ONE STEP

sudo(Mat_Enter)

ONE STEP

『僕の名前は小熊 申』(小熊視点)


 小熊オグマ シン

 それが、僕の名前だ。


 代田ダイダ 郎助ロウスケ

 それが、僕の親友の名前だ。


 ダイダは物作りが好きで、面白いものをたくさん作っている。


 肩書きとしては、職人ってところだろう。


 ダイダの作品は有名ではないんだけど、ファンがそれなりにいる(らしい)。

 

 ちなみに、ダイダの好きな食べ物はイカで、イカを食べない日が続くと元気が無くなってしまうので注意が必要だ。


 僕たちはこの症状のことを”イカロス”と呼んでいる。


(〇〇ロス:愛するペットとの別れ、好きなドラマの終了、好きな芸能人の結婚、など大事に思っている人物や物などを失って、悲しくなったり、喪失感を覚えたりすること)


 僕は今、ダイダの作品制作の場である”ガレージ”に来ている。ダイダはいつもここに居るので、ここに来ればダイダに会える。


「ねえ、ダイダ」


「何だ、オグマ」


「ダイダは楽園の存在を信じる?」


「楽園? ユートピアのことか。あったらいいなとは思うよ。でも、急にどうしたんだよ?」


「最近さ、よく夢に出てくるんだよ。楽園が」


「まさに、夢物語だな」


「なんか、こんなに頻繁に夢に見るくらいだから、本当にどこかにあるんじゃないかと思ってきて」


「ふーん」と、ダイダは言葉を返した。


 その顔を見るに、どうやら何かを察したようだった。


「それで?」


「それでね、僕はこの夢の真偽を確かめたいんだ」


「そうか。で、どうやって?」


「翼を手に入れて、飛んで探し回る」


「ふむふむ。翼を手に入れる方法は?」


「作ってもらう」


「それは面白い。で、誰に作ってもらうんだ?」


「君に」


「やっぱりか。俺は作らないぞ」


「でも、面白いって言ったじゃん」


「それはそういう意味じゃなくて……」


「じゃあ、お願いね」


「はあぁ。いつものパターンだ。やれやれ……わかった、作るよ」


「ありがとう!」


 ダイダは、いつもなんだかんだお願いを聞いてくれる。そして、言葉とは裏腹に、その表情はいつもどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「じゃあ、翼を作る代わりに、俺のお願いも聞いてもらおうか」


「何だい?」


あれ・・の相手をしてくれ」


「ははっ、ダイダは本当にあれ・・が好きだね。いいよ。相手をするよ」


あれ・・とは、とあるボードゲームのことで、そのゲームの内容は、アルファベットと点数が書かれたコマを置いて単語(英単語)を作り、点数を競うというものだ)


(ちなみに、コマは全部で100枚あり、その中には、何も書かれていないコマ、ブランクのコマというものが2枚あり、好きなアルファベットに代用できる)


 僕たちは早速準備を始め、お互いに対戦位置へ着いた。


「昔は俺の圧勝だったんだけどな。今では互角の勝負だよ」


「そうだね。まあ、君に負けたくなくて特訓したからね」


「お前って本当、努力家だよな。それにアクティブだし、好奇心旺盛だし。お前のそういうところ、見習わないといけないな」


「そんなに褒めても、手加減はしないよ」


 あえて口にはしなかったけど、僕の方こそ、ダイダの物作りの技術やセンスは、自分にはないダイダの素晴らしいところだと思っていた。


「さあ、勝負だ。オグマよ。最初に言っておくが、お前は勝てない」


 いつも通りの、的中率およそ50パーセントの予言を合図に、ゲームはスタートした。


 ――そして結局、今回はその予言は当たらなかった。


***


 あれから1週間後。


「やあ、ダイダ。進んでいるかい?」


「ああ、ほとんど出来ている。見てみるか?」

 

