第4話 理外の一撃

ざわめく観客(騎士団員の下っ端たち)と審判員、結界を展開する魔道士たち。

彼らの視線が集まる、闘技場の中心……からはかなり離れた、舞台の隅っこに、

中心からやや上が大きく凹んた盾を構えた、今しがた起こった現実を信じられない様子の精悍な男。


「な……何だ、この一撃は……っ!」


驚き冷めやらぬまま声を出した、剣士の男。


そして、舞台の中央には……こちらも、今自分が為した事が信じられなくて呆然としている、槍使いの少年────猛が立っていた。


(ど……どうしてこんなに!?)





───────【第4話 理外の一撃】───────





時は少し遡り、闘技場の控室にて────


猛は椅子に座り、槍を両手で杖のように持ちながら目を閉じて、その時が来るのを待っていた。

精神統一……と言える程高尚なモノではないが、こうしていた方が落ち着くと考えたからだ。

聞こえてくる声からは、「第一部隊志望だから、デキる所を見せつけてやるぜ!!」と息巻く声や、「単に市中警ら希望だから強そうな人とは当たりたくないなあ」という、自分と似た立場の人の声も聞こえてくる。


そうして待っていると、控室の扉が開いた。


「あー、静粛に!!今、諸君ら受験生達の試験による模擬戦闘、その組み合わせが決まった!!ここに張り出しておく、各自見ておくように!!」


試験の進行を担当する人だろうか、大柄で声がよく響く中年男性の声が、合同の控室に響いた。

一斉に群がる受験者たち……とかち合わないように少し遅れてから、猛は組み合わせ表を見に行く。

自分の対戦相手は、『ケニアス』という人のようだ。


「ケニアスさん……か」


猛がそう呟くと、その背後から声がかけられた。


「ほう、ならばお前が俺の対戦相手か」


ハッとして後ろを振り向くと、もう今すぐにでも戦地に赴いて戦えそうな程、武装が様になっている剣士が立っていた。

身長も、明らかに僕より20センチほどは大きく、身体つきも比べ物にならない。


「こうして少なくなって見やすくなってから表を見に行く。対戦相手の名前を呟いてそれとなく炙り出す……ふむ、知恵は働くようだな、貴様は」


いや、表はまだしも名前を呟いたのはそんな意味は無いんだけれども。


「だが、利口なだけでは戦場では勝てん……悪いな、ホノムラとやら。俺は第1部隊、あの【英雄】リンガランド隊長が率いる最前線部隊が志望だ。大した腕は持ってなさそうな貴様でも、一切の手加減はせずに倒してやるぞ」


うわあ……腕も性格も厄介な人と当たってしまったみたいだ。

……大した腕が無いのは事実だけれども。わざわざそれを言わなくても。


「ふん、言い返す気概も無いとはな。まあ良い、俺の腕前を騎士団に見せつける的になってもらうぞ」


そう言って、ケニアスは踵を返してどこかに去っていった。


確かに、とても、万に一つも勝てなさそうな相手ではある。

しかし、猛はこう思わざるを得なかった。


(……一発くらいは、攻撃を当ててやる!)


緊張は相変わらず猛の中に残っていた。が、今ここで『決意』がそれを上回った。


そして、待つこと数十分……


「ホノムラ!ケニアス!お前たちの番だ、用意しろ!!」


遂に、その時がやってきた。

実力で大差で負けているのに、心も大差で負けていては話にならない。

猛は、不安をかき消すように勢い良くすっくと立ち上がった。


「フン……誤魔化そうとしても無駄な事だ」


ふと隣を見ると、余裕の笑みを浮かべたケニアスが立っていた。


「せめて心では負けまいとしているのだろうが……無駄だ。お前は何も出来ず、俺に一方的に倒される。まあ、魔道士達の特殊結界とやらで大事には至らないだろうが、せめて自分の身はしっかり守れよ」


「……棘のある言葉、ありがとうございます。せめて一撃は貴方に当ててみせたいですね」


そう返した猛は、ケニアスの顔を見ず彼と並び歩き、舞台へと繋がる通路を歩いていった。


広い通路を歩いていき、拓けた通用口のその先には────質素な円形の舞台が広がっていた。

そして舞台を中心に囲むように観客席が設けられており、出で立ちから騎士団員であろうと思われる人─がまばらに散らばって座って、舞台の方に視線を送っていた。


「ホノムラ、ケニアス。両者中央へ」


審判員を務める男性が、2人を中央へと呼ぶ。


「ルールの確認だ……セタン国魔道士団の秘術・対刃・対魔特殊結界により、この舞台上では殺傷力が大幅に抑えられる……だが、とはいえ頭や心臓などをピンポイントに狙った攻撃は禁ずる。万が一という事もあるからな」


