第4話 尾崎くん
《今度の土曜18:00、アルタ前広場!》
クラスLINEで突然、レポートの話の流れをぶった切って、こんなメッセが流れた。
《突然ですが、ヤス&ジュン1st路上ライブやります!!》
メッセの主は、
あ、違う違う。軽音部は音楽性の違いとかなんとか言って辞めたんだっけ。でも、とにかくギターはいつも持ってる。ジュンが誰だかは知らない。他のクラスか、他校の奴か。
《レポート用紙って、サイズ指定あったっけ?》
尾崎くんの突然の告知は何事もなかったかのようにスルーされた。
《オリジナル曲もやります!》
《B5でもA4でもOK》
《来てねー、、、》
《よかったー。ありがとう!》
尾崎くんは、ことごとくスルー。
《みんな! 尾崎くんに注目してあげてw》
ようやく拾ってあげたのは、智子。
でも、その話題はそれっきりで、いつも通り他愛ない話に戻ったのだった。
◆
次の日。朝のHRが終わって、先生が教室を出ると、尾崎くんは勢いよく教壇に上がった。
ほとんど金髪に近い明るい茶髪。ズボンからわざと出したシャツに、ずり落ちそうな腰パン。首には金の十字架のネックレス、自慢げな薬指の指輪。
尾崎くんは、教室中に向かって呼びかけた。
「みんな、昨日のLINE見てくれた!?」
前の方の席にいる舞愛が、苦笑しながら答える。
「見たよ。宿題の話してたら、なんか雑音入ったなーって」
「ひでーっ」
尾崎くんは大げさに頭を抱える。
「気合い入れてんだから、みんなにも見てもらいたかったんだよ! 俺が作曲したオリジナル曲もあんだよ! 土曜18時、よろしくな!」
最後はクラス中に向けて声高にアピール。
「うっせーよ」
同じくチャラい系の男子が、教壇に乗って頭をはたいた。そして2人して大声で笑う。
うーん自由だ。てか、男子はこういうノリでも生きていけるの羨ましい。
路上ライブに、作曲か。
舞愛を追いかけたときに見た、弾き語りの男の人を思い出す。別世界の存在だと思っていたけど、同じクラスの男子が同じ場所に立つとは。ああいうのって、どっかに許可取ってやってるのかな。さすがに勝手にやったら怒られるもんね。作曲だって、音楽の授業でもやったけど、ただ鼻歌うたってりゃいいってもんじゃなくて、音階とか何拍子とか難しいんだよね。人前で歌うものを作るって、きっと才能あるんだろうなー。
でも、鳥羽くんの“ここが偏差値真ん中の学校”って言葉を思い出す。ただの高校生が、プロみたいにキャーキャー言われたり、本当の歌手みたいな曲を作れたりする訳ないか。
それでも、同じクラスの高校生が、形だけでもそんな世界に飛び込もうとしてるとか、やっぱりすごいよなあ。尾崎くんなんて、ただのチャラいだけの奴かと思ったのに。一見何も考えてなさそうに見えて、本当は陰ですごい苦労や努力をしてるのかもしれない。
土曜18:00か。部活の後に行けば間に合うな。とか考えてしまった。
◆
放課後、部活の休憩中、携帯がないことに気がついた。そういや授業中にLINE見てるのバレそうになって、慌てて机にしまってからそのままだ。
「すぐ取ってくるわ」
そう彩佳に声を掛け、体育館を出た。
渡り廊下を通って校舎に入ると、かすかに歌声が聞こえてきた。廊下を進むほど、歌声は近くなる。ギターの弦をはじく乾いた音も聞こえてきた。
声は、うちのクラスからだった。
誰だか予想はつくけど、ドアの横の壁に身体をぴったりとくっつけて、ドアのガラスを横目で覗く。
窓のフチに腰掛けて、尾崎くんがギターを弾いていた。
聞いたことあるバンドの曲。尾崎くんが歌うとこうなるんだ。本人よりうまいかも。
さてどうしよう。携帯取りにいきたいんだが。尾崎くんも、どうしてこんなところで歌ってるのか。しっかし、気持ち良さそうに歌ってんなー。
後でまた来ようかな。そう思ったとき、歌が止まって、尾崎くんがこっちを見た。
あ、どうしよ。
いや、ここで帰るのも不自然だろ。私はドアを開けた。
「邪魔してゴメン。携帯忘れちゃって」
「ああ、さっきブーブー鳴ってたの、高橋のか」
教室へ入って、自分の席から携帯を取る。それだけで帰ればよかったのだけど、
「すごい楽しそうに歌ってるね」と、好奇心で話し掛けてみた。
「そりゃ楽しいもん」
意外にも、尾崎くんは笑顔でそう答えてくれた。
「俺も歌ってて楽しいし、俺の歌をもっといろんな人に聞いてほしい!」
そして、立ち上がって、力強い声で続ける。
「だから高橋も、土曜来てくれるよな!」
私は苦笑した。
「……考えとくね」
◆
そんな訳で、私はまた、上り電車に乗っていた。
土曜日、部活が終わると、適当な理由をつけて彩佳たちと別れて、反対のホームに向かった。
「もしかして路上ライブ行くの?」なんて聞かれることはなかった。多分みんな忘れてる。
そうして、ちょうどいいタイミングで来た準特急に乗り込んだのだった。
終点に着く頃には、空は暗くなっていた。
舞愛の尾行をしたおかげで、いつも迷ってた東口へもすんなり行き着くことができた。階段を上がって外へ出ると、早速音楽が聞こえてきた。おお、本当にやってる。しかもアンプを通してるみたい。本格的。