 ダイダはそう言うと、ガレージの奥から翼を持って来た。


「すごい! とても素敵な翼だ。でも、これでまだ完成じゃないの?」


「あとは、名前を決めたら完成だ」


「名前はつけないとダメなの?」


「ああ、名前は魂だからな。いい名前をつけてあげたいんだが、なかなか思いつかなくて。悪いが、もう少し時間をくれ」


 たしかに、仏作って魂入れず、では良くない。


「わかった。楽しみに待っているよ」と、言ったのもつかの間。


「代田さん、こんにちは!」

 突然の来客だ。


「おっ、来たか」


「あれ、先客がいたんですね。どちら様ですか?」


「はじめまして。小熊といいます」


「ああ、あなたが。はじめまして。私は通山トオリヤマ ジュンです」


「よろしく、通山さん」


「ついに本物に会えました。いつも代田さんが小熊さんの話をしてくれるので、いつか会ってみたいと思っていたんです」


「へぇ、いつも、ダイダが僕の話をしているんですね」


「はい、いつも嬉しそうに話してくれます」


 通山は、ニコニコしていた。


 僕は、ニヤニヤしていた。


「う、うるさい! 余計なことを言わなくていい」


 そう言うと、ダイダはガレージの奥に行ってしまった。


「別に恥ずかしがらなくてもいいのに」


 通山は悪気なさそうにそう言った。


 さて、この通山という男一体何者だろうか。


「あの、通山さんはなぜ、ここに?」


「通山でいいですよ。私は代田さんの技術を伝授してもらうために、先日、弟子入りしたんです」


 なるほど、通山はダイダの弟子か。しかし、あのダイダが弟子を取るとは意外だ。人付き合いは苦手だと思っていたから。


「私は代田さんの作品が好きなんです。とてもユニークだから。特に”ヌーンウォーク”と”スリリング”が好きです」


 ヌーンウォーク(靴):真昼に散歩したくなるくらい、元気の出る色をした靴


 スリリング(指輪):身につけると、不思議とワクワクした気分になり踊りたくなる。その効果は、死体にでさえ有効だとか、有効じゃないとか。


 この2つの作品は、特にダイダの趣味が色濃く出ている。


「私、テレビゲームが好きでRPGをよくやるんです。その中で一番好きなのは、武器収集です。カッコイイ武器がたくさんあってワクワクするんです」


 もし、通山に称号を与えるとしたら、”アイテムコレクター”で決まりだ。


「でも、あるとき思ったんです。もっとオシャレで可愛い武器があってもいいのにって」


 可愛い武器か。たしかにあまり見かけない。


「それで、せっかくだから自分で作ってみようと思ったんです」


 彼はニコニコしながら、楽しそうに話してくれた。


「おい、いつまで話しているんだ」


 気づくと、ダイダがすぐ側まで戻って来ていた。


「すみません。それでは、小熊さん。また」

 通山はガレージの奥へ消えた。


「まったく、あいつは口がよく動く。それくらい、手も動かしてもらいたいよ」


「彼、いい人だね。ダイダとも仲良くやれそう」


「どういう意味だ」


 どうやら、皮肉に聞こえたようだ。


「ねえ、ダイダ。話は変わるけど、この翼は1つしか作れない?」


「いや、そんなことはない。でも、なんでだ?」


「それは、また今度話すよ」


「……そうか」


***


 数日後、僕は再びガレージを訪れた。


「やあ、小熊。ついに翼が完成したぞ。名前が決まったんだ」


「おおっ! どんな名前?」


「最高にクールな名前だぞ。その名も、イルール。”i・r・u・l・e”でイルールだ」


「イルールか。いいね! でも、どうしてこの名前にしたの?」


「いい質問だ」


 ダイダは、とても意地悪そうな顔をした。どうやら僕は、ダイダのペースに乗せられてしまったらしい。


「この名前は”I am the rule.”という言葉を元にして名付けた。意味は”私がルール”だ。これは、お前の暴君っぷりを表している」


 ダイダは誇らしげに説明してくれた。


「お前は、わがままな人間だ。そして、そのわがままに振り回される可哀想な人たちがいることを忘れてはならない。これは戒めだ」


「……ごめんね、わがままで」


「おいおい、冗談だって。そんなに落ち込むなよ」


 ダイダは慌てて、そう言った。僕の反応が予想外だったからだろう。


「なんてね、演技だよ」


「やれやれ、してやられたぜ」


 ダイダは笑っていたが、僕は少しだけ複雑な気分だった。