「は、はいっ」


猛が返事で答える。

ふと隣を見ると、ケニアスは黙って頷いて理解の意を示していた。

とはいえ、返事が億劫……などではなく、やる気と集中を切らさない為にそうしているというように見えた。

あれだけこちらに憎まれ口を叩いてきたが、こと本番前に至ったここでは、きちんと集中力を高めているようだ……


「試合終了は私の判断で行う……必ずしも決着を付ける必要は無い。危険だと判断した場合や、両者の技をある程度見れたと判断すれば私が終了させる。分かったな?」


「はい!」


猛が返事をし、ケニアスもまた黙って頷いた。


「説明は以上だ。では、両者距離を取れ。そして、構えろ」


言われた通り、猛とケニアスは中央から互いに数歩歩き、距離を取った。

そして、互いに相対し、武器を構える。


猛は、切っ先を相手に向けぎこちない中段の構え。

対してケニアスは、その構えだけで猛を圧倒出来る程雄々しく大胆な上段の構えであった。


「では……模擬戦闘、開始!!」


審判員の掛け声で、模擬戦闘の火蓋は切って落とされた。

そしてその掛け声がかかるや否や、猛は猛然と突進し、槍を横に振るった。


あの上段の構えに圧倒されたのは確かだ。

だが、あの構えならば胸や下半身は隙が大きい。

勝負を捨て、『とにかく一撃でも当てたい』ならば、チャンスはここしかない!

もし仮に失敗して先にケニアスの剣を喰らっても、特殊結界のあるこの模擬戦闘なら死にはしない。

狙うは……空いた胸だ!!



しかし、その行動はケニアスの狙い通りであった。

頭がそこそこ働くであろう事、『せめて一撃入れたい』という目的を事前に知れた以上、この構えを取れば乾坤一擲でここに賭けてくる事は予想出来た。

そしてケニアスには、出来るだけ多くの能力をアピールしたいという思惑があった。

故にここは、こちらの読み通りに来た一撃を盾で受け止め、防御のスキル、そして戦闘の駆け引きの上手さを誇示しようと考えたのだった。

こんな貧相な身体つきでぎごちなく振るう細槍の一撃など、受け止めるのは容易い。

そして、攻撃に気を取られ無防備な身体に、カウンターの一撃を入れる────そんな青写真を描いていた。

そんな考えを素早く巡らせ、自分の胸に目がけ振るわれた槍の横薙ぎに、スッと盾を差し出し、受け止めた。


だが、そこから先はケニアスの────いや、攻撃を仕掛けた猛自身も、想像しなかった事が起きた。


軽く受け止められたはずのその一撃は、差し出された盾を大きく凹ませた。

それに留まらず、殆ど踏ん張る気持ちの用意が出来ていなかったケニアスの身体を、舞台の端まで大きく吹き飛ばした。


「うっ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!?」


踏ん張る用意が出来ていなかったにもかかわらず、ケニアスは咄嗟に下半身に全力を込め、身体が宙を舞う事はなんとか防いでみせた。

だが、ケニアスは肝を大きく冷やしていた。

もし受け止められていなかったら、自分は一体どうなっていたか……?

歯を食いしばりながら猛を睨みつけ、ケニアスが呟いた。


「な……何だ、この一撃は……っ!」



そして、時はここに至ったのである。



しかし、何だと言われても猛は困惑するしかなかった。

大してパワーも無い自分が、この軽く細い槍で放った一撃が、何故こんな威力を発揮したのか?



