仄暗ノ罪

唯ノ芥

ある男の逃走劇

仄暗いトンネルには、高速で風が吹き荒ぶ轟音がコンクリートの壁面に反響していた……


『お、俺は悪くない!』


トンネルを必死で走りながら彼は心の中で反芻する。

もう、かなりの時間ここにいる……

らはどこまで近づいて来ているだろうか?


「なんで……俺がこんな目に……」


彼は自身の数分前に起きた事を未だに理解出来ないでいた。


◇◇◇


彼はほんの少し前まで日常を過ごしていた。

しかしその日常は劈くような高音のノイズが起こったあとから一変する──


彼は一瞬にして敵意に囲まれた。

数多のらの目が現れ、ときに品定めをするように、ときに哀れむように、ときに憎悪をもって彼を見ていた。

彼は突如として自分に向けられた負のエネルギーのようなものに寒気を感じ、本能的に走りはじめた。


『──逃げなければやられる!』


それは動物的な直感であったが、すぐに正しい判断だと確信する。

らの中には好戦的なモノもおり、恐ろしい雄叫びをあげながら追いかけて来たのだ!


まばらながら、どうやら戦闘向きの少数精鋭らしい…

瞬く間に彼はらに捕まりかける!



一瞬迷い──彼は飛んだ



近くにあった大きな穴へと逃げ込んだのである。

少しの滞空の後に、転がるように受け身をとって駆け出した。


そこはトンネルであり、彼の未来のように仄暗く口を開けていた──



◇◇◇



流石に走り続けて彼は壁に片手をついた。

肩で息をしながら、徐々に腰が落ちていく。


『いったい、いつまで追いかけてくる?』


彼の心臓は逃走の疲労感と先の見えない恐怖に鷲掴みにされて無理やりに揉まれ続けていた。


『ここは今どこなんだ?』


湿ったコンクリートの壁は嫌に冷たく、熱を浴びた身体の鼓動を跳ね返してくる……


らはまだ追ってきているだろうか…』


彼は少しでも恐怖から遠ざかろうと再び走り出す──

彼の疲労は心身共に極限を迎えようとしていた……


『逃げられないぞ』


────!!?


彼はコンクリートの壁に打ち付けられるように事切れた。



◇◇◇


「お前の罪はあまりに大きい……」


気がつくと彼は小さな部屋の中にいた。部屋は立方体で仄暗く、カビ臭い──


「お前は最も醜悪なヤツだ……」


恐ろしく細長い指に心臓を指されながら詰められる。


「決してお前を赦しはしない」


仄暗い闇から大きく見開いた眼玉が浮かび上がる。

同時に強烈な光が彼の視界を奪う。


「お前はずっと箱の中にいろ」


◇◇◇


彼が目を覚ますと、そこは先ほどのトンネルの中だった。

風を切る轟音が断続的に鳴り、光が横をかすめていく。


『何秒?いや、何分経った⁉︎』


彼は再び逃走本能に駆られ、走り出す。

さっきまでの轟音が嘘のように静けさを纏ったトンネルの先に先ほどとは異なる温かい光が見える。


彼は一瞬その優しい光に安堵した。

──が、すぐさま自身の現状を把握し直す。


『ここでらに捕まる訳にはいかない!』


少し高い位置の石壁を登り先に進むと、人々が見えた。


『助かった!』


彼はようやく全身の緊張を解く。

疲れ果てたため、足取りが重たいが今はそれがいい。


彼はもう声を発する事も出来ないほど喉が渇いていた。

ゆっくりと人々に近づいて──







「見つけたぞ」







彼はゆっくりと顔をあげる。


鬼のような形相のが彼の左の胸ぐらを鷲掴みにした──












「この!痴漢ヤロウが!」





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