「そういえば、オグマ。この前、翼が1つしか作れないかどうか聞いたのは何でだ?」


「翼をもう1つ作って、君と僕の二人で楽園を探しに行くのもいいんじゃないかなと思ったからさ」


「なるほどな。……うーん」


 もしここで強引に誘えば、ダイダはきっと付いてきてくれるだろう。でも、それだとダイダの本当の気持ちはわからない。


「まあ、一晩考えてみてよ」


「わかった。考えておく」


 僕はガレージを後にした。


 家に着くと、僕はベッドで横になった。


 ダイダはどちらを選ぶのだろうか。


 気づくと僕は、迷宮の中にいた。右手を壁に添え、壁沿いをひたすら歩いた。しかし結局、最初の場所に戻ってくるだけであった。何度やっても、結果は同じだった。


 明日になればわかる。


 そう思ったときには、既に夜が明けていた。


***


 ガレージまでやって来て、僕は早速ダイダに問いかけた。


「ダイダ。答えを聞かせて」


「一晩、いろいろ考えたよ」


 ダイダは少し間をおいて、こう続けた。


「ごめん、俺は行けない」


「……そっか。その答えは絶対?」


 やっぱり僕は、わがままだ。


「まだ少し、迷いはある」


「じゃあ、こういうのはどうかな。あれで勝負して、僕が勝ったら、2人で一緒に行く」


「俺が勝ったら、お前は1人で行く。そういうことだな。わかった、勝負しよう」


 僕は、やっぱりダイダと一緒に行きたい。でも、強引には誘いたくない。


 お互いに対戦位置に着く。


 いつもの的中率50パーセントの予言が無いまま、ゲームはスタートした。


 ガレージには、コマを扱う音だけが響いていた。


 ”行けない”とダイダは言った。”行かない”ではなく”行けない”。その言葉の裏にはどんな思いがあったのだろうか。それとも、特別な意味など無かったのか。


 お互いに、目を合わせることも言葉を交わすこともせず、ゲームは淡々と進んでいった。


 そして、音が止んだ。


 勝利の女神は……ダイダに微笑んだ。

 

 僕は結果を受け入れるしかなかった。これ以上、わがままは言えない。僕は急いでこの場を立ち去った。


***


 うつむきながら家に向かって歩いていると、水滴がぽつりと頭に落ちるのを感じた。


「雨か」


 傘はなかった。


 僕は顔を上げることなく、そのまま歩き続けた。


 次第に雨は激しさを増し、容赦なく僕を濡らしていった。


 その後、びしょ濡れになりながらも家に着いた。


「寒い」


 僕はすぐさまシャワーを浴びて、髪を乾かした後、ベッドに倒れ込んだ。


 もし、生まれ変わることができるなら、ニワトリにでもなりたい。嫌なことを思い出さなくて済むから。


 そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。


***


 昨日のことが、まだ少し胸につかえる。しかし、僕が1人で旅に出るのは既に決まった事だ。


 僕は旅立ちの前にやっておきたい事があった。


 僕はガレージへと向かった。


「小熊さん、こんにちは」


「やあ、通山。今日は君だけ?」


「ええ。珍しく代田さんはいないです」


 ダイダは僕に会うのが気まずかったのだろう。だとすれば、なおさら早く旅立たなければ。明日、出発しよう。


「通山に話しておきたいことがある」


「えっ?」


 僕の真剣な声に、通山は困惑しているようだった。


「僕は、明日ここを飛び立つ。そして、ダイダはここに残る。だから、今後はダイダのことを、通山が隣で支えてくれ」


 その言葉に、通山は驚いていた。


「てっきり、一緒に行くものだと思っていました」


 なぜ、通山はそう思っていたのだろうか。


「まあ、でも、わかりました。任せてください」


 通山は、いつもの明るい笑顔でそう答えた。


 たったこれだけのことではあるが、どうしても伝えておきたかったのだ。


 僕はガレージを後にし、家に向かった。


 空は重苦しく、今にも雨が降りそうだった。


***


 ガレージから少し歩いた。家まではまだ距離がある。


 雨が降ると厄介だ。急いで家に帰ろう。そう思い、走り出そうとした時だった。


 ぽちゃり。


 降ってきた。


 カエルが。


 なぜカエルが降ってきたのか疑問に思ったが、それよりも気になることがあった。地面に落ちたカエルが目も開けず、動きもしないのだ。


 大丈夫だろうか?