────そして、戦闘を見やすい位置に設けられた貴賓席にも、この成り行きに驚きを隠せぬ人物が1人────いや2人。


「アイシャ!!これは一体!?」


試合開始当初から隊長として試験を見守っていたアイシャの元に、男が1人小走りで駆け付けてきた。

アイシャの父にしてリンガランド家当主、ザルフ・リンガランドである。


「父上!それは私が問いたいくらいだ」


大慌てで娘に寄ってくるザルフと同じくらい、困惑の表情を浮かべるアイシャ。


「今のタケシの一撃は、タケシの腕力によるものには見えない。だが、父上は昨晩私にこう仰った。『倉庫の奥の戸棚に眠るあの槍を貸してみろ。あれすら持てぬようであれば、それとなく試験を辞退させるよう勧めろ』と。つまりあれは、タケシのような初心者でも扱える軽く簡素な槍ではないのか?一体、何故あんな威力が……」


だが、ザルフは首を横に振った。


「アイシャ……すまない。私は、お前を騙したのだ」


「!?」


「騎士団の任務……確かに彼にやらせるとしたら危険の少ない役割になるとは思う。だが、『護衛騎士団の一員』というだけで恨みを持つ悪党に襲われる事だって、ここ最近の情勢を鑑みれば否定出来まい?

聞けば彼にも、別の世界に家族が居るそうじゃないかね?彼がもしそんな事で命を落としたりした場合の、親御さんの心情を考えたら……同じ子を持つ親として、私は気が乗らなかった。だから、それとなく試験を辞退させるよう計らったのだよ」


「ど、どういう事なのだ、父上!?」


「あの槍……いつからか分からぬが、あの倉庫に戸棚と共に有ったのだが……今まで、あの槍を持ち上げる事は誰にも出来なかったのだ。街の力自慢達を何人も集めても、な」


「なっ……!?」


「そして彼も例外ではなく、あの槍は扱うこと叶わず試験を辞退する事になる。そうなるはずであったのに……その槍を、何故彼はあれだけ扱えているのだ!?私にも、分からぬ……!!」



そんな外野の声が、今の猛の耳に入ろうはずもなく。

猛は、今しがた自分が放った一撃の結果にまだ呆然としていた。

そんな時、猛より先に我を取り戻していた審判員の声が響き渡った。


「……そ、そこまで!!これ以上の続行は危険と……」


だが、言い切らない内にケニアスの声が遮った。


「じょ、冗談じゃない!!このまま終われるか!!俺はまだ……何も見せてはいない!!」


「だが、これ以上の続行は危険……」


「もし、次にヤツに一撃でも食らおうものなら」


ケニアスがひしゃげた盾を投げ捨て、鎧の更に鎧の一部を脱ぎ捨てながら言葉を続ける。


「その瞬間に、失格にしてくれ」


「そ、そんな!?」


思わず猛は声を上げた。


ケニアスだって、僕の一撃を身体に受けたワケではなく、盾で受け止め倒れすらしていないから、試験に受かるだけのアピールは出来ているはずなのに。


「構わん。ただで我儘は言えないからな」


ケニアスがこともなげに言葉を返した。

審判員は、暫く考え込んでいたが……やがて、「……次はないぞ?」と、続行を認めた。


「ありがとうございます」


審判員の判断に、ケニアスは頭を下げた。

そしてまだ半分呆然としている猛の方に向き直り、鋭い眼光を差し向けた。


「貴様……直前まで、爪を隠していたとはな。カモかと思えば、とんだ鷹だ」


と言われても、僕にも一体何が何だか……

猛からしてみれば、爪を隠していたのではなく、本番になっていきなり鷹どころか竜の爪が生えてきた気分である。


「だがな……凄まじい一撃を放つ相手にも、やりようはある。要は、攻撃を受けなければ良いことだ」


剣を構えこちらに向けながら、ケニアスが言葉を続ける。


「実際の所、それは理想論であって実際はそうは行かない事が多い……が、貴様の先程の攻撃を見れば、俺には分かる。貴様が、力は有っても技術は殆ど無いという事がな」


バレた……いや、あんなただ無造作に横薙ぎしただけの一撃、見る人が見れば素人丸出しである事が分かってしまうだろう。


「そうと分かれば、こちらにもやりようは有るというモノだ……では、貴様が動かぬのならこちらから行くぞ!!」


剣を構えたケニアスが、ものすごい勢いで突進してきた!


「わっ……うわぁ!!」


近づかせてなるものかと、猛は慌てて槍を横薙ぎする。

だが、ケニアスは読んでいたとばかりに僅かにバックステップしてその薙ぎをかわした。


(こうなったら……やる事は1つだ!!)


