第3話
あの後、学校の生徒達は全員家へと帰されることになった。帰り際、真崎の身体があった場所はブルーシートで覆われ、周りには沢山の警察官がせわしなく動き続けていた。出来事自体を否定するかのように、僕は現場から目を逸らすとそのまま足早に俊哉、結愛と共に帰路に着いた。こんな時でも三人は一緒にいた。というよりも、自然と一緒になっていたという方が正しい。こんな非日常的な出来事が起きたからこそ、普段通りの日常を過ごすことでお互い安心したかったのかもしれない。だが、いつものような活発さはなく、重苦しい空気が僕らを包んでいた。会話は一言もなく、ただ一歩一歩足を動かす機械のようだった。それぞれが別れる時にようやく社交辞令のような気のない別れの言葉を交わした。
一人での帰路になった。抑えられていた不安がだんだんと大きく膨れ上がってきているような気がした。視野がじわじわと狭まり、足も重たく感じる。
今まで無意識で行なってきた歩くという行動さえも難しく感じた。一歩踏み出すという僅かな時間さえも永遠のように感じ、毎日のように通ってきた道も果てしない距離に感じ、気が遠くなりそうだった。やっとの思いで家にたどり着いたが、家には誰もいなかった。何度も何度もあの無残な真崎の姿がフラッシュバックし、一人でいると不安に押しつぶされ気がおかしくなりそうだ。
ーティロンー
不意に響き渡る携帯の着信音に、身体がビクつく。クラスのグループメッセージからの着信だった。メッセージの送り主はクラス委員長の
「みんな大丈夫か?明日は休校になったのでゆっくり休んでください。その休校の日にスクールカウンセラーが家に訪問するらしいから必ず家にいること、真崎のお通夜は明後日行われるからみんな出席するように、それじゃあまた学校でな。」
そのメッセージに返信をするものはいなかった。僕自身もなんて返したらいいのかはわからなかった。メッセージを見て、緊張の糸が切れたのかそのまま眠りについてしまった。
目を覚ますとすでに日が変わっており、外も明るくなっていた。一階へと降りると、朝食を用意している母親の姿があった。テレビを見ると、昨日の真崎の事件はすでにニュースとして報道されていた。学校側は今日記者会見が開かれる予定らしく、真崎が自殺したということ以外は詳しいことがわからないようだった。画面越しに改めて見ると、自分達の学校で起こったものではない、他人事のような気がしたが、頭に残ったあの真崎の姿は脳裏にこびりついて離れなかった。
ーピンポーンー
インターホンのチャイムが鳴る。そういえば昨日相川がスクールカウンセラーが訪ねてくるって言ってたっけ。そのまま玄関に向かい扉を開ける。扉の先には、髪をお団子頭にし、眼鏡をかけた若い女性が立っていた。女性は軽く頭を傾けると、笑顔でこう言った。
「こんにちは!カウンセラーの
「はい…そうですけど…」
僕の沈みきった気持ちとは正反対な態度に少し戸惑った。
「この度は大変だったね。じゃあカウンセリングしたいから中に入れてもらっても大丈夫かな?」
「はい。どうぞ」
とそのまま居間へ案内しようとすると、
「あっ、申し上げにくいんだけど重吾君と二人きりでカウンセリングがしたいのよね。言いづらいこともあるだろうし」
というので、僕の部屋へと案内することになった。
「どうぞ。散らかっててすみません」
「いやいや全然綺麗だよ。それじゃあ後も詰まってるから早速カウンセリング始めよっか」
カウンセリングが始まった。カウンセリングと言っても獅童さんの質問に答えていくだけだった。事件が起きてどうだったとか、今の気分は?とか簡単な質問ばかりだった。なんだか自分の心が覗かれているような気がして出来るだけ不安を見せないように受け答えをしていた。
「重吾くん、不安なことない?」
という問いかけにも
「全然、なにもないですよ」
と答えてしまった。すると獅童さんは突然
「それ嘘でしょ。隠さなくても大丈夫だよ」
と僕の心を見透かしているかのような返答に、どきっとした僕は
「本当にないので大丈夫ですよ」
とさらに不安を隠すように受け答えをした。そんな状態を見た獅童さんは
「唇を噛む。言いたことを言えないまたは心配事がある人が無意識にしてしまう行動の一つだよ。それとよく鼻を軽くいじってるよね。それは気持ちを押し殺す事に長けている人がよくする行動だよ」
僕は驚いていると獅童さんはこう続けた。
「私にはなんでもお見通しだよ。不安ならなんでもお姉さんに話して楽になってしまいなさい」