 近づいてみるが、それでもカエルは動かない。


 このカエルは、きっと落下の衝撃で怪我をしたんだ。


 息はしているようだが、心配だ。……でも、きっと大丈夫。たぶん怪我は治るはずだ。とりあえず、家に持ち帰って様子をみよう。


 僕はカエルを拾い上げ、「治る、治る」と何度も繰り返し声をかけながら、家に向かって走った。


***


 家に着き、ひとまず手に持っていたカエルを机にそっと置いた。


 その時、事件は起きた。


「やあ、おはよう」


 カエルは目を覚まし、なんと喋ったのだ!


「な、なぜ、君は人の言葉を話すことができるんだ?」


「俺にもわからない。そもそも、ここに来るまでの記憶が一切ない。記憶喪失ってやつだ」


 カエルの冷静さを見て、自分も少し落ち着きを取り戻した。


「そ、そうか。それより、身体に異常はないか?」


「ああ。心配はいらない」


 とりあえず、一安心だ。


「自己紹介がまだだったね。僕の名前は小熊 申」


「よろしく、小熊。俺の名前は……あぁ、どうやら、俺は自分の名前も忘れてしまったようだ。そういうわけだから、今考えるよ」


 名前は魂だから。いい名前をつけなくちゃ。そんな声が聞こえた気がした。


 少し間を置いて、カエルは口を開いた。


「”オルナ”」


「ん?」


「オルナ。なぜかこの名前がビビッときた」


「いい名前だね」


「今日から、俺の名前はオルナだ」


 オルナは上機嫌だったが、悲しいお知らせをしなければならなかった。


「オルナ、話さないといけないことがある」


「何だ?」


「僕は明日、ここから旅立つ」


「なるほど。それで、俺をこの家に置いていく訳にはいかないから、どうするかって話か」


 随分と物分かりのいいカエルである。


「まあ、その辺の田んぼに放つとか、好きにしてくれればいいさ」


 オルナはそう言ったが、喋るカエルをこのまま逃してしまうのは惜しかった。何かいい案はないだろうか。


「ともかく、俺はそろそろ寝るよ。おやすみ」


 オルナはそう言うと、近くにあった透明な小物入れに飛び込み、目を閉じた。


 僕もベッドに寝転がり、目を閉じた。


 オルナをどうしようか、と考えていると


 誰か引き取ってもらうのがいいかもしれない。


 という案を思ついた。


 となれば、彼がベストだろう。


 そんなことを思いながら眠りについた。


***


 僕は再び、ガレージに来ていた。


「こんにちは、小熊さん。ついに旅立つんですよね」


「ああ。でも、その前に1つ頼みたいことがある。これを見てくれ」


 僕は手に持っていたケースを、通山の目の前に差し出した。


「えーっと、カエルがいます。寝ているようですね」


「こいつを引き取ってほしい」


「……なるほど。いいですよ。私、実はカエル好きなんですよ」


「ありがとう! ちなみに、こいつの名前は、オルナ」


「へえ、オルナですか。まさか、このカエル喋ったりしないですよね?」


「そうなんだよ。でも、なんで分かったんだ?」


「こっちから振っておいてなんですが、冗談ですよね……?」


 いつもはニコニコと笑う通山だが、この時は苦笑いをしていた。


「それじゃあ、そろそろ行くとするよ」


 心残りがないと言ったら嘘になる。でも、もう決まったことさ。


 それに、後のことは通山に任せておけばいい。だから、大丈夫だ。


 僕は翼を身につけ、通山に見送られながら空へ飛び立った。







************ 

『俺の名前はオルナ』(オルナ視点)

 