猛は攻撃を避けられたのも構わず、ケニアスに向けてひたすらに槍を振るった。

振るう。右にかわされる。振るう。左にかわされる。振るう。バックステップでかわされる……繰り出す一撃は、尽く空を切った。

回避という選択を採ったが故か、ケニアスが今身に付けている防具は先程よりも少ない。

当たって、もしまだ先程のような威力が出た場合、今度こそ彼は吹き飛ばされダウンしてしまうだろう。

先程の一撃を受け止めた以上、心の何処かに恐怖が少しは残っているはずなのに……何という胆力だろう。

敵ながら、思わず感心してしまう。


だが、ケニアスから攻撃を受けない為には、こうしてこちらが攻め立て回避に専念させる他無い。

相手だって、先程の一撃を受けた以上、かわす事には必死のはずだ。

かわし続けるのにだって体力は消耗するから、限度は有る。これを根気良く続けていれば、いずれは……


だが、そんな猛の浅い目論見はケニアスにはお見通しだった。


ただ必死で槍を振るい続ける猛には、ケニアスが彼の攻撃を避けながら、徐々に、少しずつ……距離を詰めてきている事に気が付かなかった。

猛が槍を振るい疲れ、矢継ぎ早の攻撃の合間に隙が出来たその瞬間。

ケニアスは、殆ど滑り込むような低い姿勢で猛の脇を駆け抜け、猛の背後を取った。

攻撃の合間の一瞬の隙を突かれ、突然の出来事に驚き、遅れて背後を振り向こうとした猛の背中に、

ケニアスは、剣の一閃を浴びせた。


ガァァァァァァン……と鈍い音が響き、猛が身に付けていた借り物の鎧は半壊した。


「……っ……あ、あ……っ」


鎧越しとはいえ、背中に強烈な一撃を受けて、一瞬息が詰まった猛の口からは、叫び声にもならない苦しげな声が漏れた。


痛くなるような事、辛い事からはここ最近関わろうとしなかった猛が、久方ぶりに味わった猛烈な痛み。

当然、その場に立っている事は叶わず……膝から崩れ落ちた。


「ふん、結界の影響でこの程度か。だがまあ……貴様には堪えた一撃となったようだな」


お目当て通り、相手の攻撃を全て回避し、隙を突いた見事な一撃を決めた事で満足の行くアピールが出来たケニアスが、剣を下ろしながら満足気に言った。


猛からすれば、試験前からこうなる事は分かっていた。

戦いどころか武道すら経験した事の無い自分が、こんな場で勝てるはずも無い。

真剣に戦えば、相手の攻撃を受けてこうなる事は目に見えていた。


だが、今の猛の心の中には、痛みによる辛さや諦めの念だけではなく、底からメラメラと燃え上がるような感情が湧いてきていた。


『悔しい』。


理由はよく分からないが、さっきはあんな威力の一撃が出せたじゃないか。

棚ぼたでこんな力を貰っても、自分は何も出来ないのか?

相手をねじ伏せるどころか、一撃を入れる事すら出来ないのか?


────このまま、永遠に悔しい思いをし続ける人生なのか?


────嫌だ。絶対に嫌だ!!


何故かは分からないが、こんな力を出せるようになったんだ。

この力を、人生の為に使いたい────人の、そして、自分の人生の為!!


だから……この戦いはこんな風には終わらせたくない。

身体はまだ動かせる!審判が止めるまで、戦うんだ!!


猛はゆっくりと立ち上がり、よろよろと歩きケニアスから距離を取った。

本当の戦場ならそんな事をしている間に斬りかかられるだろうが、猛は、ケニアスはそんな真似はしてこないであろう事を直感していた。

物言いは腹立たしい所は有るが、自信家な故戦い方は正々堂々であるはずだ。


そして、ゆっくりとケニアスの方に向き直った猛は、半壊していた鎧を完全に外し、地面に捨て置いた。


「ふん、まだ立ち上がれる気力が有るとはな?……だが、それはなんだ?俺の真似のつもりか?」


「違う……こうする為だ!!」


猛は槍を掴んで、その場で跳び上がった。

やはり、この槍を握っている間は身体がいつもより軽い。本来跳べる高さの倍くらいは跳べた。


(ふん……空中からの最後の一撃を狙うつもりか?バカが!)


ケニアスは、余裕を持って迎撃体制を整えられた。

空中では、身動きが取れない。素人が闇雲に跳び上がったところで、ケニアスのような一定のレベル以上の戦士なら対処する事は難しくはない。

ヤツの槍が自分に当たる前に剣を届かせる事も出来るし、しっかりかわしてから体勢の崩れたヤツの身体を一閃しても良い────そう考えていた。


が、ふとケニアスは違和感を覚えた。


自分目がけて跳び上がって攻撃してくるには、距離が足りなくないか?