と笑顔で答えた。その笑顔に観念したのか僕は真崎の姿が目に焼き付いて離れないこと、これからどうしたらいいのか分からないことなどを獅童さんに話した。僕の話が終わったところでカウンセリングは終了になった。不安な気持ちを話したおかげでだいぶ気分が楽になった気がした。
「ありがとうございました」
とお礼を言うと
「いいよいいよ!これが私の仕事だしね!あ、ちょっと待っててね」
と言い何やら鞄の中をごそごそとかき回しながら何かを取り出すと、それを僕に手渡した。
「これあげるね!」
と手渡されたのはデフォルメされたタコのぬいぐるみだった。
「何ですか?これ?」
とあからさまに不思議そうな顔で尋ねるた。
「タコのぬいぐるみだよ!ぬいぐるみって不安を和らげる効果があるんだよ!男の子にはちょっと合わないかな?」
「でも…それにしても何でタコなんですか?」
「何でって…タコ美味しいじゃん」
思っても見なかった答えに思わず吹き出してしまった。
「やっと笑ったね!今は笑え少年」
と頭に手をポンと置かれる。そのまま獅童さんは帰ることになった。僕も外まで見送りに行く。獅童さんは少し頭を傾けると、車に乗りこんだ。かと思えばもう一度車から降り、僕のもとまで歩いてくる。
「忘れてた忘れてた。これ私の連絡先だから何かあったら連絡してね」
と名刺を手渡された。そのまま小走りで車に乗り込むと、エンジンをかけ車を走らせた。
(嵐のような人だったな)
もう一度部屋に戻り、手渡された名刺を机の中にしまう。時刻は午後一時をすぎており、携帯を確認すると俊哉からのメッセージが来ていた。
「今日今から会えないか?」
ということなので僕は俊哉の家へと向かうことになった。
俊哉の家はそう遠くない。10分ほど歩くと俊哉の家に到着した。インターホン押して間もなくすると俊哉が家から出てくる。僕を招き入れそのまま俊哉の部屋へと案内された。
「突然悪かったな」
と声をかけられる。昨日ほど重苦しい雰囲気はなかったが、俊哉の元気さはまだ本調子を取り戻していないようだ。
「ううん。どうしたの?」
と尋ねる。俊哉は一呼吸置いて口を開く。
「真崎の件、重吾はどう思う?」
「どう思うって?」
言葉の心意が分からず聞き返した。俊哉は覚悟を決めたかのようにこう続けた。
「真崎が自殺した原因についてどう思う?」
俊哉の質問に心意に空気が変わる。確かに真崎の自殺の詳しいことは全くわかっていなかった。いずれかは分かることだろうと思っていたし、考える必要もないことだとも思っていた。いや、考えたくなかった。何故なら、真崎のあの姿を見た時、すぐさま思いついた原因が一つだけあったからだ。言っても良いのかどうか言い淀んでいる僕の様子を見て俊哉は続けた。
「俺はいじめが原因だと思ってる」
俊哉は僕の思ってることを言い当てるようにはっきり答えた。僕はその答えにどきりとする。クラスメートを疑うなんてことはしたくなかったし、真崎の死の引き金が自分達が引き起こしたなんて認めたくなかった。だが、はっきりと突き付けられた時に否定することも出来なかった。そんな僕を見かねて俊哉は続ける。
「重吾もそう思うか。やっぱそうだよな…」
と俊哉は窓の外を見つめた。俊哉も僕と同じような気持ちだったのだろう。肯定ではなくむしろ否定の言葉を聞きたかったのかもしれない。なんて声をかけていいか分からない。俊哉の見つめている方を見ると、タコのぬいぐるみが置いてあるのに目がついた。
「獅童さん…きたの?」
思わず尋ねてしまった。
「獅童さん?ああ、あの慌ただしいスクールカウンセラーか。来たよ」
「そっか…」
会話が続かない。沈黙が続く。
「そろそろ、僕は帰るよ」
重苦しい空気に耐えられず、その場を後にしようとする。立ち上がり、部屋から出ようとドアノブに手をかけようとしたその時、俊哉が僕の腕を掴んだ。
「やっぱり重吾には話しておこうと思う」
そういうと俊哉は話し始めた。
「真崎がいじめが原因で自殺したってのは間違いないと思う。でも真崎は自殺する気はなかった気がするんだ」
「自殺する気はなかった?何でそんなことわかるの?」
「真崎は俺が新庄から助けたとき、「またね」って言ってたんだ。今から自殺を考えてるような人間がまたねなんて言ったのがすごく違和感なんだよ」
「一理あるとは思うけど、特に意味はなかったのかもしれないよ」
「それだけだとそうなんだ。だけどこの事件自体おかしくないか?屋上は普段は入れないし、真崎の姿が見えなかった時、真崎はいったい今までどこにいた?」
俊哉は続けてこう言った
「俺はこう思うんだ。
真崎は自殺したんじゃない。自殺させられたんだ」
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