 目を覚ますと、誰かがこちらを見つめていた。


 どうやら、こいつが俺を引き取ってくれたようだな。まずは挨拶をしたほうがいいな。


「すまないが、ここから出してくれないか」


「わお、本当に喋った!」


 彼はケースから俺を拾い上げ、手のひらに乗せて顔の前に持ち上げた。


「まずは自己紹介をしよう。俺の名前はオルナ」


「私の名前は通山 鶉です」


「君が俺の世話してくれるんだよな」


「そうです。小熊さんに任されました」


「そういえば、小熊はどこに旅立ったんだ?」


「楽園を探しに旅立ちました。でも、どこにあるのか全くわからないし、実際に存在するのかどうかもわからないんですけどね」


 楽園か。理由はわからないが、その言葉は俺の心をざわつかせた。


「しかし、とんだ冒険家だな。そんな不確かな情報で旅に出るなんて」


「そうですね。”とんだ”冒険家です」


 それはそうと、ここはどこだろうか。


 俺は辺りを見回した。何やら、ごちゃごちゃしたところだった。


「ここは、ガレージです」


 俺の様子に気づいた通山が、説明をしてくれた。


「ここは私の師匠の、作品制作の場なんです。私もここを使わせてもらっています」


 なるほど確かに、このごちゃごちゃの中に、作品らしきものがいくつか見受けられた。


「あの翼も師匠の作品か?」


「いえ、あれは私が作りました。とはいえ、師匠の作品を真似して作っただけですけどね」


「よく出来ているな。それで、名前は?」


「あ、忘れていました。何にしようかな」


「おいおい。名前は魂だ。いい名前をつけてあげてくれよ」


 思わず出た言葉だった。


「えっ、ああ、うん」


 通山は、なぜか動揺していた。


「あの翼で、俺も楽園を目指すことにしようかな」


 俺はなんとなく、そう声に出してみた。


 楽園という言葉を聞いた時、なぜ心がざわついたのか。旅に出れば、その理由がわかるような気がしたから。


「オルナも旅に出たいんですね。そういうことなら……」


 通山はそう言うと、ガレージの奥に消えた。


 数分後、彼は翼を持って戻って来た。


「師匠が作った翼です。これを使ってください」


「勝手に使ってもいいのか?」


「大丈夫ですよ。それより、オルナはこの翼になんて名前をつけますか?」


「すでに、名前をつけてあるんじゃないのか?」


「いやぁ、どうだったかな……」


 何とも歯切れの悪い言い方であった。


 さて、名前か。こういうのは直感が大事だ。


「マイケルとかどうだ。ビビッときた」


「あはは!」


 通山は笑った。それは何の笑いなんだ。


「変だったか?」


「いや、変じゃないです! 最高にクールです!」


「よし。この翼の名前はマイケルで決まりだ。”M・i・c・h・a・e・l ”で、マイケルだ」


「いいですね。ついでに私も自分の翼の名前を思いついたので、ここで発表します」


「おっ! ぜひ、聞かせてくれ」


「”Be a girl”です。さっき、ビビッときました」


 ”Be a girl”か。可愛らしい名前だ。


「ところで、オルナ。出発はいつにしますか?」


「今からだ」


 俺は早速、翼を身に付け旅立ちの準備を整えた。


「さあ、出発だ」


「お気をつけて」


 俺は通山に見送られながら、空へ飛び立った。


 勢いで飛び出した、この空の旅。目指す方角もわからない。俺は、しばらく気ままに空を飛んでいたが、少しだけ不安になってきた。


 果たして、この旅はうまくいくのだろうか。そんな後ろ向きなことを考え始めるようになった。


 すると突然、翼は幻のように消えてしまい、俺は高度を失い始めた。


***


「きゃ!?」


 これは俺の声ではない。この声は、人間のものだ。


 俺が墜落した場所は、人間の頭の上だった。


「何か落ちてきました。何でしょうか?」


 俺はその人間の頭の上から、すくい上げられた。


 そしてご対面だ。


「はじめまして。お嬢さん」


「あれ? かえるが喋りました」


 ああ、そうだった。


「どうして喋れるのですか?」


 この展開、何度目だろうか。


「わからない」


 俺は、そう答えるしかなかった。


 彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに明るい表情に戻り、質問を続けた。


「どうして、空から落ちて来たんですか?」


「楽園を探すため、空を飛んでいたのだが、突然翼が消えて墜落した」


 俺は簡潔に答えた。果たして、理解してもらえたのだろうか。