確かに存外高く跳び上がってはいるが、それでも見る分では、自分に攻撃を届かせるには距離が足りない……


(先程の一撃が効いていて、思ったより跳べなかったか?)


ケニアスの心の中に慢心が生まれた事。そして距離が足りないのなら危険は無いだろうと判断した事で、ケニアスはその場で猛の動きを見送る事にした。


しかしケニアスにとって、この判断は誤りだった。

確かに、ケニアスの見立て通り、猛の跳躍は彼に攻撃するには距離が足りなかった。

しかし、猛の狙いはケニアスではなかった。

猛は跳躍が最高点に達するとほぼ同時に、携えた槍を、全力を込めて地面目がけ擲ったのだ。


ケニアスが避けるまでもなく、槍はケニアスとは少し離れた場所に落ちた。

だが地面に擲たれたその槍は、凄まじい威力を以て闘技場を揺らしたのだ。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と大きな音と共に、武舞台を中心に大きく揺れる闘技場。


「う、うわあああああ!!!!???!?!?」「な、なんだこの揺れは!!!」


突然起こった揺れに、半ばパニック状態となる観客達。

そして、ケニアスも……


「うおおおおおおおっ!?!?!?!!!」


『震源』である槍とそう遠くはなかった場所に立っていたケニアスは、予想外の出来事と不意に来た強烈な衝撃により、立っている事が出来なくなり、体勢を崩した。

当然ケニアスだけでなく、なんとか着地出来た猛も、まともに立つことは出来なかった。


もし、これが『お互いにいきなり見舞われた地震』であったなら、残る体力・足腰の強さで勝るケニアスが先に体勢を立て直す事が出来ただろう。

だが、『こうなる事が分かっていた者』と、『突然の異状に見舞われた者』との『心構えの差』。

そして、猛が元は『地震の多発する国』に住んでいた事による『大地の揺れへの心理的な慣れ』が、猛が、ケニアスが体勢を立て直すより先に『事を終える』為のアドバンテ─ジをもたらしていた。


揺れに耐えながら、猛は落ちている槍の所まで歩いていき、槍を手に取った。

そして、収まっていく揺れの中、立ち上がろうとするケニアスへ向かい、残る力全てを込めて全力で走り────────


「────────クッ……!!」


揺れが収まり、剣を手に取り迎撃しようとしたケニアスの動きより先に。

猛が、ケニアスの胸元数センチの所まで槍の穂先を突きつける方が早かった。


「そこまで!!ここで終了だ!!両者とも非常によくやった、惜しみない評価が与えられるであろう!!」


審判員の声が轟いた。

遂に、この勝負は幕を閉じたのだった。


審判員の声を効いた猛は、槍をケニアスの胸元から逸らし、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

試験が終わった安堵と共に、背中の痛みの感覚がまた戻ってきたからだ。

だが、ケニアスはまだ右手に固く剣を握り締めたままだった。


「貴様……最後のあの動き!!俺に、一撃を入れる事が出来たはずだ……!!何故!?何故すんでのところで止めた!?」


ケニアスが猛に向かって吠えた。


猛は、下を向いていた顔をゆっくりと上げ、答えた。


「貴方は……強いです。僕みたいな素人のせいで貴方が入団出来なくなるのは、団から見れば損でしかないです。僕は、『やろうと思えば入れられた』だけで、充分です」


これは、嘘偽りの無い猛の本音だった。

勝手なペナルティを自らに課したのは向こうだとはいえ、簡単な警邏隊を希望する自分のせいで、強い実力を持ち第一部隊に入隊したいこの人を落としてしまう事は、騎士団、ひいてはセタン国にとって損だろう。

そんな事を為す意味は、自分にとっては無い。

自分は、『やろうと思えば出来た』事を証明出来れば、それで満足だ。


「…………そう……か……」


何かを悟ったような表情を浮かべ、ケニアスは立ち上がり、武舞台の上から去っていった。

へたり込んでいた猛も、試験の運営に携わるスタッフに支えられ、武舞台から降りて通路へと歩いていった。



こうして猛の入団試験は、幕を閉じる事となった。





─────────────────────────

あとがき


読んでくださってありがとうございます♪

槍のもう一つの大きな能力は(既に1話冒頭で見せてますが)もうちょい後に出てきます。

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