた。


「こと強さに関しては、私よりアイシャの方がずっと上なのは知っての通りだ。強さに関して、人を見る目は確かな物が有る。そのアイシャが言うんだから……間違いは無いだろうね」


そう言って猛の目をしばし見つめるが、まだすんなり受け取れていない猛の様子を察すると、ザルフは更に言葉を続けた。


「そして、更に私から論理的な解釈を加えるとすると……あの試験で見せた、キミの大地を揺らした一撃。あの空間は対刃・対魔特殊結界が張られていたにも関らずあの威力。結界が無ければ、恐らく大地を割っていただろう」


「は、はい」


確かに、そう言えばあのフィールドは結界によって攻撃の威力が弱められていたんだ。アレが無ければ、大地を裂いていたとしても不思議じゃない。


「だが、それ自体は……高位の魔術師や、達人級の格闘家であれば出来得る結果だ。何もキミしか出来ない訳ではない。だが、大地を割るとなれば、魔術師なら魔力を。格闘家なら気と力を練り込む時間がそれなりに必要となる訳だが……キミには既にその必要が無い。何気無い一撃でそれほどの結果を生み出せる。これは、キミの持つ大きなアドバンテージだろう」


「は、はい」


猛は、思わず大きく頷いてしまった。


「となれば、攻撃が的確に当てられるようになるだけで相当な戦力足り得るし、筋力のアップや技術の向上で更にその攻撃力が伸びることになるかもしれない。少しの伸びで、相当な実力になる事が出来る……そういう観点で、キミは期待の星と言えるだろう」


ここまで言い終わると、ザルフは揺り椅子からゆっくりと立ち上がった。


「決して無茶な話『だけ』ではない。キミにしかないメリットも有るという事も考えて……キミ自身が納得出来る結論を出しなさい。でももう時間も遅い、考え過ぎて徹夜してはいけないよ……もし壮行パレードに参加する事になったら、寝不足でフラフラしていては格好が付かないからね」


そう言ってザルフは、わしわしと猛の頭を撫でた。


「ちょ、ちょっ……」


この歳になって大人に頭を撫でられるとは思わず、猛は恥ずかしさで慌てふためいた。


「ははっ、すまないね。娘と同い年という事で、つい息子のように思えてね……そんなキミを、いっときは入団などさせたくない、としか考えられなかったが」


扉の前で立ち止まったザルフは、猛の方を振り向いた。


「キミには、可能性が有る。どんな結論を出しても良いが、出す前にそれだけは伝えておきたくなって……ね」


そう言ってザルフは、扉を開け居間から出て行った。




そして、入団の日の朝。


第1部隊隊長であるアイシャの地元・ここセタン国マルシャ地区の一角で入団式が行われた。


護衛騎士団を管轄する国防大臣のスピーチが行われ、猛も他の新人団員と共に清聴した。

式は滞り無く行われ、そして────。



「(…………タケシは、やはり来ないか)」


式が終わり、1時間後の第1部隊の壮行パレードの開始があと3分に迫った

今。

引率するアイシャは新人団員の顔ぶれを確認したが、その中に猛の姿は見当たらなかった。


参加者となる新人団員は、10分前までの集合が義務付けられている。ルーズでは無さそうな彼が未だ来ていないという事は……そういう事なのだろう。

あの槍を軽々扱えるアイツには、少し期待していたのだが……

命を懸ける事になる第1部隊への加入を、強制する事など出来ない。無理矢理やらせても、決して良い結果にはならないだろう。


彼を責めまい────アイシャは考えを切り替えて、集まった新人団員に声を掛けた。


「さて、諸君。よく集まってくれた!これから諸君は国防の最前線を担っていく期待の存在として、民衆にその勇姿を見せる事になる。引率はこの私と、副隊長であり教官のセルジェント氏が……」


と、そこでアイシャの目に留まるものがあった。

一人の男が、こちらに向かって全速力で駆けて来ている。

言葉の途切れたアイシャに釣られ、他の新人団員もアイシャの視線の方を向く。


はたして、ここに駆けて来たのは。

着け慣れない軽鎧をガシャ付かせ、慣れない全力疾走で息も上がった……猛であった。


「す……すみません!遅れました!」


ぜぇぜぇと呼吸しながら精一杯の声を出した猛に、周りの新人団員達がざわついた。

ルールに厳しい第1部隊で、いきなり遅刻をかました男が現れたのだから無理もない。

案の定、副隊長と呼ばれた厳しい顔付きのセルジェントが、猛の前に進み出た。


「……我等が第1部隊では、時間厳守は鉄の、いや鋼の掟だ。遅れが、致命的な結果に繋がるのが我等の仕事だからだ、分かるな?その掟をいきなり破るとは……ある意味大した奴だな?」


低い声で静かに凄むセルジェント。

だが、その隣に来たアイシャが彼の前にスッと腕を差した。


「待ってくれ、副隊長。今回、今回に限っては……見逃してやってくれ。今コイツは、人生における極めて重要な決断をした所なんだ」


そんなアイシャの目を、猛は真っ直ぐ見据えた。


「……タケシ。決断が少し遅れたとはいえ、ここに来たという事は……覚悟を決めたのだな?」


アイシャの問い掛けに、猛はゆっくりと頷いた。


「……はい。やってみます。僕に、出来る限りの事を!」


その言葉を聞いて、アイシャは微笑んでこう言った。


「よくぞ決めてくれた。ようこそ、護衛騎士団第1部隊に」




ギリギリ、本当にギリギリまで猛は悩み、迷っていた。

だが、この答えを出した。

────今まで、期待なんてされて来なかった人生だった。

自分に何の才能も無い事が分かると、冷めた目付きで放り投げる人間ばかりだった。

だけど、リンガランド家の人達は求めてくれた。

こちらの意思を尊重した上で、きちんとした根拠を以て、期待して求めてくれた……


それが、この上なく嬉しかった。

今度こそ。人生で、一度くらいは。

人の期待に、応えて見せたい。

自分を変えられるような成長をしたい。


猛は、過酷な環境に身を投じる事を決意した。


そして、この決意が……彼をこの世界の新たな【英雄】たらしめる第一歩となったのは、未だ誰も知らぬところである。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

以後アイシャは同居人であり恩人であり上司となりますが……タイトルにある通り、もう少し複雑な関係になります。

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