「それは大変でしたね。でも今後、墜落するときはファーと叫んでください。危ないですから」


 その通りだと思った。今後は気を付けよう。とはいえ、2度と墜落などしたくないが。


「それにしても、どうして翼が消えてしまったんですか?」


「わからない」


「翼はどうやって手に入れたんですか?」


「ある男に貰った」


「私も翼を手に入れられるでしょうか?」


「それなら、通山 鶉という男を頼るといい」


「通山さんですね。わかりました。ところで、カエルさん。あなたのお名前は?」


「オルナだ」


「この名前には、何か由来があるのですか?」


 彼女は次々と質問を投げかけてきた。


「ちょっと、落ち着け。そんなに質問攻めにしなくていいだろ」


「ごめんなさい。つ、つい……」


 彼女はシュンと小さくなり、こう続けた。


「私、隠し事が苦手なんです。感情が顔に出てしまうし、思ったこととか気になったことが、すぐ口に出てしまうんです」


「だから、次々と質問をしてしまったと」


「はい。私の悪い癖です……」


 彼女が今にも泣きそうなので、俺は慌てて励ましの言葉をかけた。


「まあ、でも、正直なのは、良いことだと思うぞ。それに、思いは伝えてこそ意味があるものだからな」


 少女に向けたはずのその言葉は、なぜか自分の心を揺れ動かした。


「ありがとうございます」


 彼女は笑顔を取り戻した。


 しかし、俺はまだ笑える状況ではなかった。翼は何故消えたのか。どうすれば、翼が元に戻るのか。全く見当もつかなかった。


 この旅はここで終わってしまうのだろうか。


「大丈夫です! きっと、何とかなります!」


 不安な気持ちが顔に出ていたのだろう。彼女は様々な言葉で俺を励ましてくれた。


「Cheer up! 明日は明日の風が吹く!」


 それは、根拠のない励ましだったが、俺の不安な気持ちをかき消してくれた。


「ありがとう! 何とかなる気がしてきた!」


「その調子です! ケセラセラ!」


「ケセラセラ!」


 彼女の笑顔につられて、俺も笑顔になっていた。


 もし、彼女に翼があったなら、その名前は”heal rap” なんていいんじゃないかな、と思った。


「さて、俺はこれから翼を元に戻す方法を探すことにする。だから、君とはここでお別れだ」


「私も一緒に探しますよ」


「その必要はない。君は君のやるべきことをやるんだ」


「……わかりました。寂しいですけど、ここでお別れです」


 そして最後に、彼女はこう言い残した。


「またどこかでお会いしましょう! 私はこれから、散歩の続きをします!」


 太陽は、1日の中で最も高い場所から、俺たちを元気に照らしていた。


***


 翼を元に戻す方法を探す。


 とは言ったものの、どうやって探そうか。とりあえず俺は、あてもなく歩き出した。


 コツン。


 突然、何かが頭に落ちて来た。


 まったく、墜落するときはファーと叫んでほしいものだ。


 そう思いながら、俺は墜落してきた何かを確認した。


 それは、とあるボードゲームのコマだった。


 なぜ、これが空から落ちてきたのだろうか。そう疑問に思うのと同時に、もう1つの疑問が浮かんだ。


 なぜ、俺は知っているのだろうか。


 俺はあの家で目を覚ましてから今まで、これを見たことはないはずだ。


 それなのに俺は、これがボードゲームのコマだと知っていた。


 どうやらこの落とし物は、失われた記憶を取り戻すきっかけになりそうだ。


 そのコマを見つめていると、失われた記憶が徐々に取り戻されていくのを感じた。


 しかし、それと同時に頭に痛みが走った。次第に頭の痛みが強くなり、ついに俺は意識を失ってしまった。


***


 意識を取り戻すと、俺は真っ白な空間にいた。


 そして、俺がこの場所に来るのは、今回で2度目だった。


「人間として目を覚ますのか。それとも、別の何かとして目を覚ますのか。君はどちらを選ぶ?」


 どこからか声が聞こえた。しかし、姿はなかった。


「もし、君が決められないのなら天秤で決めるけど、どうする?」


 前回と同じ状況だ。


 前回、俺は選ぶ事が出来なかった。


 この状況が理解できずに、混乱していたからではない。


 自分で決めることが怖かったからだ。


 あの時、俺は自らの運命を天秤に委ねた。そして、別の何かとして目を覚ます事が決まったのだった。


 俺はカエルになっていた。


***


 俺は臆病な人間だった。


 あの時、俺は”行かない”ではなく”行けない”と答えた。

 