テンション上がって、自然と早足になる。こういうの、待ってたんだ。
とはいえ、クラスメイトの晴れ舞台を目の前で聞くのは、ちょっと気恥ずかしい。他のお客さんの後ろからこっそり覗こう。そう思いながら、待ち合わせの人の間を抜け、音のする方へ近づく。
でも、ロータリーを回って目に飛び込んだのは、誰も見ていない中で歌う2人組の姿だった。
“他のお客さん”はいなかった。広場に人はいるけれど、どこかへ向かって歩いてたり、歌なんて耳に入ってないみたいに何人かで話してたり、関係ない方を向いて携帯をいじってたり。
拍子抜けして、広場へ入る。とりあえず、そんな人たちの一部として紛れながら、横目で2人組を見た。
尾崎くんが、教室で歌っていたあの歌を、ギターを弾きながら歌っていた。もう1人、見たことない男子が、横でキーボードを弾いてる。こいつが“ジュン”だろう。
尾崎くんの歌声は、この間はプロ以上に聞こえたけど、緊張しているのか、ちょいちょい音が外れてる。マイクを通すと、却って耳障りだ。キーボードも、ところどころ鍵盤を踏み外してるのを、勢いで誤魔化してる感じ。
足元には、“ヤス&ジュン1st路上ライブ”と書いたスケッチブックが立ててある。黒の油性マジックで書いただけの汚い字。最後の方はもはやインクが切れかかってる。かすれてバーコードのようになった線で何度も重ね書きをして、ようやく文字が見えるくらい。
うーん、なんかちょっと、思ってたのと違うかも……
道行く人は、立ち止まりも振り返りもしないで、2人の目の前を通り過ぎる。2人の姿は、まるで景色の一部のように、誰の目にも入っていないみたいだ。
1曲歌い終わっても、もちろん拍手はない。めげずに尾崎くんはマイクに向かう。
「ありがとうございます。続いては、ジュンが作詞、僕が作曲した曲です。なんと、本日が初公開です! 少しでも聞いていただけると嬉しいです! それでは歌います、『フェアリー・ナイト』」
キーボードとギターの前奏が始まり、尾崎くんが歌いだす。歌い出しが少し裏返った。尾崎くんは汗だくだ。
あれ? この曲って、オリジナルなんだよね? この甘ったるいメロディは、どっかで聞いたことあるような……。そうそう、さっき歌ってたバンドの、少し前に流行った曲にそっくりだわ。
そうだよね。やっぱり作曲とか、難しいもんね。パクったのか、好きだから自然と似たのか、どっちかは分かんないけど。
帰ろうかな。そう思ったときだった。紺の帽子に、紺の制服、腰に無線を下げた男の人が2人、尾崎くんたちに近づいた。警察だ。
なんだ、許可も取ってなかったのか。
尾崎くんたちは、警察に何か言って抵抗してたみたいだけど、結局かなわなかったのか、その場を片付け始めた。
今度こそ帰ろうとすると、向かい側から歩いてくる女の人が、汚いものを見る目で尾崎くんたちの方を見ていた。
どうやら彼らは妖精ではなかったようだ。
◆
私は一見普通の高校生に見えて、本当に普通の高校生だ。だから、普通じゃない人たちを見てみたかった。
でも、いい加減気づき始めた。どうせ周りのみんなも、普通の高校の、普通の高校生で、ドロドロした闇を抱えてる訳でもなく、飛び抜けた才能がある訳でもないんだ。
駅の通路で、ふと、映画のポスターの煽り文句が目に止まった。
「謎めいた隣人の正体とは……」
だから人は、“物語”を求めるのかもしれない。
携帯を出して、ポスターを写真に撮った。
近くの映画館でやってるか、調べてみよう。
◆
《路上ライブ、途中であえなく撤収。公権力に屈しました、、、俺らがうますぎて苦情入ったみたい(笑)》
《ジュンと反省会中(笑)もう2ndの計画たててる》
その夜のクラスLINEで、こんなメッセが流れた。その後には、お店の料理の写真。写ってる飲み物は、多分ビールだ。
これはもしかすると、一見何も考えてなさそうに見えて、本当に何も考えてないのかもしれない。
◆
翌週。
「美咲、何かあった?」
みんなで話していると、唐突に彩佳に聞かれた。
「何って、何もないよ? どうして?」
「だって最近美咲、付き合い悪いんだもーん。さびしいよーっ」
彩佳は突然大げさに両手で顔を覆った。優香が彩佳の頭をはたきながら続く。
「まあ確かに、小テストで満点は取ったときは、真面目キャラになっちゃうのかと」
「こないだは尾崎くんのライブ行ったんでしょ」と奈々。
「何で知ってんの!?」
「尾崎くんが言ってたもん」
何で言うんだ。自慢できるようなライブでもなかったくせに。てか気づいてたのか。
「心境の変化? 何か隠してるー!?」
3人の目が、興味深そうに私を見てる。それは、私が、田村さんや舞愛や鳥羽くんや尾崎くんを見てたときの目と同じだった。
私は、おかしくなって吹き出した。
さて、どうしてこの疑いを解いたものか。
それとも、もうちょっとだけ変わり者のフリをしていようかな。
<終>
闇を抱えてる系主人公にはもう飽き飽きだ 笠原たすき @koh_nakamura
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