 怖くて行けない。だから、いつものように強引に誘ってほしい。


 あいつが決めてくれれば、俺は安心できた。


 俺は、自分で決める責任から逃げていたんだ。


 でも、そのせいで大切なものを失った。


 もう2度と大切なものを失いたくない。だから、これからは自分の意志で決める。


 これは、わがままかもしれない。


「人間の姿に戻って、もう1度あいつと話をする。それが俺の選択だ」


 この声は届いているだろうか。届いていないのなら、届くまで何度でも言ってやる。


「君の選択、しかと聞き届けた」

 姿なき者は、そう答えた。


 やがて、優しい光が俺を包み始めた。俺はその光に身をまかせるように、そっと目を閉じた。


***


 目を開くと、俺は元の世界に戻っていた。記憶も身体も取り戻していた。翼も元どおりだった。


 さあ、楽園を目指そう。きっと、あいつが待っている。


 俺は再び、空へ飛び立った。






************

『(199,199)』


「やあ、久しぶり。元気そうだね」


「まあ、色々あったけどな。それより、ここはどんなところだった?」


「良いところだよ。まさに楽園って感じ。でも……」


「何だよ?」


「でも、君がいないとつまらない」


「楽園に来たのに、つまらないか。わがままな奴だな」


「大事なのはどこにいるかじゃなくて、誰といるかだったんだ」


「随分とありきたりなセリフだな。でも、そういうの嫌いじゃない」


「なんか、恥ずかしいね」


「確かにな」


「……ねえ、久しぶりにあれやろうよ」


「良いぜ。ただ、最初に言っておく。お前は勝てない」


「いや、勝てないのは君のほうさ」




 GARAGE

 全てはガレージから始まった


 HERE

 そして、ここにたどり着いた


 TRAVEL

 旅の感想を聞かせてよ


 BLUE

 いい旅だった。そして、空は青かった


 AMAZING

 素敵なコメント、どうもありがとう


 BACK

 少し、これまでのことを振り返るか


 RIB(B)ITカエルの鳴き声(カッコはブランクのコマを使用していること表している)

 喋るカエルに出会ったんだ。嘘じゃないよ


 SMILE

 笑顔になった


 LOST

 勝負に負けた


 WHITE

 真っ白な世界に行った


 RAIN

 雨に打たれた


 NA(M)E

 翼に名前をつけた


 SOUL

 名前は魂なんだよね


 YES

 ああ、そうだ


 EAT

 さて、ゲームは後半戦。休憩がてら、何か食べる?


 SQUIDイカ

 イカが食べたい。まあ、ここには無いよな


 FRUITS

 果物ならそこらへんにあるんだけどね。ほら、あそこにリンゴがあるよ


 SAFE

 楽園のリンゴ……。それは、食べても大丈夫なのだろうか。


 JOKE

 まあ、冗談はここまでにして、そろそろ本気でいくよ

 

 ENJOY

 そんなに気張るなよ。楽しんでいこうぜ


 OHO

 おや、なんだか明るくなったね


 YEP

 ああ、そうかもな


 FACE

 いい顔してるよ


 VOX

 この旅でいくつかの声を聞いた。それが俺を変えてくれたのかもな


 IF

 もし、旅に出なかったら……まあ、そんなこと考えてもしょうがないか


 WING

 ああ。翼があって、旅に出た。その事実だけで十分さ


 さて、話したいことは、とりあえずこれで最後かな。お前はまだ何か言いたい事があるか?

 

 NO

 無いね。さあ、ここからはどんどんいこう


 PI


 UN


 WE


 TO


 AA


 OR


 ID


 DO


 OW


 END

 僕はコマを使い切ったから、文字通り終了


「それじゃあ、最終スコアを見てみよう。えーっと……おっ! これは」


「どれどれ。ふっ、どうやら予言は当たったみたいだな」


「そうだね。予言は当たったみたい」








「お互いに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ONE STEP sudo(Mat_Enter) @mora-mora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